つがいの薔薇 オメガは傲慢伯爵の溺愛に濡れる

沖田弥子

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オメガの運命 2

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「おはようございます、長沢先生」
「その様子だと、症状が出たようだな」

 澪の顔を一瞥した長沢は傍の椅子に腰掛けると、即座に口火を切った。

「症状というと……何のですか?」
「発情期の症状だ」
「……え?」

 聞き慣れない単語に首を捻る。
 発情期とは犬猫などの動物に起こる症状で、いわゆるさかりのことではないだろうか。
 長沢は澪の熱を測り、口の中や耳奥を確認すると平静に聞いた。

「数日前から体に感じる異常があったのじゃないか?」
「はい。……昨日から体が熱っぽくて、下腹の辺りが……疼くんです」

 俯いてぽそりと告げる。隣に寄り添うように座る晃久は、窺うように澪を見つめていた。
 長沢は、やはりというように頷いて姿勢を正す。

「君には長年、秘密にしていたことがある。重要な話とは、澪とお母さんに纏わる体のことだ」
「え……? 母さんが?」

 母は何らかの病気だったのだろうか。それを澪が遺伝により引き継いでいるのだろうか。
 息を詰める澪に、長沢は淡々と語り出した。

「この世には男性と女性というふたつの性が存在するが、さらに三種類の性が存在する。研究者は三つの性を、アルファ、ベータ、オメガと名づけた。人間は計六種類に分類される」

 突然の話に瞠目する。話が飛躍しすぎて訳が分からない。

「そうなのですか? それが母さんや僕と、どういう関係が……?」
「まあ、聞きなさい。アルファ、ベータ、オメガには優位性がある。アルファは三種の頂点に立ち、容姿、能力などに優れた支配階級の者に多く見られる。人間の大多数はベータだ。特殊性はなく、九割以上がベータに分類される。そして最下位のオメガはとても稀少で、発情期があり、男性でも妊娠可能だ」
「えっ!?」

 最後の台詞にひどく驚く。
 医師の研究結果を否定するわけではないが、男性が妊娠するなどという、あまりにも現実からかけ離れた内容に唖然としてしまう。

「澪は数少ない、男性のオメガだ。君のお母さんもオメガだった。お母さんが薬を飲んでいたのを覚えているだろう。あれは発情を抑制する薬だよ。発情期が訪れたら欲情に溺れて交尾することしか考えられなくなり、オメガの発する特有の香りでアルファはもちろん、ベータも誘惑されてしまう。私は旦那様から相談を受けてお母さんを診察し、抑制薬を処方していたんだ」

 僕も、母さんも、オメガ。
 では昨夜からの体の疼きは、発情期が訪れたことによるものなのだろうか。確かに抗いがたい本能的な欲求が体の奥底から込み上げてくるのは否定できないけれど、俄には信じがたい。
 僕は、まともな人間じゃないのだろうか。
 小刻みに震える澪の肩を抱いた晃久は、長沢に問いかけた。

「澪の母親がオメガだというが、父の伸介はアルファだったろう。オメガは遺伝するのか」
「すべて遺伝により引き継がれるので、どの性かは生れたときから決まっています。伸介氏がアルファで、幸之介氏もアルファですから、大須賀家は代々アルファの家系です。晃久さまもアルファですからね。ただアルファとオメガの組み合わせですと、どちらかが生れます。澪がアルファという可能性もありましたが、発情期が訪れたことでオメガと判定されます」
「なるほど。ということは、澪は種付けすれば妊娠する可能性もあるということだな」
「もちろんです」

 平然と受け止めている晃久は事情を分かっているらしい。澪は驚きの目をむけた。種付けだとか妊娠だとか、際どい台詞に目眩を起こしそうになる。

「若さまは、アルファやオメガについて知っていたのですか?」
「三種の性の存在については、以前から長沢に聞いていた。まあ、今までは信じていなかったがな」

 けれど昨夜澪と体を重ねて三種の性の存在を実感した、と彼の眸は雄弁に物語っていた。
 長沢はふたりの様子を冷静に眺めていたが、鞄から薬の入った包みを取り出した。

「これで一部の医師の妄想ではないと信じていただけたでしょう。オメガの発情期により振りまかれるフェロモンで、望まない関係に至っては困ることになります。抑制薬を服用していれば発情を抑えられる。発情期は概ね一週間程度だが定期的に訪れるから、澪はこれを飲みなさい」
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