「叉雷の鱗」は、なぜエタったのか? -自作のエターナル小説について語る-

福守りん

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一章 秋一屋の叉雷

【5】貧民窟

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※閲覧注意。残酷な描写があります。


 ストラッシュは空腹である。
 昨日も、その前の昨日も、ずっとずっと前の昨日から、彼は空腹だった。
 彼の隣ではヘレネーが泣き続けている。
「どうしたんだ」
 彼は小人たちだけが理解し得る言葉でヘレネーに問う。彼女は巨大な瞳から涙をぽたぽたと地面に落としている。彼らの寝床は今夜も冷たい土の上である。
「お腹が減った」
 ストラッシュは返す言葉もなく項垂れた。上を見上げると、キラキラ光る白いものが一つ、二つ、三つ、……たくさん。彼らは四つ以上のものを数えられない。
 ストラッシュの故郷は、アーンガーに寄り添うように存在する小さな国だ。彼は祖国の名前を知らない。正確には、教えられても覚えられなかったのだ。
 ダランガーと呼ばれる大きな人買いに連れ去られて、彼らはここまで来た。仲間たちはこの場所を「サイダー」と呼んでいる……。大きな人たちが交わす言葉は、虫の羽音のように騒々しく聞こえる。
 ストラッシュは空腹である。
 餌は毎日もらえる。それでも彼は空腹である。なぜなら――。

*     *     *

「やれやれ。チェックアウトだよ」
「はいっ!」
 二人の少女が声を揃えて云い、カウンターの向こうから胡散臭いまでに輝かしい笑顔を投げてよこす。
「これチップ。白い羽根が床にいっぱい落ちてるから、後で掃除してね」
「畏まりました」
「またのお越しをお待ち申し上げております」
 両肩に捺夏と自身の荷物を担いだ叉雷は、希莉江とともにロビーの扉の前で捺夏を待っていた。絽々は既に宿の外へと放されており、ヒュロヒュロと歌いながら空を駆っている気配がする。
「二度と来ないわ。あたし」
「同感だね」
「よしと。じゃあ行こっか」
 捺夏は叉雷に荷物を持たせたまま、片手で見た目だけが重厚な扉――外側は板だが、中は空洞だ――を開け放った。
「都の中心には寄らないで、このまま貧民窟に向かうよ」
「それでいいわ」
 三人は捺夏を先頭に歩き始める。
「はぁ。せっかくの旅なのにさ。最初の行き先が『地獄の街』なんて、幸先悪いよ」
「地獄?」
 希莉江が聞き咎める。
「この世の地獄さ。言葉も分かんないで連れてこられた奴隷が病を得たり、不要になった時に捨てられる墓場だよ」
「貧民窟にいるのは、他国から来た奴隷だけなの?」
「あとは、この国の無職の大人。老人も沢山いるよ。戦災孤児がそのまま大きくなった人とか、親に捨てられた子は、だいたい群れになって盗賊団みたいなことばっかりしてる」
「あたし、奴隷に会ってみたい」
「はぁー?」
 捺夏は最早不機嫌さを隠そうともしない。
「あんた、やばいよ。この国にいる奴隷は、大半が血気盛ん過ぎるリュートの小人族だよ」
「リュート……アンガルスの裏側にある国ね。そんな遠くから、よく運んでこられたわね」
「正直、あんま頭よくないからね。小人だけあって。無邪気っていうか、子供っぽいっていうか――そのくせ、宝石や貴金属には目がないし。その派手な服は脱いで、自慢のアクセサリーも全部外した方がいいよ」
「なぜ?」
「持ってかれるよ。容赦なく」
「まさか――」
「法律は『地獄の街』を囲む塀の外側でしか通用しない。良識ある市民は、貧民窟なんて存在しないって自分に云い聞かせてるんだ。だから誰も向こう側に行こうとしない」
「あたしは行くわ。だって……」
「云っとくけど、観光地じゃないからね」
「分かってる」
 歯を喰い縛るようにして希莉江が応える。

