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第二章 ムゾウ
虚構
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うろうろと歩き回るムゾウは戸惑っている。圭史郎さんは、ちらりと横目でククルを見やった。彼女は「ポー……」と鳴いて、右往左往するムゾウを眺めている。
「プリズムホテルといえば、市内にある大きなホテルですね……。デートの場所と考えるなら、とても高級な雰囲気だと思います」
「デデデデート⁉ ぼくと凜子さんが⁉ そんなぁ、どうしよう、心の準備がまだできてないのにどうしよう~……」
ムゾウは困りながらも、とても嬉しそうに飛び跳ねている。
突然のこととはいえ、好意を抱いていた文通相手に直に会えるのだから、嬉しくないわけがない。しかも高級ホテルを指定してきたのは、『イケメン御曹司の綾小路輝彦』に見合う場所として考えた結果といえる。
「そうだ! お土産が必要ですよね。ああ、どうしよう、どんぐりは全部解放しちゃったしなぁ~」
「手作りのお菓子はどうですか? 花湯屋に厨房がありますから、みんなで作りましょう」
「そ、そうですか? ぼくなんかが行ってもいいんですか?」
「もちろんです。花湯屋はあやかしお宿ですから。ぜひククルと一緒に今晩は泊まってください」
「若女将さまがそうおっしゃるなら……ククル、行こう! すごいぞ、今夜は温泉旅館に泊まって、明日はホテルで凜子さんとデートだ!」
「ポー……」
初めての経験が目白押しなので盛り上がるムゾウに対し、ククルはといえば今ひとつ反応が薄い。
ムゾウはたった今、受け取った凜子さんからの手紙を丁寧に重箱に仕舞うと、代わりに何かを探ってから体に取り込んでいる。そうしてムゾウが転げるようにして社から出ると、ククルもあとをついてきた。
ククルとムゾウを私の膝の上にのせて、圭史郎さんは車を発進させる。
途中、凜子さんの家の前を通ったが、私は黙していた。
ムゾウを連れているので、今、凜子さんの正体を確かめるわけにはいかない。それに、明日になれば会えるのだから。
圭史郎さんはククルが偽っているのだと言っていたけれど……
「あっ、そういえば、花湯屋に泊まるには銀鉱山で銀を採掘しないといけないんですよね?」
突然のムゾウの発言に、ベランダを横目で見ていた私は慌てて意識を引き戻す。
「えっ、ええ……そうですね。みなさんから銀粒をお代としていただいてます」
「クルッポ!」
背中を向けたククルが、ムゾウの泥の体をのせるようにして尻尾を揺らす。
「ククル、連れていってくれるのか? ぼくは動きが遅いから、ククルがのせてくれると助かるよ。……でもなぁ、銀鉱山の主は上級クラス以上のあやかしだという噂だし、ぼくなんかが行ったら追い払われちゃうかもしれないし……」
最下級のあやかしであるというコンプレックスゆえに、またもや懊悩を始めたムゾウを、ククルは羽で強引にのせた。
「クルッポッポー」
行ってきますと言ったような気がした私は車の窓を開ける。すると、ムゾウをのせたククルは羽ばたいて、瞬く間に上空へ飛翔した。
「わああ、ククル、もうちょっとゆっくり!」
「気をつけて行ってきてくださいね。私たちは先に花湯屋に戻ってます」
ムゾウの騒ぎ声が次第に遠ざかる。小さな点になったふたりを見守りつつ、私は黙して運転している圭史郎さんに向けて、ぽつりと呟いた。
「ムゾウは凜子さんの家があそこだということを、知らないんですよね……」
「知らないだろうな。地を這う泥のあやかしは、近くしか見えない。近距離ですら自力で移動するのも困難なはずだ。ムゾウは耳年増なだけで、あいつの世界はごく狭い」
狭い世界で地を這ってきたムゾウは、凜子さんとデートすることになって浮かれていた。
そんな彼が、もし傷つけられる結果になったらどうしよう。
「本当に明日、凜子さんは来てくれるのでしょうか……」
「来るわけないだろ。凜子なんて存在しないんだからな」
呆れたように圭史郎さんが吐き捨てるので、私の唇が尖る。
圭史郎さんは、凜子さんの手紙はククルが書いていると確信しているのだ。
「はっきり言いますよね。まだ、わからないじゃないですか」
「答えはわかりきってる。綾小路輝彦が虚構であるように、凜子だって偽の姿なのさ。だがムゾウ自身が偽っているわけだから、相手を責めることはできないだろう。明日、ククルの嘘がバレてあいつが怒り出したらそう言ってやれ」
「完全にククルを疑ってますね。私としては、圭史郎さんの予想には疑問がありますけど」
「どこが」
「明日、凜子さんが現れなかったら、ムゾウはショックを受けてしまいます。ムゾウを傷つけるようなことを、あえてククルがするでしょうか?」
ククルがムゾウのために凜子さんを装っているのなら、会って話そうとは持ちかけないだろうと思う。互いに偽っているふたりが直接会うとなると、文通で築き上げた世界が壊れてしまう。
