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五条子爵の陰謀 2
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車は五条子爵家の別邸へ辿り着いた。
老齢の女中が茶を運んでくれたので、まずは茶葉の薫りを愉しむ。静かな応接室に人の気配は薄かった。
「恋人はいないのか? 運命の恋だとか盛り上がっていた男爵家の子息はどうしたんだ」
公成はアンティークの椅子に主らしく優雅に凭れて座っていたが、安珠の台詞を耳にして肩を竦めた。
「あれはとうに終わったよ。一年前の恋なんて彼方に葬り去られるだろう。運命ではなかった、それだけだ」
彼の恋はとても軽く、人妻だろうが男だろうが出会った瞬間に恋に落ちたと騒いでは気軽に付き合っている。恋愛の定義は人それぞれだが、安珠には到底理解できない。
恋をする自分に酔ったように、うっとりした眸で公成は安珠を見つめた。
「ついに私は気づいたんだ。私の心には、ひとりの人がずっと住み続けている。その人と添い遂げなければ、誰と付き合っても満足できないのだとね」
ピアノを習いたいというのは口実だったらしい。シャンパンをかけられたときと同じ手口に引っかかってしまった安珠は舌打ちしたい気分だった。
腰を上げようとすると、驚くほど俊敏な動作で公成は隣に陣取る。きつく肩を抱かれて引き寄せられた。
「安珠、私の気持ちは知っているだろう?」
「あのな、公成。僕は君を友人としか思えないんだ。だから君とは寝られない」
顔を傾けてくるので掌を挟んで拒否していると、公成はふと力を抜いた。
「鴇とは、寝たのか?」
「えっ!?」
突然訊ねられたので動揺してしまい、大きな声を上げてしまう。
それだけですべてを悟ったらしい公成は屈辱に身を震わせた。
「卑しい男には体を許したのに、私は駄目なのか? なぜだ、安珠。私はあのような男に劣らない。私に抱かれてみてくれ、そうしたら分かる」
「いや、その……許したというか、そういう契約なんだ」
口籠もりながら答えると、徐々に公成は腕を絡めさせて体重をかけてくる。
「契約? 無理強いなのかい?」
「そうじゃないけど……そういうときもあったけど……説明しづらい」
傾けられた体は、ついにふわりとソファに背が付いてしまう。
様々な事情が絡んでいるので、端的に答えるのは難しい。無防備な体勢にされた安珠を上から見下ろした公成は、唇に弧を描いた。
「気持ち良かったか、気持ち悪いか、二択で答えたまえ」
どのような状況でも、鴇とのセックスを表すならば答えはひとつしかなかった。
官能に満ちた行為を脳裏に思い描いた安珠の頬は朱を刷いたように染まる。
「……きもちよかった」
恥じらいを含んだ艶めいたひとことに、公成は息を荒げて襲いかかってきた。
「安珠……!」
「あっ、や……やめっ……」
唇が接吻を求めて近づけられたので、必死に顔を背けて拒んだ。
だが背けていたほうの頬を掌で包み込まれ、正面を向かされてしまう。男の逞しい体に押さえ込まれているので身を捩ることもできず、無様に手足をばたつかせた。
いやだ。他の男に抱かれたくない。鴇にしか体を許せない。
頑なに唇を閉ざした安珠の肌が、ぞわりと総毛立つ。シャツに潜り込ませた公成の手が、早急な手つきで素肌を這い回る。
ちがう。この手じゃない。鴇の掌はもっと熱くて大きい。馴染ませるように、じっくりと時間をかけて愛撫を施してくれる。
「いや、いやだ……鴇、たすけて、鴇!」
唇から悲痛な叫びが迸る。
次の瞬間、体を押さえつけていた重みが消えた。
驚いて眸を開き、身を起こす。
「安珠は俺の恋人です。手を出すことは誰であろうと許しません」
怒りを秘めた静かな言い分が、見慣れた広い背から発せられた。耳に馴染んだ低い声音が体中に響いて、胸を熱いものが込み上げる。
「鴇……どうして……」
どうして、来てくれた。どうして恋人なんて言ってくれるんだ。
彼はずっと安珠の心の深いところに存在していたのだと、自らの胸の高鳴りに知らされる。鴇が来てくれたこと、安珠を恋人と明言してくれたことが、嬉しくてたまらない。
突き飛ばされて床に転がされた公成は、憤怒を浮かべて立ち上がりながらスーツの襟を正した。
「またもや私に恥を掻かせるとは、何という下劣なやつだ。貴様こそ卑しい身分の分際で安珠に手を出すなど到底許せん」
「安珠の気持ちを考えてください。嫌がっているでしょう」
「貴様こそ無理強いしたそうではないか!」
