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劇場 3

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「これは返品かな。むこうへ持って行って」

 アシスタントの指示により、男子はスタッフと思しき男たちに抱えられていった。次第に彼の喚き声が遠ざかっていく。
 返品という言葉が、心に重く沈む。ここでは人間として扱われないのだ。口を利く商品としか思われていない。
 残った男子たちは身を硬くして一連の出来事を見守っていたが、部屋に静けさが戻ると互いに目で頷き合った。
 逆らえば痛い目に遭う。大人しくしていたほうが得策だという暗黙の了解が伝わった。
 澪は、連れられていった男子が無事に彼の家に帰れますようにと祈った。
 それからしばらくの間、重苦しい沈黙が部屋に伸し掛かる。

「……ん」

 澪はふと、自分の体の変化に気がついた。
 なぜか下腹が重苦しい。熱い塊がじわりと溶け出すような疼きを覚えた。

「これ、まさか……」

 ジュースは飲んでいない。先ほどの男子の言い分で怪しい薬が含まれているのではと訝り、念のため口にしなかったのだ。
 覚えのある感覚は、痒いような、けれど甘さの滲む体の疼き。
 以前、晃久との戯れの最中に起こったのと同じものだ。

 発情期だ。
 抑制薬を飲む機会が得られないままに、発情期を迎えてしまったらしい。
 こんなときに、どうしよう。
 耐えがたい時間の流れ、そして襲い来る疼きと戦い続ける。
 アシスタントの男性が部屋にやってきて、男子の内のひとりを呼び出した。また時間が経過して、同じように呼び出されてどこかへ連れられていく。ひとり、またひとり。

 とうとう部屋には澪だけが残された。
 そっとガウンを捲れば、花芯はきつく勃ち上がってしまっている。今すぐにでも自分を慰めてしまいたかった。少しでも放出すれば楽になれるだろうか。
 澪が花芯に手を伸ばしかけたとき、部屋の扉が開いた。咄嗟にガウンで体を隠す。

「お待たせしました、澪くん。どうぞ」
「はい……」

 澪の番が来てしまった。
 どうしよう。ガウンを着ていれば誤魔化せるかもしれないが、やはり脱がないといけないのだろうか。中に身につけた下着はどう見ても、お客に見せるためのものだ。
 困惑と怯え、そして体中に広がる疼きを抱えながら、スタッフに連れられて廊下を歩く。
 辿り着いた先は狭い舞台裏のようなところで、降ろされた緞帳の前に左右に長い一間ほどの空間があった。黒光りする床の上に、ひとつの台座が置かれている。奇妙な形の椅子もあった。

「ここに立ってください」

 指示どおり台座に立ち、緞帳と向き合う。真紅の緞帳の向こうからは、人のざわめきが流れてきた。雑談をしているような和やかな雰囲気だ。アシスタントの男性は澪に説明した。

「既にオークションは始まっています。現在は休憩中です。緞帳が開きましたら司会者が澪くんを紹介しますので、ここに立っていて結構です。コメントなどは求められません。騒いでお客様の反感を買いますと価格が下がりますので気をつけてください。進行は司会が行います。お客様のご要望によっては特別な体勢を取ることもありますので、スタッフの指示に従ってください。何かご質問は?」

 質問はと訊ねられても、オークションがどんなものなのかよく分かっていない。
 澪はもっとも不安なことを訊ねた。

「あの、ガウンは脱ぐのですか?」

 男性は事も無げに言い放つ。

「もちろんです。今、脱いでください」
「い、いまですか!?」
「そうです。澪くんは商品を購入する際に、よく見もしないで買いますか? 家を買うときに、その家に覆いがしてあったら、覆いを外して家の内部を確認したくなりませんか?」

 言われてみればそのとおりだ。
 お客様はお金を払うのである。細部まで確認したいと誰もが思うはずだ。
 支配人は傷のある者も多いといったことを話していた。家にだって傷があれば、お客様は安くしてほしいと売主に訴えるだろう。澪という商品を、お客様によく見せなければいけないのだ。
 観念した澪は俯いて、ガウンを肩から外した。そうすると勃ち上がっている花芯も晒されてしまい、それはその場にいるスタッフに見えているのだが、彼らは特に表情を変えなかった。それよりも進行の状況が気になるらしく、舞台袖のスタッフと連絡を取り合う。

「完了? よし。それでは澪くん、がんばってくださいね」

 素早くスタッフ全員が舞台袖に捌ける。澪は台座に立ったまま、ひとり残された。
 突然緞帳のすぐ向こうから拍手が湧き起こり、男性の華やかな声が響き渡る。

「お待たせしました、皆様。それでは次の商品に参りましょう。お次はきっと、皆様のお眼鏡に叶うであろう最高級の一品でございます。澪、二十歳です」

 するすると緞帳が開かれていく。照明が直接当てられて、眩しさに目を眇めた。
 沢山の人の気配。息遣い。上がる感嘆の声。
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