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策略のパーティー 1
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大須賀伯爵邸には着飾った紳士淑女が次々に到着した車から降り立っていた。
本日は大須賀伯爵家でパーティーが開催される。
澪は鏡の前に立つ自分の姿を目にして、驚きに眸を瞬かせた。
若草色のスーツと同色のネクタイを纏う自分は、まるで別人のようだ。髪も普段は長めにして下ろしているのだが、専属の美容師に整えてもらい、撫でつけられて襟足を跳ねさせている。
「洒落ているな。まるで王子のようじゃないか」
黒の燕尾服に身を包んで既に支度を終えていた晃久は、楽しげに澪の風貌を眺めていた。晃久にそのように褒められては面映ゆくて仕方ない。
「僕、ヘンじゃないですか? おかしくないですか?」
オーダーメイドのスーツに滑らかな革靴、宝石で作られたカフス。
どれも晃久からいただいた宝物だ。
それらを身につけて背丈ほどある全身鏡に映る澪は、くるりと回った。
晃久は満足げに頷くと、澪の両肩にそっと手を置いて鏡を覗く。
「澪は王子だ。今日の主役だからな。堂々としていろ」
「主役だなんて。主賓は若さまです」
「今日は重大な発表がある。そのために澪を参加させるんだ。大須賀家の一員として、胸を張って俺の隣にいろ」
重大な発表とは何だろう。
晃久は片眼を瞑ると、華麗な仕草で手のひらを差し出した。
まるで淑女へのエスコートだ。
澪は頬を緩ませながら晃久の大きな手に、自らの手を重ね合わせる。
階段を降りれば、眩いシャンデリアが大理石の床を輝かせていた。晃久の登場に、パーティーに招かれた紳士淑女から歓声と拍手が湧き起こる。
「さあ、皆様。どうぞ広間にお越しください」
朗々とした晃久の声がホールに響き渡る。
会場の広間は会談やダンスパーティーをするための部屋で、屋敷でもっとも広い。採光を取り入れるための大きな窓が並び、窓の外には噴水の見える庭園を臨む。敷かれた緋の絨毯は最上級の品質で、柔らかく靴を包み込んでくれる。
晃久に誘われた澪が入室すると、賓客から驚喜にも似た声が上がった。
つい臆してしまうが、晃久に腰を抱えられていたので逃げられない。
「若さま……あの」
「顔を上げろ。皆、おまえが麗しいから驚いているんだ」
そんなことはない。晃久こそ帝王のようなのに。きっとみんなは晃久の登場を喜んでいるのだ。
色鮮やかなドレスを着た令嬢たちが、晃久と澪の周りを取り囲んだ。
「晃久さま。そちらの方はどなた? 紹介してくださいな」
晃久は悠然とした笑みを浮かべて、華族の令嬢たちに澪を紹介する。
「俺の、弟だ」
驚いた澪の声は、令嬢たちの歓声に掻き消された。
「まあ! 弟さんがいらしたのね。初めまして。わたくしは桐島伯爵家の……」
「あら、ずるいわ。抜け駆けは許さなくてよ」
令嬢たちはまるで澪を取り合うかのように身を寄せて、鍔迫り合いを繰り広げた。噎せ返る香水の匂いと肉迫してくる女性の勢いに押されて、澪は目眩がしてしまう。
晃久は令嬢たちを追い払うように手の甲を振って、囲まれていた澪を救出した。
「おまえら、散れ。弟だという発表は後で行うからな。そのかしましい嘴で言いふらすんじゃないぞ」
先行して暴露してしまった晃久は確信犯だと知った令嬢たちは、口元を扇子で隠して目で頷き合った。
対して澪は背筋を凍らせる。
まさか、重大発表とは、澪を晃久の弟として紹介するということだろうか。
正確には腹違いの弟ということになるが、澪の母は妾なのだ。
愛人の子が堂々と大須賀家の次男として公の場に顔を出すなんて恥ずべきことで、大須賀家の者が許すわけがない。今日は晃久の幼なじみとして、パーティーに少々参加するだけだと思っていたのだ。
ごくりと息を呑んで藤子の姿を捜す。
彼女はひときわ豪奢なドレスを纏い、大勢の賓客に囲まれて優美に微笑んでいた。
藤子は晃久の思惑を知っているのだろうか。当主である幸之介は体調が優れないとのことで、今日のパーティーは欠席している。
音楽隊から流麗な曲が奏でられた。パーティーは立食で、純白のテーブルクロスがかけられた長いテーブルに、銀食器に盛られた色鮮やかな肉料理や魚料理、それにサラダやデザートなどが燦然と並べられていた。人々はグラスを傾けて歓談を楽しんでいる。
給仕の盆からフルートグラスをふたつ手に取った晃久は、ひとつを澪の手に持たせる。グラスには黄金色の液体が直線の気泡を描いて満たされていた。
「飲め。何か食べるか。ただし俺がフォークで口に入れてやるものしか食べられないがな」
青ざめた澪は食欲が湧くどころではない。呼吸すら苦しくなる。晃久の袖を摘まみ、小声で話しかける。
「若さま。もしかして、重大発表というのは……」
「おっと。それはまだ秘密ということにしろ。きっと澪も喜んでくれる」
「でも」
紳士が近づいて晃久に挨拶してきたので、話はそこで中断された。
仕事に纏わることが話題になったので弟と紹介されることはなく、澪は隣でどうにか微笑を浮かべながら黙して聞いていた。
