51 / 112
妊娠 4
しおりを挟む
けれど愛しい人を自分だけのものにしたいという独占欲は、恋を知った者ならば誰でも持つ。晃久を好きだと自覚した澪には、それがよく分かった。
「運命のつがいを本妻の下に据えるなど有り得ない。親の事情は俺たちとは別の物だ。俺は、澪を愛人にはしたくない」
言い切る晃久は、澪の身の上を真摯に考えてくれている。彼は声を落として静かに訊ねた。
「子どもの頃の約束を覚えているか。俺は澪を花嫁にすると誓った」
「若さま……そのこと、覚えてたんですか?」
「当然だ。雨の日に接吻しただろう。俺以外の誰ともするな、俺も澪としかしないと約束を交わした」
澪は忘れたことなどなかったが、晃久が雨の日に交わした約束を覚えていてくれたなんて思わなかった。子どもの時分の戯れ言に過ぎないと諦めて、自分の胸の裡にだけそっと思い出を仕舞っておいた。
「だから俺の花嫁は澪だけだ。俺は子どもの頃から、そう信じ続けていた」
力強い晃久の言葉に、胸が驚きと喜びに打ち震える。
「僕が、若さまの、花嫁に……」
まだ信じられなかった。
信じられないくらい途方もなく、澪にとっては夢のような話だ。
花嫁になるということは、晃久の正妻として隣にいられるということ。
男の自分にそんなことが可能なのか、澪には分からなかった。
けれど晃久は澪だけが花嫁だと断言してくれる。子を産んでくれと言ってくれる。
所有物ではないのだ。ひとりの身分ある人間として、晃久は澪のことを認めてくれる。
たとえ叶わない未来であったとしても、その気持ちをいただけただけで澪は幸せだった。
晃久と生まれた子と、庭園で仲睦まじく過ごす未来を瞼の裏に思い描いて、澪は涙を零した。
「嬉しいです、若さま。僕、しあわせです。生まれてきて良かったです」
愛人の子として日陰の母のまた陰に隠れていた澪は、肩身を狭くして生きてきた。それが与えられた身分なのだと諦めていた。
庭師としての仕事をこなし、薔薇を愛でる晃久の傍にいられれば満足だと、それだけが生き甲斐だった。
それなのに晃久は花嫁という身分と、子という宝物を与えようとしてくれる。
澪は生まれてきたことの意味を教えられた。
僕は、若さまを愛するために生れてきた。
晃久は微笑みを浮かべて澪の肩を優しく抱いた。
「俺もだ。生まれてきて、澪に出会えて良かった」
大きな手のひらが首筋を滑り、喉元にあるシャツの釦を外す。
「あ……若さま」
晃久の精悍な顔が傾いて、ちゅ、と唇に口づけられた。啄むような口づけを繰り返す。薄らと頬を上気させた澪の顔を間近から覗き込んだ晃久の眸には情欲の色が滲んでいた。
「抱きたい。いいか?」
「……はい」
妊娠していても無理をしなければセックスはできる。晃久に抱かれたかった。より彼を間近に感じたかった。体の奥で。
「無理はさせない。体に負担がかからないよう、ゆっくりしよう」
「はい……若さま」
ゆっくりと、晃久は澪の体を割り開く。いつもは強引な晃久は、とても優しい仕草で澪の体の隅々まで愛でた。
晃久と澪が大須賀家に帰ってから、数日が経過した。
晃久は屋敷に戻ったが、澪は自宅に住んで庭仕事をこなしていた。サノをはじめ、使用人たちは何も言わなかった。元より澪が愛人の子で藤子に疎まれていることは周知の事実なので、それを巡る諍いに使用人が口を出すことはない。
幸之介の見舞いをしたいが、それは未だ叶っていない。使用人である澪が突然部屋を訪問するわけにもいかない。晃久は、会えるように手配するので待てと言っていた。
生垣の手入れをしていると、黒塗りの車が門から入ってきた。
車寄せには藤子が出てきて来客を出迎えている。大事なお客様らしい。
「まあ、榊侯爵さま。ようこそおいでくださいました」
藤子の嬉々とした声が響いて、澪はびくりと肩を跳ねさせる。
婚約発表のパーティーで澪も見かけた、榊侯爵だ。
晃久の婚約者である恵子の父で、会社の大事な取引相手でもあるという。
澪は顔を背けて生垣の陰に身をひそめた。
大須賀家に戻ってから藤子とは顔を合わせていないが、晃久が澪を連れ帰ったことは当然聞いているだろう。澪を追い出したときの彼女の剣幕を思えば、何も意見がないわけはない。
いつまた藤子に呼び出されて大須賀家を追い出されるかもしれないと思うと、澪は心配でたまらなかった。
