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第一章 カマクラコモリ
きつねつき
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「俺もそう思う」
キツネと言われてみれば確かに、褐色の耳とふさふさの大きな尻尾はキツネそのものだ。
それに、光希君には人間の耳がついている。動物の耳と尻尾は何らかの原因で取りつけられたものと考えるのが自然だろう。
「キツネ憑きというと……キツネのあやかしに取り憑かれているということですか?」
「子どもなら、よくあることだ。取り憑いたほうのキツネも子どもだろう。お互いに邪気がないから遊んでいるうちにぶつかって、くっついたという感じだろうな」
「うむ。融合は特殊な能力じゃが、子ども同士ならたいそうなことではないじゃろう。圭史郎、さくっと剥がしてやらんのか?」
偶然あやかしの子ぎつねが、くっついたという程度のことなのだ。ヨミじいさんの軽い言葉に私は安心しかけたが、圭史郎さんは苦々しい顔を見せる。
「簡単に言うなよ。それより、問題なのはそこじゃない。光希が夜中にどこに行っているのかということだ。キツネ憑きと関係していると考えるのが自然だが、飲食していると聞いて謎が深まった」
「ふむ……気になるのう。腹を空かしているわけでもあるまいし、なぜ夜中に食事をするのじゃろうな」
「心読みで、さくっと読めないのか?」
ヨミじいさんの言い分を冷淡に返した圭史郎さんは、相変わらず嫌味が得意である。嘴を突き出したヨミじいさんは間髪入れずに返答した。
「子どもは何も考えておらんから読めないんじゃい! よし、わしもこの件に手を貸そうではないか。わしなら夜目も利くし空を飛べる。この子のあとを追いかけるのは容易じゃろう」
羽の先で、ふわふわの胸を指し示したヨミじいさんが、とても頼もしく見える。
空を飛べるヨミじいさんがいてくれれば、光希君を見失わずに済むだろう。
「ヨミじいさん、よろしくお願いします!」
「フォフォフォ、どんと任せるがよいぞ」
キツネ憑きを解消するのは難しくないようだし、あとは光希君がどこへ行っているのか突き止めさえすれば解決できる。
安堵している私をよそに、圭史郎さんは疑念を込めた眼差しを光希君に向けていた。
日中は子鬼たちが光希君の遊び相手を務めてくれた。あやかし食堂で夕飯を食べたあとは大浴場でお風呂に入り、光希君は初めての経験に大いにはしゃいでいた。両親がいないので寂しがるかと思ったけれど、子鬼たちとコロさんがいてくれたので、友達として楽しく遊べたからかもしれない。
それも、ひとときのことだけれど……
キツネ憑きでなくなってしまえば、光希君はあやかしが見えなくなる。
私は客間で布団を敷きながら、ほんの少し切ない気持ちになった。
けれど、苦悩する高橋さんの様子を思い返して、やはり光希君は人間として親元で暮らすのが一番よいことだと思い直す。今日のできごとは、光希君にとって楽しい思い出となってくれるはずだ。
そんなふうに考えていると、客間に光希君がやってきた。夜中に出歩くことを考慮して、パジャマではなく普段着のままだ。彼はあくびをしつつ、肩に茜と蒼龍をのせている。三人はすっかり仲良くなったようだ。
「ねんね……」
「たくさん遊びましたものね。さあ、お布団へどうぞ」
するりと布団に身を横たえた光希君は、すぐに瞼を閉じる。よほど疲れたらしい。
肩から飛び降りた子鬼たちは枕元に並んだ。みんなで安寧とした寝顔を見守る。
私は小声で茜と蒼龍をねぎらう。
「ふたりとも、ありがとうございました。光希君はとても楽しそうでしたね」
「あたしも楽しかった。子どもはかわいいね」
「オレも楽しかったよ。いっぱい遊んで疲れたから、光希はきっと朝まで起きないぞ」
ふわあ、とあくびを零した蒼龍のほうがよほど疲れているようである。ふたりは光希君と鬼ごっこを繰り広げていたので無理もないだろう。
「お疲れさまです。茜と蒼龍も休んでくださいね」
電気を消し、スタンドライトのみを照らして、子鬼たちと客間を出る。振り返ったとき、仄かな橙色の明かりに照らされた光希君は、全く身じろぎしていなかった。
談話室へ入ると、子鬼たちは「おやすみ」と言って、すぐにキャビネットの裏にもぐり込む。
ストーブの傍ではヨミじいさんが暖を取っていた。
「圭史郎は外で支度をしておるぞい。車を使って追いかけるようじゃの」
氷点下になる雪国の冬は、すぐに車を出すことができない。車体に雪が積もったら下ろさなければならないし、ミラーやウィンドウが凍るので、放水などで解凍しなくてはならないのだ。耳を澄ませば、屋外から車のエンジン音が小さく届いていた。
「車を出す必要はなさそうですよ。光希君は、ぐっすり眠り込んでいますから。あの様子なら朝まで起きないでしょう」
「うむ。それならば……うん? なんじゃ、この音は」
ぴくりと羽を揺らしたヨミじいさんは、警戒するように身を低くする。
「車のエンジンの音ですよ」
「それとは異なる周波数じゃ。……獣の遠吠えのようじゃの」
耳を澄ますけれど、私には何も聞こえない。人間の耳には届かない音なのかもしれない。
獣といっても、この辺りには野犬などおらず、飼い猫は家に籠もっているだろう。山形にはカモシカが多いが、彼らは遠吠えなどしない。いったい、何の獣がいるというのだろうか。
キツネと言われてみれば確かに、褐色の耳とふさふさの大きな尻尾はキツネそのものだ。
それに、光希君には人間の耳がついている。動物の耳と尻尾は何らかの原因で取りつけられたものと考えるのが自然だろう。
「キツネ憑きというと……キツネのあやかしに取り憑かれているということですか?」
「子どもなら、よくあることだ。取り憑いたほうのキツネも子どもだろう。お互いに邪気がないから遊んでいるうちにぶつかって、くっついたという感じだろうな」
「うむ。融合は特殊な能力じゃが、子ども同士ならたいそうなことではないじゃろう。圭史郎、さくっと剥がしてやらんのか?」
偶然あやかしの子ぎつねが、くっついたという程度のことなのだ。ヨミじいさんの軽い言葉に私は安心しかけたが、圭史郎さんは苦々しい顔を見せる。
「簡単に言うなよ。それより、問題なのはそこじゃない。光希が夜中にどこに行っているのかということだ。キツネ憑きと関係していると考えるのが自然だが、飲食していると聞いて謎が深まった」
「ふむ……気になるのう。腹を空かしているわけでもあるまいし、なぜ夜中に食事をするのじゃろうな」
「心読みで、さくっと読めないのか?」
ヨミじいさんの言い分を冷淡に返した圭史郎さんは、相変わらず嫌味が得意である。嘴を突き出したヨミじいさんは間髪入れずに返答した。
「子どもは何も考えておらんから読めないんじゃい! よし、わしもこの件に手を貸そうではないか。わしなら夜目も利くし空を飛べる。この子のあとを追いかけるのは容易じゃろう」
羽の先で、ふわふわの胸を指し示したヨミじいさんが、とても頼もしく見える。
空を飛べるヨミじいさんがいてくれれば、光希君を見失わずに済むだろう。
「ヨミじいさん、よろしくお願いします!」
「フォフォフォ、どんと任せるがよいぞ」
キツネ憑きを解消するのは難しくないようだし、あとは光希君がどこへ行っているのか突き止めさえすれば解決できる。
安堵している私をよそに、圭史郎さんは疑念を込めた眼差しを光希君に向けていた。
日中は子鬼たちが光希君の遊び相手を務めてくれた。あやかし食堂で夕飯を食べたあとは大浴場でお風呂に入り、光希君は初めての経験に大いにはしゃいでいた。両親がいないので寂しがるかと思ったけれど、子鬼たちとコロさんがいてくれたので、友達として楽しく遊べたからかもしれない。
それも、ひとときのことだけれど……
キツネ憑きでなくなってしまえば、光希君はあやかしが見えなくなる。
私は客間で布団を敷きながら、ほんの少し切ない気持ちになった。
けれど、苦悩する高橋さんの様子を思い返して、やはり光希君は人間として親元で暮らすのが一番よいことだと思い直す。今日のできごとは、光希君にとって楽しい思い出となってくれるはずだ。
そんなふうに考えていると、客間に光希君がやってきた。夜中に出歩くことを考慮して、パジャマではなく普段着のままだ。彼はあくびをしつつ、肩に茜と蒼龍をのせている。三人はすっかり仲良くなったようだ。
「ねんね……」
「たくさん遊びましたものね。さあ、お布団へどうぞ」
するりと布団に身を横たえた光希君は、すぐに瞼を閉じる。よほど疲れたらしい。
肩から飛び降りた子鬼たちは枕元に並んだ。みんなで安寧とした寝顔を見守る。
私は小声で茜と蒼龍をねぎらう。
「ふたりとも、ありがとうございました。光希君はとても楽しそうでしたね」
「あたしも楽しかった。子どもはかわいいね」
「オレも楽しかったよ。いっぱい遊んで疲れたから、光希はきっと朝まで起きないぞ」
ふわあ、とあくびを零した蒼龍のほうがよほど疲れているようである。ふたりは光希君と鬼ごっこを繰り広げていたので無理もないだろう。
「お疲れさまです。茜と蒼龍も休んでくださいね」
電気を消し、スタンドライトのみを照らして、子鬼たちと客間を出る。振り返ったとき、仄かな橙色の明かりに照らされた光希君は、全く身じろぎしていなかった。
談話室へ入ると、子鬼たちは「おやすみ」と言って、すぐにキャビネットの裏にもぐり込む。
ストーブの傍ではヨミじいさんが暖を取っていた。
「圭史郎は外で支度をしておるぞい。車を使って追いかけるようじゃの」
氷点下になる雪国の冬は、すぐに車を出すことができない。車体に雪が積もったら下ろさなければならないし、ミラーやウィンドウが凍るので、放水などで解凍しなくてはならないのだ。耳を澄ませば、屋外から車のエンジン音が小さく届いていた。
「車を出す必要はなさそうですよ。光希君は、ぐっすり眠り込んでいますから。あの様子なら朝まで起きないでしょう」
「うむ。それならば……うん? なんじゃ、この音は」
ぴくりと羽を揺らしたヨミじいさんは、警戒するように身を低くする。
「車のエンジンの音ですよ」
「それとは異なる周波数じゃ。……獣の遠吠えのようじゃの」
耳を澄ますけれど、私には何も聞こえない。人間の耳には届かない音なのかもしれない。
獣といっても、この辺りには野犬などおらず、飼い猫は家に籠もっているだろう。山形にはカモシカが多いが、彼らは遠吠えなどしない。いったい、何の獣がいるというのだろうか。
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