ことみとライ

雨宮大智

文字の大きさ
上 下
4 / 16

自分しか書けない物語

しおりを挟む
「琴美ちゃん、琴美ちゃん」
「書いて……みせ…る、うーん」
「琴美ちゃん、着いたよ」
 麻紀が琴美の体を揺さぶった。
「あれ、ここは、そうか遠足だったんだっけ」

 琴美はどちらが現実か、一瞬分からなくなった。しかし、すぐ遠足の方の現実に戻った。
「あーあ、良く眠った」
 約束のことは鮮明に覚えていたけれど、誰にも話さない方が良いような気がして、琴美は夢のことを口に出さなかった。
「もう、ぐっすり寝ていたよ。つまんなかった」麻紀はふくれた。
「ごめん、ごめん。ゆるして、ねっ」琴美は急いで謝った。
「さ、みんな降りて。ここからは歩くわよ」
 真奈美先生が先導した。琴美たちもバスから降りて、歩きはじめた。麻紀は、いろいろな事を楽しく話しかけてくれるけれど、琴美はうわの空だった。ライとの約束が心に強烈に残っていたのだった。

 ……自分にしか書けない物語を書く。琴美は時々、ノートに空想の物語を書いていた。何も考えずただ感じるままに。その時読んだ本の影響を受けて書くこともあった。だが、ライの願いはそうではない。琴美自身にしか書けない物語を書くこと。それは、琴美の体験を踏まえた物語を書くことなのではないだろうか。そこまで考えた時、急に疑問が浮かんだ。……私って本当は誰なんだろう? 私が私だということは、どういう事なんだろう?

「……ねえ、琴美ちゃん、聞いている?」
「ごめん、ごめん。ちょっとぼうっとしちゃった。ところで、麻紀ちゃん、自分がどうして自分なのかって分かる?」
 突然の問いに、麻紀は少し考え込んだ。
「ずいぶんと哲学的ね」
「テツガクテキ?」
「難しいってことよ」
 麻紀はまだ考えていた。頭のいい麻紀が考えている、やっぱり難しい事なのだろうか。しばらくして、麻紀は口を開いた。
「『自分はどうして、自分なのか』か……。それは多分、自分のことを自分自身が決めているからよ。自分が決めているから、自分なの。分かる?」
「こういう事? 琴美はこういう人間になります、って決めたから、琴美は今の琴美なの?」
「そうとも言えるし、そうとも言えない」
「どっちよ」琴美は吹き出した。
「どこまでが琴美ちゃんか、それを琴美ちゃんが決めているのよ。だから、琴美ちゃんは琴美ちゃんが決めているの」
「わかった! アタマいい、麻紀ちゃん!」
 いい友達を持って良かった。琴美は心から感謝した。そうか、全部自分で決めているんだ。自分が自分であるためには、まず自分が自分の事を考えなければならないんだ。

「話は変わるけど、今日ウチのママがね……」
 麻紀ちゃんが話しはじめたので、今度は琴美が聞き役にまわることにした。
 遠足は、楽しい思い出を残して、あっと言う間に終わった。
家に帰りつくと、琴美は急いで、物語のノートを広げ、書き始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちいさな哲学者

雨宮大智
児童書・童話
ユリはシングルマザー。十才の娘「マイ」と共に、ふたりの世界を組み上げていく。ある時はブランコに乗って。またある時は車の助手席で。ユリには「ちいさな哲学者」のマイが話す言葉が、この世界を生み出してゆくような気さえしてくるのだった⎯⎯。 【旧筆名、多梨枝伸時代の作品】

賢二と宙

雨宮大智
児童書・童話
中学校3年生の宙(そら)は、小学校6年生の弟の賢二と夜空を見上げた⎯⎯。そこにあるのは、未だ星座として認識されていない星たちだった。ふたりの対話が、物語の星座を作り上げてゆく。流れ星を見た賢二はいう。「願い事を三回言うなんて、出来ないよ」兄の宙が答えた。「いつでもそうなれるように、準備しておけってことさ」。 【旧筆名、多梨枝伸時代の作品】

湖の民

影燈
児童書・童話
 沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。  そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。  優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。  だがそんなある日。  里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。  母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――

おねしょゆうれい

ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。 ※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。

魔法使いの弟子カルナック

HAHAH-TeTu
児童書・童話
魔法使いの弟子カルナックの成長記録

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

空の話をしよう

源燕め
児童書・童話
「空の話をしよう」  そう言って、美しい白い羽を持つ羽人(はねひと)は、自分を助けた男の子に、空の話をした。    人は、空を飛ぶために、飛空艇を作り上げた。  生まれながらに羽を持つ羽人と人間の物語がはじまる。  

見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】 「……襲われてる! 助けなきゃ!」  錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。  人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。 「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」  少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。 「……この手紙、私宛てなの?」  少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。  ――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。  新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。 「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」  見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。 《この小説の見どころ》 ①可愛いらしい登場人物 見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎ ②ほのぼのほんわか世界観 可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。 ③時々スパイスきいてます! ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。 ④魅力ある錬成アイテム 錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。 ◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。 ◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 ◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。 ◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

処理中です...