7 / 28
1.異世界から飛ばされてきたのでいす
いせとば、ミエちゃんと出会う(7)
しおりを挟む
お茶とお菓子を出してあげようと思って、キッチンに行った。
「麦茶で、ええかな……。あと、ビスケット」
お盆にのせて戻ると、伊勢くんが困ったような顔をしていた。
「どしたん?」
「寝てもうとる」
伊勢くんにもたれかかるようにして、ミエちゃんが寝息を立てていた。
「ほんまやね。そうっと、寝かせたげて」
「起きへんかな」
リビングのラグマットの上に、ミエちゃんを寝かせてあげた。
大きなまぶたに、長いまつげがびっしり生えている。きれいな寝顔だった。
「かわいいなあ」
思わず、口からもれた。
「せやな」
「お人形さんみたい。見て? ほっぺ、ぷくぷく」
「おれ、アイドルとか、まったく興味なかってん。けど、こう……ミエちゃんを見とると、人が人を推す気持ちが、ひしひしとわかるわ」
「わかる! かわいいよねえー」
「あっ、でもな。おれは、鳥羽ちゃん推しなんは、変わらんから」
「あたし推し? それは、わからんかったわ」
「けっこー、ぐいぐい行っとったと思うんやけどなー」
「初めのころは、あんまし話さんかったやない。伊勢くんと同じクラスになったの、二年の時やったし」
「おれは、一年の時から知っとったよ。鳥羽ちゃんのこと」
「え、そうなん?」
「美化委員で、花壇の世話しとったやろ。かわいい子おるなーって、教室から見とった」
「こわっ」
「なんでや」
「話しかけてきたら、ええのに。じーっと、見てたん?」
「見とったな。中学の時に、ええなーと思うてた子がおったんや。でもな、いざ話しかけてみたら、なんか、思うてたのとちゃうかったことがあって。
遠くから見とる方が、気楽やったんかもわからんな」
「ふうん……。お布団、用意するわ」
「手伝わして」
「ありがとー」
「どこにあるん?」
「二階の押し入れ。あたしの部屋で寝てもらおうと思うとったんやけど……。もう、寝てもうてるし。今日は、リビングでええかな」
踊り場のない、まっすぐな階段を上がっていく。布団が入ってる押し入れは、廊下から開けられるところにある。
押し入れの扉の前まで行って、伊勢くんに声をかけようとした時だった。ふわっと、後ろからハグをされた。
「……伊勢くん?」
そんなに強い力じゃなかった。でも、たしかに、あたしを抱きかかえている。
「美夏ちゃん、おるよ」
「うん。ハグしたかってん」
なにか言う前に、ぱっと体が離れた。
「どきどきした」
「おれも」
「あのねえ……」
「あかんかった?」
「ううん」
「えーっと。布団は?」
「ここ」
下ろした布団にミエちゃんを移動させた。リビングを暗くする。
あたしがキッチンに行くと、伊勢くんがついてきた。
「鳥羽ちゃんの部屋、行ってもええかな」
「うん。お茶持ってくわ」
二人とも、ひそひそと小声で話した。
あたしの部屋に入ってもらった。
お盆を丸い座卓に置いて、押し入れから座布団を持ってきた。
「座ってええよ」
「ありがとう」
麦茶の入ったコップを、伊勢くんに渡した。あたしも取って、ぐーっと飲んだ。
「神奈川のこと。知らんかった」
「あ……うん。あんまし、こまかいこというても、しゃあないかなって」
「べつに、ええんやけどな。おれな……。鳥羽ちゃんは三重育ちなんやって、勝手に決めつけとったかもしれん」
「気にせんとって。神奈川は六年、三重は十二年よ」
「うーん……。けどな。向こうに友だちとか、おったやろ?」
「おったけど……。こどもやったから。母さんが三重に戻りたいて思うたんやから、ついていかんとって、思うたよね」
「お姉さんは?」
「美夏ちゃんは、すごく喜んどったよ。
あたしも……なんやろ。そこまで嫌やとは、思わんかったかな。
