みちのく銀山温泉

沖田弥子

文字の大きさ
上 下
70 / 88
閑話 影

妹 1

しおりを挟む
 ただの雑種だが、それなりに知能はある。小回りがきくので、上級あやかしがしもべとして使役することもある。地面を駆け回るのが目障りなので、俺は使ったことはないが。
 吊り下げられた奇妙な鼠又は、手を掻いて助けを求めた。

「ひゃあああ……おゆう、たすけてぇ」
小豆あずき! お願いです、兄さん、小豆を離してあげてください」

 両手を差し出して懇願されたので、おゆうの掌に、小豆だとか名づけられたあやかしを放ってやる。
 生まれたときからあやかしが見えるというのは、どうやら本当らしい。
 大切そうに掌に小豆を包んだおゆうは、ほっとした表情を見せた。
 そして、俺の心中を揺さぶる言葉を嬉々として紡ぐ。

「兄さんも、あやかしが見えるようになったんですね」

 しまった。圭史郎は本来、あやかしが見えないのだ。
 真実を告げるわけにもいかず、目線を逸らした俺は誤魔化した。

「……ああ。大怪我をしたせいだろう。急に見えるようになった」
「でも、小豆が鼠又の亜種だというのは私も初めて知りました。兄さんはどこでそれを知ったんですか?」

 不思議そうに目を瞬かせるおゆうに、どう返すべきか考えあぐねる。
 この娘は人間のようだが、どこまであやかしのことを知っているのか。それによって返答を変えなければならないので、まずはおゆうについて知る必要があった。

「怪我のせいで記憶が曖昧なんだ。今まで知っていたことを忘れたり、その逆に自分でも覚えのない知識が蓄えられていたりする。使用人たちは俺が別人のようだと噂していたな」
「父さんもそう言ってました。兄さんは怪我がひどくて気が立っているから、会ってはいけないと」
「死ぬような目に遭ったら誰でも人が変わるってことだ。……ところで、おゆうは生まれたときからあやかしが見えるんだったよな」
「そうですね。兄さんにはすべて話しているじゃありませんか。小豆という友人がいることも。みんな、私が嘘つきだと言うけれど、兄さんだけは信じてくれました」

 仲のよい兄妹だったらしい。そうすると、おゆうに圭史郎が死亡したことを知られるわけにはいかなかった。
 ちらりと小豆を見やると、この矮小な雑種は俺を観察するかのように注意深い眼差しで見上げている。
 地獄にいた頃、格下のあやかしが遠巻きにして、よくこんな目つきを向けてきたものだ。
 畏怖の中に混じるわずかな憧憬を、俺は鼻で嗤い飛ばす。

「友人か。いつからこいつと友人だったかは聞いたかな」
「私が生まれたときから傍にいましたよ。父さんが国に帰るときに、身代わりにと小豆を置いていってくれたんです」

 その情報を俺は聞き咎める。ということは、実の父親は上級あやかしで、この雑種はそいつのしもべか。それならば、おゆうが生まれつきあやかしが見えるのも納得できる。

「父親の名前は何だったかな」

 偽名を使っているかもしれないが、一応訊ねておく。
 おゆうは哀しげに目を伏せた。

「アカザという名だそうです……。父さんは神様で、私は神の力を授かったのだと、母さんは話しています。でも、本当は物の怪なのだと察していますけど……」

 あいつか……
 俺は大王の側近であるアカザの面を思い浮かべた。
 眉目秀麗なアカザは飄々とした男で、何を考えているのかわからないところがある。奴なら人間の女を孕ませておいて、またぶらりと地獄へ舞い戻ってもおかしくない。交流したことはほとんどないが、少々厄介な奴だ。
 おゆうの肩にちょろりとのった小豆は、舌足らずな声を出した。

「物の怪、ちがう。あやかし。しゅごいよ」
「そうね。ありがとう、小豆」

 笑みを浮かべたおゆうは小豆の小さな体を愛しげにさする。
 どうやら、おゆうはアカザに一度も会ったことがないようだ。あやかしのことについても、熟知しているわけではない。周囲からは物の怪が見える気味の悪い娘とでも囁かれているのだろう。
 アカザが地上に戻ってくる可能性は否めない。もし、おゆうと母親を放置するつもりなら、しもべを置いてはいかない。奴と顔を合わせれば、さすがに俺の正体を見破られてしまう。
 俺はさりげなく、小豆にアカザの動向を訊ねた。

「おい、小豆。おまえのご主人様はどうしてるんだ?」

 ところが聞き方が悪かったのか、あからさまに警戒した小豆は身を小さくして、おゆうの襟首に隠れる。

「しらにゃい」

 生意気な態度に苛ついた俺は半眼で小豆を睨み据える。
 この手のしもべはしたたかなあやかしであり、小狡い性質を可愛らしさで包み隠しているのだ。

「そんな口をきいていいのか。おまえは……うっ」

 再び小豆を捕まえようと腕を伸ばしたとき、ぐらりと体が傾く。
 なんだ? 目が回る。体を制御できない。

「兄さん⁉ どうしたんですか⁉」

 おゆうに掴まるように倒れ込んでしまった。必死で受け止めたおゆうは、俺に呼びかけながら体を支える。
 やがて騒ぎを聞きつけた使用人たちがやってきて、男衆の手により俺は布団に横たえられた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~

さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。 第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。 * * * 家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。 そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。 人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。 OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。 そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき―― 初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。

佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴
キャラ文芸
高校一年生のカズキは、ある日突然現れた“黒い虎のような猫”ハヤキに連れられて 長崎の佐世保にかつて存在した、駅前地下商店街を模倣した異空間 【佐世保地下異界商店街】へと迷い込んでしまった。 ――神・妖怪・人外が交流や買い物を行ない、浮世の肩身の狭さを忘れ楽しむ街。 そんな場所で、カズキは元の世界に戻るために、種族不明の店主が営むジャズ喫茶 (もちろんお客は人外のみ)でバイトをする事になり、様々な騒動に巻き込まれる事に。 かつての時代に囚われた世界で、かつて存在したもの達が生きる。そんな物語。 -------------- 主人公:和祁(カズキ)。高校一年生。なんか人外に好かれる。 相棒 :速来(ハヤキ)。長毛種で白い虎模様の黒猫。人型は浅黒い肌に金髪のイケメン。 店主 :丈牙(ジョウガ)。人外ジャズ喫茶の店主。人当たりが良いが中身は腹黒い。   ※字数少な目で、更新時は一日に数回更新の時もアリ。  1月からは更新のんびりになります。  

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

化け猫のミーコ

板倉恭司
キャラ文芸
不思議な力を持つ黒猫のミーコ。人知を超越した力を持つ化け猫と、様々な人間との出会いと別れを描いた連作短編。※以前は『黒猫のミーコ』というタイトルでしたが、全く同じタイトルの作品があったのでタイトルを変更しました。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。