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第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗
完璧執事の極上料理
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一気に地獄へ突き落とされたかのような青ざめた顔になるバルスバストルを気の毒に思う。縋りついてきた部下を無情に払いのけ、アランは平静に言い放った。
「侯爵からの要望だ。騒がしいのが苦手なので警官は数名で来てほしいそうだ。ラ・ファイエット城は首都から遠いから、大勢を出動させるのは難しいからな。デュヴィヴィエ男爵の一件で経費を使いすぎたこともある。おまえは留守番だ」
「でもでも、数名ということはアラン警部と伯爵と、僕で丁度良いトリオじゃないですかぁ~ンフゥ」
「何がトリオだ。おまえがいるだけで騒がしいことこの上ない。侯爵の不興を買っては困る。乙女怪盗を捕まえてきてやるから、牢屋を掃除しておいてくれ」
「そんなぁ~トホホ」
床に崩れ落ちるバルスバストルは、さながら雨に濡れた小犬のようで憐憫を誘う。そんな彼を、フランソワは手を貸して立ち上がらせた。
「元気を出してください、バルス刑事。お城のディナーには及びませんが、よろしければわたくしの手料理をお召し上がりになってください」
「わあ~、いいんですかフランソワさん? 伯爵家のお料理はとっても美味しいんでしょうねウフフ」
あ、それ、やめたほうが……いいよ?
ノエルが口ごもっているうちに、哀れな子羊はダイニングテーブルへと誘われる。
「さあ、アラン警部と坊ちゃまもいらしてください。カボチャの冷製スープと夏のサラダなら、すぐにお出しできますから。皆様で軽いランチにいたしましょう」
「では、ご馳走になろう」
何も知らないアランも椅子から立ち上がる。もう余計なことを言わないほうが良いと判断したノエルは、嬉しそうに厨房へ向かったフランソワを横目で見送った。
ややあって、ダイニングテーブルにフランソワのお手製料理が並べられる。
アランとバルスバストルは、しばらくカトラリーを手に取ることもせず料理を凝視していた。
ちょっと驚いちゃったかな。
慣れているノエルはスプーンを手にしてカボチャの冷製スープを黙々と食していく。
丸々一個のカボチャは中身がくり抜かれて食べやすいように一口大に切られ、上からスープが申し訳程度に振りかけられていた。カボチャを器に見立てた豪勢なお料理です。できればカボチャは事前に煮てから器に盛ってくれれば、もう少し食べやすいと思うんだ。ノエルは生のカボチャをバリバリと歯で噛み砕く。
バルスバストルも首を傾げながら、ようやくカボチャの冷製スープに手をつけた。
「ああ~歯がぁ~……カボチャの冷製スープって、こんな料理でしたっけ? 確かに冷たいですけどオフッ」
「……俺は遠慮しておこう。カボチャは苦手でな」
続いて夏のサラダを銀盆に持ってきたフランソワは、爽やかな笑みを撒き散らす。刑事ふたりは幽霊を見る心地で銀盆に視線をむけた。
「お待たせいたしました。レタスにブロッコリー、プチトマトを添えた夏のサラダでございます」
野菜を切って器に盛る。それがサラダと思いますよね。
フランソワ流はそんな生易しいものではない。
皿には、ドロドロに煮込まれた元は野菜だったものの残骸がのっていた。ブロッコリーは完全に崩れて粒々だけが残り、プチトマトの皮らしき萎びた赤いものが横たわっている。
ひとりずつ、丁寧に眼前に提供される。立ち上る湯気に、アランとバルスバストルは仰け反った。
熱そう、すごく熱そう。
夏のサラダとは言ったが、冷たいとは決して言ってないですね。はい。
ノエルは慣れているので、スプーンを手にしてドロドロの野菜を掬い上げ、口に運ぶ。
「気をつけてくださいね。熱いので火傷しますから、あちっ! はふはふ……」
アランは苦渋の表情を浮かべた。
「一応聞くが、毎日こういった料理なのか?」
「毎日ではないですよ。秋にはキノコのシチューに変更します。季節感ありますよ」
「まさかそれは生のキノコに若干のタレを掛けたものじゃないだろうな」
「そうですよ。よくわかりますね。はふはふ……」
何故かアランは額に手を遣り、バルスバストルには可哀想なものを見るような涙目をむけられる。そこへ類い希な才能の料理人が、感想を聞きにやってきた。
「いかがでございましたか。急でしたので大したおもてなしもできず申し訳ございません」
「いえもう充分です……。フランソワさんはお料理がお上手ですねウフフ……」
「ありがとうございます、バルス刑事。最高の褒め言葉を頂戴いたしました」
フランソワは頬を染めて、至福の喜びを噛みしめるように目元にハンカチを宛てた。
ホントに嬉しいんだね、良かったね。
毎日のことなのでノエルは褒めるということをしなかったが、これからも決して料理を褒めることはないだろう。これ以上フランソワの腕が上達したら、胃がおかしくなってしまう。
感激したフランソワは、おかわりが沢山あると言って厨房に戻っていった。途端にノエルとアランの冷めた視線を浴びたバルスバストルは、体を小さくしながら懸命にカボチャの冷製スープと夏のサラダを平らげた。
「侯爵からの要望だ。騒がしいのが苦手なので警官は数名で来てほしいそうだ。ラ・ファイエット城は首都から遠いから、大勢を出動させるのは難しいからな。デュヴィヴィエ男爵の一件で経費を使いすぎたこともある。おまえは留守番だ」
「でもでも、数名ということはアラン警部と伯爵と、僕で丁度良いトリオじゃないですかぁ~ンフゥ」
「何がトリオだ。おまえがいるだけで騒がしいことこの上ない。侯爵の不興を買っては困る。乙女怪盗を捕まえてきてやるから、牢屋を掃除しておいてくれ」
「そんなぁ~トホホ」
床に崩れ落ちるバルスバストルは、さながら雨に濡れた小犬のようで憐憫を誘う。そんな彼を、フランソワは手を貸して立ち上がらせた。
「元気を出してください、バルス刑事。お城のディナーには及びませんが、よろしければわたくしの手料理をお召し上がりになってください」
「わあ~、いいんですかフランソワさん? 伯爵家のお料理はとっても美味しいんでしょうねウフフ」
あ、それ、やめたほうが……いいよ?
