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地下牢の攻防 4
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「トルキア軍が攻めてきました! 王、お逃げください!」
「馬鹿者! 貴様らが邪魔で逃げられないではないか、退け!」
まさか、トルキア軍が――?
皆は顔を見合わせる。騎士団員はここにいるが、もちろん王都を守護している部隊もおり、地方に赴任している軍人もいる。だけどリガラ城砦の苦況は誰も知らないはずだ。それなのにトルキア軍が駆けつけるとは、いったいどういうことなのだろう。
階上からの悲鳴が次第に近づいてくる。
狭い通路で逃げ場がない巨躯の兵士たちは戦斧を振るうこともできない。矢を射られて倒れた兵士の巨体が新たな凶器となり、階段下にいる兵士の体を次々になぎ倒していく。
上に出られないと察したアポロニオスと側近たちは、階段下へ身を躍らせた。階段に陣取っていたら、ドミノのように倒れてきた味方の下敷きになってしまうからだ。
倒れ伏した巨躯の狭間を、颯爽と練り歩いてくる人物の姿にセナは瞠目する。
純白のカンドゥーラは、地下牢にあっても燦然と輝いていた。
「ベルーシャ軍は思ったより脆弱なのだな。何しろ、矢を射れば簡単に当たるのだから」
弓を片手に現れたのは、ラシードだ。彼の後ろにはトルキア軍が付き従っている。
この場にいるはずもない兄の姿を目にしたセナは、驚くことしかできない。
「兄さま……? どうしてここに……」
「無論、そなたを守るためだ。愛しいそなたを私の国で守ることに、なんの障壁があるというのか」
来てくれたのだ。
セナの胸が喜びに満ちる。眦からは涙が零れ落ちた。
援軍の登場に、アルファたちの間から歓声が沸く。
矢を射れば当たる脆弱な軍隊という痛烈な皮肉を受けたアポロニオスは、現れたラシードを睨み据える。狭い通路を巨躯が塞いでいれば、矢が当たらないほうがおかしいからだ。
「おのれ……トルキア王。貴様をここで屠り、トルキアを奪ってくれるわ……!」
バトルアックスを振り上げたアポロニオスは、ふとその手を止めた。
ラシードの背後から悠然と石段を下りてきた人物が目にとまったのだ。
「お待ちくださいませ、アポロニオス王。ここは一国の王として、交渉するべきです。リガラ城砦はすでに駆けつけたトルキア軍により、制圧されました。一旦引いて、立て直しを図るのがよろしいかと存じます」
冷静な戦略を述べるファルゼフの登場に、アルファたちは罵声を浴びせる。
裏切り者、何しに来た、という声をさらりと聞き流し、ファルゼフは悠々とした足取りでセナの隣に並んだ。
咄嗟にセナの肩を抱いたハリルが剣を構えるが、ファルゼフは手ぶらである。帯刀すらしていない。
どうして、わざわざここに立つのだろう……
セナは首を傾げた。
アルファたちは睨みを利かせるが、さすがに丸腰のファルゼフに襲いかかろうという者はいない。
アポロニオスはファルゼフに向き合った。
彼の背後には階段を占拠しているトルキア軍がいるが、側近たちが王の身を守るように取り囲んでいるので、手出しができない状態だ。
「ほう、交渉か。私としては大変な不名誉だが、譲歩しなくもない。……ところで、ファルゼフはどちらの味方なのだね? 君にはベルーシャ国の上級王族の地位を約束したはずだが、戦況が変わるとあっさり主張を変えるのか?」
アポロニオスは不審を込めた眼差しをファルゼフに向けた。
トルキア軍の間から悠然と下りてきたファルゼフを見れば、すでにラシードへの命乞いを済ませたと判断されてもおかしくはない。
ファルゼフはいつもどおり、淡々とした口調で述べる。
「いえいえ、わたくしがどちらの味方かという話は、ひとことで語れるようなものではございません。天文学とは何かという説明も、ひとことでは済まないでしょう。それと同じです。人生を絡めた国家の状況というものは不変ではないという歴史的事実を鑑み……」
そのとき、アポロニオスの腕がぴくりと動いたのをセナは見た。
バトルアックスの刃が松明の明かりを撥ねる。
「ファルゼフ!」
猛然と突っ込んでファルゼフに刃を振り下ろす巨人王の双眸には、殺気が宿っていた。
ファルゼフが、殺される――
セナは咄嗟にファルゼフの前に出て、両腕を広げる。
辣腕から繰り出される渾身の一撃が、セナの肉体を割ると思えた刹那。
「うっ……!」
ぴたりと、アポロニオスの動きが止まる。刃はセナの眼前で停止した。
どう、と巨体が地に倒れ伏す。
アポロニオスの太い首根には、深々と漆黒の短刀が突き刺さっていた。
「これは……」
「クナイだ。シャンドラか」
繰り出そうとしていた短剣を引いたハリルは、階段上に目を向ける。釣られてそちらを見やると、数本のクナイを指の狭間に構えているシャンドラの姿があった。
「痺れ薬だ。死んではいない。だが、こちらのクナイには毒薬が塗ってあるから象でも殺せる。死にたくないやつは地に這え」
「馬鹿者! 貴様らが邪魔で逃げられないではないか、退け!」
まさか、トルキア軍が――?
