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真相
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「セナ。無事で良かった。そなたが姿を消したと知って心配したのだぞ」
「申し訳ありませんでした。ラシードさま……」
愚かにも騙されて攫われ、多大な迷惑をかけてしまった。それなのにラシードやハリルは騎士団を率いて助けに来てくれたのだ。感謝の念に、セナは深く頭を垂れた。
「よいのだ。マルドゥクが王家を恨んでいることは知っていた。そなたが赤子のときに殺害を試みたのも、やはり奴の仕業だったのだ。マルドゥクはセナを殺す機会を窺っていた。淫紋の一族を滅ぼし、自らが王に君臨するために」
セナは赤子のとき、マルドゥクに殺されかけたことがあったというのだろうか。
見上げたラシードの漆黒の双眸は、慈愛に満ちていた。
「セナ、そなたは初代国王の血を受け継ぐ、隠された神の子なのだ。今こそ、哀しい真実を告げよう」
王宮へ戻ってきたセナは召使いたちに迎えられ、リヤドで湯浴みと食事を済ませた。袖を通した新しい神の贄の衣装に安堵を覚えたが、同時に違和感も湧き上がる。
様々な思惑や情報が頭に入ってきて混乱していた。
下腹の淫紋は、初代国王の血を継ぐ淫紋の一族の証だという。
セナが赤子だったとき、一体何があったのだろう。
お茶を飲んでいると、ラシードがリヤドへやってきた。ハリルも一緒だ。どうやら反乱の事後処理は済んだらしい。
「おいで、セナ。案内したい場所がある」
手を取られて、ラシードに導かれる。ハリルもセナの隣に並び、空いた方の手を握ってきた。
「俺も同席させてもらうぞ。神の末裔として、秘密を聞く権利がある」
「無論だ」
三人で足を運んだ先は、広大な王宮の端にある小さな邸宅だ。ひっそりと佇んでいるその家はもう誰も住んでいないようで静まり返っている。
室内に足を踏み入れたとき、セナの胸には懐かしい思い出が蘇った。
「あ……ここ……」
脳裏を鮮やかに駆け巡る景色が、色褪せた室内に重なる。
優しい母の手、赤子のセナを覗き込む兄の漆黒の眸。
あの日の穏やかな空気すら感じるようだ。
「ここは……僕が赤ちゃんのときに過ごしたところ……ですね」
「そうだ。先代の神の贄であるリヨは、子のセナとふたりでここに住んでいたのだ」
セナの母は、リヨという名の神の贄なのだ。けれどここにリヨはもう住んでいないようだった。家屋は整頓されているが、長いあいだ使われていないことが窺えた。
室内を見回していたハリルは首を傾げる。
「先代の神の贄は子を孕まなかったはずだろ。セナが産まれたのなら、どうしてそれを秘匿したまま王宮の隅に隠れるようにして暮らしてたんだ?」
「リヨは子を孕んだ。ただし儀式から、十年後のことだ」
「十年後!?」
セナと共に驚きの声を上げたハリルは、すぐさま納得する。
「ああ……そういうことか。王は妃を娶り、王子が産まれた後も、ここに通っていたんだな」
ラシードは頷く。つまり、先代の王は妃とラシードという後継者の王子がいるにもかかわらず、リヨと心と体を通わせていたのだ。淫神の儀式が終了してからも王がそうしていたのは、リヨを愛していたからに他ならなかった。だがもちろん妃の手前、公にはできなかったのだろう。
室内を通して過去に思いを巡らせるラシードの眸には、遠い日の光景が映っているようだった。
「セナは儀式により誕生したわけではないので神の子と認められず、王の隠し子という扱いになっていた。だが淫紋の欠片が刻まれているので、将来は神の贄としての地位を得られるはずだった。……ところがある日、何者かが母子を殺害しようとここを襲った。リヨは赤子のセナと共に逃げ出して、行方知れずになった」
「内部の仕業だな。マルドゥクだったわけか」
「そうだ。目星はついていたが、当時は父王の絶大な信頼を得ていたマルドゥクを罰することは叶わなかった。そして、リヨの遺骸だけが王宮に戻ってきた」
息を呑んだセナの背を、ハリルが支える。
リヨは、母さまは、もうこの世にいなかったのだ。
沈痛な面持ちで告げるラシードの言葉を、懸命に受け止める。
「路傍で力尽き、息を引き取っていたそうだ。リヨは王族の墓の傍に弔った。そしてリヨの傍らに子はもういなかった。すまない。そなたたちを守ってやることができなかった」
母はセナをマルドゥクの手から逃がそうとしてくれたのだ。
そして誰かに預けたか、または力尽きた母から赤子を連れ去った奴隷商人によって、セナは奴隷市場に売られた。
自らの出生の秘密とそのいきさつを知り、セナは深い息を吐いた。
母さまは、既に亡くなっていた。そして父である先代の王も。
けれどふたりはセナを確かに愛してくれたのだ。事情はあったが、父と母が愛し合って産まれた子だった。両親にもう会えないのは哀しいけれど、その真実を知り得ただけでセナの辛い過去は救われた。