けれどそれを晃久に訴えることはしない。
晃久は仕事が忙しいだろうし、母である藤子には既に何か言われているだろうと察せられた。心を砕くことが多いのに、そのうえ澪の不安をぶつけてはいけない。晃久を煩わせてはいけない。
「運命のつがいを本妻の下に据えるなど有り得ない。親の事情は俺たちとは別の物だ。俺は、澪を愛人にはしたくない」
言い切る晃久は、澪の身の上を真摯に考えてくれている。彼は声を落として静かに訊ねた。
「子どもの頃の約束を覚えているか。俺は澪を花嫁にすると誓った」
「若さま……そのこと、覚えてたんですか?」
「当然だ。雨の日に接吻しただろう。俺以外の誰ともするな、俺も澪としかしないと約束を交わした」
澪は忘れたことなどなかったが、晃久が雨の日に交わした約束を覚えていてくれたなんて思わなかった。子どもの時分の戯れ言に過ぎないと諦めて、自分の胸の裡にだけそっと思い出を仕舞っておいた。
「だから俺の花嫁は澪だけだ。俺は子どもの頃から、そう信じ続けていた」
力強い晃久の言葉に、胸が驚きと喜びに打ち震える。
「僕が、若さまの、花嫁に……」
まだ信じられなかった。
信じられないくらい途方もなく、澪にとっては夢のような話だ。
花嫁になるということは、晃久の正妻として隣にいられるということ。
男の自分にそんなことが可能なのか、澪には分からなかった。
けれど晃久は澪だけが花嫁だと断言してくれる。子を産んでくれと言ってくれる。
所有物ではないのだ。ひとりの身分ある人間として、晃久は澪のことを認めてくれる。
たとえ叶わない未来であったとしても、その気持ちをいただけただけで澪は幸せだった。
晃久と生まれた子と、庭園で仲睦まじく過ごす未来を瞼の裏に思い描いて、澪は涙を零した。
「嬉しいです、若さま。僕、しあわせです。生まれてきて良かったです」
愛人の子として日陰の母のまた陰に隠れていた澪は、肩身を狭くして生きてきた。それが与えられた身分なのだと諦めていた。
庭師としての仕事をこなし、薔薇を愛でる晃久の傍にいられれば満足だと、それだけが生き甲斐だった。
それなのに晃久は花嫁という身分と、子という宝物を与えようとしてくれる。
澪は生まれてきたことの意味を教えられた。
僕は、若さまを愛するために生れてきた。
晃久は微笑みを浮かべて澪の肩を優しく抱いた。
「俺もだ。生まれてきて、澪に出会えて良かった」
大きな手のひらが首筋を滑り、喉元にあるシャツの釦を外す。
「あ……若さま」
晃久の精悍な顔が傾いて、ちゅ、と唇に口づけられた。啄むような口づけを繰り返す。薄らと頬を上気させた澪の顔を間近から覗き込んだ晃久の眸には情欲の色が滲んでいた。
「抱きたい。いいか?」
「……はい」
妊娠していても無理をしなければセックスはできる。晃久に抱かれたかった。より彼を間近に感じたかった。体の奥で。
「無理はさせない。体に負担がかからないよう、ゆっくりしよう」
「はい……若さま」
ゆっくりと、晃久は澪の体を割り開く。いつもは強引な晃久は、とても優しい仕草で澪の体の隅々まで愛でた。
晃久と澪が大須賀家に帰ってから、数日が経過した。
晃久は屋敷に戻ったが、澪は自宅に住んで庭仕事をこなしていた。サノをはじめ、使用人たちは何も言わなかった。元より澪が愛人の子で藤子に疎まれていることは周知の事実なので、それを巡る諍いに使用人が口を出すことはない。
幸之介の見舞いをしたいが、それは未だ叶っていない。使用人である澪が突然部屋を訪問するわけにもいかない。晃久は、会えるように手配するので待てと言っていた。
生垣の手入れをしていると、黒塗りの車が門から入ってきた。
車寄せには藤子が出てきて来客を出迎えている。大事なお客様らしい。
「まあ、榊侯爵さま。ようこそおいでくださいました」
藤子の嬉々とした声が響いて、澪はびくりと肩を跳ねさせる。
婚約発表のパーティーで澪も見かけた、榊侯爵だ。
晃久の婚約者である恵子の父で、会社の大事な取引相手でもあるという。
澪は顔を背けて生垣の陰に身をひそめた。
大須賀家に戻ってから藤子とは顔を合わせていないが、晃久が澪を連れ帰ったことは当然聞いているだろう。澪を追い出したときの彼女の剣幕を思えば、何も意見がないわけはない。
