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三章 彩流泰籠帝国
☆【2】覚醒
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「目が覚めたかい?」
少女は別人に変わり果てていた。幼いばかりだった顔つきに凛とした気配が加わり、おどおどとした態度は消え失せ、貴人のような風格さえ漂わせて泰然と佇んでいる。虹色の瞳は賢者の眼差しをしていた。
これらはまさしく劇的な変貌であったが、少女の目覚めは瞬く間に訪れ、しかも、覚醒の後では全く揺らぐ様子がなかった。
「紀鳳」
「ありがとう。約束を守ってくれたのね」
「当然だろ?」
少年が肯く。彼は、少女が得た新たな姿に大層満足気である。
「あんたはやっぱり、そうして、凪の海みたいに澄んだ目をしているのが一番似合うな」
「なぜ今なの?」
少女は紀鳳の頬に手を伸ばした。滑らかな肌を撫でてやると、紀鳳はうっとりした顔で応えを返した。
「七歳なら、ちょうど塔に昇れる年だ」
「……あきれた。人の学校に犬が入るようなものよ。私の力は降魔とは真逆でしょうに」
「そうだな。今さらその身に降ろさなくても、あんたはもともと魔そのものだ」
「でも――そうね、塔へ行くわ。この体に、もう一度降魔の技を刻みつけなければ」
「よし。そうと決まれば、善は急げだ。今すぐ届けを出しておくよ」
紀鳳が人差し指をくるりと回す。
「これでよしと。夕凰の奴、あんたが目覚めたと知って大喜びしてるよ。他の奴らも大騒ぎしてる」
「ありがとう。でも、塔に昇ってしまったら、簡単には外へ出られなくなるわね」
「平気さ。神官どもの結界なんか、おれがいつでも破ってやる。忘れないでくれよ。あんたは、おれたちの守護下にあるんだ。何も心配する必要なんかないさ。
そうだ。神官の結界の内側に、おれたちの結界を張ってやろうか? そうすれば、あんたの気配を絶つことが出来るもんな。あんたが少し手加減してやれば、あんたが人でないことは誰にも見破れないだろう。都の中心で機を待てばいいのさ。
それに、あんたはいずれ必ずその力を使う必要に迫られる。その後は、生ける神のように崇められること間違いなしだぜ」
「あまり目立っては困るのだけど」
「いい顔だね。可愛いよ」
「この姿は私が決めた訳ではないわ」
「おれたちも色んな姿に変化するけど、あんたみたいに、何もない暗闇から、生身の赤子を作り出すような術は使えない。やっぱりあんたは凄いな」
「お陰で、誰か親切な人に拾われるしか、生きる道がないのだけれど……。それでも、私と何の関わりもない人に勝手に取り憑いたりするのは嫌だから、こんな方法を選ぶしかなかったのよ」
「それで正解だろ。しかしあんたは、おれが助けてやらなきゃ、すぐにでも死にそうな扱いを受けていたみたいだな」
「仕方がないわ。この年まで育てて下さっただけでも有り難いことよ。私がしてしまったことに比べればね」
「あんたは、まだ自分を責めているのかい」
紀鳳は声を上げて笑った。
「見ろ。この美しい空を。透き通る海も、魚が跳ねる川も、緑の森も、みんなあんたが蘇らせてくれたんだぜ」
「けれど、その前に在った全てを壊したわ」
「それでもさ。おれたちは、あんたの存在にどれだけ励まされたか分からないよ。
おれたちの姿は、心清くあろうとする者にしか見えない。あれほど長い間、あいつらを護り続けてやってきたのに、いつの間にか神々を視る力さえ失ったあいつらに、この星ごと壊されそうになっちまうなんて、随分と皮肉な話じゃないか。
あんたが生まれる前のおれたちの嘆きの声を、今のあんたに聞かせてやりたいもんだよ」
「……有り難う。紀鳳は優しいのね」
「よせよ」
紀鳳は真っ赤になっている。
「そうだ。新しい名前をつけさせてくれよ」
「今度は……」
「うん。千鶴だ」
「また鳥の名前?」
「いいじゃないか。あんたにぴったりだよ」
「いいわ。私は千鶴」
ぴしり。何か堅いものに亀裂が走るような音が二、三度鳴った。同時に、千鶴の手のひらの上に小さな笛が現れる。金色に光る笛には、両翼を広げた鳥の姿が彫られていた。
「さっそく来たな」
紀鳳は生意気そうな顔で笑う。
「また始まるのね」
千鶴はごく小さな声で呟いた。
「今度こそ一匹残らず狩ってやるさ。人間になりすまして、この星ででかい顔をしている奴らをな」
