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第二章
魔法教習
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猶予はたった半日しかない。
その逼迫ぶりを理解しているアドルフは、晩餐の帰り道でこんなことを言った。
「お前の従者のうち、一名を借り受けたいのだが交渉して貰えんか?」
呼びかけた相手はノインである。従者とはトルナバ時代に雇っていた〈青い三連星〉のことだ。
「べつにいいけど、どうするの?」
ノインの洩らした疑問にアドルフは答えた。
「明日は戦闘態勢を敷くため、お前たちはチェイカで、我は飛空艇で現地にむかう。そのときできるなら、飛空艇で待機する者がほしい。〈積み荷〉の捜索とやらが順調にいくとは限らん。魔獣との戦闘で体力を損耗したとき、一時的なキャンプ地を飛空艇にしたいのだ」
アドルフの言い分では、彼も含め、班員たちは全員捜索部隊にかり出し、魔獣との戦闘要員にあてがうつもりのようだ。一人でも無駄にはできない。だとすればべつの人員を配置するのが妥当というわけだ。
その理屈はのみ込めたらしく、ノインは静かに頷きながらアドルフの依頼を快諾した。
「わかったわ。遅くとも明日の午前中には約束をとりつけるから。うちの従者なら誰でもいいのよね?」
「あの連中なら、どいつも肝が座っておる。人選はお前に任せる」
何事もないように打ち合わせをする二人だが、いくら捜索部隊に編入しないとはいえ、命懸けの任務に部外者を巻き込むのは酷な話ではある。
だが、根が冷酷非道なアドルフが注意をむけたのは命の危険ではなかった。
「ちなみに従者を借り受けることに際し、殿下の許可は我がとりつける。またそのとき、可能なら従者に解放許可を与えられないか交渉してみる。リスクだけ背負わせて手ぶらで帰らせるのは納得せんであろ」
皮肉げに笑ったアドルフだが、相手の損得勘定にだけは的確な配慮を示した。おかげでノインも、何の気負いもなく従者を差し出せると判じたらしい。
「良いアイデアだわ。解放が得られるなら、三人とも志願してくるかもしれないわね」
殿下の命令を受け入れて、すでに感覚が麻痺しているのだろう。依頼を承諾したノインは、冷酷なアドルフとさして変わらない態度をとった。アドルフはそれを積極性の一種と受け取った。
***
そして翌日の早朝。
捜索部隊の準備に自信がもてたアドルフは、朝食を手早く済ませ、約束の場所へ向かった。それは収容所に付設された教会の裏庭である。
看守に付き添われながら赴くと、そこでアドルフは奇妙な光景を見た。教会裏でラグラウ司祭、つまりリッドが翼竜と戯れていたのだ。
彼女の衣服は、清潔さを感じるフード付きの白いローブ。所々荘重な刺繍飾りが付いており、僧職としての位の高さが窺える仕立てだ。翼竜の荒々しい表皮は、そんなリッドの外見と強い対比をなしていた。
アドルフの知識に照らすと、翼竜という生き物は、元の世界を一億年以上支配した恐竜に酷似している。出くわす回数こそ少ないが、冒険者の一部が翼竜をチェイカの代理にしていることを、アドルフは労務を通じて承知していた。
その翼竜であるが、よく訓練されているのか非常に大人しく、柔らかな陽光を全身に受けて気持ち良さそうに翼を伸ばしている。
「こいつはさっき水浴びをさせたばかりでな。私は冒険者の職種で言うと、ビショップではなく竜騎士なんだ。この翼竜との付き合いも三年ほどになる。名前は〈イング〉というんだ。アドルフ、翼竜を見たことは?」
リッドは顔も合わせず話しかけてきたが、何気ない世間話に付き合う程度なら、看守の目など気にする必要はない。
「ちらほら見かけた程度なら」
「そうか。結構目立たぬように飼ってきたからな。住処もここでは手狭ゆえ、街外れに専用の厩舎を用意して貰っている」
