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妊娠 4

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 けれど愛しい人を自分だけのものにしたいという独占欲は、恋を知った者ならば誰でも持つ。晃久を好きだと自覚した澪には、それがよく分かった。

「運命のつがいを本妻の下に据えるなど有り得ない。親の事情は俺たちとは別の物だ。俺は、澪を愛人にはしたくない」

 言い切る晃久は、澪の身の上を真摯に考えてくれている。彼は声を落として静かに訊ねた。

「子どもの頃の約束を覚えているか。俺は澪を花嫁にすると誓った」
「若さま……そのこと、覚えてたんですか?」
「当然だ。雨の日に接吻しただろう。俺以外の誰ともするな、俺も澪としかしないと約束を交わした」

 澪は忘れたことなどなかったが、晃久が雨の日に交わした約束を覚えていてくれたなんて思わなかった。子どもの時分の戯れ言に過ぎないと諦めて、自分の胸の裡にだけそっと思い出を仕舞っておいた。

「だから俺の花嫁は澪だけだ。俺は子どもの頃から、そう信じ続けていた」

 力強い晃久の言葉に、胸が驚きと喜びに打ち震える。

「僕が、若さまの、花嫁に……」

 まだ信じられなかった。
 信じられないくらい途方もなく、澪にとっては夢のような話だ。
 花嫁になるということは、晃久の正妻として隣にいられるということ。
 男の自分にそんなことが可能なのか、澪には分からなかった。
 けれど晃久は澪だけが花嫁だと断言してくれる。子を産んでくれと言ってくれる。
 所有物ではないのだ。ひとりの身分ある人間として、晃久は澪のことを認めてくれる。
 たとえ叶わない未来であったとしても、その気持ちをいただけただけで澪は幸せだった。
 晃久と生まれた子と、庭園で仲睦まじく過ごす未来を瞼の裏に思い描いて、澪は涙を零した。

「嬉しいです、若さま。僕、しあわせです。生まれてきて良かったです」

 愛人の子として日陰の母のまた陰に隠れていた澪は、肩身を狭くして生きてきた。それが与えられた身分なのだと諦めていた。
 庭師としての仕事をこなし、薔薇を愛でる晃久の傍にいられれば満足だと、それだけが生き甲斐だった。
 それなのに晃久は花嫁という身分と、子という宝物を与えようとしてくれる。
 澪は生まれてきたことの意味を教えられた。
 僕は、若さまを愛するために生れてきた。
 晃久は微笑みを浮かべて澪の肩を優しく抱いた。

「俺もだ。生まれてきて、澪に出会えて良かった」

 大きな手のひらが首筋を滑り、喉元にあるシャツの釦を外す。

「あ……若さま」

 晃久の精悍な顔が傾いて、ちゅ、と唇に口づけられた。啄むような口づけを繰り返す。薄らと頬を上気させた澪の顔を間近から覗き込んだ晃久の眸には情欲の色が滲んでいた。

「抱きたい。いいか?」
「……はい」

 妊娠していても無理をしなければセックスはできる。晃久に抱かれたかった。より彼を間近に感じたかった。体の奥で。

「無理はさせない。体に負担がかからないよう、ゆっくりしよう」
「はい……若さま」

 ゆっくりと、晃久は澪の体を割り開く。いつもは強引な晃久は、とても優しい仕草で澪の体の隅々まで愛でた。



 晃久と澪が大須賀家に帰ってから、数日が経過した。
 晃久は屋敷に戻ったが、澪は自宅に住んで庭仕事をこなしていた。サノをはじめ、使用人たちは何も言わなかった。元より澪が愛人の子で藤子に疎まれていることは周知の事実なので、それを巡る諍いに使用人が口を出すことはない。
 幸之介の見舞いをしたいが、それは未だ叶っていない。使用人である澪が突然部屋を訪問するわけにもいかない。晃久は、会えるように手配するので待てと言っていた。
 生垣の手入れをしていると、黒塗りの車が門から入ってきた。
 車寄せには藤子が出てきて来客を出迎えている。大事なお客様らしい。

「まあ、榊侯爵さま。ようこそおいでくださいました」

 藤子の嬉々とした声が響いて、澪はびくりと肩を跳ねさせる。
 婚約発表のパーティーで澪も見かけた、榊侯爵だ。
 晃久の婚約者である恵子の父で、会社の大事な取引相手でもあるという。
 澪は顔を背けて生垣の陰に身をひそめた。
 大須賀家に戻ってから藤子とは顔を合わせていないが、晃久が澪を連れ帰ったことは当然聞いているだろう。澪を追い出したときの彼女の剣幕を思えば、何も意見がないわけはない。
 いつまた藤子に呼び出されて大須賀家を追い出されるかもしれないと思うと、澪は心配でたまらなかった。
 けれどそれを晃久に訴えることはしない。
 晃久は仕事が忙しいだろうし、母である藤子には既に何か言われているだろうと察せられた。心を砕くことが多いのに、そのうえ澪の不安をぶつけてはいけない。晃久を煩わせてはいけない。
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