 ごつごつした花崗岩を積み上げた塀を飛び越え、三人と絽々は『地獄の街』に降り立った。
 だが、そこに街は無く、道も無かった。赤茶けた大地が延々と広がっているだけ。錆びた鉄の臭いが生温い風に運ばれてくる。
 遠くに背の低い建物がいくつか点在しているのが見えた。
「相変わらずだね。ここは」
 眠たげにぼやけた顔の捺夏が云う。
「様子を見てくる」
 叉雷は絽々の背に自分の荷物を預けたまま、一人建物の方へと歩き出した。
「ここがそうなの?」
 所在なげに希莉江が問う。
 青い空の下で、叉雷の後ろ姿がどんどん小さくなる。走っている訳でもないのに、歩くのが早すぎるんだわ――。希莉江はぼんやりと考える。
「そうだよ。人がいるのは中央だけで、塀の近くには何もないけど」
「だったら、そこまで飛んで行けば良かったのに」
「絽々が撃ち落とされてもいいならね」
「撃つの? 誰が?」
「貧民窟には、いくつもギルドがあって、それぞれ分担して仕事をしてるんだ。自給自足には限界があるしね。塀の中には、塀の中の法律があるんだよ」
「どんな?」
「外から来るものは、何であれ好き勝手にしていいってこと」
「じゃあ、あたしは護衛を雇って正解だった訳ね」
「ここへ来たこと自体が不正解だと思うけど」
「……着替えるわ。あたし」
「はいはい」
 希莉江は絽々の後ろへと回り、その場で屈み込んで荷物を下ろす。捺夏は絽々に背を向けて地面に腰を下ろした。衣擦れの音が聞こえてくる。耳につけた宝石を外す音も聞こえた。
「ねえ」
「何?」
「地味な服が無いんだけど」
「ぶっ。おれの着替えで良ければ貸すよ」
「……いいわ。何とかしてみる」

 数分後、捺夏が「まだ?」と声をかけると、希莉江は「まだ」と応えた。
 さらに数分後、捺夏が口を開いたところで、叉雷がこちらに向かって歩いてくるのが目に入る。
「どうだった?」
「見張り小屋には人がいたよ。中に入るのは構わないが、命の保証はしないってさ」
「まあ、いつものことだよね。宿の手配は?」
「頼んでおいた。行こう」
「待って。あたしまだ着替えが済んでないの」
「あんた、どんだけ着替えるの?」
 捺夏は呆れ声を上げる。
「だって、あんたが脅かすから!」
 希莉江の答えを聞いて、残る二人は声を上げて笑った。


