乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

歓迎の食事

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 ホント~に、料理大好きなんだね。
 そういえばホテルでも食事のとき元気なかったもんね。
 完璧執事の創り出す独創的な料理からは生涯逃れられないんだなと、ノエルは今更ながら悟る。
 一切悪気のなさそうなフランソワは、いそいそと台所へ足をむけた。

「奥様、わたくしもお手伝いいたします。おや、そちらのシチューは味付けがまだでございますね?」

 恐ろしい俊敏さで、アランはいつの間にやらコックコートを身につけているフランソワの肩を掴んだ。

「待て。執事殿は我が家では客だ。今日はぜひ母の手料理を食べていってほしい。今後の参考になれば幸いだ」

 アランの目がコワイ。
 噛み締めるように一語一句告げられて、さすがのフランソワも眉尻を下げて頷いた。

「そうですか。ではせめてカトラリーの準備などを……」
「フランソワさーん。お鍋をかき回しておいてくれるかしら」
「はい、奥様」

 ノエルとアランは目配せを交わし、嬉々として台所へ入ったフランソワの後を付いていく。彼が鍋の中に唐辛子などをぶち込まないよう見張る必要があるのだ。途端にお手伝いが増えた台所は、いっぱいになった。



 ささやかな歓迎の食事が振る舞われた。
 ビーフシチューにパン、ワインとサラダ、そしてメインである七面鳥の丸焼き。
 おおお、これが世間一般の真っ当な食事なんですね。正しい食卓なんですね。
 ノエルは感動に打ち震える。
 食卓に着いて祈りを捧げていると、玄関扉が軋み、靴音が響いた。
 現れた壮年の男性は、アランと同じ漆黒の髪とダークグリーンの眸をしていた。彼は食卓を一瞥すると、ひとつ空いた母上の隣の席に黙って腰掛ける。

「あなた、コレット伯爵さまと執事のフランソワさんよ。みんなでラ・ファイエット城へお仕事に行くんですって。話したでしょ」

 気を遣った母上が沈黙した食卓を和ませる。アランは父上に向き直った。

「ただいま、父さん。久しぶり」

 その台詞は、どこかぎこちなく、けれど真っ直ぐに胸に沁みて、何故だかノエルは泣きたくなった。離れて暮らす両親に久しぶりに再会するという、ノエルには経験したことがなく、そしてこれからも口にすることがない言葉だったからかもしれない。
 父上は、ああ、と短く呟いたきり押し黙る。

「すまないな。父さんは無口なんだ。さあ、食べよう」
「お酒が入ると少し喋るのよ。ワインを飲みましょう。ノエルちゃんはお酒飲めるかしら?」
「いえ、遠慮しておきます……」

 シャンポリオン国の法律上、ノエルの年齢でもお酒は飲めるのだが、ワインとは葡萄の皮ごとグラスに詰め込んで上からウィスキーを掛けたものがコレット家の常識とされているので、大変苦手なのである。水ほど美味しいものはない。
 フランソワが優雅にワイングラスを回しているのを横目で見ながら、ちびちびとコップの水を飲む。七面鳥をナイフで切り分けたアランが皿に乗せてくれた。

「ほら。たくさん食べろ」
「そうよ。ノエルちゃんは小さいから、もっと大きくならないとね」
「このくらいで限界だと思いますが、ありがたくいただきます」

 香ばしい皮と身を噛むと、じゅわりと肉汁が溢れてきた。美味しい、すごく美味しい。ノエルは夢中で手羽先を頬張る。

「こんなに美味しいものを食べたのは初めてです。ほっぺたが落ちそうです。母上、ありがとうございます」
「あらあら、ノエルちゃん。パンとスープも召し上がってね」

 水車小屋で挽かれた小麦で作ったパンを、とろとろに煮込まれたビーフシチューに浸して食べる。どれも愛情の篭った手料理だ。
 もちろん、フランソワが愛情込めて丁寧に独創的に作ってくれるいつもの料理も、とても広い意味では美味しいかもしれないと思うのだが、母の手料理というものを知らずに育ったノエルにとっては憧れの食事だった。
 正統的なサラダの美味しさを噛みしめていると、母上はアランの近況を聞きたがった。アランは警察に勤めて以来、たまにしか家には帰ってこないらしい。
 首都では色々あったわけだが、アランはひと言で片付ける。

「まあ、元気にやってる」

 ……え。それだけ?
 屋根の上での決戦とか、パーティーでのシャンデリア破壊事件とか、バルス刑事の鼻息のバリエーションについてだとか、様々な話題に尽きないと思うんだけど。
 母上はそれで納得してくれたらしく、嬉しそうに微笑んでいた。

「父親譲りで無口でしょ? 命令するときだけ偉そうなのよね」
「わかります、わかります」
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