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アサシンのいざない 1
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扉の前で待ち構えるように直立不動の姿勢でいたのは、シャンドラだった。
口元を掌で押さえ、かろうじて悲鳴を呑み込んだセナは数歩後退する。
「独り言はほどほどにしてくださいね。扉越しにすべて聞こえています」
さらりと注意したシャンドラは平然として部屋に踏み込み、後ろ手に扉を閉めた。驚いているセナを促し、部屋の奥へ移動する。
「シャ、シャンドラ……どうして……」
「セナ様が寝室を出たときから尾行していました。迎えに行くところだったので、ちょうどよかったです」
なんと、尾行されていたらしい。全く気がつかなかったが、なぜ寝室の前で止めなかったのだろうか。
セナは縋るように、シャンドラに言い募る。
「お願いです、シャンドラ、見逃してください。僕はみなさんを助けなくては……」
シャンドラは素早く掌を掲げてセナの嘆願を遮った。
「わかっています。俺はアポロニオス王の部下ではありませんので。今の俺の任務は、セナ様の安全を確保しつつ、地下牢の騎士団員たちを解放することです」
その言葉を聞いたセナの顔に喜びが滲んだ。
シャンドラは、セナの味方なのだ。
「あ……ありがとうございます! でも、ファルゼフのことは大丈夫なのですか? 彼は本当にトルキア国を見捨ててしまうのですか?」
「その話は、のちほど。まずは任務遂行のために、セナ様に言っておくことがあります」
「なんでしょう?」
腰に巻いていた黒布を、シャンドラは取り外した。ガシャリと重厚な音が鳴る。
どうやらそれは武器を収納しておくベルトらしい。彼が常に装備しているベルトの上から、二重に巻いていたようだ。
「ひとつ、感情を昂ぶらせないこと。平静でいないと正確な判断に欠けます。ふたつ、喋るときは余計な情報を漏らさないこと。お喋りは早死にのもとです。みっつ、敵地では知り合いを作り、使いこなすこと。ひとりでは何もできません。この場合は俺のことです」
淡々と述べるシャンドラは、手にした武器入りのベルトを器用にセナの腰に巻きつけた。
黒布が垂れているので腿が隠れるのはありがたいのだが、布の内部に十本ほど短剣が収納されているらしく、とてつもなく重い。思わずセナは、ふらついてしまった。
「わ、わかりました。シャンドラを信じて、冷静でいなければならないということですね」
「概ね良しとします。もっともいけないのは、セナ様が自害することです。そうしますと我々全員の命も散ることになります。その剣を自害に使用しないでください」
先ほどは絶望のあまり自死することも考えていたので、それを指摘されたセナはいたたまれなくなり、首を竦めた。
どんなに困難な状況であっても、自ら死を選んではいけないのだ。残された者に迷惑がかかるということを、シャンドラの説明で痛感する。
「は、はい。でも……僕はこんなにたくさんの剣を使いこなすことなんてできないですよ」
「セナ様が戦えないことはわかっています。それは地下牢のやつらに渡してください。丸腰ではどうにもならないので」
「なるほど……」
「問題は地下牢の錠前ですが、あそこの鍵は兵士長が常に首からぶら下げていて、隙がありません。ところでセナ様は施錠された寝室の扉を自力で開けたようですが、何か道具を使いましたか?」
セナは掌に握りしめていた王の鍵をシャンドラに見せた。
これさえあれば、地下牢の錠前を開けることも容易いはずだ。
「これです。ラシード様が僕に授けてくれたアミュレットの中に入っていました。おそらく、リガラ城砦のすべての扉を開けられる王の鍵ではないかと思います」
鍵を見下ろしたシャンドラは頷いた。
「この形状は……上手く造形されていますね。そういうことでしたら、鍵の問題はクリアされました。落としたら作戦の失敗につながるので、包帯で巻いておきましょう」
自らの手首に巻いていた包帯を外したシャンドラは、鍵を持ったセナの掌にくるくると巻きつけた。こうすれば落とさないし、使用するときにはすぐに右手で鍵を取り出すことができる。
「ありがとうございます」
「礼には及びません。それでは行きましょう。ご自分の命とその鍵は、死守してください」
「わ、わかりました」
さっさと身を翻したシャンドラは、ごく自然に扉を開けた。彼には一片の迷いも緊張も見られない。
セナはすでに緊張で、息苦しいほどだ。いつもどおりに呼吸ができないし、右手と右足を同時に出してしまう。こんなことで大丈夫だろうか。
平静に、平静に……
シャンドラの注意事項を反芻しながら、彼のあとについて石階段を下りていく。
今のところ、階段を利用している兵士はいないようだ。
ここは人ひとりがやっと通れるほどの細い幅の階段なので、巨人族の兵士には狭すぎて通りづらいのかもしれない。
