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劇場 1

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 大須賀伯爵家の別荘も、この中のどこかにあるはずだ。
 澪は鼓動を跳ねさせながら、いるはずもない人の姿を目で捜した。
 そんなことをしている自分に気づき、また落胆する。
 車は別荘地を通り過ぎて、邸宅のある区画とは離れた施設に辿り着いた。とても大きい建物だが営業をしている店舗のようには見えず、黒塗りの壁には窓がない。洒落た倉庫のように見える。
 車を停めた主人は人差し指を立てて、澪にきつく言い聞かせた。

「いいか。支配人の不興を買うな。言うことを聞かないやつはひどい目に遭う。大人しくしていれば良い暮らしができるんだ。分かったな」
「……はい。分かりました」
「よし。降りろ」

 主人の頬には緊張が滲んでいた。どうやら支配人という人物が怖ろしいのだと薄ら理解する。
 その人が新しい主人なのだろうか。この施設はどういう店なのか分からないが、今までいた娼館より遙かに規模が大きい。
 澪は車を降りようとして、ふいに体の均衡を崩した。

「……っ」

 咄嗟に座席に掴まって耐えた。浅い息を継ぐ。何だか体が熱い。いつも疲れから風邪気味で体調を崩しているので、そのせいかもしれない。

「おい、なんだ。ここで倒れるなよ」
「……大丈夫です。ちょっと目眩がしただけです」

 平静を装い、主人と共に裏口へ向かう。呼び鈴を鳴らした主人は中から問いかけられて、愛想良く名乗っていた。
 戸口から施設の中へ入れば、綺麗に掃き清められた廊下は清潔で塵ひとつなかった。更に奥の扉を開いて入室した部屋は簡素で、白い壁に覆われている。長机と椅子二脚が片隅に置かれていた。
 空調が効いているらしく、空気はひんやりとしている。
 やはり窓はなく、澪たちが入ってきた扉とは別の扉が向かいにある。扉がふたつだけある奇妙な部屋だ。
 咳払いをしたり視線を彷徨わせている落ち着かない様子の主人を不思議に思っていると、向かいの扉が突然開いた。

「支配人、お久しぶりでございます。いつもお世話になっております」

 平身低頭した主人に目もくれず、現れた人物は真っ直ぐに澪を見据えた。
 夏だというのに黒のタキシードを着込んでいる男性の眼差しは、まさに商品を値踏みするそれだ。鋭い双眸には一切の隙がない。

「脱ぎなさい」

 穏やかだが有無を言わせぬ口調で告げられ、困惑する。
 ガウンを脱いでしまえば紐のような下着を纏っているだけなので、ほぼ全裸になってしまう。
 主人は頭を下げながら小声で澪に訴えた。

「おい。支配人の命令だ。さっさと脱げ」

 支配人は無表情で澪が命令に従うのを待っている。補佐らしき男性も傍らに付き添っていたが、感情のない目で場の様子を収めているだけのようだった。
 おずおずとガウンに手をかけて、前を開く。
 そうすると胸の突起も、花芯もすべて晒された。紐はただ体に巻きついているだけで、隠す役には立っていない。
 羞恥に頬を染める澪は俯いたが、支配人は冷静な声で批評を口にした。

「健康状態が悪いな。ろくに食べさせてないだろう」

 澪は娼館で台所を預かっていたが、娼婦に栄養のあるものを食べさせてあげたいので、自らは野菜の切れ端やスープの残り物などしか口にしていなかった。そのため華奢だった体は以前よりも更に痩せてしまい、鎖骨やあばらがひどく浮いている。
 主人は慌てて言い募った。

「とんでもない。食事は充分に与えてますよ。こいつの食が細いんです。それにこれくらい痩せてたほうが舞台映えするかと思いまして」

 舞台とは、どういうことだろう。
 もしかしてここは劇場なのだろうか。確かに劇場ならば、この施設の規模や支配人という呼称も頷ける。

「背中も見せなさい」

 支配人に指示されて、澪はガウンを脱ぎ、後ろを向いた。

「傷がないのは評価できる。散々鞭打ってから持ち込む者も多いからな」

 淡々と述べる支配人の台詞に、ぞっと背筋が冷えた。
 ひどい扱いをされて引き取られる人もいるのだろうか。持ち込む、という言葉には物として扱う姿勢が窺えた。

「わたくしは商品の扱いには手慣れておりますから。これはいかほどになりましょうか」

 揉み手をする主人の台詞に、澪は状況を理解する。
 澪はこの劇場に売り払われるのだ。主人に病気だと思われたので、借金をすべて返済させるには売ってお金に換えるしかないということなのだ。
 それも仕方のないことだ。他に借金を返す当てなどないのだから。
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