煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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あかずの間の秘密

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「それはボクたちだけのひみつです!」

 背筋を冷や汗が流れる。嬉々とした眸で見上げてくるユーリイに、優雅な頷きを返した。
 平常心だ。僕は今、紗綾姫なのだ。
 心を落ち着ければ、いつもの紗綾姫の笹が囁くような声音が出る。

「ユーリイさまとお話が弾みました。私たちはお友だちになりましょうねと誓い合ったところなのです。でも詳しいことはアレクには秘密です」

 無難に纏めると、アレクは得心したという笑みを見せた。

「それは良かった。どうやら私の憂いは杞憂だったようだ。だが、私ばかり秘密を教えてもらえないのは些かつまらないな」

 え、と頬が引き攣る。
 アレクは次に何を言い出すのか。動揺のあまりベールの下で目が泳いでしまう。
 手にしていた黄金の鍵を掲げたアレクは、悪戯めいた表情で片眼を瞑る。

「私にも、とっておきの秘密がある。これは、あかずの間を開く鍵だ」
「あかずの間⁉ おもしろそう。父上、ボクがカギをあけます!」

 ユーリイは黄金の鍵を見るなり、跳ぶように椅子を下りてアレクの元に駆けた。
 紅宮殿を初めて訪れたときに開けないようにと指示された、あかずの間のことらしい。紗綾姫の正体については離れたので、ひとまず安堵する。

「これは父が紗綾のために作った秘密の部屋の鍵なのだ。まずは私と紗綾が、あかずの間の秘密を見てくる。ユーリイは志音と待っていなさい」

 不満そうに頬を膨らませるユーリイを、志音が「こちらで遊びましょう」と促す。ふたりは毛糸屋へ赴いた際に面識がある。志音に任せておけば安心だ。
 別室へ赴いたふたりを見送ると、アレクは優雅な所作で掌を差し出す。淑女へのエスコートだ。誘われるように絹の手袋に包まれた手を出しかけたが、煌は思い直して腕を下げた。

「あ……いえ、結構です」

 手に触れれば男というだけでなく、キラ・ハルアと同じ掌だと知れてしまうかもしれない。ピアノに座るアレクに手を握られたのは、つい先日のことだ。
 アレクは痛みを覚えたかのように双眸を眇めたが、それは一瞬のことで、すぐに微笑を浮かべながら断られた掌を部屋の外へむける。

「さあ、参ろう。紗綾もあかずの間には何があるのか、気になっていたのではないかな?」
「ええ、そうですね……。何でしょうか」

 本当は、アレクの手を取りたかった。
 淑女でもないのに、エスコートしてもらいたいと思うなんてどうかしている。
 煌は戸惑いを押し込めて、足元まで隠れた長いベロアのドレスを引きながら、アレクと一定の距離を置いて廊下を歩く。
 あかずの間は、紅宮殿の最奥に位置していた。
 住居にしている一角とは離れた廊下の突き当たりに鎮座する鉄製の重厚な扉は、繊細な彫刻を施したアーチが設けられており、重苦しさを緩和させている。備え付けられた錠前は黄金に輝いていた。
 アレクはアーチを開けると煌を招き入れ、黄金の鍵を手渡した。

「貴女のための秘密だ。自らの手で開けてみてくれ」

 彼の眸は悪戯を披露する直前の少年のように煌めいている。
 秘密とは何だろう。
 あかずの間にはきっと、胸を躍らせるものが待っているのだ。
 期待に高鳴る胸を押さえて、煌は鍵を握りしめる。重みのある黄金の鍵を錠前の鍵穴に差込んで回せば、カチリと硬質な手応えがあった。
 硬い鉄の扉が開かれる。
 溢れ出す眩い煌めきに、目を眇めた。

「これは……!」

 眼前に広がる、赤の世界。
 部屋の壁一面に埋め込まれているのは、真紅の宝石だった。すべて本物のルビーだ。室内は椅子とテーブルを置けば一杯になるほどの広さだが、四方の壁と天井にも隙間なくルビーが散りばめられている。真紅の深い輝きが織り成すのは、まるで――

「鳳凰木の花の色を思わせます。満開の時期には、このルビーのように、燃えるように美しく咲いて……」

 優しげに微笑むアレクの相貌を見上げる。記憶の彼方にある、異国の少年の面影が過ぎった。
 燃えるような鳳凰木の花の下、手を繫いで歩いた。
 少し幼さの残る少年の整った顔立ちが、現在の精悍なアレクの容貌と重なる。
 少年の名は、アレン。

『私は、アレ……ン……』

 聞き取れなかった彼の、本当の名は……アレクサンドル。
 懐かしい思い出と共に、残酷な真実が煌の胸に迫る。

「気に入ってくれただろうか。鳳凰木の真紅の花は、ルビーの輝きによく似ている。私は昔、瑠璃国を訪問した際に一度だけ鳳凰木を見たが、以来ルビーを目にするたびに貴女のことを思い出していた。紗綾と見た、満開の鳳凰木が忘れられない……。覚えているか?」

 すべて思い出した。紗綾の着物を着て女の子のふりをしていたとき、アレクと出会った。そして名を訊ねられて、思わず紗綾と名乗ってしまったのだ。
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