いつまた藤子に呼び出されて大須賀家を追い出されるかもしれないと思うと、澪は心配でたまらなかった。
けれどそれを晃久に訴えることはしない。
晃久は仕事が忙しいだろうし、母である藤子には既に何か言われているだろうと察せられた。心を砕くことが多いのに、そのうえ澪の不安をぶつけてはいけない。晃久を煩わせてはいけない。
0
お気に入りに追加
1,123
あなたにおすすめの小説
天の求婚
紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。
主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた
そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた
即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語
これがおれの運命なら
やなぎ怜
BL
才能と美貌を兼ね備えたあからさまなαであるクラスメイトの高宮祐一(たかみや・ゆういち)は、実は立花透(たちばな・とおる)の遠い親戚に当たる。ただし、透の父親は本家とは絶縁されている。巻き返しを図る透の父親はわざわざ息子を祐一と同じ高校へと進学させた。その真意はΩの息子に本家の後継ぎたる祐一の子を孕ませるため。透は父親の希望通りに進学しながらも、「急いては怪しまれる」と誤魔化しながら、その実、祐一には最低限の接触しかせず高校生活を送っていた。けれども祐一に興味を持たれてしまい……。
※オメガバース。Ωに厳しめの世界。
※性的表現あり。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
後天性オメガの合理的な番契約
キザキ ケイ
BL
平凡なベータの男として二十六年間生きてきた山本は、ある日突然バースが変わったと診断される。
世界でも珍しい後天性バース転換を起こした山本は、突然変異のオメガになってしまった。
しかも診断が下ったその日、同僚の久我と病院で遭遇してしまう。
オメガへと変化した自分にショックを隠しきれない山本は、久我に不安を打ち明ける。そんな山本に久我はとんでもないことを提案した。
「先輩、俺と番になりませんか!」
いや、久我はベータのはず。まさか…おまえも後天性!?
オメガの家族
宇井
BL
四人の子を持つシングルファザーの史。
日本では珍しい多産のΩ。可愛い子供達は上からαααΩ、全員が男子の五人家族。Ωでありながら平凡顔。そんな史の人生は幼少期からわりと不幸。
しかし離婚後子供を抱えてどん底にいる時、史の周囲では変化が起こり始めていた。
泣き虫の史が自分の過去を振り返ります。
※幼い頃のネグレクト、性的虐待描写があります。基本一人称。三人称部分あります。番外編は時系列がばらばらです。
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
獅子帝の宦官長
ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。
苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。
強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受
R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。
2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました
電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/
紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675
単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております
良かったら獅子帝の世界をお楽しみください
ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる