乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

文字の大きさ
39 / 54
第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

華やかなディナー

しおりを挟む
 後からついてきたメイが料理の解説をしてくれた。

「子牛のスネ肉を煮込んだシチューパイ包みにゃん」

 アランは眉根を寄せて、目の前に置かれた皿を凝視した。

「何もないぞ。どういうことだ」

 ちらりとアランを見るメイの瞳には軽蔑の色が浮かんでいる。

「心の汚れた人には見えない料理にゃん」
「ほう……」

 なんという斬新な創作料理。フランソワと良い勝負だ。
 そっか、私の心って汚れてたんだなぁ。どこにもパイが見えません。
 ラ・ファイエット侯爵を見遣ると、彼は汚れたままのカトラリーを使用して、シチューを包むパイを切り分けるような仕草をしている。侯爵には見えているらしい。

「なんとおいしいシチューでしょう。絶品ですね」

 感嘆の声を上げるフランソワの皿ももちろん空なのだが、頬を綻ばせながらスプーンを口元に運んでいた。

「フランソワ……見えるの?」
「当然でございます。この芳しい香り、絶妙な味付け、上等な子牛でございますね。ああ、おいしい」
「ふーん」

 見えてないよね?
 心が美しいから見えるって言いたいんですね、わかります。
 その後、肉料理や魚料理も運んだが、いずれも同じで、空の皿をひたすら入れ替えるのみ。

「執事殿に匹敵する腕前だな。俺は心が汚れているから見えないようだ」

 アランは割れたワイングラスを摘まんで蝋燭の灯火に掲げた。
 給仕を終えたノエルは一応席に着いてみたが、むなしくなることはわかっている。せめて水くらい飲みたいが、この城に水すらないことはすでに知っている。余計に喉の渇きを覚えるので、ワイングラスを傾けてエアディナーを楽しもう。
 食後の珈琲らしきものを嗜みながら、侯爵は肩を揺らしていた。

「今宵は客人が訪れたので、腕によりをかけたディナーだ。いかがかな……」

 侯爵は顔全体を包帯で覆っているので、口元は晒されていない。何も食べた形跡はなかった。
 勇気あるアランは率直に質問した。

「ラ・ファイエット侯爵は、いつもこのような料理を召し上がっているんですか」
「いつもはもっと質素だよ。たまにはこういった華やかなディナーも良いものだね……」

 ぞっと背筋を冷たいものが這う。呼応するように、ノエルの腹の虫が、ぐうと鳴った。



 歓迎のディナーの後、部屋に戻ったノエルは村を出る際に母上からいただいたバスケットの中身を貪り食べた。サンドイッチの美味しさに涙ぐんでいると、呼んでもいないのにフランソワとアランがやってきてバスケットに手を伸ばしてくる。

「このままだと乙女怪盗を捕らえる前に餓死しかねないな」
「そうでございますね。早急に登場して宝石を盗んでいただかなくては。今夜か明日の夜なんていかがでしょう」

 ここで打ち合わせしちゃってるよ。
 人間、切羽詰まると食糧の確保以外のことはどうでもよくなるもんだ。
 三人でバスケットを囲んでいると、あっという間にサンドイッチは無くなり、残るはクッキーのみとなった。

「ちょっと、フランソワ。食べすぎじゃない? さっきシチューをお腹いっぱい食べたんだよね?」
「何を仰います。石版の謎を解くには脳に栄養を充分に行き渡らせる必要があるのでございます。そのクッキーもよろしいですか?」

 袋に入ったクッキーを魔の手に奪われないよう、素早く取り上げる。

「前から思ってたんだけど図々しくない⁉ それでも執事か!」
「ご不満なら、どうぞ解雇なさってください。わたくしの料理を恋しがることは目に見えておりますけれどね」
「ムギーッ‼」

 クッキーを巡って醜い争いを繰り広げる伯爵と執事を、呆れ顔のアランは仲裁した。

「いい加減にしろ。先ほどのディナーはともかく、城の厨房には何か食べ物があるだろう。侯爵とメイドはここで暮らしてるんだからな」
「あー、それなんだけど……」

 ノエルは厨房での出来事を語った。水もないという事態が明らかになり、沈痛な空気が重く伸し掛かる。

「侯爵たちは霞を食べているのでしょうかね。もしかして本当に……城の亡霊なのでしょうか」

 亡霊、という言葉にノエルは肩を跳ねさせる。

「まさかぁ。きっとお城がチョコレートで出来てるんだよ」

 動揺しすぎて自分でも何を言っているのかわからないが、幽霊なんているわけない。たぶん。
 今更ながら、ラ・ファイエット侯爵には果たして影があったのか必死に思い出そうとした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

今更……助けてくれと……言われても……

#Daki-Makura
ファンタジー
出奔した息子から手紙が届いた…… 今更……助けてくれと……言われても……

「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」 仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...