つがいの薔薇 オメガは傲慢伯爵の溺愛に濡れる

沖田弥子

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謀略の男爵 4

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「そうだとも。君が傍にいる限り、晃久はいつまでも大須賀家と血のつながりがないというコンプレックスを抱え続けることになるんだ。澪君は存在することで常に晃久を威圧しているんだよ。澪君には、そんな気はなくてもね。もう晃久を解放してあげたらどうだい?」

 思いもしなかった見解を聞かされて、澪は茫然とする。
 澪が傍にいることで、晃久は後ろめたさを覚えている。
 そんなこと考えもしなかった。晃久が隣にいてくれることや、彼からもらった言葉や気遣いが嬉しくて、ただ浮かれているばかりだった。
 澪が晃久に一方的に好意を抱いているだけで、彼はそのように思っていない。
 それも当然のことかもしれない。
 澪は生まれながらに、晃久が求めても得られないものを持っているのだから。
 大須賀伸介の実子。幸之介の唯一の孫。
 晃久から幾度か繰り返されたその敬称を澪は平然と手にしていた。嫉妬と憧憬をむけられていることにも気づかないままに。
 悄然とする澪に、浩一郎の優しい言葉がかけられる。

「ショックだろう。可哀想に。私のところに来るといい。生活するのに何も不自由はさせないよ」
「……でも、若さまに、聞いてみませんと……」
「いいだろう。自ら傷つきに行くのも若いうちの特権だ。私はいつでも待っているよ」

 自ら傷つく。
 浩一郎の言うとおりだ。
 澪は事の真相を晃久の口から言わせるために、彼に話を伺うのだ。
 それは晃久をも傷つけることになりはしないだろうか。彼がひた隠しにしてきたであろう後ろめたさを暴くのではないだろうか。
 澪は席を立ち、部屋を退出してパーティーが行われている広間へ向かった。
 硬い面持ちで紳士淑女が笑いさざめく広間へ足を踏み入れる。晃久を目で捜すと、彼は大勢の令嬢たちに囲まれていた。
 伯爵夫人になるのは自分だと云わんばかりに、名家の令嬢たちが晃久の隣にぴたりと付けている。正式に伯爵となった晃久は、どの華族の令嬢でも選べる立場だ。
晃久の隣に立つのは、やはり何のしがらみも持たない女性のほうが良いのではないだろうか。澪を大須賀家の者だと幸之介に認めさせてくれたのは、彼からのせめてもの恩情だったのかもしれない。
 そして、大須賀家の正統な血筋である子を残すため。
 澪がいなくても、子さえいれば大須賀家は継がせることができる。
 それが、晃久が澪を抱いた本当の目的だった。
 澪はたまらずに踵を返して広間を飛び出した。
 これ以上、晃久の傍にはいられなかった。
 屋敷を出ると、雪化粧を施した庭園には粉雪が舞い降りていた。上着を纏っていないのでとても寒いが、そんなことも気にならなかった。
 門へ足を向けると、すっと車が近づいてきて窓が開けられる。

「澪君。そんな格好でどこへ行くんだい」
「叔父さま……」

 車を降りた浩一郎は、澪の肩に毛皮のコートを着せかける。肩を抱かれて車に乗せられても、澪は黙って従った。



 辿り着いた西島邸は華族の屋敷が連なる瀟洒な邸宅街の一角にあり、大須賀家からも程近い場所にあった。

「ここは私の趣味の家なんだ。家族は本宅に住んでいる。誰にも気兼ねはいらないよ」

 豪華なお屋敷だが、何と別宅らしい。壮麗な玄関に入ると、ホールには鹿や虎の剥製が飾られていた。思わずびくりとしたが、剥製なので動くわけはない。

「それは私のコレクションだ。猟が趣味のひとつでね」
「すごい……本物みたいですね」
「はは。元は生きていたから本物だよ。剥製は初めて見たかな?」

 澪はごくりと息を呑んで頷いた。剥製の動物たちは今にも動き出しそうな迫力だ。
 けれどその眸は、確かに死んでいた。
 生きている者を殺してしまうなんて、猟とはいえ可哀想になる。

「こちらにおいで。もっと色々なものを見せてあげよう」

 浩一郎に導かれて、屋敷の奥にある重厚な鉄の扉をくぐる。地下に続く螺旋階段を下りていく。壁は赤茶色の煉瓦で造られていた。大須賀家にも地下の部屋はあり、ワインの貯蔵庫として使われている。この邸宅もそのように使用されているのかと思ったが、階段の下は思いがけず広い空間が続いていた。
 手前にはワインセラーがあり、中央にはテイスティングをするための木造の椅子とテーブルが設置されている。その奥は剥製となった動物の首が壁一面に飾られた部屋がつながっていた。

「地下がこんなに広いなんて……」

 澪は感嘆の声を上げた。
 まるで一軒の家が丸ごと入っているようだ。地下なので窓はないが、天井が高く設計されているためか閉塞感はない。
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