つがいの薔薇 オメガは傲慢伯爵の溺愛に濡れる

沖田弥子

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妊娠 2

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 彼は、どういう反応を示すのだろうか。
 澪は唇を戦慄かせた。

「妊娠しても、確か性交は可能だよな?」

 澪が思いもしない角度のことを長沢に質問する晃久に仰天する。

「無理をしなければ大丈夫です。晃久さんはアルファですから、ふたりは運命のつがいかもしれませんね」
「運命のつがい? その話は初めて聞くな」
「唯一の相手であるアルファとオメガのことを、運命のつがいと呼ぶそうです。決して離れられない間柄であると聞き及んでいます」

 運命のつがい。
 澪と晃久が、生涯を添い遂げる運命のつがいだとしたら。
 澪は心の中で首を振った。
 そんなこと、ありえない。
 ふたりを取り巻く大須賀家の状況がそれを許さない。
 もし本当に妊娠していたとしても、きっと産めないだろう。
 堕ろさなければいけないかもしれない。
 長沢は妊娠の経過を観てから抑制薬を処方することと、次回の診察は早めに行うことを告げていたが、澪は曖昧に頷くだけだった。
 澪は暗澹たる思いで晃久と共に診療所を後にした。



 診療所を出れば、町は夜の明かりが灯っていた。西の空は夕陽の残滓をわずかばかり残して、天には藍の紗幕が降りている。
 町の中心地にある診療所なので、車を停めた駐車場まで少々歩く。軒を連ねた商店街は夕飯の素材を買い求める買い物客で賑わっていた。
 ふいに隣を歩く晃久に腰を抱かれる。何事かと瞬いていると、もう片方の手で澪の手を取り、しっかりと握りしめてきた。

「混んでいるから、転ばないよう気をつけろ」

 急にどうしたのだろう。澪は危なっかしい歩き方ではないので、普段から転倒するようなことはないのだが。
 晃久に抱かれながら危なげなく商店街を通り抜ける。角の店頭で、芳しい香りに誘われた澪は目をむけた。

「あ……薔薇」

 花屋の店先には数々の薔薇が飾られていた。温室で育てられたのだろう薔薇たちは夕暮れの寂しさの中にあっても可憐に咲き誇っている。
 思わず見惚れていると、晃久はついと店に足を踏み入れた。
 店主に声をかけて薔薇を指さしてから奥へむかうと、すぐに戻ってくる。
 その手には一輪の薔薇が携えられていた。

「贈り物だ」

 晃久から差し出された真紅の薔薇は途方もなく美しい。
 根元には朱のリボンが巻かれている。

「僕に……ですか?」
「他に誰がいる。受け取れ」

 薔薇を受け取ると、ふわりと甘い香りが立ち上る。
 澪の顔に笑みが零れた。

「ありがとうございます、若さま」

 晃久も微笑を浮かべていた。
 上等なスーツも宝石が付いたカフスも、贈られた品物はどれも嬉しかったが、この薔薇がもっとも心を潤してくれたプレゼントだった。
 大須賀家を出て以来、一度も薔薇を見ることがなかった。
 これまで庭師として薔薇の手入れを行ってきた澪にとって、それはとても心寂しいものだったのだ。

「この薔薇は、おまえだ。澪」
「僕が……薔薇」

 別荘で、薔薇となって晃久の傍にいたいと本心を明かした。
 何のしがらみにも囚われず、誰の邪魔にもならず、ただ静かに咲いている薔薇になれたら。
 そうして晃久を見守っていられたら、どんなに良いだろう。
 晃久は真摯な双眸で澪を見据えた。

「おまえは、俺の運命のつがいだ。一生を添い遂げる相手だ」

 瞠目して、晃久の言葉を受け止める。
 アルファとオメガが唯一の相手と結ばれる、運命のつがい。
 僕が、若さまの、運命のつがい……。
 それは澪の胸の中心に降りて、甘く染み込んでいった。
 晃久となら、たとえ過酷な運命でも乗り越えていける気がした。澪は晃久と共に在るしかないのだ。
 なぜなら、晃久は澪にとっての王だから。
 子どもの頃から憧れていた人だから。
 そして……好きだから。
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