「傷つくことも必要だろ。ククルは偽り続けるのに疲れたんじゃないのか? それも、どうせ明日になれば明らかになるんだ。……と、帰ってきたようだな」
「プリズムホテルといえば、市内にある大きなホテルですね……。デートの場所と考えるなら、とても高級な雰囲気だと思います」
「デデデデート⁉ ぼくと凜子さんが⁉ そんなぁ、どうしよう、心の準備がまだできてないのにどうしよう~……」
ムゾウは困りながらも、とても嬉しそうに飛び跳ねている。
突然のこととはいえ、好意を抱いていた文通相手に直に会えるのだから、嬉しくないわけがない。しかも高級ホテルを指定してきたのは、『イケメン御曹司の綾小路輝彦』に見合う場所として考えた結果といえる。
「そうだ! お土産が必要ですよね。ああ、どうしよう、どんぐりは全部解放しちゃったしなぁ~」
「手作りのお菓子はどうですか? 花湯屋に厨房がありますから、みんなで作りましょう」
「そ、そうですか? ぼくなんかが行ってもいいんですか?」
「もちろんです。花湯屋はあやかしお宿ですから。ぜひククルと一緒に今晩は泊まってください」
「若女将さまがそうおっしゃるなら……ククル、行こう! すごいぞ、今夜は温泉旅館に泊まって、明日はホテルで凜子さんとデートだ!」
「ポー……」
初めての経験が目白押しなので盛り上がるムゾウに対し、ククルはといえば今ひとつ反応が薄い。
ムゾウはたった今、受け取った凜子さんからの手紙を丁寧に重箱に仕舞うと、代わりに何かを探ってから体に取り込んでいる。そうしてムゾウが転げるようにして社から出ると、ククルもあとをついてきた。
ククルとムゾウを私の膝の上にのせて、圭史郎さんは車を発進させる。
途中、凜子さんの家の前を通ったが、私は黙していた。
ムゾウを連れているので、今、凜子さんの正体を確かめるわけにはいかない。それに、明日になれば会えるのだから。
圭史郎さんはククルが偽っているのだと言っていたけれど……
「あっ、そういえば、花湯屋に泊まるには銀鉱山で銀を採掘しないといけないんですよね?」
突然のムゾウの発言に、ベランダを横目で見ていた私は慌てて意識を引き戻す。
「えっ、ええ……そうですね。みなさんから銀粒をお代としていただいてます」
「クルッポ!」
背中を向けたククルが、ムゾウの泥の体をのせるようにして尻尾を揺らす。
「ククル、連れていってくれるのか? ぼくは動きが遅いから、ククルがのせてくれると助かるよ。……でもなぁ、銀鉱山の主は上級クラス以上のあやかしだという噂だし、ぼくなんかが行ったら追い払われちゃうかもしれないし……」
最下級のあやかしであるというコンプレックスゆえに、またもや懊悩を始めたムゾウを、ククルは羽で強引にのせた。
「クルッポッポー」
行ってきますと言ったような気がした私は車の窓を開ける。すると、ムゾウをのせたククルは羽ばたいて、瞬く間に上空へ飛翔した。
「わああ、ククル、もうちょっとゆっくり!」
「気をつけて行ってきてくださいね。私たちは先に花湯屋に戻ってます」
ムゾウの騒ぎ声が次第に遠ざかる。小さな点になったふたりを見守りつつ、私は黙して運転している圭史郎さんに向けて、ぽつりと呟いた。
「ムゾウは凜子さんの家があそこだということを、知らないんですよね……」
「知らないだろうな。地を這う泥のあやかしは、近くしか見えない。近距離ですら自力で移動するのも困難なはずだ。ムゾウは耳年増なだけで、あいつの世界はごく狭い」
狭い世界で地を這ってきたムゾウは、凜子さんとデートすることになって浮かれていた。
そんな彼が、もし傷つけられる結果になったらどうしよう。
「本当に明日、凜子さんは来てくれるのでしょうか……」
「来るわけないだろ。凜子なんて存在しないんだからな」
呆れたように圭史郎さんが吐き捨てるので、私の唇が尖る。
圭史郎さんは、凜子さんの手紙はククルが書いていると確信しているのだ。
「はっきり言いますよね。まだ、わからないじゃないですか」
「答えはわかりきってる。綾小路輝彦が虚構であるように、凜子だって偽の姿なのさ。だがムゾウ自身が偽っているわけだから、相手を責めることはできないだろう。明日、ククルの嘘がバレてあいつが怒り出したらそう言ってやれ」
「完全にククルを疑ってますね。私としては、圭史郎さんの予想には疑問がありますけど」
「どこが」
「明日、凜子さんが現れなかったら、ムゾウはショックを受けてしまいます。ムゾウを傷つけるようなことを、あえてククルがするでしょうか?」
ククルがムゾウのために凜子さんを装っているのなら、会って話そうとは持ちかけないだろうと思う。互いに偽っているふたりが直接会うとなると、文通で築き上げた世界が壊れてしまう。
「傷つくことも必要だろ。ククルは偽り続けるのに疲れたんじゃないのか? それも、どうせ明日になれば明らかになるんだ。……と、帰ってきたようだな」
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