みちのく銀山温泉

沖田弥子

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第一章 カマクラコモリ

不思議なかまくら 2

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 声の主は次々に七輪で食べ物を焼いては、光希君に食べさせている。勧められるまま、彼は貪り続けた。
 どうやら家に戻ってきた光希君がお腹いっぱいになっていたのは、このかまくらで食事を提供されていたことが原因らしい。
 このような山奥にかまくらがあり、そこで食事をしているだなんて想像もつかない。光希君に語りかけている声の主は女性のようだけれど、女性がひとりで夜中のかまくらにいるなんて不審だ。いったい、何者だろう。
 そのとき、ヨミじいさんのとまっていた枝から、どさりと雪が落下した。
 かまくらの中から、悲鳴に似た声が響く。

「だ、誰⁉ 誰かいるの⁉」

 視線をさまよわせたヨミじいさんは誤魔化すように「ホーホー」と鳴いたが、警戒した女性は光希君を守るかのように、ぎゅっと抱きしめた。そうすると、女性の姿が露わになる。

「キツネ……⁉」

 褐色の毛に、きつい目つきの細い面差し。ぴんと立った三角の耳と、ふさふさの大きな尻尾。それらは光希君に生えたものとそっくりだ。
 彼女は完全にキツネの姿で、衣服は身に纏っていない。ただし二本足で立ち、前足を腕のように使えるので、コロさんと同じく動物タイプのあやかしだ。
 舌打ちした圭史郎さんは腰を上げ、樹陰から出た。
 私も彼女を驚かせないよう、そろそろと歩いてかまくらに近づく。
 突然現れた闖入者たちに、キツネの女性はひどく狼狽し、ぶるぶると震えていた。光希君を傷つけられると思ったのか、覆い被さるようにしている。私は彼女を怯えさせないよう、穏やかに話しかけた。

「私たちは怪しい者ではありません。私は花湯屋というあやかしお宿で若女将をしています」
「あやかしお宿……? でも、あなたは人間でしょう」

 彼女は人間に対して警戒心を持っているようだ。
 ばさりと、かまくらの前に降り立ったヨミじいさんが呼びかける。

「わしはヨミじいさんじゃ。ここらのあやかしたちの長老じゃ。こやつらは、わしのしもべじゃから安心してよいぞ」

 ヨミじいさんのしもべにされてしまった私は微妙な笑顔で頷く。圭史郎さんが鼻を鳴らしたので、肘で小突いておいた。
 ヨミじいさんの言葉と彼のフクロウの姿に若干の安心を得たのか、あやかしのキツネは光希君を抱きしめていた腕の力を緩めた。

「長老さまなのですか。わたしはどなたとも交流を持ちませんので、世間のことにまるで疎いのです。もし世の中のことに明るければ、こんなことにはならなかったという後悔もよぎりますが……」
「ほうほう。何やら事情がありそうだのう。わしらでよければ話を伺ってもよいかの?」
「ええ、お話しいたしましょう。どうぞ、お入りになってください。しもべの方々も、かまくらの中へどうぞ。外は寒いでしょう」
「うむ。それでは失礼するぞい」

 あやかしのキツネは快く私たちを迎え入れてくれた。
 かまくらへ入るヨミじいさんに続き、私も入り口をくぐろうと身を屈める。
 そのとき、ぐいと腕を後ろに引かれた。
 思わず振り返ると、圭史郎さんは双眸を炯々と光らせ、怖い顔で私を凝視している。
 疑問を口にする前に、身を寄せてきた圭史郎さんは私の耳元に囁いた。

「俺が合図したら、光希を抱えてすぐにかまくらから出ろ。いいな」
「え……?」

 まだ入ってもいないのに、どうしてそんなことを言うのだろう。優しそうなキツネは危険なあやかしには見えない。
 私の腕を解放した圭史郎さんは何事もなかったかのように平然として、さっさとかまくらに入っていった。
 首を傾げながらも、私も続いて入り口をくぐる。

「わあ……。かまくらの中って、こんなに暖かいんですね」

 ふわりとしたぬくもりに包まれて、安堵の息を零す。
 かまくらは寒さを防ぐ効果があると噂では聞いていたけれど、こんなにも暖かいなんて思わなかった。中央に置かれた七輪の炭火が、赤々と燃えている。
 ちらりと光希君を窺うと、彼はぼんやりとして座っていた。私たちが訪れたことにも、何の反応も示さない。虚ろな双眸に灯火が映り込んでいる。
 かまくらの入り口を挟んで私と光希君が並び、私の隣には圭史郎さんが跪座している。まるで武士のような座り方だが、圭史郎さんがそのような恰好をしているのは初めて見た。七輪を挟んで圭史郎さんの対極にはヨミじいさんが体を収めた。決して広くはないかまくらの中に五名もいれば窮屈になる。キツネのあやかしは、もっとも入り口から遠い奥のほうに腰を落ち着けている。そこが彼女がいつも座っている場所なのだろう。かまくらの出入口を通して景色がよく見えるはずだ。
 炭火の灯火を眺めつつ、ヨミじいさんがそれとなく語りかける。

「暖を取ると落ち着くのう。……ところで、おぬしはひとりで山奥で暮らしておるのか?」
「ええ。わたしがまだふつうのキツネだった頃は仲間もおりましたが、車に撥ねられ息絶えてから、このようなあやかしになりました。それから……少々事情がありまして、ひとりでおります」

 彼女は事情があることについて言い淀んだ。誰にでも言いにくい過去はある。車に撥ねられたという哀しい死があったのなら、なおさらだろう。私は黙って彼女の話に耳を傾けた。
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