 街は壊れていた。
 これを街と呼べるならば、都の路地裏で警邏隊員から命からがら逃げようと試みる浮浪者を、勢の限りを尽くして暮らす王侯貴族と呼んでも何ら差し支えはないだろう。
「うーゎ」
 捺夏は緊張感のない声を上げる。
「やば~い。この雰囲気。きてるよ、これ」
 希莉江が最初に感じたのは、つんと鼻をつく異臭だった。
「ひどい臭い」
 まるで、都中で消費された食物の残りを全てぶち撒けたような臭いだ。腐った肉を野外に放置して発酵させ、虫がたかるままにしてでもいるのだろうか? 
「一体、何の臭いなの?」
「ここではゴミを燃やしてるんだ」
 捺夏が応える。
 次に嗅ぎ取ったのは、何かが燃やされ、灼かれる臭いだった。
「あと、人の死体も」
「……そう」
 希莉江は眉を顰めて応える。
 屋根から梁が突き出した家。道端に転がるいくつもの壊れたブリキ缶。落書きだらけの壁には懸賞金を書かれた人々の写真がべたべたと貼られている。建物は多いが人気はなく、空気そのものがよそよそしい。道を塞ぐように投げ置かれた数本の電柱は、かつて都で使われていたものらしく、華美な装飾が施されていた。木の電柱に垂れ下がったランプは、電球の部分がひび割れている。
「なぜこんなに汚いのかしら。都の目と鼻の先にあるのに、どうして?」
「都で出たゴミが、全部こっちに来るからだよ」
 時折、狭い路地を薄汚れた着物を着た人間の姿がちらりと横切る。その度に希莉江は訳も分からずぞっとした。まるで、死体が生きて動いているように見えたのだ。そうして思い至る。生気がない人間とは、操り人形のように見えるものなのだ。希望もなく、目的もなく、ただ生きているだけ。生きるために生きているのですらない。自分の意志では死ぬことさえできないから、どうにかこうにか息をしているだけなのだ。かつて主人に従って生きていた頃の希莉江と同じように。ここにいる人たちは、あたしと同じなんだわ……。奴隷、浮浪児、移民。盗みを働く子供たちと、職を無くした大人たち。皆、都では役に立たないと判断されたから、こんな所で暮らしてるんだ。
「話には聞いていたけど、ここまで酷いとは思っていなかったわ」
 希莉江は紫の瞳をぎゅっと絞って、周囲の景色を脳裏に焼きつけようとしている。
「一体、こんな所に何の用があるの?」
 捺夏の問いかけに、希莉江は瞬間たじろいだ様子で視線を泳がせた。
「もっと先へ行ってみたいわ」
「だから、なんで?」
 希莉江は応えず、また一歩前へと進む。
「絽々が嫌がってる。嫌な臭いだって」
「だったら、ここへ置いてゆくのね。あたしが雇ったのはサライとダッカだけよ」
「んもう」
 捺夏は嫌そうな顔で絽々の額を撫でていた。

 道幅が太くなり、家屋が増えてゆく。それでも空気は静まりかえっている。
「静かね。――怖いくらい」
 希莉江が旅の途中で何度も見たように、地面を蹴って所狭しと走り回る子供たちがいない。道端に座り込み、飽きることなくお喋りをする少女たちもいない。ここでは誰も遊ばないのかも知れない。
 数人の少年たちと擦れ違った。身なりは悪くなかったが、雰囲気は荒んでいた。彼らは次々に希莉江たちを鋭い目で一瞥すると、興味を無くしたように希莉江たちが来た道を逆に辿ってゆく。
「テイ、今日はどこで狩る?」
 低く忍ばせた声が希莉江の背後から聞こえてくる。
「地下道のトソから連絡があった」
 まだ幼い声は、喜びを抑えられない様子で応える。希莉江は立ち止まり、彼らの声に耳を澄ませた。
「金持ちの死体を見つけたから、隠してあるってさ。服と貴金属は高く売れるぜ」
「おいおい、死体を見つけたって、ほんとか?」
「何が」
「死体を作った、の間違いじゃねえの」
「さあな。おれたちは物をもらいに行くだけだよ。大方、決闘でもして相手を殺した奴が、始末に困ってトソに頼んだんだろう」
「私闘は首切りだっけ。こえぇなあ」
 そこまで聞いて、希莉江は麻の上着の胸の部分を両手で押さえた。死体から物品を剥ぎ取るなんて、鬼の所行に思える。だが、希莉江もまた、分不相応に得た金と貴金属のお陰で生き延びられたのだ。もし立場が違えば、今の希莉江と同じ気持ちを味わうのは、彼らの方だったのかも知れない。
 三叉路を左に曲がる。心なしか、道を歩く人々の服装が贅沢になってきたように思えて希莉江が問う。
「ねえ。さっきまでと違うわ」
 ふと目をやった場所には、公園としか思えない広場があり、そこではめかし込んだ女性たちが木の椅子に座って歓談している。刈り込まれた芝生の上で、何匹かの犬が転がって遊んでいた。
「富は中心に集中するんだねー」
 捺夏はくふっと笑った。
「都に搾取されるこの街にも、人を搾取する人がいて、中央でいい暮らしをしてる。子供や奴隷に農作物や綺麗な刺繍の入った布を作らせて、都や外国で売り捌くんだ。土地だけは広いからね」
「布、ね」
 そう、薄々おかしいとは思っていたのだ。いくら希莉江の住まう屋敷が広かろうと、主が商う服や装飾品を拵えるだけの設備も人も足りなかった筈だ。一体どこから運び込んでいるのだろうかと考えていた。他国からだと思っていたが、答えはここにあったようだ……。
「安く作らせて、高く売る。商売の基本だね」
「ここで儲けた人が、なぜここに残っているの? 塀の外に出たくはないのかしら」
「前科者は都じゃ生きていかれない。一度でも奴隷の烙印を押されてしまった人は、よっぽどのど田舎にでも行かないと、普通には暮らせないんだよ」
「貧しい人、飢えた人には分け与えないって訳ね」
 歩く足に力がこもる。結局どこに行っても同じだと、そう云われた気がした。
 堅牢な塀が目に入ってくる。農場めいた囲いと、木で作られたいくつもの柵があり、背の低い家が折り重なるようにして立っている。メェメェと鳴く山羊の声が微かに聞こえた。
「こっち。小人がいるよ」
 わざと脅かすような声音で捺夏が云う。
「捺夏」
 叉雷は、捺夏の次の言葉を遮って声を上げた。
「そんなもの、キリエに見せなくていい」
 云いながら、叉雷は足早に通り過ぎる。希莉江は、捺夏が指し示した鉄の囲いを視界の端に納めてから後に続いた。
「宿はねー、中心から外れてるから荒れてるよ」
 捺夏の手が、地面に落ちた絽々の羽根をひょいと拾い上げる。
「来たことがあるの?」
「まあ、何度か」
 片手で羽根を弄びながら、捺夏は遠くを見るような瞳をした。
「色々あったんだ。ちっちゃい頃は」
「そう」
 先を歩く叉雷の背筋は真っ直ぐに伸びている。捺夏が傍にいる時の叉雷は、あまり多くを語りたがらないことに希莉江は気づいていた。

