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第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗
嵌まる符号
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咄嗟に口元を押さえて噛み殺そうと前屈みになる。心配そうにフランソワが覗き込んできた。
「おや。どういたしました、坊ちゃま。つわりでございますか?」
ぶん殴っていいかな?
今はそういうブラックジョーク要らないんですけど。ていうか誰のせいだよ、誰の。
まさか睡眠薬入りの紅茶が当たってしまったのだろうか。
不安がぐるぐると胸中を渦巻いて、吐き気を催す。
「ノエル、具合が悪いなら休んだらどうだ。ひとまず横になれ」
アランは体調に変化はないようだ。侯爵も特に変わったところはなく、同意するように頷く。
「辺鄙なところなので診療所は遠いからね。メイ、お医者さまをお呼びしなさい……」
「わかった……にゃん」
メイはカップに伏せていた顔を上げた。
「それには及びません。わたくしが介抱いたします。さあ、坊ちゃま、お部屋で休みましょう」
「……うん」
フランソワに肩を支えられながら立ち上がったノエルは見た。
メイの紅茶は、一滴も減っていなかった。
部屋に戻り一息つくと、気分は落ち着いてきた。怖れていた眠気も訪れない。
「あ……大丈夫みたい」
「そうでございましょう。遅効性の睡眠薬ですから、効いてくるのは夜になってからでございます」
さらりと絶望の淵に叩き落とす完璧執事の顔を恨めしげに見遣る。
「ちょっとフランソワ、勘弁してよ。私に睡眠薬入りの紅茶を回したの?」
「それは不明です。困ったことになりましたね……。確率は五分の二ですから、わたくしや坊ちゃまに当たった可能性も充分にございます。むしろ我々のどちらかに当たる方が自然かと……ふわああ……」
大欠伸をはじめたフランソワに唖然とする。
ちょっと待て。
フランソワがいなければ石版の謎を解明できない。乙女怪盗ジョゼフィーヌはソロではないのである。ふたりで乙女怪盗を創り上げているのだ。これまでも、フランソワの手助けなしで事を完了させた件はない。
「フランソワ、寝ないでよ? 睡眠薬仕込んで自分で飲んじゃうなんて完璧執事の名が泣くよ?」
ノエルが青ざめているうちに、フランソワはころりとベッドに寝転がって瞼を閉じようとしていた。
「そこ、私のベッド! 寝るな! 最悪、寝てもいいけど目を開けろ!」
ぎりぎりと瞼をこじ開けてみたが、フランソワの意識は眠りの底に沈んでしまったようだ。気持ち良さそうに安らかな寝息を立てている。
ああ、どうしよう……。
頭を抱えたノエルは、眠りに就いたフランソワの胸ポケットから石版のメモを取り出した。
単語の候補は多数挙げられている。
けれど、どう繋げても意味を成していない。ここが行き詰まった原因だろう。
決定的な語句が必要なのだ。その答えは、やはり宝石にある。だが暗号に『天空の星』は入らない。
ノエルはふと、メイの放ったヒントを思い出した。
『偽りの名を被っていると永遠に答えは出ない』
宝石は、すべて色形や宝石に纏わる逸話によって名が付けられる。あの宝石から、天空や星というイメージは湧かない。どちらかというと、海、水、瞳……。
「あっ、そうか」
するりと、符号が嵌まった。
手を打ったノエルは決意を固めて、漆黒の衣装を取り出した。
今宵の月夜は、いっそう世界を鮮やかな群青に染め上げている。
月明かりが刻む窓格子の影を、闇色の靴先が踏んだ。
「月よ、華よ、きらめく星の夜、乙女怪盗ジョゼフィーヌ参上」
漆黒を纏う乙女怪盗がマントを翻せば、羽根飾りも付き従うように揺れる。
ジョゼフィーヌはベッドで眠っているフランソワの様子を窺った。昼間から変わらず眠り続けている。
「今宵はゆっくりお休みなさいね。朝、目が覚めたら枕元に宝石のプレゼントがあるわよ。サンタクロースのようにね、ふふ」
月は中天にある。今頃は皆、寝静まっているはずだ。廊下に出ると、音を立てずに向かいの部屋のドアノブを回す。
アランはベッドで眠っていた。呼吸で毛布がわずかに上下している。
「おや。どういたしました、坊ちゃま。つわりでございますか?」
ぶん殴っていいかな?