翼竜のくちばしを愛おしそうに撫で、リッドは器用にも地面をうろつく鳩に餌を撒いていた。どうやらこの司祭、動物愛好家としての一面があるようだ。
「お前が撒いているものは何だ?」
「乾燥させたとうもろこしだ。鳩の大好物」
発言を短く区切って、リッドはとうもろこしを握った手を左右に振った。実に手慣れた動作であるが、その動きを反復しながら彼女は言った。
「すまんが二人きりにしてほしい。なに、三〇分ほどで終わる」
リッドが顔を上げ、声をかけたのは看守だった。囚人の移動には彼らの監視が義務づけられているため、看守は当然渋るような態度をとった。
「看守長の指導で持ち場を離れるなと」
「問題ない。パベル殿下に許可を得ている。私はアドルフと二人きりでやりたい」
看守は事情を確かめられないが、リッドの物言いが整然としているため、疑いの目を向けることは無礼に感じたのだろう。
「了解した。自分は一旦席を外すので三〇分後に」
リッドの要望はあっさり通った。そうして二人きりになった途端、彼女は牛革をなめしたものとおぼしきカバンから何やら分厚い書物を取り出してきた。
「それは何だ?」
アドルフが訝しげに尋ねると、リッドはその書物を翼竜の背中に重ねた。
「魔法のテキストは三種類ある。一応全部持ってきた」
「三種類だと?」
これからはじまる講義の負担を感じとり、アドルフは露骨に眉をひそめた。
「怖じ気づくな。これらを全部使うわけではない。お前が希望する目的に即してわざわざ用意したんだ。恩を仇で返すような真似はよして欲しい」
「そうか。それは失礼した」
眉の形を元に戻すと、リッドは機嫌を直してテキストを順番に取りあげる。
「魔法のテキストには三種類あるんだ。詠唱文はゲルト語で記述されており、文章自体も短く、短縮法が存在しない参考書。古代ゲルト語の詠唱文を読み解く形で、文章の長さは中程度、きわめて単純な短縮法が記された教則本」
アドルフが受け取ると、最初の一冊は薄く、全てが紙で出来ていた。
もう一冊はそれより重量があり、表紙は革製である。
「参考書は書かれたとおりに学べば、目的とする魔法の詠唱文が手に入る。教則本のほうは自分で読み解く手間がかかる。そのぶん参考書よりクラスの高い魔法を覚えられる。学習者の知性に合わせて難易度があがると思って貰っていい。さあ、どちらを選ぶ?」
リッドは二つの選択肢を与えた。アドルフは幼少期、図書室で一度魔法に関するテキストを手にとっていたが、それはもっとも簡単な参考書だったと思われる。
まずは基礎から固めていこうと考えるなら、そこから入るのが筋に見えた。しかしアドルフはもう一冊の書物を気に留めた。
「そっちの重たそうな本は何だ?」
「ああ、これか。一応持ってきはしたが、いわゆる魔導書だ。意味不明かつ長大な文章の羅列から詠唱文と短縮法を導き出し、これら全てを記憶するテキスト。いまのお前には荷が重かろう」
不必要なら持ってくるなとアドルフは内心愚痴ったが、すぐに考えを改める。何の意味もない行動を、この司祭がすると思えなかったからだ。
彼の推測どおり、リッドは勿体ぶった顔で聞かれもしない解説をくわえていく。
「先ほども言ったが、テキストは基本ゲルト語で書かれている。役人が使う言語として発達したセルヴァ語にたいし、ゲルト語は宗教的祭事をルーツにしている。歴史は後者のほうが長く、それゆえ魔法が発見された古代ゲルト語が詠唱文の基礎をなしたわけだ。参考書はそれを現代ゲルト語に翻訳し、簡易にしたものだ」
「待ってくれ。いま〈基本〉と言ったな。べつの言語で書かれたものもあるのか?」
「そうだな。魔導書の記述のみ異なっている。ゆえに難解で、もし読み解いて詠唱文を手に入れられたら最高クラスの魔法を得られる。だがお前にそれは無理だろう」
先ほどからちょくちょく顔を出すリッドの煽り。単純な意地悪にも思えたが、囚人をからかうのが趣味とも思えない。
