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第三章 パーティーでシャンパンを
パーティーへの予告状
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ノエルは鏡に映る自分の姿を見て怖れを抱いた。
先ほどから甲斐甲斐しく立ち回っているフランソワは、櫛や白粉を手にして極上の笑みを浮かべている。
「いかがでございますか、坊ちゃま。ああ、今日はお嬢様とお呼びしたほうがよろしいですね」
大人びた印象の菫色のドレス。銀色の髪は後頭部を高く結い上げて、肩に垂らされた部分はくるりと巻かれている。頬を薔薇色に染める化粧を施した令嬢が、鏡の中で口元を引き攣らせていた。
「なんかコワイなぁ……。私じゃないみたい」
「とてもお美しいですよ。それに、これが本来のお姿なのでございますから」
確かにふつうの令嬢のようにドレスを着てみたいなと思ったことがないわけではないのだが、いざ実現すると猛烈な違和感に襲われる。
この重苦しい格好をして今日一日を過ごせるのだろうか。不安しかない。
控えめなノックの音がしたので「どうぞ」と返事をすると、アランとバルスバストルが入室してきた。
「わあああ~、すごい可愛い! 伯爵ってば女装がとてもお似合いですよ。本物の女の子みたいですウフッフ」
「そ、そうですか……?」
本物の女の子なんですけどね。
ちらりと後ろのアランに目をむけると、彼は軽く瞠目していた。
「似合うな」
短く呟いて顔を背けてしまう。心なしか頬が赤い気がする。
え、まさか……照れてるわけじゃないよね?
釣られてノエルも頬を染めて俯いた。
本日はデュヴィヴィエ男爵が主催するパーティーに招待されている。入場には男女のペアであることが必須なので、ノエルは警察の要請を受けて仕方なく女装したのである。
もちろん、ただのパーティーではない。
先日、乙女怪盗ジョゼフィーヌよりデュヴィヴィエ男爵に予告状が届いたのだ。
『満月の晩、パーティーに潜入して、男爵夫人の誕生日プレゼントをいただきます』
その日、誕生日である男爵夫人のために、デュヴィヴィエ男爵は指輪をプレゼントした。プラチナの台座に大粒のエメラルドが据えられたデザインで、世界に一点しかない特注品である。ただし、エメラルドが元々は盗品であることを、買い取った男爵は知らない。
パーティーの中止も検討されたが、乙女怪盗は狙った獲物は逃がさない。大勢の人目に触れていたほうが安全だろうし、乙女怪盗が現れても捕縛しやすいという結論に達し、警察の警護の元でパーティーは開催される運びとなった。
実際にこれまでの盗みは、すべて密室や狭い室内での犯行だった。
広いパーティー会場に衆人環視の中で指輪を盗むのは不可能に思える。しかも乙女怪盗は毎回派手に登場する。警察の警備体制をくぐり抜けて宝石を盗み、無事に脱出できるか。
この格好で。
コルセットって、なんでこんなにきっついの? 内臓が口から飛び出ちゃうよ?
改めて鏡を眺めて溜息を吐く。
いつの間にか背後に立っていたアランが鏡に映り込んだ。
アランもパーティー参加者を装っての警備なので、今日は燕尾服を着込んでいる。すらりと背が高いので、とてもよく似合っていた。
「銀の髪と眸だから菫色が溶け込むな。柔らかい雰囲気になる」
「はあ、どうも」
「気の抜けた返事だな。褒めてるんだぞ」
「はあ……」
こちらはいつもの警察の制服を着たバルスバストルが、鏡に映らんばかりに身を乗り出してきた。
「ドレスはアラン警部が選んだんですよ! 私はピンクのほうが可愛いと思ったんですけど、この色も大人っぽくて素敵です~。あっ、ドレス代は経費で落としましたので心配御無用ですウフッフゥ」
「え。そうなんですか?」
驚いて振り返れば、アランはふいと横を向く。
「ああ。捜査の一環だからな。もちろん経費だ」
「いえ、そっちではなくて……このドレスがアランの目利きだと……」
「まあな」
何ですか、その気の抜けた返事。
でも、ちょっと、嬉しいかも……。
アランが女性ものの衣装店でノエルのことを考えながら選んでくれたのだと想像すると、何だかくすぐったい心地になった。
仕上げにフランソワが胸元のリボンを丁寧に結んでくれる。沢山連なった細いリボンが、さらりとシフォンのフリルに落ちかかる。
「菫色やピンクもよろしいのですが、思い切って黒なんかお似合いになるのではないかと、わたくしは思いますね」
こらこら、何言ってんの。
余計な足払いをかけようとする執事に咳払いをひとつ投げてやると、案の定、華麗に黙殺される。
「黒だと葬式みたいだろう」
「そうですよお、フランソワさん。黒が似合うのは、乙女怪盗ジョゼフィーヌだけですよンフッフ」
「それもそうでございますね」
アハハ、と笑いが起こる。
なにこれ、大丈夫?
この流れで私、伯爵令嬢のふりしながら乙女怪盗できる?