「ここは……?」
 ある建物の前で、希莉江は思わず立ち止まる。煙突から白い煙がもうもうと噴き上がっている。生焼けの肉のようなオイルの臭いを嗅ぎ取った時、希莉江は一瞬見瞠いた目を瞑り、両手で口元を覆った。
「火葬場」
 掌の中で口にして、くらりと目眩を覚える。母親の灰が埋葬される瞬間を、希莉江は見ていない。冬花の死体を目にしてから、ありったけの荷物を持って出奔するまでの慌ただしさは、今はあやふやにぼやけている。茫洋とした記憶は、微睡んで見る霞がかった夢に似ていた。あの時は、ただ必死だった。この機会を逃せば、二度と逃げることはできない。それだけは分かっていた。
「行くよ」
 捺夏の声に救われた思いで、止まっていた足を踏み出す。鼻の奥につんと掠めるもののことは、あえて考えないようにした。
 逃げたことを後悔しているのではない。冬花の墓の場所さえ知らない自分に腹が立つだけだ。だが、果たして母の墓などあるのだろうか。奴隷の埋葬地として相応しいのは、まさしくこの場所ではないだろうか?
「あんたたち、誰の許しを得てここに?」
 抜け目のない声は、希莉江の真横から聞こえた。はっと息を呑んで立ち竦む。
「あ、あたし」
 こんなに近くに立っているのに、全く気がつかなかった。希莉江が物思いに耽っていたからだろうか。いや違う。野生の動物のように気配が無かったのだ。
「許可なら、見張り小屋で頂いたよ」
 代わりに応えたのは叉雷である。
「何だ。そっか」
 大人びた目元がくしゃっと緩む。希莉江と同じくらいの年頃の少女だ。黒い切り髪は耳の辺りで断ち切られている。大きな瞳が、希莉江を見定めるように凝視していた。頬に散るそばかすと、少し潰れた格好の鼻が、ともに少女のやんちゃな愛嬌を作り出している。
「最近、ここ変なんだ。あんたたちも気をつけた方がいいよ」
「変って?」
「子供がね、突然いなくなったりするんだ。あたしの弟の友達も二、三日前から見当たらない。――まぁ、また抜け出して、都で悪さしてるだけかも知れないけど」
「あなた、名前は?」
 希莉江は体ごと少女に向き直った。
「あたし? セリだよ」
 黒目がちの目はきらきらと光っている。セリは、洗い晒しの木綿のつなぎを着ていた。足には黒の長靴を履いている。
「あたしは希莉江。あなた、ここに住んでいるんでしょう?」
「そうだよ。五年くらい前からね」
「あたし、今日初めてここに来たの。色々見て回りたいのよ。案内してもらえない?」
「タダじゃ嫌だよ」
 狡そうな声で答えを返す。それでも、セリの瞳の光は今までと同じ強さで希莉江を見つめていた。
「あんた、きれいな子だね。お姫様みたいだ」
 さっと希莉江の表情が翳る。
「……お金は払うわ。どう?」
 両手を肩の高さに挙げ、努めて明るく提案した。
「いいよ。案内してやるよ」
 土で汚れた右手を差し出してくる。希莉江は自分の左手をセリの手に重ね、そのまま手を繋いで歩き出した。
「二人とも、先に宿へ行って。セリ、宿の場所は分かる?」
「分かるよ。ここには、宿なんか一つしかないし」
「じゃあ、後であたしも宿に行くから。少し周りを見てくるわ」
「いってらっしゃーい」
 捺夏が顔の横でひらひらと手を振る。叉雷の顔は、なぜか見ることが出来なかった。希莉江が何をしようとしているか、叉雷には見透かされている気がしたからかも知れない。

