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第一章 カマクラコモリ
同級生からの依頼 3
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「まず、一週間前に突然耳と尻尾が生えたと言ったな。その前日かもう少し前に、何か変わったことがなかったか?」
高橋さんは首を捻る。
「変わったこと……。昼間は俺は会社に行ってるから、嫁さんが光希を見てるんだ。特に何も言っていなかったな」
「前日は光希はどこにいたんだ。一日中、家の中じゃないんだろ?」
「毎日近所のスーパーと公園に寄ってるから、前の日も行ったはずだ。保育所にはまだ通っていない」
「家の周辺の地図を描いてくれ。優香、紙とペンを用意してくれ」
「わかりました」
事務室から持ってきたコピー用紙とペンを高橋さんに渡し、簡単に地図を描いてもらう。完成した地図を眺めた圭史郎さんは双眸を細めた。
「家は街の新興住宅地だが、公園は山のほうなんだな」
「ああ、そんなに離れていないけどな。もちろん毎晩公園にも探しに行ってるが、そこには光希はいなかった。俺は明け方まで張り込んでたよ」
「なるほど。ということは、光希が行きそうな場所に心当たりはないんだな?」
「まだ三歳で友達もいないんだぞ。どこに行くっていうんだ……。夜中に幼児を迎え入れる居酒屋があるとも思えない。念のため近くの居酒屋をあたってみたけど、『三歳の男の子が来ませんでしたか』って聞いたら俺が不審者みたいに見られたよ」
高橋さんの証言に、圭史郎さんは眉を跳ね上げる。
「なぜ、居酒屋が出てくるんだ?」
「え……ああ、光希は夜中にどこかで何か食べてきてるようなんだ。朝になると腹が膨れていて、何も食べたがらない。便はふつうだから妙なものを食べてはいないらしいが……それも気味が悪いんだ。耳が生えてる幼児を深夜に招き入れて飲食させる店があるか? もしかしたら、その店の主に光希が食べられたらと思うと……」
高橋さんは頭を抱えてしまった。父親の苦悩を感じ取ったのか、光希君はふと顔を上げると、高橋さんの頭を小さな掌で撫でる。
「ぱーぱ、いたいの、ないない」
父親が痛がっていると思い、慰める光希君の姿に憐憫を誘われる。
親子がもとどおり平穏に暮らせるように、どうにかしてあげられないだろうか。
「圭史郎さん……光希君が夜中に出かけるのをやめさせることはできないでしょうか」
「むしろ、どこへ行くのかを突き止めるべきだな。幼児が大人より足が速いなんて考えられない。夜中は何者かに操られている状態なんだろう」
光希君が深夜に外出する原因は、この耳と尻尾に違いない。飲食している場所がわかれば、もとの姿に戻る糸口が見つかるかもしれないのだ。
希望を見出した私は、高橋さんに向き直った。
「今夜、光希君を花湯屋でお預かりしてもいいでしょうか? 私たちが光希君の行く先を突き止めますから」
「じゃあ、俺も一緒に……」
「高橋。おまえは家に帰って寝ろ。あやかしのことは俺たちに任せてくれ。素人がいると邪魔なんだ」
圭史郎さんに素人扱いされた高橋さんは、しゅんと背を丸めた。
光希君が心配なのはもっともだけれど、高橋さんにはまず休養が必要だろうと思えた。
「わかった……頼む。若女将さん、どうかお願いします」
「任せてください。きっと光希君をもとに戻してあげますから」
その言葉に安心したのか、高橋さんは疲れた顔に笑みを浮かべた。けれどすぐに光希君を見つめて、表情を引き締める。
「光希。パパはちょっと、仕事に行ってくる。光希は今夜、お姉さんたちとここにお泊まりするんだ。できるか?」
大きな目で父親を見上げた光希君は、小さな足でしっかりと立ち上がる。
「かいちゃ。いってらっちゃい」
どうやら父親が会社に出勤するのだと思ったらしい。小さな手を懸命に振っている。これが毎朝の日課なのだろうと窺わせた。
高橋さんは悲壮感を出さないよう努めて平静に、「いってきます」と言って談話室を出て行った。
残された光希君が呆然と立ち竦んでいたそのとき。
花湯屋を出て行った高橋さんと入れ替わりに、ばさりとした羽音が響く。
「邪魔するぞい。ふう、ストーブがあると暖かいのう」
「ヨミじいさん! お久しぶりです」
心読みという能力を持つ、フクロウのヨミじいさんは花湯屋の常連客だ。
誰の心でも読めてしまうという能力は稀有なものなのだけれど、おじいさんなので、その力は発揮できなかったりするのである……
ヨミじいさんを発見した光希君は寂しげな表情が一変して、目を輝かせた。
「とりひゃん、とりひゃん!」
「おおう。この幼子は……あやかしか? むむ、違うな」
捕まえようとする光希君の手を逃れたヨミじいさんは圭史郎さんの腰かけるソファにとまり、羽を休めた。
「ちょうどいいところに来たな、ヨミじいさん。ちょっと話を聞いてくれよ」
圭史郎さんはヨミじいさんに、事の次第を話した。