今はそういうブラックジョーク要らないんですけど。ていうか誰のせいだよ、誰の。
まさか睡眠薬入りの紅茶が当たってしまったのだろうか。
不安がぐるぐると胸中を渦巻いて、吐き気を催す。
「ノエル、具合が悪いなら休んだらどうだ。ひとまず横になれ」
アランは体調に変化はないようだ。侯爵も特に変わったところはなく、同意するように頷く。
「辺鄙なところなので診療所は遠いからね。メイ、お医者さまをお呼びしなさい……」
「わかった……にゃん」
メイはカップに伏せていた顔を上げた。
「それには及びません。わたくしが介抱いたします。さあ、坊ちゃま、お部屋で休みましょう」
「……うん」
フランソワに肩を支えられながら立ち上がったノエルは見た。
メイの紅茶は、一滴も減っていなかった。
部屋に戻り一息つくと、気分は落ち着いてきた。怖れていた眠気も訪れない。
「あ……大丈夫みたい」
「そうでございましょう。遅効性の睡眠薬ですから、効いてくるのは夜になってからでございます」
さらりと絶望の淵に叩き落とす完璧執事の顔を恨めしげに見遣る。
「ちょっとフランソワ、勘弁してよ。私に睡眠薬入りの紅茶を回したの?」
「それは不明です。困ったことになりましたね……。確率は五分の二ですから、わたくしや坊ちゃまに当たった可能性も充分にございます。むしろ我々のどちらかに当たる方が自然かと……ふわああ……」
大欠伸をはじめたフランソワに唖然とする。
ちょっと待て。
フランソワがいなければ石版の謎を解明できない。乙女怪盗ジョゼフィーヌはソロではないのである。ふたりで乙女怪盗を創り上げているのだ。これまでも、フランソワの手助けなしで事を完了させた件はない。
「フランソワ、寝ないでよ? 睡眠薬仕込んで自分で飲んじゃうなんて完璧執事の名が泣くよ?」
ノエルが青ざめているうちに、フランソワはころりとベッドに寝転がって瞼を閉じようとしていた。
「そこ、私のベッド! 寝るな! 最悪、寝てもいいけど目を開けろ!」
ぎりぎりと瞼をこじ開けてみたが、フランソワの意識は眠りの底に沈んでしまったようだ。気持ち良さそうに安らかな寝息を立てている。
ああ、どうしよう……。
頭を抱えたノエルは、眠りに就いたフランソワの胸ポケットから石版のメモを取り出した。
単語の候補は多数挙げられている。
けれど、どう繋げても意味を成していない。ここが行き詰まった原因だろう。
決定的な語句が必要なのだ。その答えは、やはり宝石にある。だが暗号に『天空の星』は入らない。
ノエルはふと、メイの放ったヒントを思い出した。
『偽りの名を被っていると永遠に答えは出ない』
宝石は、すべて色形や宝石に纏わる逸話によって名が付けられる。あの宝石から、天空や星というイメージは湧かない。どちらかというと、海、水、瞳……。
「あっ、そうか」
するりと、符号が嵌まった。
手を打ったノエルは決意を固めて、漆黒の衣装を取り出した。
今宵の月夜は、いっそう世界を鮮やかな群青に染め上げている。
月明かりが刻む窓格子の影を、闇色の靴先が踏んだ。
「月よ、華よ、きらめく星の夜、乙女怪盗ジョゼフィーヌ参上」
漆黒を纏う乙女怪盗がマントを翻せば、羽根飾りも付き従うように揺れる。
ジョゼフィーヌはベッドで眠っているフランソワの様子を窺った。昼間から変わらず眠り続けている。
「今宵はゆっくりお休みなさいね。朝、目が覚めたら枕元に宝石のプレゼントがあるわよ。サンタクロースのようにね、ふふ」
月は中天にある。今頃は皆、寝静まっているはずだ。廊下に出ると、音を立てずに向かいの部屋のドアノブを回す。
アランはベッドで眠っていた。呼吸で毛布がわずかに上下している。
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