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四章 幻の龍を追って
☆【2】宝花楼
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「手紙を読んだよ」
ろくに前置きもせずに切り出す。
「龍の住処を知っている人が見つかったわ」
「そもそも、龍って何なんだろう?」
「呆れた。あなたは、龍を探しに行くのでしょう?」
「子供の頃に龍を見たんだ。忘れられない姿だった」
「おれの目は日に日に霞んでゆく」
「これは何本?」
宝花楼はほっそりとした右手の人差し指と中指を揃えて立てて見せた。
「バカにするなよ」
「本当に見えているの?」
間を置かず、呆れたような声が返ってくる。
「二本。間違いないよ」
「……どうかしらねえ」
云ってから、宝花楼は手元の灯りをふっと吹き消した。
「ありがとう。それだけの光でも、おれには眩しくてしょうがないんだ」
ほっとしたように息を吐く。
「君がくれた薬がなければ、今頃は完全に光を失っていただろうな」
「あの薬は、私が作ったものじゃないわ」
「えっ?」
「先ほどお見えになった方が、この塔へ昇ってからすぐに調合されたの。その残りをこっそり頂いて、あなたに贈っていただけ。あなたの目に効くかどうか、本当は自信がなかったのよねえ。でも、あの方の薬なら、きっと効くだろうとも思っていたわ」
「あの子は君の弟子なんじゃないのか? 君の云い方だと、まるで、あの子の方が君より位が上のように聞こえるぜ」
「その通りよ」
「……あの子は一体何者だ?」
「知らないわ」
「とぼけるなよ」
「いいえ。誰も知らないのよ。私のように、まだ年若い者たちはね」
「あの子の方が、君より年下だろう?」
「降魔師の年は、見た目通りとは限らないわよ」
「そうなのか?」
「若さを保つ術があるのよ。あの方ほどの力があれば、容易いことだと思うわ」
「ここは、なんだか重苦しいな」
「澱のようなものが積もって、どっさりと溜まっているのよ。歴史という名前の、ね……」
宝花楼は暗がりの中で笑ったようだった。
「埃みたいなものかな? たまには換気が必要だと思うな。おれはね」
「そうねえ……」
「あなたは、誰かに封印を施されている気がするわ」
「誰に? いつ?」
「分からない。でも降魔の力だわ。暖かい、優しい力があなたの中の何かを封じ込めている。力を? ……いえ、違うわ。記憶のような気がする」
「君の恋はどうなったの?」
「……」
「手紙に書いてあったのは、龍のことだけじゃなかった」
「いくら想っても、届かないことってあるんだわ。私が愛する人には、他に想う人がいるみたい」
「もったいない話だな」
「あなたの方こそ、どうなの」
「おれは何も」
捺夏のところに戻る
「ごめん。泊まることになった」
「ちょっと、叉雷ってば」
「明日、日の出る頃に戻って来てくれ」
叉雷は捺夏の目の前で扉をバタンと閉じた。
「おれは?!」
捺夏の手が、叉雷の閉じた扉を開け放つ。
「宿に泊まるといいんじゃないかな」
「おー叉雷! お前は何という薄情者」
「何とでも」
「あー、宝花楼様といちゃいちゃしようっての? おれが郁と離れたばかりだって知ってて、よくそういうことが出来るよな」
「村に帰ってくれても構わないよ」
叉雷の声音は生真面目だ。捺夏はぷーと頬を膨らませ、それから頬を元に戻して首を振った。
「だめだね。おれがいなかったら、絽々もいないんだぜ。歩いて行こうっての?」
「先生のところで希望者を募れば、いくらでも――」
「分かってるよ! でも、おれはお前と離れたくないんだ」
「……捺夏?」
「たぶん、おれが叉雷とお気楽な旅に出られるのは、これが最後になると思うよ。おれだって、もう立派な大人にならなくちゃいけない年頃なんだ。だから」