アドルフはしばし考え、ある答えにたどり着いた。リッドは純粋に、魔導師育成という任務を楽しんでいるのだ。三冊のテキストを見せびらかし、教え子に選ばせる。相手がどれほど本気なのかを推し量り、きっとわくわくしているのだ。そういう子供っぽい振る舞いは、この司祭の外見とも釣り合っていた。
「三つ全部借りる。我の技量が勝れば、魔導書すら読み解けるかもしれん」
挑戦的な態度にリッドはどう反応するか。アドルフが注意深く眼をむけると、彼女は最初拍子抜けした表情を見せたが、すぐに口許を歪めにやりと笑って言う。
「そう来なくてはな。最初から参考書程度で済まそうとする者ほど、詠唱文の暗記もできず、最低クラスの魔法でさえ修得できなかったりする。何事もやってやるぞという熱意が大事」
意外にも精神論をぶったリッドだが、テキストを預けながら独学を申し渡す。
「まずは好きなテキストから攻性魔法をひとつ選んで覚えて来い。その上でわからない点が出れば、私が適宜補おう。捜索隊は今日の午後にはビュクシを発つことになるだろうし、学習期限は正午過ぎ、一二時頃にしようか」
あと五時間しかなかったが、参考書くらいなら読み解けて当然といった口調だ。
「いいだろう。ところで魔法の詠唱文を身につけたらその時点で使えるようになるのか?」
アドルフの問いかけにリッドは首を横に振る。
「クラスE以上の魔法は、自分より位階の高い魔導師が《主》の理を授けるのが決まりだ。この場合、私がその役目を担うだろう。まあちょっとした儀式だな」
リッドの話を聞き、アドルフは幼少期のことを思い出した。当時、同じ学び舎にいる子供たちの一部が魔法の手ほどきを受けていた。あれは恐らく院長先生が先導者となり、《主》の理とやらを授けていたのだろう。
収容政策が下りて〈施設〉を追われなければ、彼は魔導師として本格的な第一歩を踏み出せていたかもしれない。つまりいま、九年越しの念願がようやく叶おうとしている。
「では、これらの書物を借り受けよう。待ち合わせの場所は教会裏でよいな?」
アドルフの台詞に、リッドは爽やかな笑みで応える。見れば彼女が戯れていた翼竜は、岩のような瞼を閉じ、愛らしくも居眠りをはじめていた。
その逼迫ぶりを理解しているアドルフは、晩餐の帰り道でこんなことを言った。
「お前の従者のうち、一名を借り受けたいのだが交渉して貰えんか?」
呼びかけた相手はノインである。従者とはトルナバ時代に雇っていた〈青い三連星〉のことだ。
「べつにいいけど、どうするの?」
ノインの洩らした疑問にアドルフは答えた。
「明日は戦闘態勢を敷くため、お前たちはチェイカで、我は飛空艇で現地にむかう。そのときできるなら、飛空艇で待機する者がほしい。〈積み荷〉の捜索とやらが順調にいくとは限らん。魔獣との戦闘で体力を損耗したとき、一時的なキャンプ地を飛空艇にしたいのだ」
アドルフの言い分では、彼も含め、班員たちは全員捜索部隊にかり出し、魔獣との戦闘要員にあてがうつもりのようだ。一人でも無駄にはできない。だとすればべつの人員を配置するのが妥当というわけだ。
その理屈はのみ込めたらしく、ノインは静かに頷きながらアドルフの依頼を快諾した。
「わかったわ。遅くとも明日の午前中には約束をとりつけるから。うちの従者なら誰でもいいのよね?」
「あの連中なら、どいつも肝が座っておる。人選はお前に任せる」
何事もないように打ち合わせをする二人だが、いくら捜索部隊に編入しないとはいえ、命懸けの任務に部外者を巻き込むのは酷な話ではある。
だが、根が冷酷非道なアドルフが注意をむけたのは命の危険ではなかった。
「ちなみに従者を借り受けることに際し、殿下の許可は我がとりつける。またそのとき、可能なら従者に解放許可を与えられないか交渉してみる。リスクだけ背負わせて手ぶらで帰らせるのは納得せんであろ」
皮肉げに笑ったアドルフだが、相手の損得勘定にだけは的確な配慮を示した。おかげでノインも、何の気負いもなく従者を差し出せると判じたらしい。
「良いアイデアだわ。解放が得られるなら、三人とも志願してくるかもしれないわね」
