にゃんというイケメン

福守りん

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 スフィンクスがいた。目があった。
 たたかいもしないで、おれを見ている。
 いらっとした。
 そもそも、おれたちは一対一で勝ったんだ。
 倍の数の敵に、もみくちゃにされるすじあいはない。

 おれを叩こうとした猫の顔を、アメショーさんが、するどい爪で引っかいた。
 うぎゃっという悲鳴が聞こえた。
 キジトラさんと、茶トラ猫の兄さんと、白猫の兄さんは、おれとアメショーさんを守るような位置にいて、たたかっていた。
 みんな、強かった。
 黒猫の弟の、ちいさい方が、はちわれを起こそうとして、やっきになっていた。

 たたかいは、はてしなく続いた。
 だんだん、敵も味方も、疲れてきた。
 へろへろの体で、たたかっていた。
 ばかみたいだと思った。
 おれたちは、猫どうしで、いったい、なにをやってるんだろうか?
 みんな、同じ立場だった。捨てられた猫たちだった。
 人間に捨てられなかったら、野良猫になることもなかったのに……。

「もう、やめるんにゃー!」

 おれのさけびが、空気を切りさいた。
 もみあっていた猫たちが、びくっとした。
 にゃーにゃーわめいていた声が、いっせいに聞こえなくなった。
「お前……」
 アメショーさんの声が聞こえた。
 おれは、一歩前に出た。それから、もう一歩。

「境界をこえてきて、らんぼうをするやつらに、言いたいことがある。
 よーく聞けにゃ。
 ここは、おれたちのなわばりにゃ。
 長い間、ずっと守ってきた、大事なところにゃ。
 これ以上、おれたちを苦しめようとするなら、みっちゃんにたのんで、お前らぜんいん『耳かけ』にしてやるにゃ!」
 どよめきがおこった。
「みっちゃんって、誰だ?!」
「『耳かけ』にするだって……。こええんだけど」
「逃げたほうがいいんじゃない? 兄ちゃん」
 敵は、こんらんしていた。
 味方は、落ちついていた。なんでかというと、みんな「耳かけ」だからだと思う。
「てきとうなことを言うな!
 人間が、俺たち猫の言うことなんか、聞くわけないだろ!」
「そうだ!」
「そうだ!」
「みっちゃんは、とくべつなんにゃ。
 みっちゃんには、おれが言ってることが、わかるんにゃ。
 だから、おれの言うことは、なんでも聞いてくれるんにゃ!」
「ほ、ほんとか……?」
「やべーな。みっちゃん……」
「おねだりすれば、いつでも、魚のきりみをくれるんにゃ」
「うらやましい話だな」
「しっ。だまれ」
 あたりは、そうぜんとしていた。にゃーにゃー言う、敵の声だらけだった。

「落ちつきなさい」
 りんとした声が、ひびきわたった。
 敵の猫たちの、奥のほうにいたスフィンクスが、しずしずと歩いてきて、おれの前までやってきた。
「マル。わたしたちも、そなたの隣人として、礼はつくそう。
 これにて、終戦とする。いかがだろうか」
「帰ってくれるんにゃ?」
「そうだ」
「それなら、いいにゃ。さっさと帰れにゃ」
「あいわかった。みなのもの。帰ろう」

 敵の猫たちは、おとなしく自分たちのなわばりに帰っていった。
 びっくりしてしまった。
 空き地には、おれたちだけが残された。

「おわったにゃ」
「みっちゃんに、感謝しないとだな」
 シャムが言った。
「けがはないか」
 キジトラさんが、みんなの様子を見てまわっていた。
「マル。お前は?」
「ぴんぴんしてるにゃ」
「そのようだな。
 負傷したやつはいないか。よかった」
「茶トラが、けがしてるぜ。ひとりだけ」
 シャムが、ばかにしたように言った。
「ち、ちがう! これは、塀にぶつかったんだ!」
「血が出ているな。自分で、なめとっておけ」
「ふあい……」
「公園に帰るぞ」


 公園に戻ると、長老が、心配そうな顔で待っていた。
「無事か」
「はいにゃ。おれたちが、勝ったんにゃ」
「なんと」
 びっくりしたみたいだった。
「マルのおかげだ。こいつがみっちゃんの話をしたら、向こうのボスが、『終戦とする』って」
 シャムが説明してくれた。
「おお……」
 長老が、おれにひれふした。
「やはり、マルは、とくべつな猫だったの」
「そんなことないにゃ」
「食べなさい。はらがへったろう」
 いつものごはんのお皿を、長老の顔がしめした。
 みんなで、少しずつ食べた。
「足りないにゃ……」
「そうだな」
「みっちゃんに、おねだりしてくるにゃ」
「俺も行く」
 シャムが、おれについてくることになった。
「俺も」
 茶トラ猫の兄さんもついてくるらしい。


「マルちゃん。イケメンに囲まれてるね」
 みっちゃんが、おれたちを見て笑った。
「いやあ。それほどでも」
 茶トラ猫の兄さんが、ひとりでてれていた。
「三匹でくるってことは、よっぽど、おなかがすいてるのかな。
 公園に持っていってあげようか」
「ほんとにゃ?」
「待っててね」

 みっちゃんが、玄関からでてきた。
 おれたちといっしょに歩いて、公園まで、ごはんを持ってきてくれた。
「あれっ?」
 アメショーさんがいなくなっていた。
「アメショーさんは?」
「帰った」
 キジトラさんの答えは、そっけなかった。
「せっかく、ごちそうで、おいわいしようと思ったのに……」
 がっかりしてしまった。
「助っ人の礼をしようと思ったんだが。餌の話をしたら、『俺がほしいものは、それじゃない』と言っていた」
「ほしいもの?」
「いずれ、わかることだ」
 さっぱり、わけがわからなかった。

 みっちゃんは、たくさんのごはんを並べると、「またね」と言って、帰っていった。
「食べようぜ。マル」
 シャムに言われて、ごはんを食べることにした。
 おなかいっぱいたべた。
 幸せな気分だった。
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