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第五章

甦る意志2

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「諸君、受け身で冒険者を選ばない以上、我々には自由を保証するための金が要る。同時に人種問題という壁を乗り越えねばならん。よって双方を一挙に解決する方法を提案したいと思う。まっさきにやるべきことはヒト族の懐柔。もうひとつは我々が亜人族を代表することの正統性を確保すること。正統性を保持しておらねば、ヒト族との融和は私的なものにしかならん」

 ここで彼が言及した融和とは、偶然にも、ゲルト語で〈ドイツ〉と言う。その響きにひとかたならぬ思いを抱くアドルフにとって、その言葉を口にすると思わず力がこもってしまうほどだったが、

「でもよ、アドルフ。そんないっぺんに解決できっか?」

 興味をそそられた顔つきで食いついてきたのはディアナだ。適切な問いだったこともあり、アドルフは強く頷きながら受け答えた。

「むろん、できるから言っておる。マクロの埋葬式を執り行うのだ」

 それはいわば、だめ押しのひと言だった。なぜならセクリタナに暮らす人々の大半は、埋葬式が何かをよく知っている。亜人の仲間たちもその例外ではなく、彼女たちはすぐに聖隷教会の様式に則った葬儀を思い出したはずだ。しかもそれは身内が集うただの葬儀ではない。多くの参列者に開かれた大規模な葬送の儀式だ。

 けれど問題は、なぜそんな儀式を執り行うのかという点である。だいいち規模が大きければ、資金的な裏づけがない限り実行などできない。

「はぁん、そりゃまた金のかかりそうなこと言いだしやがったぜ」

 予想外の提案に好奇心をかき立てられた様子のディアナだが、提案の良し悪しを判ずる立場にはないと思ったのだろう。鼻の頭をひくつかせて資金提供者であるリッドを横目で見た。

 するとリッドは、どうして自分にお鉢がまわってきたのか驚く顔になったが、すぐさま状況を把握した顔つきで天井を睨み、頭のなかで計算をはじめる。どうやら支援できる額を見積もりだしたそぶりだが、やがて数秒が経ち、ため息を吐くような声でリッドは言った。

「そうだな、最大一〇ギルダ程度ならば追加で貸せると思うが?」
「十分満足のいく額である」

 アドルフはにんまりと笑い、すでに成功が約束されたかのような態度をとる。そんな彼にたいし、月並みな心配をしたのか、リッドは上目遣いで訊く。

「貸すこと自体は問題ないが、本当に埋葬式でなければならないのか?」
「察しの良いお前が、まだ気づかんのか?」

 質問を質問で切り返したアドルフは、再びにんまり笑って、説明をかぶせてきた。

「埋葬式とは、いわば公の舞台だ。そこでマクロの死を弔えば、我々は亜人族を代表する者たちだという承認を得ることになろう。これが第一の課題だが、埋葬式をやり遂げることで達成できる。第二の課題はヒト族の懐柔だが、こちらは遥かに困難だ。しかし埋葬式という開かれた場を設け、多数のヒト族を集められれば、みちは開けたも同然。あとは我が彼らの心を変えてみせる」

 勢いづいた流れに気持ちよくなったアドルフは、空いたグラスにワインを注ぎ、一同の顔色を順繰りに眺めた。その一人には当然、ガンテも含まれていた。

「心を変えるったってさ、方法はあるのかい?」

 怪訝そうにガンテは言ったが、そこにはもう反論としての迫力はない。むしろアドルフが醸しだす謎の自信に期待すら寄せはじめている顔だ。そうなると他の面々も、置いてけぼりを食らわないようにじっとアドルフを凝視するのみであり、仲間たちの視線を一身に浴びた彼は注意を十分に引きつけてから厳かに口を開いた。

「ヒト族懐柔の方法はシンプルだ。それは我が埋葬式で行う演説である」
「まじかよ、ただ喋るだけってか?」

 要領を得ないとばかりにディアナがつぶやくが、アドルフにとっては補足説明をする機会を得たに過ぎない。

「そう焦るな、ディアナよ。ガンテがもたらした話をまとめるに、ヒト族は亜人族の解放によって仕事を失うことを恐れておる。だが我の考えでは、対策は十分とりうる。経済を活性化させるうえで頑張るのは商人ではない、国家が率先して仕事をつくってやればよいのだ。我はかつて、勉学に励んだ恩恵で経済の仕組みに明るい。演説はそういった解決策を伝え、納得させる手段として用いるわけだ」

 総統時代の前半期、アドルフは疲弊したドイツ経済の立て直しに成功し、国民から絶大な支持を得た。そのときの成功体験が彼の背中を押しており、口調にも覇気が滲み出ている。

 とはいえ転生後の異世界において、アドルフが演説の達人と知る者は一人としておらず、それだけでは対ヒト族の懐柔に埋葬式を行う案は通らなかった可能性が高い。

 だから彼はついさっき、ノインを完膚なきまでにやり込めた。それは意地悪ではなく、アドルフが弁の立つ男だと一同に思わせ、その後のやり取りに説得力をもたせるためでもあった。

 ――彼女には可哀想なことをしたな。フォローしてやらねば。

 ノインの気持ちを考えるとある程度謝罪が必要だ。そうと決まればアドルフの行動は早い。彼は突如、視線をまっすぐにむけ、誠意を湛えた声色でノインに語りかけた。

「戦略的な意図が先走ってしまったが、埋葬式を行う根本的動機はマクロの死を無駄にしたくないという感情だ。彼女の魂が浮かばれることをお前は願うだろうが、我も同じ気持ちを共有しておる。何としてもマクロを弔うための仕事を我に全うさせて貰えないか?」

 懸命の説得が功を奏したのか、ノインは見るからにぎこちなさを湛え、アドルフから眼を逸らしつつも「……わかったわ」と恥ずかしそうに答えた。

 片やアドルフは、おのれの主張が想定した壁を突破したことに心のなかでほくそ笑む。しかし表面上は浮ついたそぶりなど一切見せず、ノインにたいして「ありがとう」と述べ、神妙に目を閉じた。

 そして同時に彼は、このとき自分を戒めることも忘れなかった。ルアーガ遭遇戦の勝利にくわえ、囚人からの解放をなし遂げ、仲間の懐柔にも成功した。願望が次々と成就すれば、うぬ惚れやすい自分が顔を出す。前世の失敗をふいに思い出したアドルフは溢れ出る興奮を意図的に抑えたのだ。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、ガンテがため息を吐きながら、場の空気を混ぜっ返すようなことを言った。

「あんた、見てくれもそうだが、考え方もなかなか過激なやつだったんだな。そういうのは嫌いじゃねぇけど、登録して早々、冒険者協会に迷惑かけんじゃないぜ、頼むからさ」

 もちろんその発言は冗談に他ならない。やんわりたしなめられた側のアドルフも、動かない瞳を天井に投げかけ、それまでの笑みを表情から消して言った。

「案ずるな、負け戦には巻き込まんよ」

 周囲の反対を制した以上、必ず勝利を得なければならない。彼はその意志を一同に告げ、同じ気持ちを自分自身にもくり返した。収容政策のおかげで彼の目的は一〇年近くも遅延している。いまこそ彼本来のあり方を取り戻さねばならない。ただの冒険者ではなく、本物の《勇者》となり、このセクリタナを制覇するという秘めたる野望を。そして何者にも縛られない独裁権力へ向かう揺るぎない意志を。
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