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寡黙なアサシン 4
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勝負は決したのだ。シャンドラの失格によって。
セナたちはテントから出て、バハラームのもとへ駆けつけた。
「副団長さん! 大丈夫ですか?」
すでに騎士団員たちがバハラームを抱え起こしている。
目や口に砂が入ったため、バハラームは顔を拭っていた。
「いやはや、まさか太陽と砂で二重の目潰しとは……参りましたな」
彼に怪我はないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
シャンドラの気迫は、あのままバハラームを斬り殺しそうな勢いだった。審判が旗を掲げなければ大事に至っていたかもしれない。
状況を確認したハリルは、シャンドラに厳しい眼差しを向けた。
「飛び道具の使用は反則行為にあたる。これは練習試合であって、殺し合いの場じゃない。失格の判定に異議はあるか?」
皆はシャンドラが異議を唱えるのではないかと、固唾を飲んでいる。
シャンドラは試合の前と同じように腕を下げ、黙然として佇んでいた。彼の瞳には感情が見られず、ただ目に映る景色を収めているだけのように見える。
ふい、とわずかに首を横に振った。
どうやらそれは、異議はないという彼なりの意思表示のようだ。
不躾とも取れる態度に、騎士団員たちが身を乗り出す。
「おい、貴様! 騎士団長の問いにきちんとお答えしろ!」
「膝を突いて礼を尽くさぬか。貴様などより遙かに地位の高い御方なのだぞ!」
彼らの罵声に、すいとシャンドラは動いた。闘技場の石段を下り、こちらへやってくる。
意外にも素直なシャンドラに、熱くなった騎士団員たちは肩の力を抜く。
シャンドラは慇懃な仕草で跪いた。
「え……?」
セナの足元に。
まさかシャンドラは、セナが騎士団の最高責任者だと勘違いをしているのだろうか。
ハリルはセナのすぐ隣に立っているのだが、シャンドラはセナの爪先を見つめるほどの近さに頭を下げているのだ。騎士団長であるハリルに話すべきなのに、相手を間違えている。
セナは慌てて言い募った。
「あの、僕は単なる見学者なのです。騎士団の責任者であるとか、そういった身分ではありません。試合についてのことは、どうかハリルさまとお話ししてください」
シャンドラは頭を上げた。
鋭い紫色の双眸でセナを射貫く。
挑戦的で生意気に見える目つきは、彼が戦いに明け暮れる環境にあることを教えていた。
「存じています、セナ様」
けれど、その眼差しには淫靡な熱が含まれている。
アルファの騎士団員たちと同じだ。
――俺が抱いた神の贄……また抱きたい。
眼差しから滲み出る、雄の誇らしさや欲情。
初めて会ったのに、シャンドラはどうしてそんな目を向けるのだろう……?
「どうして、僕のことを……」
「俺は、あなたのアサシンですから」
深く礼をしたシャンドラは流れるような動きで立ち上がり、踵を返す。黒衣の背を向けながら、音もなく鍛錬場を出て行った。
バハラームは眉をひそめて、ぽつりと呟く。
「不気味な男ですな……」
「ファルゼフのやつ、いい猟犬を飼ってるな」
騎士団長を無視するという不躾な態度を、ハリルは気にしていないようだ。
失格になってしまったものの飛び入りの参加だったので、シャンドラはルールをよく知らなかったのだろう。
彼の強さは戦闘経験のないセナも頷けるものだった。
とてつもない俊敏さだ。あまりのスピードに目がついていかない。暗殺術についてはよく知らないが、様々な状況下で戦うことを想定した戦闘法なのだろう。
アルが甘えるように、小さな手を繫いできた。
「ねえ、かあさま。アサシンって、なんのこと?」
シャンドラが最後に告げた台詞が脳裏によみがえる。
ファルゼフの護衛官なのに、どうしてセナの部下であるような言い方をしたのだろう。何かのたとえなのだろうか。
「ええと……アサシンは、暗殺者という意味ですね。職業を指す場合もあるみたいです」
「ふうん。かっこいい! ボクはアサシンになりたいな」
「えっ……アル、それはちょっと……」
かっこいいというイメージだけで、職業の内容をわかっていないらしいアルは楽しそうに言う。暗殺者は要人の暗殺を請け負う稼業のはずだ。
イスカはアルの腕を取り、セナと繫がれていた手を引き剥がした。
「かあさまに甘えてばかりいるアルは、かっこいいアサシンになれないぞ」
「これはちがうもん! アサシンになるもん!」
「おれはやっぱり槍騎士がいいな。槍がいちばんかっこいいよ」
「そんなことない! アサシンがいちばんかっこいいもん」
「じゃあ、勝負だ!」
王子たちはまたしても戦いごっこを始めてしまい、ハリルに首根を掴まれている。
その様子を微笑ましく見守りながら、子どもの無邪気さを発揮させるアルとイスカの将来をセナは案じた。
セナたちはテントから出て、バハラームのもとへ駆けつけた。
「副団長さん! 大丈夫ですか?」
すでに騎士団員たちがバハラームを抱え起こしている。
目や口に砂が入ったため、バハラームは顔を拭っていた。
「いやはや、まさか太陽と砂で二重の目潰しとは……参りましたな」
彼に怪我はないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
シャンドラの気迫は、あのままバハラームを斬り殺しそうな勢いだった。審判が旗を掲げなければ大事に至っていたかもしれない。
状況を確認したハリルは、シャンドラに厳しい眼差しを向けた。
「飛び道具の使用は反則行為にあたる。これは練習試合であって、殺し合いの場じゃない。失格の判定に異議はあるか?」
皆はシャンドラが異議を唱えるのではないかと、固唾を飲んでいる。
シャンドラは試合の前と同じように腕を下げ、黙然として佇んでいた。彼の瞳には感情が見られず、ただ目に映る景色を収めているだけのように見える。
ふい、とわずかに首を横に振った。
どうやらそれは、異議はないという彼なりの意思表示のようだ。
不躾とも取れる態度に、騎士団員たちが身を乗り出す。
「おい、貴様! 騎士団長の問いにきちんとお答えしろ!」
「膝を突いて礼を尽くさぬか。貴様などより遙かに地位の高い御方なのだぞ!」
彼らの罵声に、すいとシャンドラは動いた。闘技場の石段を下り、こちらへやってくる。
意外にも素直なシャンドラに、熱くなった騎士団員たちは肩の力を抜く。
シャンドラは慇懃な仕草で跪いた。
「え……?」
セナの足元に。
まさかシャンドラは、セナが騎士団の最高責任者だと勘違いをしているのだろうか。
ハリルはセナのすぐ隣に立っているのだが、シャンドラはセナの爪先を見つめるほどの近さに頭を下げているのだ。騎士団長であるハリルに話すべきなのに、相手を間違えている。
セナは慌てて言い募った。
「あの、僕は単なる見学者なのです。騎士団の責任者であるとか、そういった身分ではありません。試合についてのことは、どうかハリルさまとお話ししてください」
シャンドラは頭を上げた。
鋭い紫色の双眸でセナを射貫く。
挑戦的で生意気に見える目つきは、彼が戦いに明け暮れる環境にあることを教えていた。
「存じています、セナ様」
けれど、その眼差しには淫靡な熱が含まれている。
アルファの騎士団員たちと同じだ。
――俺が抱いた神の贄……また抱きたい。
眼差しから滲み出る、雄の誇らしさや欲情。
初めて会ったのに、シャンドラはどうしてそんな目を向けるのだろう……?
「どうして、僕のことを……」
「俺は、あなたのアサシンですから」
深く礼をしたシャンドラは流れるような動きで立ち上がり、踵を返す。黒衣の背を向けながら、音もなく鍛錬場を出て行った。
バハラームは眉をひそめて、ぽつりと呟く。
「不気味な男ですな……」
「ファルゼフのやつ、いい猟犬を飼ってるな」
騎士団長を無視するという不躾な態度を、ハリルは気にしていないようだ。
失格になってしまったものの飛び入りの参加だったので、シャンドラはルールをよく知らなかったのだろう。
彼の強さは戦闘経験のないセナも頷けるものだった。
とてつもない俊敏さだ。あまりのスピードに目がついていかない。暗殺術についてはよく知らないが、様々な状況下で戦うことを想定した戦闘法なのだろう。
アルが甘えるように、小さな手を繫いできた。
「ねえ、かあさま。アサシンって、なんのこと?」
シャンドラが最後に告げた台詞が脳裏によみがえる。
ファルゼフの護衛官なのに、どうしてセナの部下であるような言い方をしたのだろう。何かのたとえなのだろうか。
「ええと……アサシンは、暗殺者という意味ですね。職業を指す場合もあるみたいです」
「ふうん。かっこいい! ボクはアサシンになりたいな」
「えっ……アル、それはちょっと……」
かっこいいというイメージだけで、職業の内容をわかっていないらしいアルは楽しそうに言う。暗殺者は要人の暗殺を請け負う稼業のはずだ。
イスカはアルの腕を取り、セナと繫がれていた手を引き剥がした。
「かあさまに甘えてばかりいるアルは、かっこいいアサシンになれないぞ」
「これはちがうもん! アサシンになるもん!」
「おれはやっぱり槍騎士がいいな。槍がいちばんかっこいいよ」
「そんなことない! アサシンがいちばんかっこいいもん」
「じゃあ、勝負だ!」
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