乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

偽の乙女怪盗

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 通常は城のメイドが運んでくれるものだと思うのだが、メイは放ったらかしのようだ。少女ひとりで運べる量でもない。仕方ないのでノエルとフランソワは、荷物を担いで客間と玄関をひたすら往復した。

「坊ちゃま。どうぞ重い方のお荷物を持ってください」
「ふつう逆だと思うんだけど……ねっ」

 掛け声と共に重量のある荷物を担ぎ上げる。
 もやし伯爵の名が泣くわ。
 衣装の入った鞄はともかく、もっとも重いものは人間がふたりほど入りそうな籠、発火装置や巨大な袋にロープなどがある。
 汗だくになりながら、ようやくすべてを宛がわれた客間に放り込んだ。

「ああ、疲れた……」

 古びた天蓋付きのベッドに腰掛けて休憩すると、憎たらしくも汗ひとつ掻いていないフランソワがにこやかな笑みをむける。

「休憩には早いですよ? さあ、荷解きをいたしましょう。そちらのケースからお願いします」
「はいはい……」

 全員連れてきた狂気人形を一体ずつ棚に並べる。
 ずらりと勢揃いした百体の人形たちが恐ろしい形相で睨んでいる。今夜は安眠できそうだ。
 部屋はオンスイートで扉のむこうにトイレットが設置されている……が、覗いてみたノエルは頬を引き攣らせてドアを閉めた。何かが這い出てきそうな気配がするので、昼間でも行きたくない。
 ノエルの隣の部屋はフランソワが使用するので、彼はそちらにも荷物を運んで荷解きを行っていた。アランの部屋は向かいだ。ノックしてちらりと覗いてみたが、まだ戻っていないらしい。彼の鞄がひとつだけ無造作に置かれていた。
 今後旅行に行く機会があれば、荷物は最小限に留めよう。
 固く心に誓いながら荷解きを終える。
 一息ついたノエルの傍らで、フランソワは羽根ペンを走らせて何事かを紙に書き留めていた。
 先ほどの石版の文字と配置図だ。

「どう? 解けそうかな?」
「最終的には解きますが、むしろ解かないほうがよろしいかもしれませんね」
「どういうこと?」

 フランソワは石版のメモを眺めると、紙を机に置いてくるりと向き直った。

「いくつかの疑問点があります。偽の乙女怪盗は、何故予告状を出したのでしょう」
「宝石を盗むためでしょ? それを乙女怪盗の仕業にするため」
「このような僻地では記者もいなければ警官隊も来ません。それに乙女怪盗は今まで首都近郊にしか現れませんでしたから、ロランヌ地方での知名度は低いでしょう。罪を被せる意義が薄いのです。むしろ予告状を出さないほうが我々すら来ませんから、邪魔が入りませんよ」

 言われてみればその通りだ。予告状が出されなければ、ラ・ファイエット城を訪れることはなかっただろう。
 フランソワは指先で眼鏡を押し上げた。

「つまり、偽物は我々をおびき寄せたのです。石版の謎を解き、宝石を盗んでもらうために。乙女怪盗ジョゼフィーヌが盗めなかった宝石はない。解錠して宝石を取り出したところを横取りするのが、もっとも簡単に盗む方法です」
「なるほど。でもさ……ここ、来るの大変じゃない?」

 ノエルは格子の付いた窓の外を眺めた。
 城の周りは切り立った崖で、辺りに民家はない。城を訪れるには一本しかない路を、馬車で半日ほどかけて来なければならないのだ。誰かが来れば一目瞭然で、雑多な街場と違い誤魔化しが利かない。

「横取りするとなったら、いつでも宝石部屋の様子を見てないといけないよね?」
「ですから、ここにいる誰かが、偽の乙女怪盗なのです」
「えっ……」

 ノエルは戦慄した。
 すでに偽の乙女怪盗に会っているというのか。

「我々とアラン警部、それに宝石の持ち主であるラ・ファイエット侯爵を除けば、残るはひとりしかいません」
「メイが⁉ そんなはずないと思うけどなぁ」
「根拠をどうぞ」

 フランソワは完全に消去法で決めてかかっているようで、納得のいく根拠を聞かなければ引き下がらないと云わんばかりに双眸を光らせている。
 確かにメイは怪しい雰囲気満載だが、たったひとりしかいない城のメイドが、年老いた侯爵から宝石を盗んだりするだろうか。乙女怪盗に罪を着せたとしても、宝石を盗めばメイは高飛びしてしまうだろう。侯爵が何も思わないわけがない。

「だってさ、メイがいなくなったら侯爵ひとりになっちゃうじゃない。そんなの寂しいよ」

 フランソワは双眸を眇めて軽蔑の眼差しをむけてきた。
 うわあ、そんな目で見られたら気持ちい……くないけど、それは根拠ではありませんと言いたいんですね、わかります。
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