乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

パズルの謎

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 一箇所だけ空白の空間があり、そこからスライドさせられる。動かしたは良いが、どうすれば良いのかはわからない。カード型の石版は空いている空間へしか移動できない。

「スライディングブロックパズルでございますね。通常は表面に数字が書かれていまして、順に並べれば良いのですが、これにはaやeが複数あります。アナグラムとの複合と思われます」
「聡明だね。答えは私も知らないので、ぜひ教えてほしいものだ……」
「侯爵は答えをご存じないのですか?」

 両手を後ろに回しているラ・ファイエット侯爵は首を横に振る。

「知らないのだ。三百年前にこの仕掛けを残した当時のラ・ファイエット侯爵は、誰にも答えを明かさないまま急死したという。以来、この宝石を取り出した者はいない。それでいいのだがね……」

 宝石を守る開かずの箱。
 台座は厳重に床に固定されているので持ち出すのは無理がある。上部は強化硝子のようなので、鈍器を用いれば割れないこともなさそうだが。

「上の硝子を割れば盗まれちゃうんじゃないですか?」

 ノエルの質問に、侯爵はまた咳き込んだような笑いを零した。

「フフ……城に伝わる古い話があってね、石版の謎を解かずに宝石を取り出した者は呪われるそうだ。大切なものすべてを失うという。金も友も、命も、希望も。そのとき宝石は、ただの石の塊になってしまう……」

 それがラ・ファイエットの呪いらしい。
 呪いの真偽はともかくとして、乙女怪盗の礼儀としては石版の謎を解くしかなさそうだ。逆に言えば、それだけで済むともいえる。この城には他に警備装置もないし、年老いた侯爵と少女のメイドだけのようである。
 問題は、偽の乙女怪盗の存在だが……。
 アランは真剣に石版を見つめるフランソワに声をかけた。

「アナグラムということは言葉を入れ替えるのか。正しい文章に並べれば、鍵が解錠されるんだな。全部で三十字ほどあるが……執事殿、わかるか?」
「そう簡単にわかれば乙女怪盗も苦労しません」

 おいおい。そのくらいにしてくれないかな。
 呆れていると、フランソワは間髪入れず「わかりました」と宣言するので度肝を抜かれる。

「はやっ! わかったの? 答えは?」

 理知的な眼鏡の奥の眸を煌めかせながら、フランソワは顎に指先を宛てる。彼が考えるときのポーズだ。

「xyzから除く法則でいきますと、xとzはゼロでyは三つあります。ファイエット(fayette)……『ラ(la)・ファイエット(fayette)』ですね。そうしますと、yがふたつ残りまして……」

 すべてが解けたわけではないらしい。わかったのは、ラ・ファイエットだけのようだ。

「天空(ciel des)の星(etoiles)、って入ってない?」
「cは一文字もありません」
「あ、そっか……」

 フランソワに任せたほうが良さそうだ。この調子ならすぐにも判明するだろう。

「さすがだね、フランソワ君。乙女怪盗が現れる前に、君に盗まれてしまうかな、フフ……。部屋の鍵は開けておこう。自由に使ってくれたまえ……」

 意味深な言葉を残して、侯爵は部屋を出て行く。アランは警備体制に問題があると訴えかけながら侯爵の後を追った。
 宝石部屋にはノエルとフランソワだけが残された。フランソワは石版を見つめたまま、微動だにしない。眸だけが忙しく石版の上を動いている。

「ねえ、フランソワ」
「お静かに」

 ぴしゃりと告げられてノエルは身を縮こませる。
 ふと気配を感じて振り返ると、扉から猫耳メイドがそっとこちらを窺っていた。大きな左だけの青い瞳が、ノエルを見つめている。
 ノエルは彼女に近寄り、身を屈めた。警戒するように猫耳が、ぴこっと揺れる。

「ねえ、猫耳メイドさん」
「……メイドじゃない。メイにゃん」
「猫耳メイにゃん」
「……まあ、いいけど。ヒント欲しいかにゃん?」
「えっ、ヒントくれるの? ほしいほしい!」

 嬉々として耳を寄せると、メイは内緒話をするように口元に掌を翳した。吐息のような細い声音が発せられる。

「偽りの名を被っていると永遠に答えは出ない……にゃん」
「え……」

 まるでノエルの身の上を指摘されたようで愕然とする。
 さっと身を翻したメイは滑るように螺旋階段を下りていった。

「待って! それってどういう意味⁉」

 階段の上から覗けば、もう彼女の姿は見えなくなっていた。
 呆然と佇んでいると、フランソワが宝石部屋から出てくる。

「ここで考えていても新しい語句が見出せません。一旦戻りましょう」

 ふたりは塔を後にして、城にある客間用の階へやってきた。……が、荷物は一切運び込まれていない。玄関へ赴くと、入口に各車の御者が置いていった荷物が山積みにされていた。
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