お盆とお正月には、こっちへ帰っとったから。ぜんぜん知らない場所とは、思うてなかったし……。おばあちゃんのこと、大好きやったしね。いろんな事情があったんやろうけど、いちばん大きな理由は、おばあちゃんが病気になってしもうたからやと思うんよ。
それより、ミエちゃんのことを話した方がええんやない?」
「せやな」
「ほんまに、異世界から飛んできたんかな。どう思う?」
「おれは思うとるよ」
「そお……」
「鳥羽ちゃんは?」
「あたし? 半々……やね。日本へ旅行に来た人たちの、こどもかもしれんよ。迷子になってもうて、ショックで、言葉もわからんようになって……」
「ミエちゃん、日本語わかるやんか。他の言葉がわからんくなっとるとして、日本語がわかる理由は?」
「そしたら、もともと日本に住んどる人たちの、こども?」
「そやったとしたら、知らんことが多すぎると思うで」
「たしかに。シャワーも知らんかったわ」
「車を見て『鉄のイノシシ』は、ないやろ……。どの国で育ったとしても、車くらいは知っとるはずや。秘境とか、人類未到の地にでも住んどったんかな?」
「それって……。こことは別の世界なんかなって、思うてしまうよね」
「せやな。鳥羽ちゃんは、なんかある? 他に、気になること」
「あたし? いろいろ、あるけどね……。
そもそも、ミエちゃんは何才なん? 本人にも、わからんらしいけど」
「それやな。正直、話してるかぎりでは、大人でもおかしないゆうか……」
「謎やね」
「謎やな」
伊勢くんと一階に下りて、美夏ちゃんの部屋に行った。
「美夏ちゃん。少し、時間ある?」
「ええよ。開けて」
襖を開けて、伊勢くんを先にして和室に入った。
「すいません。お仕事中に」
「大丈夫よ」
美夏ちゃんが仕事の手を止める。あたしたちに向かって座り直した。
伊勢くんが座るのを待って、あたしも横に座った。
「ミエちゃんの話?」
「うん。ミエちゃんをどうしてあげたらいいのか、わからないの」
「やろうね。私にも、わからんからね」
「えー……」
「こうしよか。明日、私が交番に行って、『伊勢で、こういう女の子を見かけました』って、話してくるわ」
「えっ?」
「連絡先を伝えておいたら、ミエちゃんの親から連絡がくるんちゃう? 探してくれていれば……やけどね」
「美夏ちゃんも、ミエちゃんは別の世界から来たって、思うん?」
「どうやろね……。そうかも、とは思うよ。
日本語は上手やから、ここで暮らすことはできるやろうけど。本当は、どこで生まれたんやろうね。ただの迷子という感じは、せえへんね」
「そっか……」
「交番に預けてしまったら、たぶん、二度と会えへんやろうね……。ミエちゃんの話が本当なら、誰も、彼女を迎えにはこうへんよ」
「うーん」
「それは、困りますね」
「ミエちゃんは、私のいとこの子ってことにしよう。近所の人には、それで通すわ。
警察には、ミエちゃんと伊勢で見た子が似ていたから、気になっとるとでも話せば、そうおかしくは聞こえんと思う」
「美夏ちゃん。それ、伊勢くんが参宮案内所の人に言うたのと、まったく同じ……」
「あらら」
「気が合いますね」
「思考回路が似とるんやろうね」
美夏ちゃんがにこっと笑って、伊勢くんも笑い返した。あたしだけが、なんだか、内心はらはらしていた。
「すいません。おれ、そろそろ帰らんと」
「そうやね。気をつけて帰るんよ」
「はい」
「あたし、そこまで送ってくる」
「ええて。逆に心配なるわ。またな。鳥羽ちゃん」
「あ、うん……」
「車で送ろうか?」
「まだ、バスあるんで。ありがとうございます」
「またね」
「うん。ごはん、ごちそうさまー」
「麦茶で、ええかな……。あと、ビスケット」
お盆にのせて戻ると、伊勢くんが困ったような顔をしていた。
「どしたん?」
「寝てもうとる」
伊勢くんにもたれかかるようにして、ミエちゃんが寝息を立てていた。
「ほんまやね。そうっと、寝かせたげて」
「起きへんかな」