ノエルは楽しそうな男たちを横目で見ながら、前途多難に頭を抱えた。
先ほどから甲斐甲斐しく立ち回っているフランソワは、櫛や白粉を手にして極上の笑みを浮かべている。
「いかがでございますか、坊ちゃま。ああ、今日はお嬢様とお呼びしたほうがよろしいですね」
大人びた印象の菫色のドレス。銀色の髪は後頭部を高く結い上げて、肩に垂らされた部分はくるりと巻かれている。頬を薔薇色に染める化粧を施した令嬢が、鏡の中で口元を引き攣らせていた。
「なんかコワイなぁ……。私じゃないみたい」
「とてもお美しいですよ。それに、これが本来のお姿なのでございますから」
確かにふつうの令嬢のようにドレスを着てみたいなと思ったことがないわけではないのだが、いざ実現すると猛烈な違和感に襲われる。
この重苦しい格好をして今日一日を過ごせるのだろうか。不安しかない。
控えめなノックの音がしたので「どうぞ」と返事をすると、アランとバルスバストルが入室してきた。
「わあああ~、すごい可愛い! 伯爵ってば女装がとてもお似合いですよ。本物の女の子みたいですウフッフ」
「そ、そうですか……?」
本物の女の子なんですけどね。
ちらりと後ろのアランに目をむけると、彼は軽く瞠目していた。
「似合うな」
短く呟いて顔を背けてしまう。心なしか頬が赤い気がする。
え、まさか……照れてるわけじゃないよね?
釣られてノエルも頬を染めて俯いた。
本日はデュヴィヴィエ男爵が主催するパーティーに招待されている。入場には男女のペアであることが必須なので、ノエルは警察の要請を受けて仕方なく女装したのである。
もちろん、ただのパーティーではない。
先日、乙女怪盗ジョゼフィーヌよりデュヴィヴィエ男爵に予告状が届いたのだ。
『満月の晩、パーティーに潜入して、男爵夫人の誕生日プレゼントをいただきます』
その日、誕生日である男爵夫人のために、デュヴィヴィエ男爵は指輪をプレゼントした。プラチナの台座に大粒のエメラルドが据えられたデザインで、世界に一点しかない特注品である。ただし、エメラルドが元々は盗品であることを、買い取った男爵は知らない。
パーティーの中止も検討されたが、乙女怪盗は狙った獲物は逃がさない。大勢の人目に触れていたほうが安全だろうし、乙女怪盗が現れても捕縛しやすいという結論に達し、警察の警護の元でパーティーは開催される運びとなった。
実際にこれまでの盗みは、すべて密室や狭い室内での犯行だった。
広いパーティー会場に衆人環視の中で指輪を盗むのは不可能に思える。しかも乙女怪盗は毎回派手に登場する。警察の警備体制をくぐり抜けて宝石を盗み、無事に脱出できるか。
この格好で。
コルセットって、なんでこんなにきっついの? 内臓が口から飛び出ちゃうよ?
改めて鏡を眺めて溜息を吐く。
いつの間にか背後に立っていたアランが鏡に映り込んだ。
アランもパーティー参加者を装っての警備なので、今日は燕尾服を着込んでいる。すらりと背が高いので、とてもよく似合っていた。
「銀の髪と眸だから菫色が溶け込むな。柔らかい雰囲気になる」
「はあ、どうも」
「気の抜けた返事だな。褒めてるんだぞ」
「はあ……」
こちらはいつもの警察の制服を着たバルスバストルが、鏡に映らんばかりに身を乗り出してきた。
「ドレスはアラン警部が選んだんですよ! 私はピンクのほうが可愛いと思ったんですけど、この色も大人っぽくて素敵です~。あっ、ドレス代は経費で落としましたので心配御無用ですウフッフゥ」
「え。そうなんですか?」
驚いて振り返れば、アランはふいと横を向く。
「ああ。捜査の一環だからな。もちろん経費だ」
「いえ、そっちではなくて……このドレスがアランの目利きだと……」
「まあな」
何ですか、その気の抜けた返事。
でも、ちょっと、嬉しいかも……。
アランが女性ものの衣装店でノエルのことを考えながら選んでくれたのだと想像すると、何だかくすぐったい心地になった。
仕上げにフランソワが胸元のリボンを丁寧に結んでくれる。沢山連なった細いリボンが、さらりとシフォンのフリルに落ちかかる。
「菫色やピンクもよろしいのですが、思い切って黒なんかお似合いになるのではないかと、わたくしは思いますね」
こらこら、何言ってんの。
余計な足払いをかけようとする執事に咳払いをひとつ投げてやると、案の定、華麗に黙殺される。
「黒だと葬式みたいだろう」
「そうですよお、フランソワさん。黒が似合うのは、乙女怪盗ジョゼフィーヌだけですよンフッフ」
「それもそうでございますね」
アハハ、と笑いが起こる。
なにこれ、大丈夫?
この流れで私、伯爵令嬢のふりしながら乙女怪盗できる?
ノエルは楽しそうな男たちを横目で見ながら、前途多難に頭を抱えた。
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