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王宮の庭園にて 3
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ぎゅっと掴んでいたセナのローブを離した王子たちは口々に言い放つ。
ハリルは子どもの扱いが上手いので、王子たちもハリルと剣の稽古をするのは嫌がらず、積極的に臨んでいる。
ふたりはファルゼフのもとへ小さな足で駆けると、彼の袖を引いた。
「ファルゼフ、はやく勉強するんだぞ。今日はぜったい伝説の剣をもらうんだ!」
「ボクも伝説の剣ほしい! 勉強がんばる!」
ハリルは口端を吊り上げて親指を立てる。
数分前に嫌がっていたことはすっかり忘れてしまったようで、ハリルにのせられてしまった王子たちはファルゼフを急かす。
「やる気になったようで、ようございます。それでは講義に行って参ります」
「よろしくお願いします、ファルゼフさま」
王子たちをぶら下げるようにして王宮へ赴くファルゼフに声をかけた。ラシードは彼らの背を見送ると、セナの腰を抱いて、庭園を眺められる長椅子に腰を下ろす。
砂漠の国であるトルキア国は陽射しが強いけれど、日陰は涼しい。
木漏れ日の降り注ぐ日陰には休憩ができる長椅子とテーブルが設置されている。すぐさま召使いが冷たい飲み物が入ったグラスと果物の盛られた籠をテーブルに置いた。
ラシードはグラスを手にすると、自分の口元に運ぼうとはせず、セナの唇に縁を付ける。
「さあ、セナ。王子たちの相手をして喉が渇いただろう。冷たいレモン水で喉を潤すのだ」
「ん……」
グラスを傾けられ、ほんのりと甘酸っぱい水が喉奥に流し込まれていく。セナは喉を鳴らしながら、ラシードに与えられるまま冷たいレモン水を嚥下した。
冷たくておいしい……
白い喉を鳴らすセナを、ラシードは熱を帯びた双眸で凝視している。
そんなに見られたら恥ずかしいのに。
「ふ……おいしいです」
グラスを離したラシードは微笑むと、濡れたセナの唇を舌で舐め上げる。突然のキスに、セナはびくりと肩を跳ねさせた。
「ひゃ……」
「唇が濡れてしまった。拭わなくては」
「んん……自分で拭けます」
「それはいけない。そなたは私の妻なのだから、夫にすべてを任せるのだ」
王子たちを甘やかすなというラシードなのに、セナに対してはこうして雛のように甘やかすのだから、困ってしまう。それにすぐにセナを抱き寄せて甘い言葉を囁いてくるのだ。肩書きは夫婦ではないので、王としての威厳を優先してほしいのに、ラシードは所構わずセナは妻だ妃だと口にしてしまう。妻だと認めてくれるのは嬉しいのだけれど、ラシードは王なのだから、王自ら国の掟を覆すようなことを述べるのは控えてほしいのに。
ちゅ、ちゅ、と唇を啄まれているセナは、逞しいラシードの腕の中にすっぽりと収められていた。
「あ……ん、ラシードさま、いけません……」
このまま抱かれてしまったらどうしようと危惧したセナは身を捩るが、しっかりと腰を抱えられているので逃れられない。無駄に手をばたつかせると、ふいにその手を何者かに掴まれた。
永遠なる神の末裔のつがいという身分のセナに、無断で触れることのできる者は限られている。
「おいおい、すっかりふたりの世界かよ。何度も言うが、俺もセナの夫で、神の末裔なんだぞ。ラシードと同等の地位なんだ」
ぐいとセナの腰を引き寄せたハリルの強靱な腕により、彼の逞しい胸の中に囚われる。
「あっ……ハリルさま」
アルファの国王である兄と、弟のオメガが儀式で交合して産まれた神の子が王位を継ぐという伝統がトルキア国には受け継がれている。初代国王が定めたその法により、淫紋の一族の統治は脈々と続いてきた。だが、先代の王は儀式で子ができなかったので、異国の妃を娶った。そうして産まれたのが第二五代国王であるラシードだ。
しかし母親は異国の妃なので神の子と認められなかったラシードは、それより地位の低い神の末裔という身分である。トルキア国の豊穣と繁栄を司るイルハーム神の末裔とされる王族の間でも、アルファ・ベータ・オメガの三種の性と同様に、厳格な階級制度が根強い。
神の子であったなら、セナを孕ませるのはラシードのみだったのだが、王が神の末裔であるため、同じく神の末裔のハリルも儀式を行うアルファとして選ばれたのだ。そのことは王だけでなく、大神官の意見も考慮される。
よってセナはふたりの神の末裔に愛され、ふたりの王子を産んだ。
大変ありがたく、幸せなことなのだけれど……夫がふたりいると、色々と困ったことが起きる。
ラシードはセナを奪ったハリルに鋭い眼差しを浴びせた。
「なんだ、いたのか。貴様は剣でも槍でも振るっているのが似合いだ。私も何度でも言わせてもらうが、セナは私の弟だ。ハリルは従兄弟だろう。私と同等などと思い上がりも甚だしい」
堂々と言い放つラシードは、ハリルの腕からセナを奪い返した。息が苦しくなるほど、しっかりと腕に抱き竦められる。
ハリルは眉を跳ね上げた。
ハリルは子どもの扱いが上手いので、王子たちもハリルと剣の稽古をするのは嫌がらず、積極的に臨んでいる。
ふたりはファルゼフのもとへ小さな足で駆けると、彼の袖を引いた。
「ファルゼフ、はやく勉強するんだぞ。今日はぜったい伝説の剣をもらうんだ!」
「ボクも伝説の剣ほしい! 勉強がんばる!」
ハリルは口端を吊り上げて親指を立てる。
数分前に嫌がっていたことはすっかり忘れてしまったようで、ハリルにのせられてしまった王子たちはファルゼフを急かす。
「やる気になったようで、ようございます。それでは講義に行って参ります」
「よろしくお願いします、ファルゼフさま」
王子たちをぶら下げるようにして王宮へ赴くファルゼフに声をかけた。ラシードは彼らの背を見送ると、セナの腰を抱いて、庭園を眺められる長椅子に腰を下ろす。
砂漠の国であるトルキア国は陽射しが強いけれど、日陰は涼しい。
木漏れ日の降り注ぐ日陰には休憩ができる長椅子とテーブルが設置されている。すぐさま召使いが冷たい飲み物が入ったグラスと果物の盛られた籠をテーブルに置いた。
ラシードはグラスを手にすると、自分の口元に運ぼうとはせず、セナの唇に縁を付ける。
「さあ、セナ。王子たちの相手をして喉が渇いただろう。冷たいレモン水で喉を潤すのだ」
「ん……」
グラスを傾けられ、ほんのりと甘酸っぱい水が喉奥に流し込まれていく。セナは喉を鳴らしながら、ラシードに与えられるまま冷たいレモン水を嚥下した。
冷たくておいしい……
白い喉を鳴らすセナを、ラシードは熱を帯びた双眸で凝視している。
そんなに見られたら恥ずかしいのに。
「ふ……おいしいです」
グラスを離したラシードは微笑むと、濡れたセナの唇を舌で舐め上げる。突然のキスに、セナはびくりと肩を跳ねさせた。
「ひゃ……」
「唇が濡れてしまった。拭わなくては」
「んん……自分で拭けます」
「それはいけない。そなたは私の妻なのだから、夫にすべてを任せるのだ」
王子たちを甘やかすなというラシードなのに、セナに対してはこうして雛のように甘やかすのだから、困ってしまう。それにすぐにセナを抱き寄せて甘い言葉を囁いてくるのだ。肩書きは夫婦ではないので、王としての威厳を優先してほしいのに、ラシードは所構わずセナは妻だ妃だと口にしてしまう。妻だと認めてくれるのは嬉しいのだけれど、ラシードは王なのだから、王自ら国の掟を覆すようなことを述べるのは控えてほしいのに。
ちゅ、ちゅ、と唇を啄まれているセナは、逞しいラシードの腕の中にすっぽりと収められていた。
「あ……ん、ラシードさま、いけません……」
このまま抱かれてしまったらどうしようと危惧したセナは身を捩るが、しっかりと腰を抱えられているので逃れられない。無駄に手をばたつかせると、ふいにその手を何者かに掴まれた。
永遠なる神の末裔のつがいという身分のセナに、無断で触れることのできる者は限られている。
「おいおい、すっかりふたりの世界かよ。何度も言うが、俺もセナの夫で、神の末裔なんだぞ。ラシードと同等の地位なんだ」
ぐいとセナの腰を引き寄せたハリルの強靱な腕により、彼の逞しい胸の中に囚われる。
「あっ……ハリルさま」
アルファの国王である兄と、弟のオメガが儀式で交合して産まれた神の子が王位を継ぐという伝統がトルキア国には受け継がれている。初代国王が定めたその法により、淫紋の一族の統治は脈々と続いてきた。だが、先代の王は儀式で子ができなかったので、異国の妃を娶った。そうして産まれたのが第二五代国王であるラシードだ。
しかし母親は異国の妃なので神の子と認められなかったラシードは、それより地位の低い神の末裔という身分である。トルキア国の豊穣と繁栄を司るイルハーム神の末裔とされる王族の間でも、アルファ・ベータ・オメガの三種の性と同様に、厳格な階級制度が根強い。
神の子であったなら、セナを孕ませるのはラシードのみだったのだが、王が神の末裔であるため、同じく神の末裔のハリルも儀式を行うアルファとして選ばれたのだ。そのことは王だけでなく、大神官の意見も考慮される。
よってセナはふたりの神の末裔に愛され、ふたりの王子を産んだ。
大変ありがたく、幸せなことなのだけれど……夫がふたりいると、色々と困ったことが起きる。
ラシードはセナを奪ったハリルに鋭い眼差しを浴びせた。
「なんだ、いたのか。貴様は剣でも槍でも振るっているのが似合いだ。私も何度でも言わせてもらうが、セナは私の弟だ。ハリルは従兄弟だろう。私と同等などと思い上がりも甚だしい」
堂々と言い放つラシードは、ハリルの腕からセナを奪い返した。息が苦しくなるほど、しっかりと腕に抱き竦められる。
ハリルは眉を跳ね上げた。
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