煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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皇子ユーリイ 2

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 頭を抱えるイサークの隣で、ルカが鼻で嗤う。

「いいじゃない。やらせてあげようよ」
「おい、ルカ」
「ユーリイさまが負けるわけない。何といっても特別名誉隊長なんだから。そうだろう?」

 煌を見下す妖艶な双眸に、指示を察知する。
 怪我を負わせないよう戦い、わざと負けろ。
 なるほど、了解しました。

「さすが中尉はボクのことをよくわかってるな。剣をもて」
「恐れ入ります。さあ、どうぞ。ユーリイさま」

 麗しい微笑を浮かべたルカは恭しく剣鞘を差し出す。剣といっても刀身も柄も小さい。子どもの身丈に合うよう作られた特注品だろう。ユーリイは満足げな笑みで、華麗な装飾が施された剣を手にした。

「君はこれね」

 無造作に放られた剣を受け止めると、ずしりと重い。渡される間際、ルカに射殺されるような目線を送られて幾度も頷く。分かっております。
 遠巻きの団員が見守るなか、広場で剣を構えたユーリイと向き合う。剣を扱うのも久しぶりだ。心配げなイサークが審判として間に立ち、腕を高々と掲げる。煌はしっかりと柄を握り、鞘から刀身を抜いた。
 青眼に構える。
 ロマンシアとは剣法が異なるだろうが、間合いを測り、懐に踏み込むのは一緒だ。負けなければいけないので攻めは封印しよう。

「やああーっ」

 剣を振り上げたユーリイは懸命に駆け込んできた。正面から振り下ろしたので、中段で受け止める。幾度も打ち込んでくるが、力が弱いので受けるのは簡単だった。むしろ剣が重いのでそのせいで腕が痺れるくらいだ。
 防戦一方の煌に、少し距離を取ったユーリイは唇を尖らせる。

「どうした。かかってこい!」

 あまりにも攻めてこないのもつまらないのだろう。耐えかねるふりをして剣を手放しそうと考えていたが、一度くらい攻撃しないとわざとらしい負け方になってしまうかもしれない。
 次の斬撃が来たら、攻撃に転じよう。
 身構えた煌の懐に、ユーリイが踏み込む。
 そのとき、射し込んだ一筋の光に視界を奪われる。ユーリイの姿も剣先も見えない。雲間から覗いた陽射しを避けようと、煌は咄嗟に向きを変えた。
 空を斬る音が鳴り、剣先が掠める。
 白刃が鮮血を散らした。

「……っ」

 剣が弧を描いて地に突き刺さった。同時に苛烈な痛みに襲われ、顔を顰める。
イサークが煌にむけて手を掲げた。

「勝者、キラ・ハルア」

 煌の手の甲から血が滴り落ちる。だが己の剣は握られたままだ。
ユーリイは手放された剣と小さな掌を交互に見ながら、驚愕の表情を浮かべていた。落胆と納得の入り交じった団員のざわめきが場に広がる。
 勝ってしまった。陽光を躱そうとした動きが、ユーリイの刀身を弾き飛ばす結果になった。
 ユーリイに怪我はないようで、どこにも傷は付いていない。安堵の息を吐いた煌は剣を下ろした。

「ユーリイさま、大丈夫ですか?」
「きさま~。よくもボクを傷つけたな!」

 頬を紅潮させたユーリイは地団駄を踏む。煌は慌てて駆け寄った。

「えっ。どこかお怪我いたしましたか?」
「手がいたい」

 小さな手を取り確認したが、痣や打撲の痕は見当たらない。子ども用とはいえ真剣なので重量は結構重い。振り回せば手首は疲れる。

「明日になれば治りますよ。今後も頑張って訓練しましょうね」

 微笑みかけると、ユーリイは小刻みに震えだした。唇を噛み締めて、眸には涙が浮かんでいる。自分から挑んだ勝負に負けたことが相当悔しいらしい。
 負けてあげるつもりだったんですけど……。
 そんなことを言えば彼の矜持を粉々に打ち砕いてしまうので、せめて宥めようと手を握る。ちらりと周りを窺えば、イサークは胸を撫で下ろしていた。ルカは茶番に飽きたと云わんばかりに前髪を掻き上げている。
 そのふたりの眼差しが、とある方向を捉えた。瞬時に緊張を漲らせ、背筋を正して胸に手を宛てる。

「ツァーリに拝謁いたします!」

 はっとして視線をむける。
 漆黒のロングコートを翻してこちらに向かってくるのは、皇帝のアレクだ。団員は慌てて整列しだした。煌は逃げ出そうとした足をかろうじて踏み留める。
 今は新人団員のキラ・ハルアなのだ。アレクにも紗綾姫の顔は見られていないので、直接素顔を見られても問題はないはず。逃亡すれば逆に怪しまれるだろう。
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