ようやく踊り場に辿り着くと、ふいにシャンドラが壁に張りついた。
どうしたのだろう。
口元を掌で押さえ、かろうじて悲鳴を呑み込んだセナは数歩後退する。
「独り言はほどほどにしてくださいね。扉越しにすべて聞こえています」
さらりと注意したシャンドラは平然として部屋に踏み込み、後ろ手に扉を閉めた。驚いているセナを促し、部屋の奥へ移動する。
「シャ、シャンドラ……どうして……」
「セナ様が寝室を出たときから尾行していました。迎えに行くところだったので、ちょうどよかったです」
なんと、尾行されていたらしい。全く気がつかなかったが、なぜ寝室の前で止めなかったのだろうか。
セナは縋るように、シャンドラに言い募る。
「お願いです、シャンドラ、見逃してください。僕はみなさんを助けなくては……」
シャンドラは素早く掌を掲げてセナの嘆願を遮った。
「わかっています。俺はアポロニオス王の部下ではありませんので。今の俺の任務は、セナ様の安全を確保しつつ、地下牢の騎士団員たちを解放することです」
その言葉を聞いたセナの顔に喜びが滲んだ。
シャンドラは、セナの味方なのだ。
「あ……ありがとうございます! でも、ファルゼフのことは大丈夫なのですか? 彼は本当にトルキア国を見捨ててしまうのですか?」
「その話は、のちほど。まずは任務遂行のために、セナ様に言っておくことがあります」
「なんでしょう?」
腰に巻いていた黒布を、シャンドラは取り外した。ガシャリと重厚な音が鳴る。
どうやらそれは武器を収納しておくベルトらしい。彼が常に装備しているベルトの上から、二重に巻いていたようだ。
「ひとつ、感情を昂ぶらせないこと。平静でいないと正確な判断に欠けます。ふたつ、喋るときは余計な情報を漏らさないこと。お喋りは早死にのもとです。みっつ、敵地では知り合いを作り、使いこなすこと。ひとりでは何もできません。この場合は俺のことです」
淡々と述べるシャンドラは、手にした武器入りのベルトを器用にセナの腰に巻きつけた。
黒布が垂れているので腿が隠れるのはありがたいのだが、布の内部に十本ほど短剣が収納されているらしく、とてつもなく重い。思わずセナは、ふらついてしまった。
「わ、わかりました。シャンドラを信じて、冷静でいなければならないということですね」
「概ね良しとします。もっともいけないのは、セナ様が自害することです。そうしますと我々全員の命も散ることになります。その剣を自害に使用しないでください」
先ほどは絶望のあまり自死することも考えていたので、それを指摘されたセナはいたたまれなくなり、首を竦めた。
どんなに困難な状況であっても、自ら死を選んではいけないのだ。残された者に迷惑がかかるということを、シャンドラの説明で痛感する。
「は、はい。でも……僕はこんなにたくさんの剣を使いこなすことなんてできないですよ」
「セナ様が戦えないことはわかっています。それは地下牢のやつらに渡してください。丸腰ではどうにもならないので」
「なるほど……」
「問題は地下牢の錠前ですが、あそこの鍵は兵士長が常に首からぶら下げていて、隙がありません。ところでセナ様は施錠された寝室の扉を自力で開けたようですが、何か道具を使いましたか?」
セナは掌に握りしめていた王の鍵をシャンドラに見せた。
これさえあれば、地下牢の錠前を開けることも容易いはずだ。
「これです。ラシード様が僕に授けてくれたアミュレットの中に入っていました。おそらく、リガラ城砦のすべての扉を開けられる王の鍵ではないかと思います」
鍵を見下ろしたシャンドラは頷いた。
「この形状は……上手く造形されていますね。そういうことでしたら、鍵の問題はクリアされました。落としたら作戦の失敗につながるので、包帯で巻いておきましょう」
自らの手首に巻いていた包帯を外したシャンドラは、鍵を持ったセナの掌にくるくると巻きつけた。こうすれば落とさないし、使用するときにはすぐに右手で鍵を取り出すことができる。
「ありがとうございます」
「礼には及びません。それでは行きましょう。ご自分の命とその鍵は、死守してください」
「わ、わかりました」
さっさと身を翻したシャンドラは、ごく自然に扉を開けた。彼には一片の迷いも緊張も見られない。
セナはすでに緊張で、息苦しいほどだ。いつもどおりに呼吸ができないし、右手と右足を同時に出してしまう。こんなことで大丈夫だろうか。
平静に、平静に……
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今のところ、階段を利用している兵士はいないようだ。
ここは人ひとりがやっと通れるほどの細い幅の階段なので、巨人族の兵士には狭すぎて通りづらいのかもしれない。
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どうしたのだろう。
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