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策略のパーティー 2
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主賓の登場に、人々は話をやめて目線を送る。
ところが晃久が壇上に上る前に、すいとドレスを翻した藤子が賓客の前に姿を現した。
「皆様、本日はようこそ大須賀伯爵家のパーティーにお越しいただきました。実は皆様に、重大な発表がございます」
完全に虚を突かれた晃久と澪は足を止めた。
藤子は何を言い出すのだろう。心臓が嫌なふうに跳ね上がる。
にこやかに微笑んだ藤子は、何事かと注目する人々を見渡した。
「わたくしの息子で大須賀伯爵家の次期当主である晃久が、婚約することになりました。お相手は榊侯爵家のお嬢様でいらっしゃる恵子さんです」
澪は茫然として立ち竦んだ。
婚約発表は盛大な拍手に迎えられる。
藤子の傍に控えていた黄色のドレスを纏った女性が、皆の前に出てお辞儀をした。賓客は笑顔で、晃久にお祝いの言葉を次々に述べる。壇上にいる藤子は立ち止まっている晃久に目をむけた。
「晃久、こちらにいらっしゃいな。恵子さんをエスコートしてさしあげて」
晃久は鋭く双眸を眇めた。険しい顔つきをして、藤子を見据える。
「どういうことです、母上。俺は何も聞いていませんが?」
地を這うような低い声音に、祝福していた人々は一瞬押し黙る。藤子は満悦しながら返答した。頬には勝ち誇った者が浮かべる優越感が滲んでいる。
「あなたを驚かせようと黙っていたのよ。恵子さんとは幼い頃から仲の良い、幼なじみですものね。榊侯爵さまもあなた方の結婚を祝福しています」
幼なじみ。
あのお嬢様が、若さまと、幼なじみ。
その事実は澪の心をひどくゆっくりと、しかし確実に壊していった。
どうして、自分だけ特別だなんて思っていたのだろう。そんなわけないのに。
「勝手に決めないでください。俺は了承していない」
「晃久、あなたは榊様のお顔に泥を塗るつもりなの? 侯爵閣下なのよ。あなたの会社の上得意さまでもあるわよね」
先ほど仕事の話をしていた紳士が、わずかに戸惑いの目線を晃久にむけた。彼が榊侯爵なのだ。咳払いをした榊侯爵は品の良い笑みを浮かべる。
「伯爵夫人、そう仰いますな。晃久君も突然のことで驚いたのでしょう。私も驚かせようという伯爵夫人の計画に乗りましたから共犯です。聡明な彼のことですから、すぐに呑み込んでくれますよ」
「まあ、侯爵さま。寛大なお心、痛み入りますわ」
藤子は聖母のような微笑で榊侯爵に感謝を述べると、つと刺すような目をして、一瞬だけ澪を見た。
びくりと肩を跳ねさせた澪は後ずさりする。
澪は、ここにいてはいけないのだ。
晃久の隣には、婚約者である榊侯爵家の令嬢が並ぶのだ。
親同士に祝福された、幼なじみとの結婚。
これ以上理想的な婚姻があるだろうか。
僕は何を望んでいたんだ。若さまの幸せを、お祝いしてあげなくちゃいけないのに。
おめでとうございます。
他の人と同じように、ただそのひとことを言えばいい。
けれど喉元が引き絞られたように言葉が出てこない。
「お、おめ……」
澪は言葉を紡ごうとしたが、晃久の友人らしき紳士たちの囃し立てに掻き消された。晃久は友人たちに腕を取られて背を押され、半ば無理やり壇上に乗せられる。
憮然として立った晃久と、深窓の令嬢はとてもお似合いだった。
「大須賀伯爵家と榊侯爵家の益々の繁栄を祝しまして、乾杯いたしましょう。皆様グラスをお取りください」
乾杯の高らかな声とグラスの煌めきが広間に溢れる。
澪の居場所はどこにもなかった。
小さく拍手だけを送ると、痛む胸を押さえて、会場を逃げるように去った。
自宅に戻り、玄関の扉を閉めた途端、涙は決壊した。
あとからあとから、止めどなく雫は溢れて頬を濡らす。
はっとして、慌ててスーツの上着を脱いだ。滴る涙で大切なスーツが汚れてしまう。澪はスーツの上下を脱いでハンガーに吊し、形を整えた。
重大発表とは、晃久の婚約発表だったのだ。
晃久は驚いていたが、それも演出のうちなのかもしれない。
晃久が、侯爵令嬢と結婚する。
彼がいずれ誰かと結婚するなんて分かりきっていたことなのに、なぜか考えもしなかった。
ふと、子どもの頃に晃久から言われた台詞が脳裏に蘇る。