やがて挨拶も一巡して、音楽はふと途切れる。
「そろそろいいか。行くぞ、澪」
晃久は澪の肩を抱いて、会場の前へ歩み出た。
本日は大須賀伯爵家でパーティーが開催される。
澪は鏡の前に立つ自分の姿を目にして、驚きに眸を瞬かせた。
若草色のスーツと同色のネクタイを纏う自分は、まるで別人のようだ。髪も普段は長めにして下ろしているのだが、専属の美容師に整えてもらい、撫でつけられて襟足を跳ねさせている。
「洒落ているな。まるで王子のようじゃないか」
黒の燕尾服に身を包んで既に支度を終えていた晃久は、楽しげに澪の風貌を眺めていた。晃久にそのように褒められては面映ゆくて仕方ない。
「僕、ヘンじゃないですか? おかしくないですか?」
オーダーメイドのスーツに滑らかな革靴、宝石で作られたカフス。
どれも晃久からいただいた宝物だ。
それらを身につけて背丈ほどある全身鏡に映る澪は、くるりと回った。
晃久は満足げに頷くと、澪の両肩にそっと手を置いて鏡を覗く。
「澪は王子だ。今日の主役だからな。堂々としていろ」
「主役だなんて。主賓は若さまです」
「今日は重大な発表がある。そのために澪を参加させるんだ。大須賀家の一員として、胸を張って俺の隣にいろ」
重大な発表とは何だろう。
晃久は片眼を瞑ると、華麗な仕草で手のひらを差し出した。
まるで淑女へのエスコートだ。
澪は頬を緩ませながら晃久の大きな手に、自らの手を重ね合わせる。
階段を降りれば、眩いシャンデリアが大理石の床を輝かせていた。晃久の登場に、パーティーに招かれた紳士淑女から歓声と拍手が湧き起こる。
「さあ、皆様。どうぞ広間にお越しください」
朗々とした晃久の声がホールに響き渡る。
会場の広間は会談やダンスパーティーをするための部屋で、屋敷でもっとも広い。採光を取り入れるための大きな窓が並び、窓の外には噴水の見える庭園を臨む。敷かれた緋の絨毯は最上級の品質で、柔らかく靴を包み込んでくれる。
晃久に誘われた澪が入室すると、賓客から驚喜にも似た声が上がった。
つい臆してしまうが、晃久に腰を抱えられていたので逃げられない。
「若さま……あの」
「顔を上げろ。皆、おまえが麗しいから驚いているんだ」
そんなことはない。晃久こそ帝王のようなのに。きっとみんなは晃久の登場を喜んでいるのだ。
色鮮やかなドレスを着た令嬢たちが、晃久と澪の周りを取り囲んだ。
「晃久さま。そちらの方はどなた? 紹介してくださいな」
晃久は悠然とした笑みを浮かべて、華族の令嬢たちに澪を紹介する。
「俺の、弟だ」
驚いた澪の声は、令嬢たちの歓声に掻き消された。
「まあ! 弟さんがいらしたのね。初めまして。わたくしは桐島伯爵家の……」
「あら、ずるいわ。抜け駆けは許さなくてよ」
令嬢たちはまるで澪を取り合うかのように身を寄せて、鍔迫り合いを繰り広げた。噎せ返る香水の匂いと肉迫してくる女性の勢いに押されて、澪は目眩がしてしまう。
晃久は令嬢たちを追い払うように手の甲を振って、囲まれていた澪を救出した。
「おまえら、散れ。弟だという発表は後で行うからな。そのかしましい嘴で言いふらすんじゃないぞ」
先行して暴露してしまった晃久は確信犯だと知った令嬢たちは、口元を扇子で隠して目で頷き合った。
対して澪は背筋を凍らせる。
まさか、重大発表とは、澪を晃久の弟として紹介するということだろうか。
正確には腹違いの弟ということになるが、澪の母は妾なのだ。
愛人の子が堂々と大須賀家の次男として公の場に顔を出すなんて恥ずべきことで、大須賀家の者が許すわけがない。今日は晃久の幼なじみとして、パーティーに少々参加するだけだと思っていたのだ。
ごくりと息を呑んで藤子の姿を捜す。
彼女はひときわ豪奢なドレスを纏い、大勢の賓客に囲まれて優美に微笑んでいた。
藤子は晃久の思惑を知っているのだろうか。当主である幸之介は体調が優れないとのことで、今日のパーティーは欠席している。
音楽隊から流麗な曲が奏でられた。パーティーは立食で、純白のテーブルクロスがかけられた長いテーブルに、銀食器に盛られた色鮮やかな肉料理や魚料理、それにサラダやデザートなどが燦然と並べられていた。人々はグラスを傾けて歓談を楽しんでいる。
給仕の盆からフルートグラスをふたつ手に取った晃久は、ひとつを澪の手に持たせる。グラスには黄金色の液体が直線の気泡を描いて満たされていた。
「飲め。何か食べるか。ただし俺がフォークで口に入れてやるものしか食べられないがな」
青ざめた澪は食欲が湧くどころではない。呼吸すら苦しくなる。晃久の袖を摘まみ、小声で話しかける。
「若さま。もしかして、重大発表というのは……」
「おっと。それはまだ秘密ということにしろ。きっと澪も喜んでくれる」
「でも」
紳士が近づいて晃久に挨拶してきたので、話はそこで中断された。
仕事に纏わることが話題になったので弟と紹介されることはなく、澪は隣でどうにか微笑を浮かべながら黙して聞いていた。
やがて挨拶も一巡して、音楽はふと途切れる。
「そろそろいいか。行くぞ、澪」
晃久は澪の肩を抱いて、会場の前へ歩み出た。
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