乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

華やかなディナー

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 後からついてきたメイが料理の解説をしてくれた。

「子牛のスネ肉を煮込んだシチューパイ包みにゃん」

 アランは眉根を寄せて、目の前に置かれた皿を凝視した。

「何もないぞ。どういうことだ」

 ちらりとアランを見るメイの瞳には軽蔑の色が浮かんでいる。

「心の汚れた人には見えない料理にゃん」
「ほう……」

 なんという斬新な創作料理。フランソワと良い勝負だ。
 そっか、私の心って汚れてたんだなぁ。どこにもパイが見えません。
 ラ・ファイエット侯爵を見遣ると、彼は汚れたままのカトラリーを使用して、シチューを包むパイを切り分けるような仕草をしている。侯爵には見えているらしい。

「なんとおいしいシチューでしょう。絶品ですね」

 感嘆の声を上げるフランソワの皿ももちろん空なのだが、頬を綻ばせながらスプーンを口元に運んでいた。

「フランソワ……見えるの?」
「当然でございます。この芳しい香り、絶妙な味付け、上等な子牛でございますね。ああ、おいしい」
「ふーん」

 見えてないよね?
 心が美しいから見えるって言いたいんですね、わかります。
 その後、肉料理や魚料理も運んだが、いずれも同じで、空の皿をひたすら入れ替えるのみ。

「執事殿に匹敵する腕前だな。俺は心が汚れているから見えないようだ」

 アランは割れたワイングラスを摘まんで蝋燭の灯火に掲げた。
 給仕を終えたノエルは一応席に着いてみたが、むなしくなることはわかっている。せめて水くらい飲みたいが、この城に水すらないことはすでに知っている。余計に喉の渇きを覚えるので、ワイングラスを傾けてエアディナーを楽しもう。
 食後の珈琲らしきものを嗜みながら、侯爵は肩を揺らしていた。

「今宵は客人が訪れたので、腕によりをかけたディナーだ。いかがかな……」

 侯爵は顔全体を包帯で覆っているので、口元は晒されていない。何も食べた形跡はなかった。
 勇気あるアランは率直に質問した。

「ラ・ファイエット侯爵は、いつもこのような料理を召し上がっているんですか」
「いつもはもっと質素だよ。たまにはこういった華やかなディナーも良いものだね……」

 ぞっと背筋を冷たいものが這う。呼応するように、ノエルの腹の虫が、ぐうと鳴った。



 歓迎のディナーの後、部屋に戻ったノエルは村を出る際に母上からいただいたバスケットの中身を貪り食べた。サンドイッチの美味しさに涙ぐんでいると、呼んでもいないのにフランソワとアランがやってきてバスケットに手を伸ばしてくる。

「このままだと乙女怪盗を捕らえる前に餓死しかねないな」
「そうでございますね。早急に登場して宝石を盗んでいただかなくては。今夜か明日の夜なんていかがでしょう」

 ここで打ち合わせしちゃってるよ。
 人間、切羽詰まると食糧の確保以外のことはどうでもよくなるもんだ。
 三人でバスケットを囲んでいると、あっという間にサンドイッチは無くなり、残るはクッキーのみとなった。

「ちょっと、フランソワ。食べすぎじゃない? さっきシチューをお腹いっぱい食べたんだよね?」
「何を仰います。石版の謎を解くには脳に栄養を充分に行き渡らせる必要があるのでございます。そのクッキーもよろしいですか?」

 袋に入ったクッキーを魔の手に奪われないよう、素早く取り上げる。

「前から思ってたんだけど図々しくない⁉ それでも執事か!」
「ご不満なら、どうぞ解雇なさってください。わたくしの料理を恋しがることは目に見えておりますけれどね」
「ムギーッ‼」

 クッキーを巡って醜い争いを繰り広げる伯爵と執事を、呆れ顔のアランは仲裁した。

「いい加減にしろ。先ほどのディナーはともかく、城の厨房には何か食べ物があるだろう。侯爵とメイドはここで暮らしてるんだからな」
「あー、それなんだけど……」

 ノエルは厨房での出来事を語った。水もないという事態が明らかになり、沈痛な空気が重く伸し掛かる。

「侯爵たちは霞を食べているのでしょうかね。もしかして本当に……城の亡霊なのでしょうか」

 亡霊、という言葉にノエルは肩を跳ねさせる。

「まさかぁ。きっとお城がチョコレートで出来てるんだよ」

 動揺しすぎて自分でも何を言っているのかわからないが、幽霊なんているわけない。たぶん。
 今更ながら、ラ・ファイエット侯爵には果たして影があったのか必死に思い出そうとした。
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