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明かされる過去 2

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「以前お屋敷に勤めていた女中でございます。旦那さまの子を身籠もりまして……史子さまがお小さい頃でございます。まだ奥様に嫡男がおりませんでしたので、大奥様はたいそうお怒りになり、産まれた男子とカヨを追い出しました」
「なんですって? じゃあ鴇はそのときの赤子だというの?」
「そのようで……それきりなので、その後カヨと子がどうしていたのかは存じません」

 突然晒された事実に頭がついていかない。
 下男の鴇は、父の愛人の子だった。史子の弟で安珠の兄ということになる。
 史子が二歳のときには祖母も健在だったので、愛人と子の存在を許さないのは厳格な祖母らしい判断だったといえる。宮家から降嫁した正妻に男子がいないのに、愛人に先を越されたのでは宮家へ申し開きができない。
 父は涙ながらに鴇にむけて長年抱えていた想いを紡いだ。

「私は屋敷にいてほしかったのだ。だがお婆さまに反対されて、金も持たせずに追い出してしまった。ずっと後悔していた。あの赤子は私の唯一愛した女が産んだ子だった。跡取りの証である懐中時計を授けるだけで精一杯だった。カヨを愛していたのに、何もしてやれなかった」

 何と、椿小路公爵家の跡取りであることを証明する金無垢の懐中時計は、ふたつ存在した。
 父は安珠に授けたものと全く同一の懐中時計に記号を刻み、愛人の子に手渡したのだ。
 椿小路公爵家を継ぐのは自分しかいないと思い込んでいた砂上の城が崩れ去る。安珠に当主たる資格がなくても何の問題もなかった。父には鴇という、もしものための保険があったのだ。

「鴇と名付けたのは私だ。よく帰ってきてくれた、鴇。おまえが下男として現れたときから、息子ではないかと思っていたのだ」
「お父さまに迷惑がかかると思い、言い出せませんでした。でもこうして息子と名乗る機会が与えられたことに感謝します。母は亡くなりましたが、お父さまをいつも敬愛していました」

 感動的な再会を果たす両者を見据えながら、史子と気まずく視線を交わす。姉もやはり同じ思いのようだ。
 正妻の子たちの前で過去のあやまちを暴露し、愛人と子への想いを切々と訴えるのはどうなのか。しかも父は、カヨを唯一愛した女と称した。
 この場に母がいなくて良かった。
 父の本音を聞けば、母が衝撃を受けることは必至だ。
 宮様である正妻と平民の女中では格の違いは明らかであり、父は身分を重んじるからこそ母を愛しているのだと思っていたのに、吐露された本音は愛と身分が逆転している。
 絶対的な揺るぎない存在だと思っていた父が晒した矛盾に、安珠は反感を覚えた。

「そうか……私を敬愛していると言ってくれたのか。すまなかった。これからはずっとこの家にいてくれ。私のすべてを与えよう。鴇……おまえは、アルファか?」

 まさかという思いが、安珠の目の前で具現化する。
 鴇の明瞭な声音が室内に響き渡る。

「はい、お父さま。俺はアルファです」
「そうか、良かった。これで私も安心して逝ける。鴇、おまえに、椿小路公爵を譲ろう。どうか父の後を継いでくれ。私は天国でカヨにそのことを告げて許してもらおう……」

 皆が息を呑む気配が伝わる。
 父は、鴇に由緒ある椿小路公爵家を譲ろうというのか。
 突然現れた愛人の子に。
 つい今まで下男だった男に。
 正妻の嫡男である安珠を差し置いて。

「嘘だ! アルファのわけない! 僕はお父さまとお母さまの子です。お父さまは庶子に椿小路公爵を継がせるつもりですか」

 強い憤りが安珠の口から迸る。
 こんなこと、納得できるわけがない。
 縋りついた安珠の手を、父は撥ねのける。安珠を見ようともしなかった。

「最下層の身分であるオメガに公爵家を継ぐ資格などない」

 冷たく言い放たれ、呆然とする。
 安珠の人生で、誰にもそのように突き放されたことなどなかった。
 父のひとことに、安珠は深く傷つけられた。
 皆は憐憫を込めて安珠を見下ろす。鴇は漆黒の睫毛を一度だけ瞬かせると、安珠に気遣わしげな視線をむけた。顔を背けて鴇からの同情を拒む。
 これは、自分を陥れるために仕組まれた罠ではないか。
 安珠の肩が小刻みに震え出す。
 高野に休むよう促された父はもう、安珠を目に映すことはなかった。



 安珠は息をすることも難しいほど胸を喘がせながら、地獄のような数日間を過ごした。
 そして高野が鴇の血液検査の結果を手にして屋敷を訪れる。

『α』

 そこには、安珠が己の性と思い込んでいたアルファの文字。それは安珠に挫折と屈辱を刻みつける、魔物のような一文字だった。
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