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第一章 カマクラコモリ
それぞれの家へ
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「なんの。最大の功労者は、コロであろう。光希とイチを分離させることが命題であったからのう」
玄関前にお座りをしているコロさんは、ヨミじいさんのねぎらいに、嬉しそうに尻尾を振った。
「圭史郎さんが作戦を考えたんだよ。合図を出したときに僕が吠えたら、キツネの子がびっくりして、光希くんの中から飛び出してくるってね」
「そうだったんですね。私はてっきり、圭史郎さんがコロさんを犠牲にするのかと思っていました。誤解していて、すみません」
初めから圭史郎さんは光希君とイチを分離するために、コロさんに手伝いを要請したのだ。それならそうと、話してくれればいいのに。
もしかしたら、背中から出る黒い手のことを説明したくなかったからなのかもしれない。あの黒い手がなければ、イチを引っぱり出すことはできなかったろう。
謝罪すると、圭史郎さんは白銀に煌めく温泉街を目を細めて見やる。
「今だから言うが、その可能性も考慮していた。まさか、キツネの母親が自らカマクラコモリに戻るとは思わなかったからな」
「親子で住めるおうちが必要だものね。そうでしょ、ヨミじいさん」
無垢なコロさんは圭史郎さんの薄情さなど全く気にしていないようで、ヨミじいさんに笑いかける。
ぱちりと瞬いたヨミじいさんは、しっかりと頷いて羽を広げた。
「そうじゃよ、コロ。親はのう、子と家さえあれば、ほかにはなんにもいらぬのじゃ」
「そうなんだね。じゃあ、あのキツネさんたちは幸せになるんだね」
「うむ。ようやく母子は一緒にいられるのじゃからな。コロの言うとおり、幸せじゃろうて」
ヨミじいさんは空高く舞い上がった。
ひらりと舞い落ちた尾羽を見つめながら、私はキツネの母子の行く末を思う。
ふたりは、カマクラコモリに囚われている。けれどそれが彼女たちにとっては、幸せなのかもしれない。
「圭史郎さん……カマクラコモリの生贄は、ひとりだけのはずですよね。でも、キツネの母子ふたりをカマクラコモリは呑み込みました。私と光希君がふたりいたときも入り口が閉じましたけど、あれはどういうことなんでしょうか?」
「……さあな。それが、カマクラコモリの情なのかもしれない。ひとりじゃ寂しいだろう」
孤独なカマクラコモリは今もどこかの山奥にいるのだろうか。
もしかしたら、一緒に呑み込まれたキツネの人形がいつか、カマクラコモリの相棒となってはくれないだろうか。そう願わずにはいられなかった。
踵を返した圭史郎さんは、去り際にぼそりと呟く。
「ところで優香は、イチを引きずり出した黒い手のようなものを見なかったのか? あれは何だと聞かれたときの説明を俺は必死で考えていたんだが、どうやらおまえの中ではどうでもいいことらしいな」
「あっ、見ましたよ! そういえば、圭史郎さんの背中から生えていたような気がしましたけど、あれはいったい何ですか?」
「いや、いい。気のせいだ」
「そんなわけないですよ! 圭史郎さーん」
素知らぬふりを決め込んでしまった圭史郎さんのあとを追いかけ、私は花湯屋へ入る。
冬の優しい陽射しが純白の雪を煌めかせて、銀山温泉街を包み込んでいた。
玄関前にお座りをしているコロさんは、ヨミじいさんのねぎらいに、嬉しそうに尻尾を振った。
「圭史郎さんが作戦を考えたんだよ。合図を出したときに僕が吠えたら、キツネの子がびっくりして、光希くんの中から飛び出してくるってね」
「そうだったんですね。私はてっきり、圭史郎さんがコロさんを犠牲にするのかと思っていました。誤解していて、すみません」
初めから圭史郎さんは光希君とイチを分離するために、コロさんに手伝いを要請したのだ。それならそうと、話してくれればいいのに。
もしかしたら、背中から出る黒い手のことを説明したくなかったからなのかもしれない。あの黒い手がなければ、イチを引っぱり出すことはできなかったろう。
謝罪すると、圭史郎さんは白銀に煌めく温泉街を目を細めて見やる。
「今だから言うが、その可能性も考慮していた。まさか、キツネの母親が自らカマクラコモリに戻るとは思わなかったからな」
「親子で住めるおうちが必要だものね。そうでしょ、ヨミじいさん」
無垢なコロさんは圭史郎さんの薄情さなど全く気にしていないようで、ヨミじいさんに笑いかける。
ぱちりと瞬いたヨミじいさんは、しっかりと頷いて羽を広げた。
「そうじゃよ、コロ。親はのう、子と家さえあれば、ほかにはなんにもいらぬのじゃ」
「そうなんだね。じゃあ、あのキツネさんたちは幸せになるんだね」
「うむ。ようやく母子は一緒にいられるのじゃからな。コロの言うとおり、幸せじゃろうて」
ヨミじいさんは空高く舞い上がった。
ひらりと舞い落ちた尾羽を見つめながら、私はキツネの母子の行く末を思う。
ふたりは、カマクラコモリに囚われている。けれどそれが彼女たちにとっては、幸せなのかもしれない。
「圭史郎さん……カマクラコモリの生贄は、ひとりだけのはずですよね。でも、キツネの母子ふたりをカマクラコモリは呑み込みました。私と光希君がふたりいたときも入り口が閉じましたけど、あれはどういうことなんでしょうか?」
「……さあな。それが、カマクラコモリの情なのかもしれない。ひとりじゃ寂しいだろう」
孤独なカマクラコモリは今もどこかの山奥にいるのだろうか。
もしかしたら、一緒に呑み込まれたキツネの人形がいつか、カマクラコモリの相棒となってはくれないだろうか。そう願わずにはいられなかった。
踵を返した圭史郎さんは、去り際にぼそりと呟く。
「ところで優香は、イチを引きずり出した黒い手のようなものを見なかったのか? あれは何だと聞かれたときの説明を俺は必死で考えていたんだが、どうやらおまえの中ではどうでもいいことらしいな」
「あっ、見ましたよ! そういえば、圭史郎さんの背中から生えていたような気がしましたけど、あれはいったい何ですか?」
「いや、いい。気のせいだ」
「そんなわけないですよ! 圭史郎さーん」
素知らぬふりを決め込んでしまった圭史郎さんのあとを追いかけ、私は花湯屋へ入る。
冬の優しい陽射しが純白の雪を煌めかせて、銀山温泉街を包み込んでいた。
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