「分かった。おれだって、お前がいてくれた方が心強いよ」
「じゃあ、明日の朝ね」
ろくに前置きもせずに切り出す。
「龍の住処を知っている人が見つかったわ」
「そもそも、龍って何なんだろう?」
「呆れた。あなたは、龍を探しに行くのでしょう?」
「子供の頃に龍を見たんだ。忘れられない姿だった」
「おれの目は日に日に霞んでゆく」
「これは何本?」
宝花楼はほっそりとした右手の人差し指と中指を揃えて立てて見せた。
「バカにするなよ」
「本当に見えているの?」
間を置かず、呆れたような声が返ってくる。
「二本。間違いないよ」
「……どうかしらねえ」
云ってから、宝花楼は手元の灯りをふっと吹き消した。
「ありがとう。それだけの光でも、おれには眩しくてしょうがないんだ」
ほっとしたように息を吐く。
「君がくれた薬がなければ、今頃は完全に光を失っていただろうな」
「あの薬は、私が作ったものじゃないわ」
「えっ?」
「先ほどお見えになった方が、この塔へ昇ってからすぐに調合されたの。その残りをこっそり頂いて、あなたに贈っていただけ。あなたの目に効くかどうか、本当は自信がなかったのよねえ。でも、あの方の薬なら、きっと効くだろうとも思っていたわ」
「あの子は君の弟子なんじゃないのか? 君の云い方だと、まるで、あの子の方が君より位が上のように聞こえるぜ」
「その通りよ」
「……あの子は一体何者だ?」
「知らないわ」
「とぼけるなよ」
「いいえ。誰も知らないのよ。私のように、まだ年若い者たちはね」
「あの子の方が、君より年下だろう?」
「降魔師の年は、見た目通りとは限らないわよ」
「そうなのか?」
「若さを保つ術があるのよ。あの方ほどの力があれば、容易いことだと思うわ」
「ここは、なんだか重苦しいな」
「澱のようなものが積もって、どっさりと溜まっているのよ。歴史という名前の、ね……」
宝花楼は暗がりの中で笑ったようだった。
「埃みたいなものかな? たまには換気が必要だと思うな。おれはね」
「そうねえ……」
「あなたは、誰かに封印を施されている気がするわ」
「誰に? いつ?」
「分からない。でも降魔の力だわ。暖かい、優しい力があなたの中の何かを封じ込めている。力を? ……いえ、違うわ。記憶のような気がする」
「君の恋はどうなったの?」
「……」
「手紙に書いてあったのは、龍のことだけじゃなかった」
「いくら想っても、届かないことってあるんだわ。私が愛する人には、他に想う人がいるみたい」
「もったいない話だな」
「あなたの方こそ、どうなの」
「おれは何も」
捺夏のところに戻る
「ごめん。泊まることになった」
「ちょっと、叉雷ってば」
「明日、日の出る頃に戻って来てくれ」
叉雷は捺夏の目の前で扉をバタンと閉じた。
「おれは?!」
捺夏の手が、叉雷の閉じた扉を開け放つ。
「宿に泊まるといいんじゃないかな」
「おー叉雷! お前は何という薄情者」
「何とでも」
「あー、宝花楼様といちゃいちゃしようっての? おれが郁と離れたばかりだって知ってて、よくそういうことが出来るよな」
「村に帰ってくれても構わないよ」
叉雷の声音は生真面目だ。捺夏はぷーと頬を膨らませ、それから頬を元に戻して首を振った。
「だめだね。おれがいなかったら、絽々もいないんだぜ。歩いて行こうっての?」
「先生のところで希望者を募れば、いくらでも――」
「分かってるよ! でも、おれはお前と離れたくないんだ」
「……捺夏?」
「たぶん、おれが叉雷とお気楽な旅に出られるのは、これが最後になると思うよ。おれだって、もう立派な大人にならなくちゃいけない年頃なんだ。だから」
「分かった。おれだって、お前がいてくれた方が心強いよ」
「じゃあ、明日の朝ね」
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