皆は顔を見合わせる。騎士団員はここにいるが、もちろん王都を守護している部隊もおり、地方に赴任している軍人もいる。だけどリガラ城砦の苦況は誰も知らないはずだ。それなのにトルキア軍が駆けつけるとは、いったいどういうことなのだろう。
階上からの悲鳴が次第に近づいてくる。
狭い通路で逃げ場がない巨躯の兵士たちは戦斧を振るうこともできない。矢を射られて倒れた兵士の巨体が新たな凶器となり、階段下にいる兵士の体を次々になぎ倒していく。
上に出られないと察したアポロニオスと側近たちは、階段下へ身を躍らせた。階段に陣取っていたら、ドミノのように倒れてきた味方の下敷きになってしまうからだ。
倒れ伏した巨躯の狭間を、颯爽と練り歩いてくる人物の姿にセナは瞠目する。
純白のカンドゥーラは、地下牢にあっても燦然と輝いていた。
「ベルーシャ軍は思ったより脆弱なのだな。何しろ、矢を射れば簡単に当たるのだから」
弓を片手に現れたのは、ラシードだ。彼の後ろにはトルキア軍が付き従っている。
この場にいるはずもない兄の姿を目にしたセナは、驚くことしかできない。
「兄さま……? どうしてここに……」
「無論、そなたを守るためだ。愛しいそなたを私の国で守ることに、なんの障壁があるというのか」
来てくれたのだ。
セナの胸が喜びに満ちる。眦からは涙が零れ落ちた。
援軍の登場に、アルファたちの間から歓声が沸く。
矢を射れば当たる脆弱な軍隊という痛烈な皮肉を受けたアポロニオスは、現れたラシードを睨み据える。狭い通路を巨躯が塞いでいれば、矢が当たらないほうがおかしいからだ。
「おのれ……トルキア王。貴様をここで屠り、トルキアを奪ってくれるわ……!」
バトルアックスを振り上げたアポロニオスは、ふとその手を止めた。
ラシードの背後から悠然と石段を下りてきた人物が目にとまったのだ。
「お待ちくださいませ、アポロニオス王。ここは一国の王として、交渉するべきです。リガラ城砦はすでに駆けつけたトルキア軍により、制圧されました。一旦引いて、立て直しを図るのがよろしいかと存じます」
冷静な戦略を述べるファルゼフの登場に、アルファたちは罵声を浴びせる。
裏切り者、何しに来た、という声をさらりと聞き流し、ファルゼフは悠々とした足取りでセナの隣に並んだ。
咄嗟にセナの肩を抱いたハリルが剣を構えるが、ファルゼフは手ぶらである。帯刀すらしていない。
どうして、わざわざここに立つのだろう……
セナは首を傾げた。
アルファたちは睨みを利かせるが、さすがに丸腰のファルゼフに襲いかかろうという者はいない。
アポロニオスはファルゼフに向き合った。
彼の背後には階段を占拠しているトルキア軍がいるが、側近たちが王の身を守るように取り囲んでいるので、手出しができない状態だ。
「ほう、交渉か。私としては大変な不名誉だが、譲歩しなくもない。……ところで、ファルゼフはどちらの味方なのだね? 君にはベルーシャ国の上級王族の地位を約束したはずだが、戦況が変わるとあっさり主張を変えるのか?」
アポロニオスは不審を込めた眼差しをファルゼフに向けた。
トルキア軍の間から悠然と下りてきたファルゼフを見れば、すでにラシードへの命乞いを済ませたと判断されてもおかしくはない。
ファルゼフはいつもどおり、淡々とした口調で述べる。
「いえいえ、わたくしがどちらの味方かという話は、ひとことで語れるようなものではございません。天文学とは何かという説明も、ひとことでは済まないでしょう。それと同じです。人生を絡めた国家の状況というものは不変ではないという歴史的事実を鑑み……」
そのとき、アポロニオスの腕がぴくりと動いたのをセナは見た。
バトルアックスの刃が松明の明かりを撥ねる。
「ファルゼフ!」
猛然と突っ込んでファルゼフに刃を振り下ろす巨人王の双眸には、殺気が宿っていた。
ファルゼフが、殺される――
セナは咄嗟にファルゼフの前に出て、両腕を広げる。
辣腕から繰り出される渾身の一撃が、セナの肉体を割ると思えた刹那。
「うっ……!」
ぴたりと、アポロニオスの動きが止まる。刃はセナの眼前で停止した。
どう、と巨体が地に倒れ伏す。
アポロニオスの太い首根には、深々と漆黒の短刀が突き刺さっていた。
「これは……」
「クナイだ。シャンドラか」
繰り出そうとしていた短剣を引いたハリルは、階段上に目を向ける。釣られてそちらを見やると、数本のクナイを指の狭間に構えているシャンドラの姿があった。
「痺れ薬だ。死んではいない。だが、こちらのクナイには毒薬が塗ってあるから象でも殺せる。死にたくないやつは地に這え」
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