リビングのラグマットの上に、ミエちゃんを寝かせてあげた。
大きなまぶたに、長いまつげがびっしり生えている。きれいな寝顔だった。
「かわいいなあ」
思わず、口からもれた。
「せやな」
「お人形さんみたい。見て? ほっぺ、ぷくぷく」
「おれ、アイドルとか、まったく興味なかってん。けど、こう……ミエちゃんを見とると、人が人を推す気持ちが、ひしひしとわかるわ」
「わかる! かわいいよねえー」
「あっ、でもな。おれは、鳥羽ちゃん推しなんは、変わらんから」
「あたし推し? それは、わからんかったわ」
「けっこー、ぐいぐい行っとったと思うんやけどなー」
「初めのころは、あんまし話さんかったやない。伊勢くんと同じクラスになったの、二年の時やったし」
「おれは、一年の時から知っとったよ。鳥羽ちゃんのこと」
「え、そうなん?」
「美化委員で、花壇の世話しとったやろ。かわいい子おるなーって、教室から見とった」
「こわっ」
「なんでや」
「話しかけてきたら、ええのに。じーっと、見てたん?」
「見とったな。中学の時に、ええなーと思うてた子がおったんや。でもな、いざ話しかけてみたら、なんか、思うてたのとちゃうかったことがあって。
遠くから見とる方が、気楽やったんかもわからんな」
「ふうん……。お布団、用意するわ」
「手伝わして」
「ありがとー」
「どこにあるん?」
「二階の押し入れ。あたしの部屋で寝てもらおうと思うとったんやけど……。もう、寝てもうてるし。今日は、リビングでええかな」
踊り場のない、まっすぐな階段を上がっていく。布団が入ってる押し入れは、廊下から開けられるところにある。
押し入れの扉の前まで行って、伊勢くんに声をかけようとした時だった。ふわっと、後ろからハグをされた。
「……伊勢くん?」
そんなに強い力じゃなかった。でも、たしかに、あたしを抱きかかえている。
「美夏ちゃん、おるよ」
「うん。ハグしたかってん」
なにか言う前に、ぱっと体が離れた。
「どきどきした」
「おれも」
「あのねえ……」
「あかんかった?」
「ううん」
「えーっと。布団は?」
「ここ」
下ろした布団にミエちゃんを移動させた。リビングを暗くする。
あたしがキッチンに行くと、伊勢くんがついてきた。
「鳥羽ちゃんの部屋、行ってもええかな」
「うん。お茶持ってくわ」
二人とも、ひそひそと小声で話した。
あたしの部屋に入ってもらった。
お盆を丸い座卓に置いて、押し入れから座布団を持ってきた。
「座ってええよ」
「ありがとう」
麦茶の入ったコップを、伊勢くんに渡した。あたしも取って、ぐーっと飲んだ。
「神奈川のこと。知らんかった」
「あ……うん。あんまし、こまかいこというても、しゃあないかなって」
「べつに、ええんやけどな。おれな……。鳥羽ちゃんは三重育ちなんやって、勝手に決めつけとったかもしれん」
「気にせんとって。神奈川は六年、三重は十二年よ」
「うーん……。けどな。向こうに友だちとか、おったやろ?」
「おったけど……。こどもやったから。母さんが三重に戻りたいて思うたんやから、ついていかんとって、思うたよね」
「お姉さんは?」
「美夏ちゃんは、すごく喜んどったよ。
あたしも……なんやろ。そこまで嫌やとは、思わんかったかな。
お盆とお正月には、こっちへ帰っとったから。ぜんぜん知らない場所とは、思うてなかったし……。おばあちゃんのこと、大好きやったしね。いろんな事情があったんやろうけど、いちばん大きな理由は、おばあちゃんが病気になってしもうたからやと思うんよ。
それより、ミエちゃんのことを話した方がええんやない?」
「せやな」
「ほんまに、異世界から飛んできたんかな。どう思う?」
「おれは思うとるよ」
「そお……」
「鳥羽ちゃんは?」
「あたし? 半々……やね。日本へ旅行に来た人たちの、こどもかもしれんよ。迷子になってもうて、ショックで、言葉もわからんようになって……」