「申し訳ありませんでした。ラシードさま……」
愚かにも騙されて攫われ、多大な迷惑をかけてしまった。それなのにラシードやハリルは騎士団を率いて助けに来てくれたのだ。感謝の念に、セナは深く頭を垂れた。
「よいのだ。マルドゥクが王家を恨んでいることは知っていた。そなたが赤子のときに殺害を試みたのも、やはり奴の仕業だったのだ。マルドゥクはセナを殺す機会を窺っていた。淫紋の一族を滅ぼし、自らが王に君臨するために」
セナは赤子のとき、マルドゥクに殺されかけたことがあったというのだろうか。
見上げたラシードの漆黒の双眸は、慈愛に満ちていた。
「セナ、そなたは初代国王の血を受け継ぐ、隠された神の子なのだ。今こそ、哀しい真実を告げよう」
王宮へ戻ってきたセナは召使いたちに迎えられ、リヤドで湯浴みと食事を済ませた。袖を通した新しい神の贄の衣装に安堵を覚えたが、同時に違和感も湧き上がる。
様々な思惑や情報が頭に入ってきて混乱していた。
下腹の淫紋は、初代国王の血を継ぐ淫紋の一族の証だという。
セナが赤子だったとき、一体何があったのだろう。
お茶を飲んでいると、ラシードがリヤドへやってきた。ハリルも一緒だ。どうやら反乱の事後処理は済んだらしい。
「おいで、セナ。案内したい場所がある」
手を取られて、ラシードに導かれる。ハリルもセナの隣に並び、空いた方の手を握ってきた。
「俺も同席させてもらうぞ。神の末裔として、秘密を聞く権利がある」
「無論だ」
三人で足を運んだ先は、広大な王宮の端にある小さな邸宅だ。ひっそりと佇んでいるその家はもう誰も住んでいないようで静まり返っている。
室内に足を踏み入れたとき、セナの胸には懐かしい思い出が蘇った。
「あ……ここ……」
脳裏を鮮やかに駆け巡る景色が、色褪せた室内に重なる。
優しい母の手、赤子のセナを覗き込む兄の漆黒の眸。
あの日の穏やかな空気すら感じるようだ。
「ここは……僕が赤ちゃんのときに過ごしたところ……ですね」
「そうだ。先代の神の贄であるリヨは、子のセナとふたりでここに住んでいたのだ」
セナの母は、リヨという名の神の贄なのだ。けれどここにリヨはもう住んでいないようだった。家屋は整頓されているが、長いあいだ使われていないことが窺えた。
室内を見回していたハリルは首を傾げる。
「先代の神の贄は子を孕まなかったはずだろ。セナが産まれたのなら、どうしてそれを秘匿したまま王宮の隅に隠れるようにして暮らしてたんだ?」
「リヨは子を孕んだ。ただし儀式から、十年後のことだ」
「十年後!?」
セナと共に驚きの声を上げたハリルは、すぐさま納得する。
「ああ……そういうことか。王は妃を娶り、王子が産まれた後も、ここに通っていたんだな」
ラシードは頷く。つまり、先代の王は妃とラシードという後継者の王子がいるにもかかわらず、リヨと心と体を通わせていたのだ。淫神の儀式が終了してからも王がそうしていたのは、リヨを愛していたからに他ならなかった。だがもちろん妃の手前、公にはできなかったのだろう。
室内を通して過去に思いを巡らせるラシードの眸には、遠い日の光景が映っているようだった。
「セナは儀式により誕生したわけではないので神の子と認められず、王の隠し子という扱いになっていた。だが淫紋の欠片が刻まれているので、将来は神の贄としての地位を得られるはずだった。……ところがある日、何者かが母子を殺害しようとここを襲った。リヨは赤子のセナと共に逃げ出して、行方知れずになった」
「内部の仕業だな。マルドゥクだったわけか」
「そうだ。目星はついていたが、当時は父王の絶大な信頼を得ていたマルドゥクを罰することは叶わなかった。そして、リヨの遺骸だけが王宮に戻ってきた」
息を呑んだセナの背を、ハリルが支える。
リヨは、母さまは、もうこの世にいなかったのだ。
沈痛な面持ちで告げるラシードの言葉を、懸命に受け止める。
「路傍で力尽き、息を引き取っていたそうだ。リヨは王族の墓の傍に弔った。そしてリヨの傍らに子はもういなかった。すまない。そなたたちを守ってやることができなかった」
母はセナをマルドゥクの手から逃がそうとしてくれたのだ。
そして誰かに預けたか、または力尽きた母から赤子を連れ去った奴隷商人によって、セナは奴隷市場に売られた。
自らの出生の秘密とそのいきさつを知り、セナは深い息を吐いた。
母さまは、既に亡くなっていた。そして父である先代の王も。
けれどふたりはセナを確かに愛してくれたのだ。事情はあったが、父と母が愛し合って産まれた子だった。両親にもう会えないのは哀しいけれど、その真実を知り得ただけでセナの辛い過去は救われた。
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