『澪は俺の花嫁になるんだぞ』
子どもの頃に交わした約束。雨の日の接吻。
ところが晃久が壇上に上る前に、すいとドレスを翻した藤子が賓客の前に姿を現した。
「皆様、本日はようこそ大須賀伯爵家のパーティーにお越しいただきました。実は皆様に、重大な発表がございます」
完全に虚を突かれた晃久と澪は足を止めた。
藤子は何を言い出すのだろう。心臓が嫌なふうに跳ね上がる。
にこやかに微笑んだ藤子は、何事かと注目する人々を見渡した。
「わたくしの息子で大須賀伯爵家の次期当主である晃久が、婚約することになりました。お相手は榊侯爵家のお嬢様でいらっしゃる恵子さんです」
澪は茫然として立ち竦んだ。
婚約発表は盛大な拍手に迎えられる。
藤子の傍に控えていた黄色のドレスを纏った女性が、皆の前に出てお辞儀をした。賓客は笑顔で、晃久にお祝いの言葉を次々に述べる。壇上にいる藤子は立ち止まっている晃久に目をむけた。
「晃久、こちらにいらっしゃいな。恵子さんをエスコートしてさしあげて」
晃久は鋭く双眸を眇めた。険しい顔つきをして、藤子を見据える。
「どういうことです、母上。俺は何も聞いていませんが?」
地を這うような低い声音に、祝福していた人々は一瞬押し黙る。藤子は満悦しながら返答した。頬には勝ち誇った者が浮かべる優越感が滲んでいる。
「あなたを驚かせようと黙っていたのよ。恵子さんとは幼い頃から仲の良い、幼なじみですものね。榊侯爵さまもあなた方の結婚を祝福しています」
幼なじみ。
あのお嬢様が、若さまと、幼なじみ。
その事実は澪の心をひどくゆっくりと、しかし確実に壊していった。
どうして、自分だけ特別だなんて思っていたのだろう。そんなわけないのに。
「勝手に決めないでください。俺は了承していない」
「晃久、あなたは榊様のお顔に泥を塗るつもりなの? 侯爵閣下なのよ。あなたの会社の上得意さまでもあるわよね」
先ほど仕事の話をしていた紳士が、わずかに戸惑いの目線を晃久にむけた。彼が榊侯爵なのだ。咳払いをした榊侯爵は品の良い笑みを浮かべる。
「伯爵夫人、そう仰いますな。晃久君も突然のことで驚いたのでしょう。私も驚かせようという伯爵夫人の計画に乗りましたから共犯です。聡明な彼のことですから、すぐに呑み込んでくれますよ」
「まあ、侯爵さま。寛大なお心、痛み入りますわ」
藤子は聖母のような微笑で榊侯爵に感謝を述べると、つと刺すような目をして、一瞬だけ澪を見た。
びくりと肩を跳ねさせた澪は後ずさりする。
澪は、ここにいてはいけないのだ。
晃久の隣には、婚約者である榊侯爵家の令嬢が並ぶのだ。
親同士に祝福された、幼なじみとの結婚。
これ以上理想的な婚姻があるだろうか。
僕は何を望んでいたんだ。若さまの幸せを、お祝いしてあげなくちゃいけないのに。
おめでとうございます。
他の人と同じように、ただそのひとことを言えばいい。
けれど喉元が引き絞られたように言葉が出てこない。
「お、おめ……」
澪は言葉を紡ごうとしたが、晃久の友人らしき紳士たちの囃し立てに掻き消された。晃久は友人たちに腕を取られて背を押され、半ば無理やり壇上に乗せられる。
憮然として立った晃久と、深窓の令嬢はとてもお似合いだった。
「大須賀伯爵家と榊侯爵家の益々の繁栄を祝しまして、乾杯いたしましょう。皆様グラスをお取りください」
乾杯の高らかな声とグラスの煌めきが広間に溢れる。
澪の居場所はどこにもなかった。
小さく拍手だけを送ると、痛む胸を押さえて、会場を逃げるように去った。
自宅に戻り、玄関の扉を閉めた途端、涙は決壊した。
あとからあとから、止めどなく雫は溢れて頬を濡らす。
はっとして、慌ててスーツの上着を脱いだ。滴る涙で大切なスーツが汚れてしまう。澪はスーツの上下を脱いでハンガーに吊し、形を整えた。
重大発表とは、晃久の婚約発表だったのだ。
晃久は驚いていたが、それも演出のうちなのかもしれない。
晃久が、侯爵令嬢と結婚する。
彼がいずれ誰かと結婚するなんて分かりきっていたことなのに、なぜか考えもしなかった。
ふと、子どもの頃に晃久から言われた台詞が脳裏に蘇る。
『澪は俺の花嫁になるんだぞ』
子どもの頃に交わした約束。雨の日の接吻。
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