25 / 54
第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗
幽霊城の予告状
しおりを挟む
「あっつう~……」
シャンポリオン国に夏がやってきた。
テラスでそよ風を受けながらアイスティーを飲んで涼む、という目論見は脆くも崩れ去った。
そよ風どころか、一片の風もないんですけど。
じりじりと太陽が地表を焼いている。テラスに張り巡らされた天幕は意味を成さず、アイスティーのグラスは表面をいくつもの雫が伝っていた。
デッキチェアに凭れながら遠くの蜃気楼を半眼で見遣っていると、声だけは涼やかな執事が告げた。
「坊ちゃま。アラン警部とバルス刑事がお見えです」
「久しぶりだね。お通しして」
最近は乙女怪盗の活動もないので、必然的に特別国王憲兵隊としての任務も減った。というか暑いので何もやる気になれない。全国的に夏は休暇で良いと思う。
「うわぁ~……」
応接間に入ったノエルはアランの姿を一目見て、素直にげんなりとした。
この酷暑のさなかに、ぴっちりと長袖の制服を着込んで制帽を被っている。それにもかかわらず汗ひとつ掻いていない。
その服の中には氷でも仕込んでるんですかね?
「予想どおり、だらけてるな」
「アランがきちんとしすぎなんですよ……。だらけましょうよ」
麻で編まれたチュニックという格好のノエルは、だらしなく椅子に凭れた。シュミーズを腕まくりして適度にだらけているバルスバストルは、肩に掛けた制服の上着を下ろし、リラックスして着席する。
「ああ~暑かった。フランソワさん、僕もアイスティーお願いしますウフ」
「はい、ただいま。氷を沢山、お入れましょう」
「わあ~いウフッフ~」
やれやれと肩を竦めて、アランはすっかりだらけている面々を見据える。
「暑さにだらけるおまえたちに朗報だ。涼しい避暑地に行ける機会がやってきたぞ」
「え、避暑地? ニルス辺りですか?」
貴族や富豪が休暇に訪れる避暑地といえばニルスが有名で、近隣の貴族たちも皆バカンスに出かけている。ノエルはといえば、引きこもりたるもの休暇になど行けないというわけで、夏の避暑地とは無縁だ。それに宝石を呑んだ狂気人形たちを置いて、屋敷を留守にするわけにもいかない。
颯爽と海風がそよぐ避暑地のイメージを、アランは無情に一掃する。
「ロランヌ地方にある、ラ・ファイエット城だ」
「え……。もしかして、あの、幽霊が出るっていう有名な城ですか」
ラ・ファイエット城は北部の高山に建てられた陸の孤島というべき古城で、幽霊が出るという噂がある。
「幽霊はともかく、乙女怪盗は出るらしいな。先日予告状が届いたと城主から連絡があった」
「はい?」
出してませんけど?
と、声高に訴えようとしたノエルは慌てて口を噤む。
いくら涼みたいからといって幽霊が出るという噂の古城に予告状を出したりしない。ノエルは幽霊がとても苦手なのである。夜はひとりでトイレットに行けないので、自室の隣を改装してトイレットを付けたくらいだ。これでも乙女怪盗です。
「城主のラ・ファイエット侯爵が所有する『天空の星』が狙いらしい」
ノエルはアイスティーを吹き出した。咳き込んでしまい、フランソワにハンカチを宛がわれてようやく呼吸を整える。
「それって、まさか……!」
「一三年前にコレット伯爵家から盗まれた宝石と同じ名前だな。ラ・ファイエット侯爵と面識はあるのか?」
ノエルは首を横に振る。
「ありません。父の友人というような話も聞いたことがありませんね」
「なるほど。侯爵が『天空の星』を盗んだ犯人ということも考えられるな」
「まさか! だって侯爵閣下なんですよ?」
そういう私も伯爵ですけど!