「ミエちゃん、日本語わかるやんか。他の言葉がわからんくなっとるとして、日本語がわかる理由は?」
「そしたら、もともと日本に住んどる人たちの、こども?」
「そやったとしたら、知らんことが多すぎると思うで」
「たしかに。シャワーも知らんかったわ」
「車を見て『鉄のイノシシ』は、ないやろ……。どの国で育ったとしても、車くらいは知っとるはずや。秘境とか、人類未到の地にでも住んどったんかな?」
「それって……。こことは別の世界なんかなって、思うてしまうよね」
「せやな。鳥羽ちゃんは、なんかある? 他に、気になること」
「あたし? いろいろ、あるけどね……。
そもそも、ミエちゃんは何才なん? 本人にも、わからんらしいけど」
「それやな。正直、話してるかぎりでは、大人でもおかしないゆうか……」
「謎やね」
「謎やな」
伊勢くんと一階に下りて、美夏ちゃんの部屋に行った。
「美夏ちゃん。少し、時間ある?」
「ええよ。開けて」
襖を開けて、伊勢くんを先にして和室に入った。
「すいません。お仕事中に」
「大丈夫よ」
美夏ちゃんが仕事の手を止める。あたしたちに向かって座り直した。
伊勢くんが座るのを待って、あたしも横に座った。
「ミエちゃんの話?」
「うん。ミエちゃんをどうしてあげたらいいのか、わからないの」
「やろうね。私にも、わからんからね」
「えー……」
「こうしよか。明日、私が交番に行って、『伊勢で、こういう女の子を見かけました』って、話してくるわ」
「えっ?」
「連絡先を伝えておいたら、ミエちゃんの親から連絡がくるんちゃう? 探してくれていれば……やけどね」
「美夏ちゃんも、ミエちゃんは別の世界から来たって、思うん?」
「どうやろね……。そうかも、とは思うよ。
日本語は上手やから、ここで暮らすことはできるやろうけど。本当は、どこで生まれたんやろうね。ただの迷子という感じは、せえへんね」
「そっか……」
「交番に預けてしまったら、たぶん、二度と会えへんやろうね……。ミエちゃんの話が本当なら、誰も、彼女を迎えにはこうへんよ」
「うーん」
「それは、困りますね」
「ミエちゃんは、私のいとこの子ってことにしよう。近所の人には、それで通すわ。
警察には、ミエちゃんと伊勢で見た子が似ていたから、気になっとるとでも話せば、そうおかしくは聞こえんと思う」
「美夏ちゃん。それ、伊勢くんが参宮案内所の人に言うたのと、まったく同じ……」
「あらら」
「気が合いますね」
「思考回路が似とるんやろうね」
美夏ちゃんがにこっと笑って、伊勢くんも笑い返した。あたしだけが、なんだか、内心はらはらしていた。
「すいません。おれ、そろそろ帰らんと」
「そうやね。気をつけて帰るんよ」
「はい」
「あたし、そこまで送ってくる」
「ええて。逆に心配なるわ。またな。鳥羽ちゃん」
「あ、うん……」
「車で送ろうか?」
「まだ、バスあるんで。ありがとうございます」
「またね」
「うん。ごはん、ごちそうさまー」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
サフォネリアの咲く頃
水星直己
ファンタジー
物語の舞台は、大陸ができたばかりの古の時代。
人と人ではないものたちが存在する世界。
若い旅の剣士が出逢ったのは、赤い髪と瞳を持つ『天使』。
それは天使にあるまじき災いの色だった…。
※ 一般的なファンタジーの世界に独自要素を追加した世界観です。PG-12推奨。若干R-15も?
※pixivにも同時掲載中。作品に関するイラストもそちらで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/50469933
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる