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奴隷オメガ 1
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神を象った石像を、朝日が眩い光で染め上げる。
トルキア国の守護神と崇められているイルハーム神は小高い丘に佇み、広大な国のすべてを茫洋たる石の眸で見据えていた。大半を砂漠で占めるトルキア国を古来より外敵や災害から守り、人々に恩恵を与えてくれたのはイルハーム神の加護のおかげである。それゆえ国民はイルハームを崇め奉り、供物と祈りを捧げてきた。
人よりも遙かに巨大な石像の足下で、掃除を行う小さな人影がある。
「あ……もう日が昇っちゃった。そろそろ戻らないと」
射し込む陽光に双眸を眇めたセナは、石像を拭いていた手を止める。夜も明けない暁のうちから、たったひとりでイルハームの神像を掃除するのがセナの日課になっていた。この後は食堂での給仕の仕事が待っている。
布巾と水桶を片付けて足早に去ろうとする間際、セナは石像を正面から見上げた。胸の前で腕を交差させた神像の右手の甲には、イルハーム神の象徴ともいえる淫紋が刻まれている。この紋様により、神は人間に恵みを与えてくださるのだと言い伝えられていた。
セナは両手を合わせて朝の祈りを捧げる。
「イルハームさま……この国をお守りください」
掃除は与えられた仕事ではなく、セナが自ら希望して行っていることだ。国の守り神であるイルハームは、セナの心の深いところでつながっているような気がしていたから。
明るくなった路を駆けて、ぐるりと塀が張り巡らされた街の門をくぐる。
「ありがとうございました」
門番の男はセナが石像の掃除のために出入りすることを知っているので、軽く頷いた。セナの身分では、街の外を勝手に出ることは本来は許されていない。
狭い街の中は雑多で、古めかしい店舗が軒を連ねている。石段を駆け上がり、仕事場である食堂へ辿り着く。食堂では既に店主がカウンターに入っていた。
「セナ! 何をやってる。さっさと掃除をするんだ」
「はい、申し訳ありません。ご主人様」
少々遅れてしまった。他の者は店内の掃除や食材の準備を始めており、遅刻したセナをちらりと見遣る。店主は忌々しげに舌打ちをした。
「おまえのような愚鈍なオメガを使ってやってるんだ。遅れることは許さんぞ。神像の掃除だなんて言って、どうせサボってるんだろう」
「そんなことはありません。きちんとイルハームさまの像を掃除させていただいてます。本当です、信じてください、ご主人様」
床に額ずいて店主に謝る。仕事に遅れたセナが悪いのだ。
食堂の主人はセナの雇い主であり、衣食住の面倒を見てくれている。ただし賃金などの報酬はいただいていない。
オメガであるセナは、アルファやベータという上位の階級に飼われる立場であるからだ。
神は男と女というふたつの性の他に、アルファ、ベータ、オメガという三種の性を造った。
容姿や能力に優れたアルファは王侯貴族の地位にあり、もっとも数の多いベータは一般市民、そしてオメガは奴隷として隷属される存在だ。その支配階級の歴史は古く、初代国王がトルキア国を設立する前から存在している。
囲いに覆われたこの街は、オメガ街と称されている。奴隷であるオメガを売買する街で、オメガは街の中で飼われながら、ベータやアルファに取引される。街は塀で囲われているので逃げられず、門には見張りの兵が立っている。オメガは皆、首と手首に奴隷の証である鍵付きのベルトを装着しているので一目で判別されてしまう。逃亡したところで外は砂漠だ。一文無しのオメガに生きる術はなく、瞬く間に獣の餌食になってしまう。
街の中は兵が管理しているので治安は良い。街は食堂や酒場、雑貨屋や旅館など数多くの店や奴隷商人が住む屋敷がある。奴隷たちはこの街で働かされながら、奴隷を買いに訪れたベータやアルファたちに売られていく。このようなオメガ街は各地に点在しているらしい。
セナは物心ついた頃から、この街で暮らしてきた。オメガは常に飼われる立場であり、個人の自由など存在しない。今は食堂の店主がご主人様だが、売られれば他の誰かが新しいご主人様になるだけだ。
「今回だけは勘弁してやる。次に遅れてきたら、孕ませてやるからな」
その言葉にセナは背筋を震わせる。
オメガの特殊性として、男でも種付けされれば妊娠してしまうのだ。しかも定期的に発情期が訪れて、一旦発情してしまえば誰彼構わずに雄を求めてしまうという特徴がある。
セナは二十歳という年齢にもかかわらず未だ発情期が訪れないが、発情して淫らに男を欲しがるオメガの姿は可哀想で、見るに堪えない。
せめて好きな人と交わることができれば、幸せなのに。
オメガに相手を選ぶ権利なんて、ありはしないのだけれど。
のろのろと体を起こしたセナに再び店主の叱責が飛ぶ。慌てて箒を手にすると、埃っぽい店内に塵が舞った。
昼の食堂は目が回るほどに忙しい。
この店はオメガ街の入り口近くに位置しており、商売のために行き交う商人や街を管轄する兵士などが食事を取りに訪れる。お客様はすべてベータやアルファで、給仕をするのは奴隷オメガたちだ。
