乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
41 / 54
第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

深夜、地下室へ 2

しおりを挟む
 話しているうちにうっかり厨房まで来てしまったが、地下に幽霊が現れる妄想に取り憑かれてしまい、ノエルは足を竦ませる。アランは無情に言い放った。

「嫌なら、ここからひとりで部屋に戻るんだな。明かりなしで」
「ええええええ、むりいいいい」

 これ見よがしに角灯を振るアランに追い縋る。灯火を頼りに迷路のような城の廊下を怖々と進んだ。ノエルはアランの背に張り付くようにして、彼の上着の裾を命綱のごとく掴む。

「地下への入口って、どこなの?」
「それを今、捜している」
「この通路、さっき通らなかった?」
「そうか? 似たような景色だから判別できないな」
「そんないい加減な! ちゃんと捜してよ」
「目を瞑りながら歩いているような奴に言われたくないな」
「目は開けてるから!」

 突然アランが立ち止まるので、勢い余ったノエルは広い背中に、ばふんと顔を付けてしまった。

「な、なに?」

 掲げられた角灯の先を窺うと、何者かが廊下を横切る姿が見えた。尖った猫耳が奥へと消える。メイだ。

「あのメイド、どこへ行く気だ?」

 後を追うと、メイは屋敷の奥にある細い廊下へ入っていった。後ろにいるノエルとアランには気づかないらしい。廊下から、ふいと曲がったかと思うと、彼女の姿は見えなくなる。

「あれ……消えた?」
「いや、見ろ。あそこに階段があるんだ。地下への入口らしいな」

 人ひとりが通れるような隙間があり、入口は開け放たれていた。下へ続く階段が、角灯の明かりにぼんやりと映し出されている。
 メイはもう下りていったのだろうか。暗闇が広がる階段は、下の方は何も見えない。

「行くぞ」

 この下に水場があるのかもしれない。ノエルは勇気を振り絞って……アランの上着の裾を抓んだ。

「目を閉じるなよ。ここで足を踏み外したら角灯まで巻き添えになる」

 怪我より角灯の心配ですか。
 明かりがなくなっては困るので、一歩一歩足元を確認しながら階段を下りていった。
 永遠と思われるような螺旋階段の円をいくつも回り、ようやく開けた場所に辿り着く。
 地下は庭園のような敷地が広がっていた。足元を優しい青白い光が照らしている。

「なんだろう、この光。すごく綺麗」

 点々と連なる仄かな光の路は奥まで続いていた。まるで現世ではないような幻想的な雰囲気に包まれている。

「ヒカリゴケだ。苔が光っているんだ。正確には明かりを反射して光るんだが……通常は緑色をしている。青いものは初めて見たな」

 青く光る植物を踏まないよう気をつけながら、導かれるように地下を進んでいく。やがて、ひんやりとした空気の中に水の香りを嗅ぎとった。

「あ……見て! 井戸があるよ」

 古井戸を見つけて駆け寄る。井戸は苔に覆われて、青く光り輝いていた。角灯を翳して覗いてみれば、たゆたう水面が見える。

「よし。水を汲もう」

 アランは腰に提げていた皮袋を解き始めた。水を持っていくには入れ物が必要なわけで。手ぶらで来てしまったノエルは赤面しながらロープをたぐり寄せて釣瓶を引き上げた。
 掌で掬い、少しだけ水を口に含んでみる。
 冷たい水が体に浸透して、生き返った心地がした。
 アランも同じように飲んでから、皮袋いっぱいに水を満たす。ふたりの間に、一仕事終えた安堵が広がった。

「これくらいあれば三日は持つだろう」
「三日も居たくないんだけど。メイはどこに行ったのかな?」

 ここを訪れたはずだが、井戸端にはいない。ノエルが首を巡らせると、空間に石碑のような黒ずんだ影を発見した。

「あれ、なにかな? こんなところに石像?」

 近づいてみれば、それはお墓だった。整然と並べられた墓石が区画に分けられて、数多く鎮座している。
 お墓まで城内にあるとは驚きだ。歴代のラ・ファイエット侯爵や、城に住んでいた人々の墓だろう。
 メイは、ひとつの墓石の前に佇んでいた。
 何をするでもなく、ただぼんやりと立っている。
 ふたりがすぐ傍まで来ていることをわかっているはずなのに、まったく気に留めていない。ノエルはそっとメイの隣に立ち、墓石を眺めた。刻まれた文字は掠れて読めない。

「ねえ、メイ。誰のお墓なのかな?」

 メイは薄らと唇を開いた。消え入りそうな声が絞り出される。

「……お父さま……にゃん」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

処理中です...