「そうね。それには、あなたたちの力が必要だわ」
「うひゃー。畏れ多いな。分かってるよ」
少女は別人に変わり果てていた。幼いばかりだった顔つきに凛とした気配が加わり、おどおどとした態度は消え失せ、貴人のような風格さえ漂わせて泰然と佇んでいる。虹色の瞳は賢者の眼差しをしていた。
これらはまさしく劇的な変貌であったが、少女の目覚めは瞬く間に訪れ、しかも、覚醒の後では全く揺らぐ様子がなかった。
「紀鳳」
「ありがとう。約束を守ってくれたのね」
「当然だろ?」
少年が肯く。彼は、少女が得た新たな姿に大層満足気である。
「あんたはやっぱり、そうして、凪の海みたいに澄んだ目をしているのが一番似合うな」
「なぜ今なの?」
少女は紀鳳の頬に手を伸ばした。滑らかな肌を撫でてやると、紀鳳はうっとりした顔で応えを返した。
「七歳なら、ちょうど塔に昇れる年だ」
「……あきれた。人の学校に犬が入るようなものよ。私の力は降魔とは真逆でしょうに」
「そうだな。今さらその身に降ろさなくても、あんたはもともと魔そのものだ」
「でも――そうね、塔へ行くわ。この体に、もう一度降魔の技を刻みつけなければ」
「よし。そうと決まれば、善は急げだ。今すぐ届けを出しておくよ」
紀鳳が人差し指をくるりと回す。
「これでよしと。夕凰の奴、あんたが目覚めたと知って大喜びしてるよ。他の奴らも大騒ぎしてる」
「ありがとう。でも、塔に昇ってしまったら、簡単には外へ出られなくなるわね」
「平気さ。神官どもの結界なんか、おれがいつでも破ってやる。忘れないでくれよ。あんたは、おれたちの守護下にあるんだ。何も心配する必要なんかないさ。
そうだ。神官の結界の内側に、おれたちの結界を張ってやろうか? そうすれば、あんたの気配を絶つことが出来るもんな。あんたが少し手加減してやれば、あんたが人でないことは誰にも見破れないだろう。都の中心で機を待てばいいのさ。
それに、あんたはいずれ必ずその力を使う必要に迫られる。その後は、生ける神のように崇められること間違いなしだぜ」
「あまり目立っては困るのだけど」
「いい顔だね。可愛いよ」
「この姿は私が決めた訳ではないわ」
「おれたちも色んな姿に変化するけど、あんたみたいに、何もない暗闇から、生身の赤子を作り出すような術は使えない。やっぱりあんたは凄いな」
「お陰で、誰か親切な人に拾われるしか、生きる道がないのだけれど……。それでも、私と何の関わりもない人に勝手に取り憑いたりするのは嫌だから、こんな方法を選ぶしかなかったのよ」
「それで正解だろ。しかしあんたは、おれが助けてやらなきゃ、すぐにでも死にそうな扱いを受けていたみたいだな」
「仕方がないわ。この年まで育てて下さっただけでも有り難いことよ。私がしてしまったことに比べればね」
「あんたは、まだ自分を責めているのかい」
紀鳳は声を上げて笑った。
「見ろ。この美しい空を。透き通る海も、魚が跳ねる川も、緑の森も、みんなあんたが蘇らせてくれたんだぜ」
「けれど、その前に在った全てを壊したわ」
「それでもさ。おれたちは、あんたの存在にどれだけ励まされたか分からないよ。
おれたちの姿は、心清くあろうとする者にしか見えない。あれほど長い間、あいつらを護り続けてやってきたのに、いつの間にか神々を視る力さえ失ったあいつらに、この星ごと壊されそうになっちまうなんて、随分と皮肉な話じゃないか。
あんたが生まれる前のおれたちの嘆きの声を、今のあんたに聞かせてやりたいもんだよ」
「……有り難う。紀鳳は優しいのね」
「よせよ」
紀鳳は真っ赤になっている。
「そうだ。新しい名前をつけさせてくれよ」
「今度は……」
「うん。千鶴だ」
「また鳥の名前?」
「いいじゃないか。あんたにぴったりだよ」
「いいわ。私は千鶴」
ぴしり。何か堅いものに亀裂が走るような音が二、三度鳴った。同時に、千鶴の手のひらの上に小さな笛が現れる。金色に光る笛には、両翼を広げた鳥の姿が彫られていた。
「さっそく来たな」
紀鳳は生意気そうな顔で笑う。
「また始まるのね」
千鶴はごく小さな声で呟いた。
「今度こそ一匹残らず狩ってやるさ。人間になりすまして、この星ででかい顔をしている奴らをな」
「そうね。それには、あなたたちの力が必要だわ」
「うひゃー。畏れ多いな。分かってるよ」
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