ダブル・デート

福守りん

文字の大きさ
上 下
2 / 7
1.ダブル・デート

しおりを挟む
 アパートの鍵をかけて、外に出た。
 エアコンがきいていた部屋とは違って、すごく暑かった。白い帽子を、深くかぶり直した。
 途中で、いつものスーパーに寄った。てきとうに食材を買った。
 猫の柄のエコバッグから、ネギの先が飛びでている。少し歩いて、バス停でバスを待った。

 家を出てから、四十分くらいで着いた。もう何度も通っているから、迷ったりはしない。
 白い壁と、薄いオレンジ色の屋根。わたしたちのアパートよりもずっと家賃が高そうな、メゾネットタイプの部屋だ。
 チャイムを押すと、すぐにドアが開いた。
さとるさん。こんにちは」
「紗恵ちゃん。どうしたの?」
「べつに。どうしてるかなって、思っただけ」
「紗希とデートしてから、まっすぐ帰ってきたよ」
 玄関に入ると、急に涼しくなった。全身にかいた汗が、ひやっとしたなにかに変わっていく。
「暑かった? 顔が真っ赤だ」
「うん。あつかった」
 額に感じる汗を、指先で拭った。
 紗希ちゃんと違って、わたしにはお化粧をする習慣がない。精密機械の部品を作る工場で働いているから、仕事中は頭にキャップをつけるし、マスクも外せない。仕事が終わってから、女子更衣室にある横長の鏡の前で、お化粧をしてから帰る人が多い。でも、わたしはしない。
 お化粧をしないままで帰ろうとすると、男の人に愛されるためにはメイクをしないといけないと言ってくる人がいる。男の人のためにしないといけないらしい。女の子なんだからとか、メイクするのは楽しいとか言ってくる人もいる。余計なお世話だと思う。
 そういう人たちには、そういう人たちの考えがあるのだろう。だけど、わたしにも、わたしの考えがあった。
 本当に必要だと思ったり、したいと思うまでは、しない。気弱に見られることが多いけれど、実はわたしは、そうとう頑固だ。

「冷蔵庫、借りていい?」
「いいよ」
 フローリングの床に屈みこむと、少しくらっとした。ふらつくわたしのすぐ近くで、悟さんが中腰になった。
「大丈夫?」
「う、うん。夕ごはん、食べた?」
「まだ」
 ネギやお肉を冷蔵庫に入れた。手を引かれて、広い部屋に向かう。
 わたしにソファーを勧めて、悟さんはわたしの足元の床にあぐらをかいて座った。
 真剣な顔をしていた。
「どうしたの……?」
「もう、紗希とは別れようと思ってる」
「……えっ」
「紗恵ちゃんに頼まれたから、続けてきたけど。もともと、俺が告白したのは紗恵ちゃんで、紗恵ちゃんが俺とつき合ってたのに。
 どうして紗希とつき合ってほしいなんて、俺に言ったの?」
「それは……。紗希ちゃんに、言ってなかったから。あなたと……あの、つき合ってるって」
「今からでも言ってほしい。難しい?」
「うん……。わたし、知らなかったの。紗希ちゃんが、あなたを好きだったって。
 あなたに告白された時に、わたし、すごく嬉しかった。そういうことを、人から、言われたことがなかったから。でも……。好きだったから、つき合ったんじゃなくて、ただ嬉しかったから、つき合ったのかも……しれない」
「それで? そのことと、俺が紗希とつき合うことと、何の関係があるの?」
「それは、だって……。紗希ちゃんの方が、あなたを好きな気がしたの。だから、あなたも……」
「俺は、紗恵ちゃんを嫌いになったりはしないよ。むしろ、前よりも好きになった」
「え、えぇ?」
「自分の気持ちを正直に話してくれる。誠実な人だと思ってる」
「うーん? そうかなあ? わたし、ひどい女だよ」
「それは認めるけど」
 そうだ。ひどい女だ。お化粧もしないで、部屋着のようなノースリーブのワンピースで、なんの約束もせずに、ふらっと来たりする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

片思い台本作品集(二人用声劇台本)

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
今まで投稿した事のある一人用の声劇台本を二人用に書き直してみました。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。タイトル変更も禁止です。 ※こちらの作品は男女入れ替えNGとなりますのでご注意ください。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

処理中です...