淫神の孕み贄

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
70 / 153

寡黙なアサシン 4

しおりを挟む
 勝負は決したのだ。シャンドラの失格によって。
 セナたちはテントから出て、バハラームのもとへ駆けつけた。

「副団長さん! 大丈夫ですか?」

 すでに騎士団員たちがバハラームを抱え起こしている。
 目や口に砂が入ったため、バハラームは顔を拭っていた。

「いやはや、まさか太陽と砂で二重の目潰しとは……参りましたな」

 彼に怪我はないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
 シャンドラの気迫は、あのままバハラームを斬り殺しそうな勢いだった。審判が旗を掲げなければ大事に至っていたかもしれない。 
 状況を確認したハリルは、シャンドラに厳しい眼差しを向けた。

「飛び道具の使用は反則行為にあたる。これは練習試合であって、殺し合いの場じゃない。失格の判定に異議はあるか?」

 皆はシャンドラが異議を唱えるのではないかと、固唾を飲んでいる。
 シャンドラは試合の前と同じように腕を下げ、黙然として佇んでいた。彼の瞳には感情が見られず、ただ目に映る景色を収めているだけのように見える。
 ふい、とわずかに首を横に振った。
 どうやらそれは、異議はないという彼なりの意思表示のようだ。
 不躾とも取れる態度に、騎士団員たちが身を乗り出す。

「おい、貴様! 騎士団長の問いにきちんとお答えしろ!」
「膝を突いて礼を尽くさぬか。貴様などより遙かに地位の高い御方なのだぞ!」

 彼らの罵声に、すいとシャンドラは動いた。闘技場の石段を下り、こちらへやってくる。
 意外にも素直なシャンドラに、熱くなった騎士団員たちは肩の力を抜く。
 シャンドラは慇懃な仕草で跪いた。

「え……?」

 セナの足元に。
 まさかシャンドラは、セナが騎士団の最高責任者だと勘違いをしているのだろうか。
 ハリルはセナのすぐ隣に立っているのだが、シャンドラはセナの爪先を見つめるほどの近さに頭を下げているのだ。騎士団長であるハリルに話すべきなのに、相手を間違えている。
 セナは慌てて言い募った。

「あの、僕は単なる見学者なのです。騎士団の責任者であるとか、そういった身分ではありません。試合についてのことは、どうかハリルさまとお話ししてください」

 シャンドラは頭を上げた。
 鋭い紫色の双眸でセナを射貫く。
 挑戦的で生意気に見える目つきは、彼が戦いに明け暮れる環境にあることを教えていた。

「存じています、セナ様」

 けれど、その眼差しには淫靡な熱が含まれている。
 アルファの騎士団員たちと同じだ。
 ――俺が抱いた神の贄……また抱きたい。
 眼差しから滲み出る、雄の誇らしさや欲情。
 初めて会ったのに、シャンドラはどうしてそんな目を向けるのだろう……?

「どうして、僕のことを……」
「俺は、あなたのアサシンですから」

 深く礼をしたシャンドラは流れるような動きで立ち上がり、踵を返す。黒衣の背を向けながら、音もなく鍛錬場を出て行った。
 バハラームは眉をひそめて、ぽつりと呟く。

「不気味な男ですな……」
「ファルゼフのやつ、いい猟犬を飼ってるな」

 騎士団長を無視するという不躾な態度を、ハリルは気にしていないようだ。
 失格になってしまったものの飛び入りの参加だったので、シャンドラはルールをよく知らなかったのだろう。
 彼の強さは戦闘経験のないセナも頷けるものだった。
 とてつもない俊敏さだ。あまりのスピードに目がついていかない。暗殺術についてはよく知らないが、様々な状況下で戦うことを想定した戦闘法なのだろう。
 アルが甘えるように、小さな手を繫いできた。

「ねえ、かあさま。アサシンって、なんのこと?」

 シャンドラが最後に告げた台詞が脳裏によみがえる。
 ファルゼフの護衛官なのに、どうしてセナの部下であるような言い方をしたのだろう。何かのたとえなのだろうか。

「ええと……アサシンは、暗殺者という意味ですね。職業を指す場合もあるみたいです」
「ふうん。かっこいい! ボクはアサシンになりたいな」
「えっ……アル、それはちょっと……」

 かっこいいというイメージだけで、職業の内容をわかっていないらしいアルは楽しそうに言う。暗殺者は要人の暗殺を請け負う稼業のはずだ。
 イスカはアルの腕を取り、セナと繫がれていた手を引き剥がした。

「かあさまに甘えてばかりいるアルは、かっこいいアサシンになれないぞ」
「これはちがうもん! アサシンになるもん!」
「おれはやっぱり槍騎士がいいな。槍がいちばんかっこいいよ」
「そんなことない! アサシンがいちばんかっこいいもん」
「じゃあ、勝負だ!」

 王子たちはまたしても戦いごっこを始めてしまい、ハリルに首根を掴まれている。
 その様子を微笑ましく見守りながら、子どもの無邪気さを発揮させるアルとイスカの将来をセナは案じた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

モルモットの生活

麒麟
BL
ある施設でモルモットとして飼われている僕。 日々あらゆる実験が行われている僕の生活の話です。 痛い実験から気持ち良くなる実験、いろんな実験をしています。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...