殿下の命令を受け入れて、すでに感覚が麻痺しているのだろう。依頼を承諾したノインは、冷酷なアドルフとさして変わらない態度をとった。アドルフはそれを積極性の一種と受け取った。
***
そして翌日の早朝。
捜索部隊の準備に自信がもてたアドルフは、朝食を手早く済ませ、約束の場所へ向かった。それは収容所に付設された教会の裏庭である。
看守に付き添われながら赴くと、そこでアドルフは奇妙な光景を見た。教会裏でラグラウ司祭、つまりリッドが翼竜と戯れていたのだ。
彼女の衣服は、清潔さを感じるフード付きの白いローブ。所々荘重な刺繍飾りが付いており、僧職としての位の高さが窺える仕立てだ。翼竜の荒々しい表皮は、そんなリッドの外見と強い対比をなしていた。
アドルフの知識に照らすと、翼竜という生き物は、元の世界を一億年以上支配した恐竜に酷似している。出くわす回数こそ少ないが、冒険者の一部が翼竜をチェイカの代理にしていることを、アドルフは労務を通じて承知していた。
その翼竜であるが、よく訓練されているのか非常に大人しく、柔らかな陽光を全身に受けて気持ち良さそうに翼を伸ばしている。
「こいつはさっき水浴びをさせたばかりでな。私は冒険者の職種で言うと、ビショップではなく竜騎士なんだ。この翼竜との付き合いも三年ほどになる。名前は〈イング〉というんだ。アドルフ、翼竜を見たことは?」
リッドは顔も合わせず話しかけてきたが、何気ない世間話に付き合う程度なら、看守の目など気にする必要はない。
「ちらほら見かけた程度なら」
「そうか。結構目立たぬように飼ってきたからな。住処もここでは手狭ゆえ、街外れに専用の厩舎を用意して貰っている」
翼竜のくちばしを愛おしそうに撫で、リッドは器用にも地面をうろつく鳩に餌を撒いていた。どうやらこの司祭、動物愛好家としての一面があるようだ。
「お前が撒いているものは何だ?」
「乾燥させたとうもろこしだ。鳩の大好物」
発言を短く区切って、リッドはとうもろこしを握った手を左右に振った。実に手慣れた動作であるが、その動きを反復しながら彼女は言った。
「すまんが二人きりにしてほしい。なに、三〇分ほどで終わる」
リッドが顔を上げ、声をかけたのは看守だった。囚人の移動には彼らの監視が義務づけられているため、看守は当然渋るような態度をとった。
「看守長の指導で持ち場を離れるなと」
「問題ない。パベル殿下に許可を得ている。私はアドルフと二人きりでやりたい」
看守は事情を確かめられないが、リッドの物言いが整然としているため、疑いの目を向けることは無礼に感じたのだろう。
「了解した。自分は一旦席を外すので三〇分後に」
リッドの要望はあっさり通った。そうして二人きりになった途端、彼女は牛革をなめしたものとおぼしきカバンから何やら分厚い書物を取り出してきた。
「それは何だ?」
アドルフが訝しげに尋ねると、リッドはその書物を翼竜の背中に重ねた。
「魔法のテキストは三種類ある。一応全部持ってきた」
「三種類だと?」
これからはじまる講義の負担を感じとり、アドルフは露骨に眉をひそめた。
「怖じ気づくな。これらを全部使うわけではない。お前が希望する目的に即してわざわざ用意したんだ。恩を仇で返すような真似はよして欲しい」
「そうか。それは失礼した」
眉の形を元に戻すと、リッドは機嫌を直してテキストを順番に取りあげる。
「魔法のテキストには三種類あるんだ。詠唱文はゲルト語で記述されており、文章自体も短く、短縮法が存在しない参考書。古代ゲルト語の詠唱文を読み解く形で、文章の長さは中程度、きわめて単純な短縮法が記された教則本」
アドルフが受け取ると、最初の一冊は薄く、全てが紙で出来ていた。
もう一冊はそれより重量があり、表紙は革製である。
「参考書は書かれたとおりに学べば、目的とする魔法の詠唱文が手に入る。教則本のほうは自分で読み解く手間がかかる。そのぶん参考書よりクラスの高い魔法を覚えられる。学習者の知性に合わせて難易度があがると思って貰っていい。さあ、どちらを選ぶ?」
