みちのく銀山温泉

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
78 / 88
第三章 地獄の道具師

秘密の銀鉱へ

しおりを挟む
「内側は無事でしょうか。もしかして銀粒が引っかかって……」

 ひょうたんの口に顔を突き出し、中を覗いたそのとき。
 ぐらりと傾いだ私の体が宙を舞う。

「あっ……」

 漆黒の闇の中、落ちていく。子鬼たちが私を呼ぶ声が、遠くに聞こえた。
 失神したのだろうか……
 天地の感覚がない。けれど意識は明瞭だった。瞬きをすると、瞼は私の意思に応えた。
 やがて視界に、きらきらと星空のような眩い煌めきが広がる。まるで山の頂上で見る天の川みたいだ。
 綺麗……と、ぼんやり思いながら手をつく。
 ふと気づくと、私は洞窟のようなところに座り込んでいた。

「ここは……? 神棚の小部屋にいたはずなのに……」

 立ち上がってみると、洞窟はそれほど広くはなく、こぢんまりとした場所だった。身を屈めなくともよいくらいの天井高である。曲がりくねる洞窟の向こうは暗くてよく見えない。
 洞窟内は暗闇ではないことに気づき、はっとした。
 見上げると、辺りは燦爛とした輝きに満ちている。洞窟の天井や壁、そして床までも、星の明かりのように光り輝いているのだ。

「もしかして、これは銀……?」

 鉱石そのものが、宝石のように光るなんてことがあるのだろうか。
 不思議なその光は、そっと壁に触れてみると、ふいに掻き消えた。

「あ……消えた?」

 私が手を触れたところのみが、褐色の壁に変化している。触ってはいけないらしい。
 そのとき、洞窟を柔らかく振動させるかのような声が響いてきた。

『人間の手は熱すぎる……私の体には、あやかししか触れられないのだよ……』
「どなたですか? もしかして、あなたは……」

 母を思わせる慈愛に満ちた声の持ち主に、心当たりがあった。
 秘密の銀鉱の主として、幾度となくあやかしたちから名の出た、上級あやかしを超える存在。

「銀山さん……あなたは、銀山さんなのですね?」
『そうだね……私は名もなき者だけれど、あやかしたちがそう名づけてくれたよ……』
「私は花湯屋の若女将、花野優香です。銀山さんのことは、あやかしたちから聞いていました」

 銀山さんは開業したときから花湯屋を、そして銀山温泉を見守っていてくれたあやかしなのだ。ようやく銀山さんに会えたことで、感激が胸に広がる。
 洞窟内は銀山さんの声に合わせるように、眩く光り輝いた。

『近頃は子鬼たちが訪れて、若女将の話をしてくれるよ。ここを訪れた人間は、おゆうのほかにはあなただけ。私は若女将の優香に会えて、嬉しいよ……』

 きっと初代当主のおゆうさんが花湯屋を開業するにあたって、銀山さんから銀を借りる約束事を取り交わしてくれたのだろう。彼女がいてくれなければ、今日の花湯屋も存在しなかった。何百年も前のご先祖様なので、もちろん会ったことはないけれど、感謝の念に堪えない。

「私も銀山さんに会えて嬉しいです。するとここが、あやかしたちが銀を採取している秘密の銀鉱なのですね」
『ああ、そうだね……優香が今いるところは、私の体内なのだよ。あやかしたちに貸している銀粒は、私の体の欠片ということだね……』

 お代として頂戴していた銀粒は、銀山さんの体の一部だったのだ。人間でいえば、髪や爪にあたるのだろう。鉱石ではなく完成した銀の状態なので不思議に思っていたけれど、あやかしの欠片だったと知り、納得した。

「そうだったのですね。でも、どうして人間の私があやかししか出入りできないはずのところに来られたんでしょう?」

 秘密の銀鉱には、あやかしのみが出入りできるという噂だった。銀山さんに会えて嬉しいけれど、手が触れると熱いということは、人間の私が長居しては銀山さんの体によくない影響を与えるかもしれない。こうなったのもやはり、あのひょうたんが原因なのだろうか。
 銀山さんは物憂げに声をひそめた。

『どうやら、ひょうたんが壊れてしまったようだね……そのせいで銀粒が戻らず、代わりに優香が吸い込まれてしまったのだよ』
「やっぱり、ひょうたんの故障なんですね。急いで花湯屋に戻って、修理してみます」
『修復は、作り上げた者に任せるといいよ。ほら、そこに……』

 ふと振り向くと、洞窟の向こうに人影があった。秘密の銀鉱に、ほかにも誰かいるのだ。
 おそるおそる近づいてみると、それは大きな荷物を背負った男性のようだった。古風な和装を纏っているのに、髪は銀色に光り輝いている。そのアンバランスさが斬新に目に映り、また奇妙でもあった。
 口元をストールで覆い隠したその男性は、私の姿を瞬きもせずに見つめると、こう呟いた。

「おゆう……」
「えっ?」

 初代当主であるおゆうさんの名を口にしたこの人は、何者だろう。
 ここには、あやかししか入れないはずだけれど、彼の佇まいは人間のように見える。
 男性はためらいもせず大股で近づき、私の前に立つ。彼は見開いていた双眸を細めた。不遜を匂わせるそんな仕草が、なぜか圭史郎さんを彷彿とさせた。

「いや、そんなはずはない。おゆうは遙か昔に死んだのだから。そなたは何者だ?」
「私は花湯屋の若女将です。名前は優香といいます」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。