淫神の孕み贄

沖田弥子

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神の末裔たちの策略 2

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「いいえ。全く新しい儀式です。歴代の王の中には儀式で懐妊に至らなかった事例もあり、そのようなときの秘策として別の儀式が行われたことが、文献に記されております。その儀式は、『神馬の儀』と名付けられております」

 神馬の儀……。どんな儀式なのだろう。名前からは、どのような内容なのか予想できないが。
 儀式名を聞いたラシードは眉を寄せた。

「神馬の儀か。あの儀式は、リガラ城砦で執り行わなければならないという制約がある」

 どうやら神殿ではできない儀式らしい。リガラ城砦の名に、今度はハリルが眉を寄せる。

「あそこはベルーシャとの国境ぎりぎりだ。先々代の王の時代にはベルーシャと戦になった騎士団が、リガラ城砦に立てこもったという記録もある。なんでそんなところで儀式をやらなきゃならないんだよ」
「先々代以前は、トルキアの領土は城砦から鉱山地帯まで広がっていたのだ。だが同盟を破ったベルーシャに戦を仕掛けられた結果、鉱山を奪われ、リガラ城砦を境として新たな国境線が引かれた」

 昔は安全に儀式を行えた場所らしいが、現在は事情が異なるようだ。
 セナは王都から一歩も出た経験がないので、リガラ城砦やその地域は見たこともない。
 ハリルは舌打ちを零した。

「金鉱山を奪った巨人王か。まったく忌々しい話だ」 
「吟遊詩人の歌にありますよね。雲より高い巨人の王がやってきて、金の山を奪っていったという……聴いたことがあります」

 セナが奴隷オメガとして街で働いていた頃、旅をする吟遊詩人が弾き語りしていたのを思い出す。隣の国には巨人族が住んでいるそうで、その歌を聴いたセナはとても驚いたものだ。

「雲より高い巨人という歌詞は大げさだけどな。全体的に体格のいい民族なんだ。ベルーシャ人は身長の低いやつでも俺くらいはある」
「えっ⁉ ハリルさまで、小さい人と同じくらいなんですか⁉」

 ハリルは誰よりも背が高く、体躯が良い。華奢なセナと比べたら、それこそ巨人と小人のようだ。そのハリルですら小さいほうというのなら、背の大きいベルーシャ人はまさしく巨人ではないだろうか。

「ベルーシャ国王は代々巨人の中の巨人と言われているよな。現在の王はアポロニオスという名だったか。俺は会ったことはないが……どんなやつだ?」

 ハリルはラシードに目を向けた。
 儀式を無事に行うには、ベルーシャの動向とアポロニオスの人柄を知る必要がある。
 ラシードは物憂げに双眸を細めた。

「私もアポロニオス王に会ったことはないのだ。ベルーシャ国には何度も同盟の回復を求めたが、返事はない。戦を仕掛ける気は今のところないようだが、金鉱山を返すつもりもないようだ。国境付近には常に重装備の兵が配置され、トルキアを牽制するような動きが見られるとの報告があがっている」
「金鉱山を返したくないから、同盟も結びたくないってわけか」
「そういうことだ。現在の状態で儀式の準備を行えば、ベルーシャ国に戦を仕掛けるのかと思い違いをされる可能性がある」
「そんなもん、こっちの事情だから放っといてくれと通告しておけばいいだろ」

 ラシードはハリルに侮蔑の眼差しを向けた。心底呆れたように嘆息する。

「アポロニオス王が大らかで物事を気にしない人物なら良いのだがな。ちなみにベルーシャ国では信仰する神が異なるので、淫神の儀式も存在しない。噂によれば後宮には王の妃が千人いるそうだ」
「千人かよ。巨人王だけあって、たいした精力だな」

 ハリルの軽口に再び呆れた目線を投げたラシードは、この話し合いの結論を述べた。

「ベルーシャ国に儀式を理解してもらうことは難しいだろう。神馬の儀を行うことは危険を伴う」

 その言葉は儀式を提案したファルゼフに向けられたものだった。
 黙して会話を見守っていたファルゼフは、ひとつ瞬きをすると口を開いた。

「お言葉ですが、陛下。トルキア国王ともあろう御方が、巨人王に恐れを成して神聖な儀式を行えないというのは、いかがなものでしょうか」
「矜持の問題ではない。神馬の儀式を行うには、リガラ城砦へセナが赴くことが必須の条件になる」
「いかにも。リガラ城砦は王都からは遠いので、実施するとなれば陛下は王宮に残ることになります。神馬の儀におきましては国王は立ち会わなくても良いですからね。ですから万一のことがあろうとも、陛下の御身は安全です」
「私が言いたいのは、セナの身に危険が及ぶような事態があってはならないということだ。もし儀式の最中にベルーシャ軍に攻め入られ、セナに何かあったらどうするのだ。私の弟は、この国で唯一の『永遠なる神の末裔のつがい』なのだぞ!」

 ラシードの苛烈さに、ファルゼフは低頭する。
 セナを思いやってくれるラシードの心に、じんと胸が甘く痺れた。
 もしかしたらラシードは、セナが実質的な神の子であることに嫉妬しているのかもしれないと思っていた。そのようなくだらない考えを抱いた自分はなんて浅はかだったのだろう。ラシードは国王である己よりも、セナの身を案じてくれているというのに。
 ラシードの想いに報いたいという気持ちが、セナの胸の奥底から湧いた。
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