リッドは二つの選択肢を与えた。アドルフは幼少期、図書室で一度魔法に関するテキストを手にとっていたが、それはもっとも簡単な参考書だったと思われる。
まずは基礎から固めていこうと考えるなら、そこから入るのが筋に見えた。しかしアドルフはもう一冊の書物を気に留めた。
「そっちの重たそうな本は何だ?」
「ああ、これか。一応持ってきはしたが、いわゆる魔導書だ。意味不明かつ長大な文章の羅列から詠唱文と短縮法を導き出し、これら全てを記憶するテキスト。いまのお前には荷が重かろう」
不必要なら持ってくるなとアドルフは内心愚痴ったが、すぐに考えを改める。何の意味もない行動を、この司祭がすると思えなかったからだ。
彼の推測どおり、リッドは勿体ぶった顔で聞かれもしない解説をくわえていく。
「先ほども言ったが、テキストは基本ゲルト語で書かれている。役人が使う言語として発達したセルヴァ語にたいし、ゲルト語は宗教的祭事をルーツにしている。歴史は後者のほうが長く、それゆえ魔法が発見された古代ゲルト語が詠唱文の基礎をなしたわけだ。参考書はそれを現代ゲルト語に翻訳し、簡易にしたものだ」
「待ってくれ。いま〈基本〉と言ったな。べつの言語で書かれたものもあるのか?」
「そうだな。魔導書の記述のみ異なっている。ゆえに難解で、もし読み解いて詠唱文を手に入れられたら最高クラスの魔法を得られる。だがお前にそれは無理だろう」
先ほどからちょくちょく顔を出すリッドの煽り。単純な意地悪にも思えたが、囚人をからかうのが趣味とも思えない。
アドルフはしばし考え、ある答えにたどり着いた。リッドは純粋に、魔導師育成という任務を楽しんでいるのだ。三冊のテキストを見せびらかし、教え子に選ばせる。相手がどれほど本気なのかを推し量り、きっとわくわくしているのだ。そういう子供っぽい振る舞いは、この司祭の外見とも釣り合っていた。
「三つ全部借りる。我の技量が勝れば、魔導書すら読み解けるかもしれん」
挑戦的な態度にリッドはどう反応するか。アドルフが注意深く眼をむけると、彼女は最初拍子抜けした表情を見せたが、すぐに口許を歪めにやりと笑って言う。
「そう来なくてはな。最初から参考書程度で済まそうとする者ほど、詠唱文の暗記もできず、最低クラスの魔法でさえ修得できなかったりする。何事もやってやるぞという熱意が大事」
意外にも精神論をぶったリッドだが、テキストを預けながら独学を申し渡す。
「まずは好きなテキストから攻性魔法をひとつ選んで覚えて来い。その上でわからない点が出れば、私が適宜補おう。捜索隊は今日の午後にはビュクシを発つことになるだろうし、学習期限は正午過ぎ、一二時頃にしようか」
あと五時間しかなかったが、参考書くらいなら読み解けて当然といった口調だ。
「いいだろう。ところで魔法の詠唱文を身につけたらその時点で使えるようになるのか?」
アドルフの問いかけにリッドは首を横に振る。
「クラスE以上の魔法は、自分より位階の高い魔導師が《主》の理を授けるのが決まりだ。この場合、私がその役目を担うだろう。まあちょっとした儀式だな」
リッドの話を聞き、アドルフは幼少期のことを思い出した。当時、同じ学び舎にいる子供たちの一部が魔法の手ほどきを受けていた。あれは恐らく院長先生が先導者となり、《主》の理とやらを授けていたのだろう。
収容政策が下りて〈施設〉を追われなければ、彼は魔導師として本格的な第一歩を踏み出せていたかもしれない。つまりいま、九年越しの念願がようやく叶おうとしている。
「では、これらの書物を借り受けよう。待ち合わせの場所は教会裏でよいな?」
アドルフの台詞に、リッドは爽やかな笑みで応える。見れば彼女が戯れていた翼竜は、岩のような瞼を閉じ、愛らしくも居眠りをはじめていた。
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