セナは給仕をしながらテーブルと厨房の間を忙しなく往復していた。
「おい、おまえ」
トルキア国の守護神と崇められているイルハーム神は小高い丘に佇み、広大な国のすべてを茫洋たる石の眸で見据えていた。大半を砂漠で占めるトルキア国を古来より外敵や災害から守り、人々に恩恵を与えてくれたのはイルハーム神の加護のおかげである。それゆえ国民はイルハームを崇め奉り、供物と祈りを捧げてきた。
人よりも遙かに巨大な石像の足下で、掃除を行う小さな人影がある。
「あ……もう日が昇っちゃった。そろそろ戻らないと」
射し込む陽光に双眸を眇めたセナは、石像を拭いていた手を止める。夜も明けない暁のうちから、たったひとりでイルハームの神像を掃除するのがセナの日課になっていた。この後は食堂での給仕の仕事が待っている。
布巾と水桶を片付けて足早に去ろうとする間際、セナは石像を正面から見上げた。胸の前で腕を交差させた神像の右手の甲には、イルハーム神の象徴ともいえる淫紋が刻まれている。この紋様により、神は人間に恵みを与えてくださるのだと言い伝えられていた。
セナは両手を合わせて朝の祈りを捧げる。
「イルハームさま……この国をお守りください」
掃除は与えられた仕事ではなく、セナが自ら希望して行っていることだ。国の守り神であるイルハームは、セナの心の深いところでつながっているような気がしていたから。
明るくなった路を駆けて、ぐるりと塀が張り巡らされた街の門をくぐる。
「ありがとうございました」
門番の男はセナが石像の掃除のために出入りすることを知っているので、軽く頷いた。セナの身分では、街の外を勝手に出ることは本来は許されていない。
狭い街の中は雑多で、古めかしい店舗が軒を連ねている。石段を駆け上がり、仕事場である食堂へ辿り着く。食堂では既に店主がカウンターに入っていた。
「セナ! 何をやってる。さっさと掃除をするんだ」
「はい、申し訳ありません。ご主人様」
少々遅れてしまった。他の者は店内の掃除や食材の準備を始めており、遅刻したセナをちらりと見遣る。店主は忌々しげに舌打ちをした。
「おまえのような愚鈍なオメガを使ってやってるんだ。遅れることは許さんぞ。神像の掃除だなんて言って、どうせサボってるんだろう」
「そんなことはありません。きちんとイルハームさまの像を掃除させていただいてます。本当です、信じてください、ご主人様」
床に額ずいて店主に謝る。仕事に遅れたセナが悪いのだ。
食堂の主人はセナの雇い主であり、衣食住の面倒を見てくれている。ただし賃金などの報酬はいただいていない。
オメガであるセナは、アルファやベータという上位の階級に飼われる立場であるからだ。
神は男と女というふたつの性の他に、アルファ、ベータ、オメガという三種の性を造った。
容姿や能力に優れたアルファは王侯貴族の地位にあり、もっとも数の多いベータは一般市民、そしてオメガは奴隷として隷属される存在だ。その支配階級の歴史は古く、初代国王がトルキア国を設立する前から存在している。
囲いに覆われたこの街は、オメガ街と称されている。奴隷であるオメガを売買する街で、オメガは街の中で飼われながら、ベータやアルファに取引される。街は塀で囲われているので逃げられず、門には見張りの兵が立っている。オメガは皆、首と手首に奴隷の証である鍵付きのベルトを装着しているので一目で判別されてしまう。逃亡したところで外は砂漠だ。一文無しのオメガに生きる術はなく、瞬く間に獣の餌食になってしまう。
街の中は兵が管理しているので治安は良い。街は食堂や酒場、雑貨屋や旅館など数多くの店や奴隷商人が住む屋敷がある。奴隷たちはこの街で働かされながら、奴隷を買いに訪れたベータやアルファたちに売られていく。このようなオメガ街は各地に点在しているらしい。
セナは物心ついた頃から、この街で暮らしてきた。オメガは常に飼われる立場であり、個人の自由など存在しない。今は食堂の店主がご主人様だが、売られれば他の誰かが新しいご主人様になるだけだ。
「今回だけは勘弁してやる。次に遅れてきたら、孕ませてやるからな」
その言葉にセナは背筋を震わせる。
オメガの特殊性として、男でも種付けされれば妊娠してしまうのだ。しかも定期的に発情期が訪れて、一旦発情してしまえば誰彼構わずに雄を求めてしまうという特徴がある。
セナは二十歳という年齢にもかかわらず未だ発情期が訪れないが、発情して淫らに男を欲しがるオメガの姿は可哀想で、見るに堪えない。
せめて好きな人と交わることができれば、幸せなのに。
オメガに相手を選ぶ権利なんて、ありはしないのだけれど。
のろのろと体を起こしたセナに再び店主の叱責が飛ぶ。慌てて箒を手にすると、埃っぽい店内に塵が舞った。
昼の食堂は目が回るほどに忙しい。
この店はオメガ街の入り口近くに位置しており、商売のために行き交う商人や街を管轄する兵士などが食事を取りに訪れる。お客様はすべてベータやアルファで、給仕をするのは奴隷オメガたちだ。
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「おい、おまえ」
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