緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

文字の大きさ
32 / 147
第二章

衝突1

しおりを挟む
 ゼーマンが院長先生の名前を正確に述べたことは、ある可能性を示唆していた。それは九年前の殺戮に彼が関わっていたという可能性だ。

 あの日〈施設〉を襲ったのは魔人族の軍人であった。収容所の職員も本籍は軍人であるため、その憶測は事実にかなり近いと見て間違いない。

 もっとも他の班員はフリーデ以外そのことを知らないから、唐突な発言に表情をひどく曇らせている。だが、アドルフだけは不可解な言動をとったゼーマンにたいする詰問を思いついていた。

 彼はシチューを片手に棒立ちだったが、すぐに深皿を甲板に置き、先ほどまでの従順さを捨て、毅然とした表情でしゃがれ声を発した。

「ゼーマン主任、いまに貴公が口にしたのは我らにとって恩人にあたるひとの名前だ。しかも収容の際、惨たらしい拷問を受けて殺されている。そんな記憶をわざわざ思い出させた理由を教えて貰えないか? その名前を大した理由もなく口にされると、こちらも戸惑いを隠せなくなる」

 アドルフの発した詰問は、班員たちも同じ思いを共有していたのだろう。フリーデを筆頭に彼女らは小さな頷きをくり返し、アドルフにならってシチュー皿を甲板の上に置く。
 これにたいしゼーマンは、眉をつり上げながら唸り声を出した。

「貴様ら、とぼけてんじゃねぇぞ。やつに下された罰は覚えてんだろうが? 同じ目に遭うって言ってんだよ、オレは」

 しかしアドルフは、素知らぬ顔でさらにゼーマンを追及する。

「とぼけるも何も、我はニミッツ先生の罰など知らん。というよりその前に、貴公は当時、トルナバに飛来した軍人ではなかったのかね?」

 意外そうな顔をすると相手になめられるため、アドルフは世間話をするような口調で訊いた。するとゼーマンは、アドルフの疑問を拾い上げ、にやついた顔で言う。

「オレか? オレは貴様らが収容された現場になんかいねぇよ。ヴィクトル・ニミッツの件は貴様らの履歴書に記載があったまでさ。九年前のオレは三〇〇〇ギロ離れた王都にいたからな。ついこのあいだまで、ずっと王都にいた」

 王都。確かにそんな場所にいた者が、トルナバで実施された強制収容に関わった道理はない。ゼーマン自身が言ったように、自分たちの資料を見たと考えるのが妥当である。

 だがこのときアドルフは、同時にふたつの疑問にとらわれ、即座に反応できなかった。

 ひとつめは、ゼーマンがほのめかした院長先生に下された罰、すなわち彼が殺された直接的な原因についてである。

 当時アドルフは、魔人族が院長先生の資産を収奪すべく、金庫の暗号を聞き出すために拷問をし、その結果死に到ったと理解していた。しかしゼーマンは先生が罰を下されたと言い、アドルフの記憶とは矛盾している。真相はいったいどこにあるのだろうか。

 そしてもうひとつは、ゼーマンの前任地、すなわち王都にいたという情報である。

 収容所幹部の情報は、どんな些細なものであってもアドルフのアンテナに触れる。院長先生の件とは何の関係もないが、王都は権力の中枢だ。そんなところにゼーマンが属していたという情報を彼は無視することができなかった。

 とはいえ、まったく異なる質問を一緒にはできない。アドルフは手はじめに、院長先生の死について尋ねることにした。

「いま貴公は、ずいぶん思わせぶりにニミッツ先生は罰を下されたと言ったが、具体的にどんな罪に即して罰せられたのかね? 実は当時より、先生は不当な目に遭ったとの疑念を抱いておる。その疑いを払拭して貰えんか?」

 先ほど暴力を振るわれたのにもかかわらず、へりくだるような真似をせず、正々堂々と尋ねたのは、そもそも階級が同じという前提があったからではあるが、はたしてゼーマンは、その図太い態度に少しだけ顔をしかめ、舌打ちをするように言った。

「ヴィクトル・ニミッツが記録に残っている時点で、何らかの罪はあったわけだ。スパイ事件の当事者、武力による収容拒否、《主》への不敬。いずれにせよ自業自得ってわけさ」

 曖昧な回答を述べるゼーマンだが、どうやら彼は院長先生の罪について具合的な情報は持っていないようだ。そしてこれらの罪状のうち、アドルフが気にとめたのは《主》への不敬だった。それ以外は院長先生の行動原理から言って違和感がありすぎたからだ。

