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2.ビター・チョコレート
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歯をみがいてから、お化粧を落とした。
悟さんは、わたしのそばで待っていてくれた。
寝室に戻った。悟さんが、灯りを消した。
ベッドに上がる。布団を直して、二人でもぐりこんだ。
掛け布団から、悟さんのにおいがした。くんくんかいでいたら、「どうしたの?」と聞かれてしまった。
「あなたの、においをかいでたの」
「くさいってこと?」
「ううん。なつかしいような、におい……」
「そうなんだ」
布団の中で、悟さんが手をのばしてきた。わたしの手を探って、握ってくれる。
「さっき、よろけてたけど。体、つらかった?」
「ううん……。ねぼけてたの」
「そう? 俺には、わからないから。つらい時は、無理しないで、断って」
「うん。わかった」
わたしは、悟さん以外の男の人を知らない。
初めてした時は、すごく痛くて、いっぱい泣いてしまった。悟さんは、困ったような様子で、なぐさめてくれていた。大事にされてるような感じがした。
「俺は、受け入れてもらうばかりで、痛くないから。紗恵ちゃんは、大変だろうなと思うことが多いよ」
「もう、痛くない。……きもち、いい」
「ほんと?」
「うん」
「それなら、よかった」
「悟さん。お兄さんのこと、聞いてもいい?」
「うん」
「どうして、ずっと独身なの? 女の人が、嫌いな人?」
「ちがう……と思う。変わってるんだよ。
この世界にいるのに、いないみたいな……。うまく説明できないな」
「どんな人かな……。わたし、会ってみたい」
「いいよ。いずれは、俺の家族にも会ってもらいたいし。
もちろん、紗恵ちゃんのご家族にも」
「誠さんは、ご両親と同居してるの?」
「俺が就職するまでは、全員一緒にいた。俺と同じ時期に、兄貴も家を出て、今はひとり暮らしをしてる」
「そうなの……」
「兄貴も、映画が好きなんだよ。映画館も好きで。
いろんなジャンルを観てるけど、恋愛ものだけは、納得がいかないって」
「どうして?」
「出会った男女が、結ばれて終わるのがいやなんだって」
「えー……?」
「その後のトラブルとか、結婚するまでと、結婚してからのごたごたする感じが描かれてないって」
「ああ……。悟さんも、そう思うの?」
「まさか。恋愛もの、好きだし」
「そうだよね……」
たしかに、変わってる人みたいだった。
でも、面白いなとも思った。そんなふうに、考えたことがなかったから。
ヒロインが幸せになる、ハッピーエンドの映画を観て、満足する。それでいいと思っていた。
「人生は続くってことが、言いたいのかな?」
「うん。たぶん。
兄貴の親が、離婚する前後に、ずいぶんもめたらしくて。結婚に、いいイメージがないんだって」
「そう……」
だんだん、眠くなってきた。
つないだままの手が、ぽかぽかしてる。あったかった。
「さとるさん」
「うん?」
「チョコ、好き?」
「あー。甘すぎなければ」
「ビターチョコ? カカオが多いチョコ?」
「カカオ80パーセントとかだと、苦いな。ふつうの、ビターチョコ」
「うん。わかった……」
もう、目があかない。目をとじたままで、うなずいた。
* * *
次の日は、わたしの方が先に起きた。
日曜日。ベランダに続く窓の外を、横からめくったカーテンの間から見た。
雨がふってる。雪は、ふってないみたいだった。溶けただけかもしれないけど……。空は、暗かった。
ほんの数センチのすき間から、悟さんが暮らしてる街の景色を見ていた。
わたしも、ここで暮らすことになるのかな……。
朝ごはんを作って、ひとりで食べた。
悟さんの分は、作ったまま置いておいた。
LINEに、紗希ちゃんからメッセージが来ていた。
『さびしー』って。
『ごめんね』と返した。
悟さんは、わたしのそばで待っていてくれた。
寝室に戻った。悟さんが、灯りを消した。
ベッドに上がる。布団を直して、二人でもぐりこんだ。
掛け布団から、悟さんのにおいがした。くんくんかいでいたら、「どうしたの?」と聞かれてしまった。
「あなたの、においをかいでたの」
「くさいってこと?」
「ううん。なつかしいような、におい……」
「そうなんだ」
布団の中で、悟さんが手をのばしてきた。わたしの手を探って、握ってくれる。
「さっき、よろけてたけど。体、つらかった?」
「ううん……。ねぼけてたの」
「そう? 俺には、わからないから。つらい時は、無理しないで、断って」
「うん。わかった」
わたしは、悟さん以外の男の人を知らない。
初めてした時は、すごく痛くて、いっぱい泣いてしまった。悟さんは、困ったような様子で、なぐさめてくれていた。大事にされてるような感じがした。
「俺は、受け入れてもらうばかりで、痛くないから。紗恵ちゃんは、大変だろうなと思うことが多いよ」
「もう、痛くない。……きもち、いい」
「ほんと?」
「うん」
「それなら、よかった」
「悟さん。お兄さんのこと、聞いてもいい?」
「うん」
「どうして、ずっと独身なの? 女の人が、嫌いな人?」
「ちがう……と思う。変わってるんだよ。
この世界にいるのに、いないみたいな……。うまく説明できないな」
「どんな人かな……。わたし、会ってみたい」
「いいよ。いずれは、俺の家族にも会ってもらいたいし。
もちろん、紗恵ちゃんのご家族にも」
「誠さんは、ご両親と同居してるの?」
「俺が就職するまでは、全員一緒にいた。俺と同じ時期に、兄貴も家を出て、今はひとり暮らしをしてる」
「そうなの……」
「兄貴も、映画が好きなんだよ。映画館も好きで。
いろんなジャンルを観てるけど、恋愛ものだけは、納得がいかないって」
「どうして?」
「出会った男女が、結ばれて終わるのがいやなんだって」
「えー……?」
「その後のトラブルとか、結婚するまでと、結婚してからのごたごたする感じが描かれてないって」
「ああ……。悟さんも、そう思うの?」
「まさか。恋愛もの、好きだし」
「そうだよね……」
たしかに、変わってる人みたいだった。
でも、面白いなとも思った。そんなふうに、考えたことがなかったから。
ヒロインが幸せになる、ハッピーエンドの映画を観て、満足する。それでいいと思っていた。
「人生は続くってことが、言いたいのかな?」
「うん。たぶん。
兄貴の親が、離婚する前後に、ずいぶんもめたらしくて。結婚に、いいイメージがないんだって」
「そう……」
だんだん、眠くなってきた。
つないだままの手が、ぽかぽかしてる。あったかった。
「さとるさん」
「うん?」
「チョコ、好き?」
「あー。甘すぎなければ」
「ビターチョコ? カカオが多いチョコ?」
「カカオ80パーセントとかだと、苦いな。ふつうの、ビターチョコ」
「うん。わかった……」
もう、目があかない。目をとじたままで、うなずいた。
* * *
次の日は、わたしの方が先に起きた。
日曜日。ベランダに続く窓の外を、横からめくったカーテンの間から見た。
雨がふってる。雪は、ふってないみたいだった。溶けただけかもしれないけど……。空は、暗かった。
ほんの数センチのすき間から、悟さんが暮らしてる街の景色を見ていた。
わたしも、ここで暮らすことになるのかな……。
朝ごはんを作って、ひとりで食べた。
悟さんの分は、作ったまま置いておいた。
LINEに、紗希ちゃんからメッセージが来ていた。
『さびしー』って。
『ごめんね』と返した。
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