ラ・ファイエット侯爵に会ってみたい。仮に彼が盗んだとしても、何か事情があるのかもしれない。やっと捜していた宝石が見つかるのだ。
ノエルは俄然やる気になった。
「ラ・ファイエット城を訪ねれば何かわかるだろう。行くか?」
「もちろんです!」
力強く頷く。バルスバストルは笑顔を弾けさせた。
「わぁ~い。お城でディナーが食べられますね、楽しみですウッフフ~」
「バルスは留守番だ」
「えええええ~~~~どおしてええ~ウグ~」
シャンポリオン国に夏がやってきた。
テラスでそよ風を受けながらアイスティーを飲んで涼む、という目論見は脆くも崩れ去った。
そよ風どころか、一片の風もないんですけど。
じりじりと太陽が地表を焼いている。テラスに張り巡らされた天幕は意味を成さず、アイスティーのグラスは表面をいくつもの雫が伝っていた。
デッキチェアに凭れながら遠くの蜃気楼を半眼で見遣っていると、声だけは涼やかな執事が告げた。
「坊ちゃま。アラン警部とバルス刑事がお見えです」
「久しぶりだね。お通しして」
最近は乙女怪盗の活動もないので、必然的に特別国王憲兵隊としての任務も減った。というか暑いので何もやる気になれない。全国的に夏は休暇で良いと思う。
「うわぁ~……」
応接間に入ったノエルはアランの姿を一目見て、素直にげんなりとした。
この酷暑のさなかに、ぴっちりと長袖の制服を着込んで制帽を被っている。それにもかかわらず汗ひとつ掻いていない。
その服の中には氷でも仕込んでるんですかね?
「予想どおり、だらけてるな」
「アランがきちんとしすぎなんですよ……。だらけましょうよ」
麻で編まれたチュニックという格好のノエルは、だらしなく椅子に凭れた。シュミーズを腕まくりして適度にだらけているバルスバストルは、肩に掛けた制服の上着を下ろし、リラックスして着席する。
「ああ~暑かった。フランソワさん、僕もアイスティーお願いしますウフ」
「はい、ただいま。氷を沢山、お入れましょう」
「わあ~いウフッフ~」
やれやれと肩を竦めて、アランはすっかりだらけている面々を見据える。
「暑さにだらけるおまえたちに朗報だ。涼しい避暑地に行ける機会がやってきたぞ」
「え、避暑地? ニルス辺りですか?」
貴族や富豪が休暇に訪れる避暑地といえばニルスが有名で、近隣の貴族たちも皆バカンスに出かけている。ノエルはといえば、引きこもりたるもの休暇になど行けないというわけで、夏の避暑地とは無縁だ。それに宝石を呑んだ狂気人形たちを置いて、屋敷を留守にするわけにもいかない。
颯爽と海風がそよぐ避暑地のイメージを、アランは無情に一掃する。
「ロランヌ地方にある、ラ・ファイエット城だ」
「え……。もしかして、あの、幽霊が出るっていう有名な城ですか」
ラ・ファイエット城は北部の高山に建てられた陸の孤島というべき古城で、幽霊が出るという噂がある。
「幽霊はともかく、乙女怪盗は出るらしいな。先日予告状が届いたと城主から連絡があった」
「はい?」
出してませんけど?
と、声高に訴えようとしたノエルは慌てて口を噤む。
いくら涼みたいからといって幽霊が出るという噂の古城に予告状を出したりしない。ノエルは幽霊がとても苦手なのである。夜はひとりでトイレットに行けないので、自室の隣を改装してトイレットを付けたくらいだ。これでも乙女怪盗です。
「城主のラ・ファイエット侯爵が所有する『天空の星』が狙いらしい」
ノエルはアイスティーを吹き出した。咳き込んでしまい、フランソワにハンカチを宛がわれてようやく呼吸を整える。
「それって、まさか……!」
「一三年前にコレット伯爵家から盗まれた宝石と同じ名前だな。ラ・ファイエット侯爵と面識はあるのか?」
ノエルは首を横に振る。
「ありません。父の友人というような話も聞いたことがありませんね」
「なるほど。侯爵が『天空の星』を盗んだ犯人ということも考えられるな」
「まさか! だって侯爵閣下なんですよ?」
そういう私も伯爵ですけど!
ラ・ファイエット侯爵に会ってみたい。仮に彼が盗んだとしても、何か事情があるのかもしれない。やっと捜していた宝石が見つかるのだ。
ノエルは俄然やる気になった。
「ラ・ファイエット城を訪ねれば何かわかるだろう。行くか?」
「もちろんです!」
力強く頷く。バルスバストルは笑顔を弾けさせた。
「わぁ~い。お城でディナーが食べられますね、楽しみですウッフフ~」
「バルスは留守番だ」
「えええええ~~~~どおしてええ~ウグ~」
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王子様と過ごした90日間。
秋野 林檎
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。
女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。
そんなロザリーに王子は惹かれて行くが…
本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる