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計画の全容 2
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理屈はわかるのだけれど。
なんだかファルゼフの掌の上で、いいように転がされた気がしないでもない……
騎士団員もそのように感じているのか、彼らは苦々しい顔を見せる。
ハリルは事後処理を指揮しているラシードに怒りの矛先を向けた。
「ということは神馬の儀の話が出たときから、ラシードも計画に荷担して黙ってたんだな⁉ なんで俺を作戦に参加させないんだ!」
名指しされたラシードは純白のクーフィーヤをさらりと翻し、漆黒の双眸を眇めた。
「むしろ、なぜハリルを交えねばならぬのだ。貴様の使命はセナと百人のアルファたちを守ること。数ある計画のうち、いかなる事態に陥ろうとも貴様のやることは変わらぬ」
「うぐ……」
「この七日間、貴様は牢で座していただけであろう。私は出立を見送ってから部隊を編成して出陣の準備をし、ファルゼフの放った鷹から援軍を求める旨の便りを受け取ると、不眠不休でリガラ城砦まで駆けつけたのだ。城門はファルゼフが開け、アポロニオス王を仕留めたのはシャンドラ。我々の連携が功を奏したのではないか」
「うぐぅ……」
返す言葉が見当たらないらしいハリルは頭を抱える。
セナたちがリガラ城砦で過ごした七日の間にも、ラシードやファルゼフたちは懸命に作戦を進めていたのだ。
ファルゼフがわざわざセナの隣に立ってアポロニオスを説き伏せようとしたのも、彼にこちらを向かせて隙を作り、階段上にいるシャンドラにクナイで攻撃させるためだったのだ。
裏切り者と思っていた兄弟はセナたちの命を救ってくれた恩人である。
牢に捕らえられて出番のなかったハリルだが、彼がいてくれたからこそアルファたちも希望を捨てずにいられたのではないだろうか。
セナは懸命にハリルを宥めた。
「ハリルさまは死への覚悟を示して、みなさんの動揺を収めてくれました。騎士団長が慌てることなくどっしり構えていたので、みなさんも希望を捨てずに脱出の機会を待っていられたのではないでしょうか。とても大切な役目を果たしてくださったと、僕は思います」
「ありがとうよ、セナ。そう言ってくれるのは、おまえだけだ」
抱き寄せられ、強靱な腕にぎゅうぎゅうに抱かれる。
騎士団員たちはそんなセナとハリルを笑顔で取り囲んだ。
「そうですよ! 騎士団長のおかげです!」
「ありがとうよ、おまえら……!」
解放された安堵感から、アルファたちの間に久しぶりの明るい笑顔が戻る。
そこへファルゼフから、締めのひとことが投げかけられた。
「この作戦におきまして、最大の功労者はセナ様でございましょう。アポロニオス王を誘惑して寝室に長時間留めておき、時間稼ぎをすることが何よりの……」
「わああ! 僕のことはいいんです! すべてみなさんのおかげですから……!」
セナは慌ててファルゼフの暴露を遮る。
アポロニオスを誘惑したことになっているが、セナ自身も作戦を何も知らなかったので、媚薬漬けにされて抱かれたことは不可抗力だった。詳細を皆の前で晒すのは勘弁してほしい。
そのとき、地に伏して捕縛されていたアポロニオスが呻き声を上げた。
巨人王は痺れ薬に冒されているが、体を起こそうともがいている。
「うう……頼む、命だけは助けてくれ。ラシード王よ、我々は友人だろう。私を国境まで送ってくれれば、二度とリガラ城砦へは踏み込まないと約束する。そうだ、金鉱山をやろう。昔はあの辺りが国境だったのだ。金鉱山一帯をトルキア国の新たな国土にすれば、文句はあるまい?」
調子のよいことを述べるアポロニオスの額には汗が滲んでいる。
勇猛な巨人王といえども、今の状態では満身創痍だ。
ラシードは地に転がっているアポロニオスを冷徹な双眸で見下ろした。
「よかろう。トルキア国としては、ベルーシャ国王を処刑して戦を起こす気は毛頭ない。我々はただ、神馬の儀を遂行するためにリガラ城砦にやってきただけだ。貴殿には事前にそう通達したはずだ」
「す、すまない。私はこの機に乗じてリガラ城砦を奪ってやろうなどと思っていたわけではない。誤解だ。ちょっとした手違いだったのだ。もうベルーシャ国に戻る。今後、決してトルキア国に手を出さないと誓う」
国王の処刑という、具体的な言葉を耳にしたアポロニオスは青ざめた。
彼の本音はリガラ城砦の奪取だったのだろうが、見事にファルゼフに騙された経緯を鑑みれば気の毒にも思う。
それに国王を拘束したとなれば、ベルーシャ国との戦争に発展してしまいかねない。ここは穏便に済ませるべきだろう。
セナはおそるおそるアポロニオスに伺った。
「アポロニオスさま、これからはトルキア国と友好を結んでくださいますか?」
「おお、もちろんだ、神の贄。友好条約を結び、君を王都に招待しようではないか。私たちは契りを交わした仲なのだから……」
「わああ! ありがとうございます。もうベルーシャ国にお戻りになってください!」
体をもてあそばれて妃にすると言われたことは、この場では伏せてもらいたい。セナの目の端で、ラシードとハリルが殺気立った様子が見て取れる。
ラシードの指示により、アポロニオスとその配下たちはトルキア軍の手で引き立てられていった。金鉱山の付近まで行けばベルーシャ国の者に身柄を委ねられるだろうし、今回の一件で懲りたアポロニオスはしばらく大人しくしていてくれるだろう。
リガラ城砦はトルキア国が取り戻した。
皆の命が無事だったことが、セナにとっては何よりも嬉しい。
これで、神馬の儀を行うことができるんだ――
安堵の息を吐いたセナは、百人のアルファたちと共に地下牢から出た。
なんだかファルゼフの掌の上で、いいように転がされた気がしないでもない……
騎士団員もそのように感じているのか、彼らは苦々しい顔を見せる。
ハリルは事後処理を指揮しているラシードに怒りの矛先を向けた。
「ということは神馬の儀の話が出たときから、ラシードも計画に荷担して黙ってたんだな⁉ なんで俺を作戦に参加させないんだ!」
名指しされたラシードは純白のクーフィーヤをさらりと翻し、漆黒の双眸を眇めた。
「むしろ、なぜハリルを交えねばならぬのだ。貴様の使命はセナと百人のアルファたちを守ること。数ある計画のうち、いかなる事態に陥ろうとも貴様のやることは変わらぬ」
「うぐ……」
「この七日間、貴様は牢で座していただけであろう。私は出立を見送ってから部隊を編成して出陣の準備をし、ファルゼフの放った鷹から援軍を求める旨の便りを受け取ると、不眠不休でリガラ城砦まで駆けつけたのだ。城門はファルゼフが開け、アポロニオス王を仕留めたのはシャンドラ。我々の連携が功を奏したのではないか」
「うぐぅ……」
返す言葉が見当たらないらしいハリルは頭を抱える。
セナたちがリガラ城砦で過ごした七日の間にも、ラシードやファルゼフたちは懸命に作戦を進めていたのだ。
ファルゼフがわざわざセナの隣に立ってアポロニオスを説き伏せようとしたのも、彼にこちらを向かせて隙を作り、階段上にいるシャンドラにクナイで攻撃させるためだったのだ。
裏切り者と思っていた兄弟はセナたちの命を救ってくれた恩人である。
牢に捕らえられて出番のなかったハリルだが、彼がいてくれたからこそアルファたちも希望を捨てずにいられたのではないだろうか。
セナは懸命にハリルを宥めた。
「ハリルさまは死への覚悟を示して、みなさんの動揺を収めてくれました。騎士団長が慌てることなくどっしり構えていたので、みなさんも希望を捨てずに脱出の機会を待っていられたのではないでしょうか。とても大切な役目を果たしてくださったと、僕は思います」
「ありがとうよ、セナ。そう言ってくれるのは、おまえだけだ」
抱き寄せられ、強靱な腕にぎゅうぎゅうに抱かれる。
騎士団員たちはそんなセナとハリルを笑顔で取り囲んだ。
「そうですよ! 騎士団長のおかげです!」
「ありがとうよ、おまえら……!」
解放された安堵感から、アルファたちの間に久しぶりの明るい笑顔が戻る。
そこへファルゼフから、締めのひとことが投げかけられた。
「この作戦におきまして、最大の功労者はセナ様でございましょう。アポロニオス王を誘惑して寝室に長時間留めておき、時間稼ぎをすることが何よりの……」
「わああ! 僕のことはいいんです! すべてみなさんのおかげですから……!」
セナは慌ててファルゼフの暴露を遮る。
アポロニオスを誘惑したことになっているが、セナ自身も作戦を何も知らなかったので、媚薬漬けにされて抱かれたことは不可抗力だった。詳細を皆の前で晒すのは勘弁してほしい。
そのとき、地に伏して捕縛されていたアポロニオスが呻き声を上げた。
巨人王は痺れ薬に冒されているが、体を起こそうともがいている。
「うう……頼む、命だけは助けてくれ。ラシード王よ、我々は友人だろう。私を国境まで送ってくれれば、二度とリガラ城砦へは踏み込まないと約束する。そうだ、金鉱山をやろう。昔はあの辺りが国境だったのだ。金鉱山一帯をトルキア国の新たな国土にすれば、文句はあるまい?」
調子のよいことを述べるアポロニオスの額には汗が滲んでいる。
勇猛な巨人王といえども、今の状態では満身創痍だ。
ラシードは地に転がっているアポロニオスを冷徹な双眸で見下ろした。
「よかろう。トルキア国としては、ベルーシャ国王を処刑して戦を起こす気は毛頭ない。我々はただ、神馬の儀を遂行するためにリガラ城砦にやってきただけだ。貴殿には事前にそう通達したはずだ」
「す、すまない。私はこの機に乗じてリガラ城砦を奪ってやろうなどと思っていたわけではない。誤解だ。ちょっとした手違いだったのだ。もうベルーシャ国に戻る。今後、決してトルキア国に手を出さないと誓う」
国王の処刑という、具体的な言葉を耳にしたアポロニオスは青ざめた。
彼の本音はリガラ城砦の奪取だったのだろうが、見事にファルゼフに騙された経緯を鑑みれば気の毒にも思う。
それに国王を拘束したとなれば、ベルーシャ国との戦争に発展してしまいかねない。ここは穏便に済ませるべきだろう。
セナはおそるおそるアポロニオスに伺った。
「アポロニオスさま、これからはトルキア国と友好を結んでくださいますか?」
「おお、もちろんだ、神の贄。友好条約を結び、君を王都に招待しようではないか。私たちは契りを交わした仲なのだから……」
「わああ! ありがとうございます。もうベルーシャ国にお戻りになってください!」
体をもてあそばれて妃にすると言われたことは、この場では伏せてもらいたい。セナの目の端で、ラシードとハリルが殺気立った様子が見て取れる。
ラシードの指示により、アポロニオスとその配下たちはトルキア軍の手で引き立てられていった。金鉱山の付近まで行けばベルーシャ国の者に身柄を委ねられるだろうし、今回の一件で懲りたアポロニオスはしばらく大人しくしていてくれるだろう。
リガラ城砦はトルキア国が取り戻した。
皆の命が無事だったことが、セナにとっては何よりも嬉しい。
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