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蹂躙のオークション 4

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「ううむ……千五十円」
「二千円」
「う……二千百円」
「三千円」

 瞬く間に値段が吊り上げられる。会場の興奮とは裏腹に、澪の心は次第に冷めていった。
 まさか晃久かと目を疑った紳士は、別人だ。
 精悍な顔立ちや声質などとてもよく似ているのだが、彼は晃久よりずっと年上だった。
 晃久は腹から声を出すので、発音の第一音に力が籠もっている。けれど彼はそのような発声ではない。抑揚がなく、渋みのある優雅な声音は年輪を感じさせた。
 それに指を絡めて両手を組む仕草をしているのだが、晃久がそのようなポーズを取っているところを見たことがない。彼は思慮するときも一瞬で物事を決めるので、椅子に座ってじっくり考えるといったことをしないし、それに伴うポーズもない。
 そもそも晃久が、こんなところに来るわけがなかった。
 晃久は大須賀家の次期当主で、婚約者もいるのだ。避暑地のいかがわしい競売に興味を持つわけがない。

「三千円です。他にございませんか?」

 最前列の紳士は諦めたようで、首を振った。
 晃久に似た男は何者なのだろう。
 澪が不安な目をむけると、彼は微笑み返した。

「それでは、三千円で落札いたし」
「一万」

 力強い声音が落札を阻んだ。
 場内からは驚きの声が上がる。
 一万だと、正気か、家が買えるぞ……。
 皆が振り向いた先には、眦の切れ上がった鋭い双眸を持つ華族の若者がいた。彼はひたりと澪を睨み据えている。澪の全身から汗が噴き出し、体は戦慄く。
 見間違えようもない。
 あの眼差し、低いのによく通る力強い声は、彼しかいない。

「若さま……」

 どうして気づかなかったのだろう。
 背もたれが倒されている時間が長かったので、会場全体を眺める余裕がなかったためかもしれない。晃久が競売が始まったときからいたとすれば、先ほどの痴態もすべて見られてしまっていたのか。居たたまれなくて、消えてしまいたくなる。
 晃久に似た紳士は眉を跳ね上げて、ちらりと晃久のほうを見た。

「一万千円」
「二万」
「……二万千円」
「三万」

 とてつもない金額を提示する晃久に、観客は唖然としている。とても愛人を購入する価格ではないと、澪にも分かる。司会者は手を掲げて、一旦競りを止めた。

「お客様。落札された金額は、商品と引き替えに現金か小切手で支払っていただきます。お取り置きや値引き、分割払いは認められておりません。また、落札後に価格は変更できません。いただいた提示額を取り下げなくてもよろしいですか?」

 司会者同様、観客も訝しげな目で三万という高額を提示した晃久を見た。
 晃久は観客の中ではもっとも若く、競売で買った愛人を囲うような年代には見えない。服装も簡素なサマースーツにブルーのシャツでネクタイはしていない。まさに別荘地に婚約者を連れて休暇に訪れた華族の青年といった出で立ちだ。
 晃久は周囲の視線などものともせず、不遜に言い放った。

「三万だ。二度も言わせるな」

 慇懃に頭を下げた司会者は木槌を手にした。最後に競った晃久によく似た紳士に顔をむける。

「お客様はいかがなさいますか?」

 三万以上の提示はあるか、一応窺うという確認だ。紳士は何か言いたげに晃久のほうを見たが、席が遠いので話すことはできない。肩を竦めて苦笑を浮かべた。

「三万は出せないね」

 木槌の高らかな音が場内に鳴り響く。

「三万円で落札です。本日最高額でございます。おめでとうございます!」

 場内から盛大な拍手が湧き起こる。澪を落札した晃久は周りに賞賛されても笑顔を浮かべるどころか、いつもの口端を引き上げる表情さえ見せなかった。
 ただ鋭い眼差しで、じっと淫らな姿を晒したままの澪を見据えていた。



 オークションが終了すると、舞台を降りた澪はガウンだけを纏い、別室に移動させられた。そこは重厚な机や椅子が置かれてはいるが全体的に簡素な部屋で、隣の事務所とつながっていた。どうやら落札者がお金を支払う場所のようだった。
 澪が入室すると、既に晃久と支配人は机を挟んで向き合っていた。晃久は紙切れを一枚、机に提示する。

「三万円。確かに頂戴いたしました。ではこちらにサインをお願いいたします」
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