 背後をちらりと振り返ると、フリーデたちは皆同じように顔を俯かせ、沈鬱な表情をしている。無理もない。あれだけ慕われていた院長先生の死を掘り起こされ、気分の良い者などいるはずがないからだ。

 しかし事態は、ここから思いもよらなかった方法に動く。

 おそらくゼーマンは、黙りこくった囚人たちの様子に不満のようなものを嗅ぎ取ったのか、うっすらと目を細めながら説教臭いことを言いはじめた。

「勘違いすんなよ、貴様ら。オレは何も、好き好んでヴィクトル・ニミッツの罪状を掘り返したいんじゃねぇ。朝食の祈りの杜撰さ、あんなこと続けてたら貴様らは損をする。絶えず敬虔な心を持て」

 目線をしっかりと合わせ、言葉を噛みしめるように語りだすゼーマン。その表情は院長先生の死を軽んじた発言とは程遠く、どこか真剣さを含んでおり、アドルフたちをよそに一方的な発言は続く。

「そう、敬虔な心。貴様らの運命は、今後それが左右する。見た感じ、その意味をだれもわかっていねぇようだが、思い出せ。オレはついさっき、ずっと王都にいたと言ったろ。敬虔な心と王都。それをつなぎ合わせれば、オレの言いたいことはわかる。想像力を働かせろ。答えに到るやつが出れば、全員朝飯を食っていいぜ」

 そう言ったあとゼーマンは、自分だけ手にしたシチュー皿にスプーンを差し込み、冷めるまえにジャガイモを頬張っていく。

 とはいえこのとき、アドルフにとって予想外なことが起きていた。彼が抱いたもうひとつの疑問、すなわちゼーマンの前任地が王都だったという件がここで偶然噛み合ったのだ。

 ゼーマンは朝食を餌に謎かけのようなものを口にしたが、その手の推論はアドルフの得意分野である。情報と情報を掛け合わせてべつの答えを導くこと。

 落ち着いて視線をむけると、他の班員たちは難しそうな顔になって眉根を寄せ、状況についていくのがやっとのようだ。
 おそらく謎を解けるのは自分しかいない。そういう義務感のようなものを感じたときほど、アドルフの精神を高めるものはない。

 ――ゼーマンは王都にいた。王都といえば軍の司令塔で、参謀本部と近衛師団がある。どちらもビュクシの収容所に赴任した職員の前任地とはかけ離れている。ゼーマンはひょっとすると、階級こそ少尉だが、かなりのエリート軍人なのかもしれん。やつの鼻持ちならない雰囲気とその見立ては合致する。

 アドルフは収容所に放り込まれたあとも、ゴミとして出される新聞をこっそり盗み読み、収容所幹部から直に情報を得るなど、独自の情報収集を続け、幼少期よりもさらに異世界の知識、イェドノタ連邦という国家の情勢を学びとっていた。

 そんな彼にとって、王都という響きは権力と格の高さを連想させるものだった。しかし問題は、その連想を敬虔さを求めた事実と結びつけることだ。

 ――やつは我らに敬虔な心を求めた。これまで許されていたことが不敬とみなされたことを勘案すれば、王都、すなわち権力の中枢に何らかの変化が起きたと推測できる。それが何かまでは、手持ちの情報では導くことができんが。

 恐るべき速さで問題の答えに迫るアドルフだったが、彼の真骨頂は壁に突き当たったらべつのやり方をすぐさま模索できる点にある。

「主任、問われたことにたいしてある程度答えを出せた。だが細かい部分に関しては手持ちの情報が何もない。もしよければ、質問に応じて貰えないか?」

 そう、試験中に教師を問い質す者はどの世界にもいるまい。だがアドルフにはそれができる。どんなことでも可能性はあるとつねに意識しているのだ。

 もっとも全てはゼーマン次第だったが、彼としても手がかりのない謎かけをしたという自覚があったのだろうか、アドルフの要求に良い顔はしなかったが、

「仕方がねぇな、ひとつだけ許可してやんよ」

 腹に隠した答えをごまかすように、退屈そうな表情でつぶやき返すのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』

チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。 気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。 「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」 「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」 最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク! 本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった! 「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」 そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく! 神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ! ◆ガチャ転生×最強×スローライフ! 無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

処理中です...