公成は鴇の胸倉を掴み上げた。引き剥がそうとした鴇と揉み合いになり、ふたりの男は拳を振り上げて互いを殴り合う。
老齢の女中が茶を運んでくれたので、まずは茶葉の薫りを愉しむ。静かな応接室に人の気配は薄かった。
「恋人はいないのか? 運命の恋だとか盛り上がっていた男爵家の子息はどうしたんだ」
公成はアンティークの椅子に主らしく優雅に凭れて座っていたが、安珠の台詞を耳にして肩を竦めた。
「あれはとうに終わったよ。一年前の恋なんて彼方に葬り去られるだろう。運命ではなかった、それだけだ」
彼の恋はとても軽く、人妻だろうが男だろうが出会った瞬間に恋に落ちたと騒いでは気軽に付き合っている。恋愛の定義は人それぞれだが、安珠には到底理解できない。
恋をする自分に酔ったように、うっとりした眸で公成は安珠を見つめた。
「ついに私は気づいたんだ。私の心には、ひとりの人がずっと住み続けている。その人と添い遂げなければ、誰と付き合っても満足できないのだとね」
ピアノを習いたいというのは口実だったらしい。シャンパンをかけられたときと同じ手口に引っかかってしまった安珠は舌打ちしたい気分だった。
腰を上げようとすると、驚くほど俊敏な動作で公成は隣に陣取る。きつく肩を抱かれて引き寄せられた。
「安珠、私の気持ちは知っているだろう?」
「あのな、公成。僕は君を友人としか思えないんだ。だから君とは寝られない」
顔を傾けてくるので掌を挟んで拒否していると、公成はふと力を抜いた。
「鴇とは、寝たのか?」
「えっ!?」
突然訊ねられたので動揺してしまい、大きな声を上げてしまう。
それだけですべてを悟ったらしい公成は屈辱に身を震わせた。
「卑しい男には体を許したのに、私は駄目なのか? なぜだ、安珠。私はあのような男に劣らない。私に抱かれてみてくれ、そうしたら分かる」
「いや、その……許したというか、そういう契約なんだ」
口籠もりながら答えると、徐々に公成は腕を絡めさせて体重をかけてくる。
「契約? 無理強いなのかい?」
「そうじゃないけど……そういうときもあったけど……説明しづらい」
傾けられた体は、ついにふわりとソファに背が付いてしまう。
様々な事情が絡んでいるので、端的に答えるのは難しい。無防備な体勢にされた安珠を上から見下ろした公成は、唇に弧を描いた。
「気持ち良かったか、気持ち悪いか、二択で答えたまえ」
どのような状況でも、鴇とのセックスを表すならば答えはひとつしかなかった。
官能に満ちた行為を脳裏に思い描いた安珠の頬は朱を刷いたように染まる。
「……きもちよかった」
恥じらいを含んだ艶めいたひとことに、公成は息を荒げて襲いかかってきた。
「安珠……!」
「あっ、や……やめっ……」
唇が接吻を求めて近づけられたので、必死に顔を背けて拒んだ。
だが背けていたほうの頬を掌で包み込まれ、正面を向かされてしまう。男の逞しい体に押さえ込まれているので身を捩ることもできず、無様に手足をばたつかせた。
いやだ。他の男に抱かれたくない。鴇にしか体を許せない。
頑なに唇を閉ざした安珠の肌が、ぞわりと総毛立つ。シャツに潜り込ませた公成の手が、早急な手つきで素肌を這い回る。
ちがう。この手じゃない。鴇の掌はもっと熱くて大きい。馴染ませるように、じっくりと時間をかけて愛撫を施してくれる。
「いや、いやだ……鴇、たすけて、鴇!」
唇から悲痛な叫びが迸る。
次の瞬間、体を押さえつけていた重みが消えた。
驚いて眸を開き、身を起こす。
「安珠は俺の恋人です。手を出すことは誰であろうと許しません」
怒りを秘めた静かな言い分が、見慣れた広い背から発せられた。耳に馴染んだ低い声音が体中に響いて、胸を熱いものが込み上げる。
「鴇……どうして……」
どうして、来てくれた。どうして恋人なんて言ってくれるんだ。
彼はずっと安珠の心の深いところに存在していたのだと、自らの胸の高鳴りに知らされる。鴇が来てくれたこと、安珠を恋人と明言してくれたことが、嬉しくてたまらない。
突き飛ばされて床に転がされた公成は、憤怒を浮かべて立ち上がりながらスーツの襟を正した。
「またもや私に恥を掻かせるとは、何という下劣なやつだ。貴様こそ卑しい身分の分際で安珠に手を出すなど到底許せん」
「安珠の気持ちを考えてください。嫌がっているでしょう」
「貴様こそ無理強いしたそうではないか!」
公成は鴇の胸倉を掴み上げた。引き剥がそうとした鴇と揉み合いになり、ふたりの男は拳を振り上げて互いを殴り合う。
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