事情を聞いたヨミじいさんの双眸が、すうっと細められる。
「ふむふむ……なるほど。まず、この子の見かけが変化したのは、キツネ憑きによるものじゃな」
高橋さんは首を捻る。
「変わったこと……。昼間は俺は会社に行ってるから、嫁さんが光希を見てるんだ。特に何も言っていなかったな」
「前日は光希はどこにいたんだ。一日中、家の中じゃないんだろ?」
「毎日近所のスーパーと公園に寄ってるから、前の日も行ったはずだ。保育所にはまだ通っていない」
「家の周辺の地図を描いてくれ。優香、紙とペンを用意してくれ」
「わかりました」
事務室から持ってきたコピー用紙とペンを高橋さんに渡し、簡単に地図を描いてもらう。完成した地図を眺めた圭史郎さんは双眸を細めた。
「家は街の新興住宅地だが、公園は山のほうなんだな」
「ああ、そんなに離れていないけどな。もちろん毎晩公園にも探しに行ってるが、そこには光希はいなかった。俺は明け方まで張り込んでたよ」
「なるほど。ということは、光希が行きそうな場所に心当たりはないんだな?」
「まだ三歳で友達もいないんだぞ。どこに行くっていうんだ……。夜中に幼児を迎え入れる居酒屋があるとも思えない。念のため近くの居酒屋をあたってみたけど、『三歳の男の子が来ませんでしたか』って聞いたら俺が不審者みたいに見られたよ」
高橋さんの証言に、圭史郎さんは眉を跳ね上げる。
「なぜ、居酒屋が出てくるんだ?」
「え……ああ、光希は夜中にどこかで何か食べてきてるようなんだ。朝になると腹が膨れていて、何も食べたがらない。便はふつうだから妙なものを食べてはいないらしいが……それも気味が悪いんだ。耳が生えてる幼児を深夜に招き入れて飲食させる店があるか? もしかしたら、その店の主に光希が食べられたらと思うと……」
高橋さんは頭を抱えてしまった。父親の苦悩を感じ取ったのか、光希君はふと顔を上げると、高橋さんの頭を小さな掌で撫でる。
「ぱーぱ、いたいの、ないない」
父親が痛がっていると思い、慰める光希君の姿に憐憫を誘われる。
親子がもとどおり平穏に暮らせるように、どうにかしてあげられないだろうか。
「圭史郎さん……光希君が夜中に出かけるのをやめさせることはできないでしょうか」
「むしろ、どこへ行くのかを突き止めるべきだな。幼児が大人より足が速いなんて考えられない。夜中は何者かに操られている状態なんだろう」
光希君が深夜に外出する原因は、この耳と尻尾に違いない。飲食している場所がわかれば、もとの姿に戻る糸口が見つかるかもしれないのだ。
希望を見出した私は、高橋さんに向き直った。
「今夜、光希君を花湯屋でお預かりしてもいいでしょうか? 私たちが光希君の行く先を突き止めますから」
「じゃあ、俺も一緒に……」
「高橋。おまえは家に帰って寝ろ。あやかしのことは俺たちに任せてくれ。素人がいると邪魔なんだ」
圭史郎さんに素人扱いされた高橋さんは、しゅんと背を丸めた。
光希君が心配なのはもっともだけれど、高橋さんにはまず休養が必要だろうと思えた。
「わかった……頼む。若女将さん、どうかお願いします」
「任せてください。きっと光希君をもとに戻してあげますから」
その言葉に安心したのか、高橋さんは疲れた顔に笑みを浮かべた。けれどすぐに光希君を見つめて、表情を引き締める。
「光希。パパはちょっと、仕事に行ってくる。光希は今夜、お姉さんたちとここにお泊まりするんだ。できるか?」
大きな目で父親を見上げた光希君は、小さな足でしっかりと立ち上がる。
「かいちゃ。いってらっちゃい」
どうやら父親が会社に出勤するのだと思ったらしい。小さな手を懸命に振っている。これが毎朝の日課なのだろうと窺わせた。
高橋さんは悲壮感を出さないよう努めて平静に、「いってきます」と言って談話室を出て行った。
残された光希君が呆然と立ち竦んでいたそのとき。
花湯屋を出て行った高橋さんと入れ替わりに、ばさりとした羽音が響く。
「邪魔するぞい。ふう、ストーブがあると暖かいのう」
「ヨミじいさん! お久しぶりです」
心読みという能力を持つ、フクロウのヨミじいさんは花湯屋の常連客だ。
誰の心でも読めてしまうという能力は稀有なものなのだけれど、おじいさんなので、その力は発揮できなかったりするのである……
ヨミじいさんを発見した光希君は寂しげな表情が一変して、目を輝かせた。
「とりひゃん、とりひゃん!」
「おおう。この幼子は……あやかしか? むむ、違うな」
捕まえようとする光希君の手を逃れたヨミじいさんは圭史郎さんの腰かけるソファにとまり、羽を休めた。
「ちょうどいいところに来たな、ヨミじいさん。ちょっと話を聞いてくれよ」
圭史郎さんはヨミじいさんに、事の次第を話した。
事情を聞いたヨミじいさんの双眸が、すうっと細められる。
「ふむふむ……なるほど。まず、この子の見かけが変化したのは、キツネ憑きによるものじゃな」
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