ノエルが口ごもっているうちに、哀れな子羊はダイニングテーブルへと誘われる。
「さあ、アラン警部と坊ちゃまもいらしてください。カボチャの冷製スープと夏のサラダなら、すぐにお出しできますから。皆様で軽いランチにいたしましょう」
「では、ご馳走になろう」
何も知らないアランも椅子から立ち上がる。もう余計なことを言わないほうが良いと判断したノエルは、嬉しそうに厨房へ向かったフランソワを横目で見送った。
ややあって、ダイニングテーブルにフランソワのお手製料理が並べられる。
アランとバルスバストルは、しばらくカトラリーを手に取ることもせず料理を凝視していた。
ちょっと驚いちゃったかな。
慣れているノエルはスプーンを手にしてカボチャの冷製スープを黙々と食していく。
丸々一個のカボチャは中身がくり抜かれて食べやすいように一口大に切られ、上からスープが申し訳程度に振りかけられていた。カボチャを器に見立てた豪勢なお料理です。できればカボチャは事前に煮てから器に盛ってくれれば、もう少し食べやすいと思うんだ。ノエルは生のカボチャをバリバリと歯で噛み砕く。
バルスバストルも首を傾げながら、ようやくカボチャの冷製スープに手をつけた。
「ああ~歯がぁ~……カボチャの冷製スープって、こんな料理でしたっけ? 確かに冷たいですけどオフッ」
「……俺は遠慮しておこう。カボチャは苦手でな」
続いて夏のサラダを銀盆に持ってきたフランソワは、爽やかな笑みを撒き散らす。刑事ふたりは幽霊を見る心地で銀盆に視線をむけた。
「お待たせいたしました。レタスにブロッコリー、プチトマトを添えた夏のサラダでございます」
野菜を切って器に盛る。それがサラダと思いますよね。
フランソワ流はそんな生易しいものではない。
皿には、ドロドロに煮込まれた元は野菜だったものの残骸がのっていた。ブロッコリーは完全に崩れて粒々だけが残り、プチトマトの皮らしき萎びた赤いものが横たわっている。
ひとりずつ、丁寧に眼前に提供される。立ち上る湯気に、アランとバルスバストルは仰け反った。
熱そう、すごく熱そう。
夏のサラダとは言ったが、冷たいとは決して言ってないですね。はい。
ノエルは慣れているので、スプーンを手にしてドロドロの野菜を掬い上げ、口に運ぶ。
「気をつけてくださいね。熱いので火傷しますから、あちっ! はふはふ……」
アランは苦渋の表情を浮かべた。
「一応聞くが、毎日こういった料理なのか?」
「毎日ではないですよ。秋にはキノコのシチューに変更します。季節感ありますよ」
「まさかそれは生のキノコに若干のタレを掛けたものじゃないだろうな」
「そうですよ。よくわかりますね。はふはふ……」
何故かアランは額に手を遣り、バルスバストルには可哀想なものを見るような涙目をむけられる。そこへ類い希な才能の料理人が、感想を聞きにやってきた。
「いかがでございましたか。急でしたので大したおもてなしもできず申し訳ございません」
「いえもう充分です……。フランソワさんはお料理がお上手ですねウフフ……」
「ありがとうございます、バルス刑事。最高の褒め言葉を頂戴いたしました」
フランソワは頬を染めて、至福の喜びを噛みしめるように目元にハンカチを宛てた。
ホントに嬉しいんだね、良かったね。
毎日のことなのでノエルは褒めるということをしなかったが、これからも決して料理を褒めることはないだろう。これ以上フランソワの腕が上達したら、胃がおかしくなってしまう。
感激したフランソワは、おかわりが沢山あると言って厨房に戻っていった。途端にノエルとアランの冷めた視線を浴びたバルスバストルは、体を小さくしながら懸命にカボチャの冷製スープと夏のサラダを平らげた。
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