淫神の孕み贄

沖田弥子

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宰相の懐妊指導 2

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「なんでしょうか。いかなることでも遠慮せずに仰ってください」
「実は……口で……させてもらえないんです」
「ほう。詳しい内容をお話しください」
「ラシードさまとハリルさまは、僕のは口でしてくれるし、精も飲んでくれるんですけど、なぜかおふたりの男根を僕が口でするのはあまり許してくれないんです。ラシードさまにやらせてくださいとお願いして咥えさせてもらっても、決して精を飲ませるまではさせてくれません。それは口に放っても妊娠しないからであって、僕には孕み贄としての役目しかないのかなと、悩んでいるのも確かです」

 ファルゼフは双眸を眇めた。その目には呆れた色が含まれている。

「あの……すみません。こんな話をして……でも他の誰にも相談できないし、口に放ってもらえないのはどうしてなのか知りたくて……」 
「いえいえ。性の悩みというものは人ぞれぞれですから、他人にはくだらない悩みのように見えても、当人にとっては死活問題であったりしますからね。話してくださり、ありがとうございます。それで、なぜ陛下とハリル殿が口淫を拒むのかというご質問ですが……」
「はい……なぜでしょう?」

 やはり、ふたりはセナのことを孕み贄としか考えていないのだろうか。一滴でも多くの精をセナの子宮に注げば、懐妊の可能性は高くなる。そして子が産まれれば、ふたりの地位もより盤石なものになるだろう。愛していると言ってくれたのは、セナを従順にさせるためだったのだろうか。
 そんなふうに、ふたりの愛情を疑う自分が情けなくて、哀しくて、申し訳ない思いが胸に広がる。今までこんなに愛され、尽くされてきたというのに。
 でも、考え出すと不安になってしまう…… 
 孕み贄だから当然というファルゼフの返答を予期したセナは、眦に涙を滲ませた。
 ファルゼフは顎に手をやり、冷静な眼差しを向ける。

「男という生き物は本来、口淫されたいものです。それを拒む理由としては、考えられる可能性としてふたつあります」
「ふたつあるんですか……なんでしょうか?」
「ひとつは、口淫が下手なことです。つまり、セナ様の舌使いが稚拙なので気持ち良くないから、やらなくて良いというわけですね」

 意外な理由を指摘され、セナは目を見開いた。自分の口淫が上手か下手かなどという評価については、考えてみたこともなかった。

「そうなんですか⁉ ……でも、ラシードさまは上手だと褒めてくださったこともあるんですけど……そんなに僕の口淫は下手なんでしょうか?」
「上手か下手かという判定はそれぞれの価値観や経験値によっても異なりますし、そもそもわたくしがセナ様に口淫されない限りは評価を下せませんので、なんとも申し上げられません」
「あ……そうですよね」

 ファルゼフを口淫するという妄想が脳裏を過り、セナは頬を染める。
 とすると、ふたつめの原因はなんだろう。それが孕み贄であるからという理由なのだろうか。
 セナは真摯な姿勢でファルゼフの講釈を聞いた。

「そして、ふたつめですが……口淫して相手の口に精を注ぐ行為は、そもそもなんの意味があるのかと言いますと、男の征服欲を満たすためです。これはあくまでも一般論なのですが、幼稚な男ほど相手の頭を押さえつけて無理やり精を飲ませたい欲望が高いという傾向があります。精は美味なものではありませんし、無理やり飲ませられるのは誰でも嫌がりますから、相手の嫌なことをあえて行って上位を獲得し、社会的身分など諸々の地位が低い己をせめてセックスの間だけは払拭したいという表れですね」
「そういうものですか……」

 誰かに無理強いしたいという願望のないセナにはよくわからないが、そういった男の人も世の中には多いらしい。ラシードもハリルも強引なところはあるけれど、無理やり何かをさせるといったことは一度もなかった。

「陛下とハリル殿はヒエラルキーの頂点に立つ地位でありますが、セナ様はそれを凌ぐ出生を誇ります。実質的な神の子であり、次代の神の子を孕めるのはあなた様だけなのですからね。セナ様さえその気なら、法律を変えることも容易なのです。ですがセナ様は一国の命運を握る身にもかかわらず、お優しくてぼんやりしたお人柄なので、口淫させて優位性を獲ろうとするのも馬鹿らしいのではないでしょうか」

 なるほど、と納得しかけたが、セナはふと首を捻る。

「それって……僕が神の子らしくなくて、ぼんやりしているから、あえて口淫させて征服しようという気も起きないということですか?」
「メリットがないのです。男娼のような遊び相手ならともかく、好きな相手に口淫させて精を飲ませたところで、吐かれて泣かれたりしたら、男としては大変なショックを受けてしまいますからね。ぼんやりしているセナ様は自分でやりたいと言いながら平気で吐き出しそうだと予想できるので、やらなくてよいと止められるのでしょう」 
「……つまり、僕がぼんやりしていて下手だからということですか?」

 話はそこに完結してしまうのではないか。
 孕み贄だからという理由でないのは喜ばしいことかもしれないが、下手だからだと断定されるのも、とても切ないものである。
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