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耽溺の別荘 1

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 深い緑色の壁が上品さを感じさせる室内は天蓋付きのベッドが置いてある。主寝室のようだが、傍らの扉を開ければ続き部屋になっており、風呂場があった。大きな湯船には既にお湯が張ってある。
 ようやく晃久の肩から下ろされた澪は、湯船の縁に座らされる。浴槽は大理石で造られた枠に嵌め込まれているので、安定して尻を落ち着けられた。素足の膝と脛を所在なさげに擦り合わせる。
 晃久は、澪の纏っているガウンを無造作に毟り取る。

「若さま……っ」

 素肌に身につけていた紐のような下着も剥ぎ取られた。
 一糸纏わぬ姿にされて、羞恥に俯く。晃久の指摘するとおり、澪の体は栄養不足によりあばらが浮いていた。下腹から腿にかけては自らが放った白濁で汚れている。
 射貫くような晃久の視線が淫らな体に降り注ぎ、居たたまれない。

「くだらない余興だ。男たちに嬲られて何度も達したな。あんなに喘いで、感じたのか。どうなんだ、澪」

 責める晃久に返す言葉が見つからない。発情期のせいとはいえ、澪は大勢の紳士に見られて、触られて、声を上げた。体は快感を得た。晃久以外の人に触られたくないと思っていたのに。体はいとも容易く心を裏切った。

「……ごめんなさい。若さまに、大金を使わせてしまって……」
「そういうことを言ってるんじゃない!」

 怒鳴られて、びくりと肩を跳ねさせる。
 怯える澪を見た晃久は幾度か瞬きをしたあと、嘆息した。

「すまない。金はいい。ただ、澪が他の男に触られているのを黙って見ていることしかできなかった俺自身が腹立たしいんだ。若さま、と俺の助けを求めただろう。あのときスタッフに止められなければ舞台に上がって、おまえの体を弄る男どもを殴り倒していたところだ」

 腕まくりをした晃久は海綿を手に取り、液体石けんを含ませた。そっと労るように、澪の肌に海綿が触れる。
 晃久は、澪を助けようとしてくれた。彼を呼んだときに客席で騒ぎが起こっていたのは、晃久が舞台に駆けつけようとしてくれたからなのだ。

「……ごめんなさい」
「言うことはそれだけか。澪が突然いなくなって、俺がどんなに吠えて喚き散らしたか。母の画策ということは分かっていた。居所を突き止めるのに手を尽くしたんだぞ」

 心配してくれたのだ。
 澪がいない間、晃久の心の中に少しでも澪が存在していた。
 そのことが途方もなく嬉しくて、澪の眦に涙が浮かぶ。
 もう、湧き上がる想いを抑えることはできなかった。

「若さま……会いたかった」

 もう会わないと決めたのに。
 それなのに、晃久の姿を捜して、思い出を幾度も取り出しては涙を零した。会いたくてたまらなかった。まるで衝かれたように湧き上がるその衝動を、無理やり押し込めていた。そうするほどに想いは募り、一目会いたいと願ってしまう。
 澪は瞬きもせずに潤んだ眸を見開いた。
 今、澪の目の前に晃久はいる。
 彼の呼吸も体温も感じることができる。
 その双眸に澪を映してくれていることが、まるで奇蹟のように特別だった。

「その言葉が聞きたかった。俺も会いたかった」

 微笑んだ晃久にきつく抱きしめられる。
 泡だらけの澪を、晃久はシャツが濡れるのも構わず腕の中に閉じ込めた。
 力強い腕に包まれて、安堵の息と共に喉から嗚咽が漏れる。

「僕は、本当は、若さまに会いたくてたまらなかった。でも僕がいると若さまの邪魔になります。だから、もう会えないと思っていました」

 しゃくり上げながら、澪は積もった想いを吐露する。晃久の腕は熱くて力強くて、そして芯から優しかった。夢中で逞しい背に手を回して、シャツにしがみつく。
 自らの想いを、晃久の腕の中なら告げることができた。

「邪魔なものか。俺は、おまえがいないと駄目だ。澪が傍にいてくれないと何も手がつかない。おまえは俺の隣にいるべきなんだ。一緒に大須賀家へ帰ろう」

 晃久の隣にいられる。大須賀家に帰れる。
 それは澪が何よりも望んだことだ。
 けれど、そうできない事情がある。それゆえ娼館に預けられたのだ。

「でも……若さまには、幼なじみで婚約者の恵子さまがいらっしゃいます。僕は大須賀家には帰れません」
「あれは母が勝手に決めたことだ。幼なじみといっても澪とは全く意味が違う。パーティーの翌日には榊侯爵に直談判した。俺は今も承諾していない。いずれどうにかするから、おまえはそんなことを気にしなくていい」

 晃久自身は結婚に乗り気ではないようだ。翌日の早朝に外出したのは結婚について榊侯爵に異議を唱えるためだった。彼は本気で澪を弟として皆に紹介してくれるつもりで、婚約発表は晃久に先んじた藤子の画策だったのだと知る。
 それを知ることができただけで、充分だった。
 華族の婚姻は家柄が重視される。晃久の一存で決められないことは、澪にもよく分かっていた。
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