「何が見たいの?」
 セリからは、土埃と微かな汗の匂いがする。畑仕事をしてきた後なのだと、希莉江には分かっていた。握手しようと伸ばされたセリの手の爪には、土が入っていたからだ。
「小人。さっき通り過ぎたの」
「えっ」
 セリは怯えた顔つきで立ち止まった。
「あんた、あんな奴らが見たいの? 何で?」
 困惑した視線が容赦なく希莉江を突き刺す。希莉江には理解し得ない恐怖に凍りついてはいるが、強い瞳だった。生々しい、生きる力に溢れた眼差しだ。希莉江は呉服商の娘たちのことを思う。――こんな熱っぽさ、あいつらには無かった。いつもつまらなそうな顔をして、あたしの仕草や言葉をからかって、せせら笑ってばかりいた。あいつらだけじゃない。嫌みったらしい奥方様も。その癖、あたしのことを真正面から見ることすらできなかった。あいつら、本当はあたしのことが怖かったんだ。だけどこの子は、あたしから目を逸らさない。なんて真っ直ぐな目だろう。なぜかしら? この子の方が、余程哀れな暮らしをしている筈なのに。何だか、あいつらの方が可哀相に思えてくるなんて……。
「どうして……」
「えっ?」
「ううん、何でもない。早く行きましょ」

「じゃあ叉雷、おれたちは先に宿へ行こうよ」
「だめだ」
「何で?」
 首を傾げて問う。
「捺夏。お前に頼みがある」
「なっ、何?」
「今から時計台の広場に行って、情報交換票が貼ってある壁を見て来てくれ」
「次の仕事を探すの?」
「そうじゃない。そこでキリエの捜索願が出てるかどうか確かめてほしい」
「……キリエの?」
「彼女の本名は『慈恵希莉江』だ。おそらく裕福な家庭からの家出人だろうと思う。商人か、地主のような富豪か――あるいは貴族か」
「それで? 捜索願が出てたら?」
「その紙を持って帰って来い。但し、依頼人に連絡を取る必要はない」
「ちょっと待てっ。あそこの紙は盗っちゃいけないんだぜ。票の番号を控えて、壁の中の情報交換受付所で写しをもらうんだから」
「だからこそ、壁の紙があっちゃまずいんだ」
 云い含めるような口調でゆっくりと話す。
「おれたちとキリエが一緒にいることを彼女の家族に知られたら、こっちが疑われるぞ。彼女を唆して誘拐したんじゃないかって」
「うぇー」
 うんざりした声が返ってくる。
「そんなこと考えてなかった」
「彼女は未成年だ。成人してるおれたちの方が責められる。『なぜ、家出人を保護者の家に戻そうとしなかったのか』と」
「帰りたくないって云ったから帰さなかったんだって云えばいいよっ」
「それじゃ通らないんだ。ここは法治国家だぞ。いくら彼女が望んだからって、貧民窟にまで連れて来るのはあまりにも非常識だ」
「分かったよ。見てくるから、叉雷はキリエから目を離すなよ」
「もちろん」
「行くよっ。絽々」
 翼を振り上げる音が耳元で鳴ったかと思うと、次の瞬間には宙に浮いている。高く飛び上がった飛竜と捺夏の姿が、やがて晴天に浮かぶ光のような点になってゆくのを、叉雷は目を細めて見送っていた。

「あっちか」
 踵を返して希莉江を追う。セリと並んで歩く希莉江は、ぴんと背筋を張っている。隣を歩くセリは、身振り手振りを交えながら、希莉江に街の様子を説明しているようだ。
 照り返す日差しが眩しくて、叉雷は片手で庇を作る。
 今は五月。これから梅雨を迎え、淵沼の村は祭の準備に忙しくなる。叉雷は祭が嫌いだ。白粉の匂いも、古びてごわついた着物も、白蓮山に灯る明かりも。何もかも大嫌いだ。そんな気持ちを押し隠して、毎年穏やかな顔を作ってやり過ごしていた。今年の夏は、もう笑い顔を作る必要もない。それが嬉しくもあり、申し訳なくもある。成り行きとは云え、これ幸いと村を見捨ててきた気がするからだ。叉雷が留まっている時にだけ彩流河が鎮まる理由を、叉雷自身は知らない。だが、知らないからこそ、これまで予感でしかなかった思いが確信へと変わってゆくのだ。叉雷が去った後で村がどうなるのか、今年こそ確かめてみたい。何事もなく季節が過ぎてくれれば、自分が村を離れることで罪悪感を感じる必要もなくなるだろう。
 叉雷には、二つの秘密がある。
 一つは七才の夏に失ったもの。もう一つは、同じく夏の日に手に入れた奇跡だった。どちらも捺夏には語れない、語ってはならない秘密だ。
 いずれにしても、転機は七才の時だったのだろうと――思う。
 大空を横切る龍の姿を見た時から、叉雷は変わった。両手で抱いた鱗の重みが、ざらついた感触が、今もこの手に残っている。失ったものを探して、探して、いつからか探すことに疲れた。泣くことにも飽きた頃、叉雷は龍を見た。あの時見たものが希望だったのか、絶望だったのか、今はもう分からない。それでも叉雷は、今でも龍を探し続けている。

「ここにも畑があるのね」
 前方から希莉江の声が聞こえてくる。叉雷には気づいていないようだ。
 少しだけ足を速める。少女たちのゆるやかな足取りに追いつくには、それで充分だった。
「キリエ」
 呼びかけると、希莉江は素早く振り返った。俊敏な動作が野良猫を思わせる。
「サライ。何してるの?」
 希莉江が立ち止まる。やや遅れてセリも足を止めた。
「護衛として雇われてるのに、君の傍を離れる訳には行かないだろう?」
 希莉江は軽く唇を噛んでいる。伏し目になって表情を隠してはいるが、動揺は明らかだ。追い打ちをかけるように叉雷が問いかける。
「セリさん、どこへ行くの?」
 希莉江の手がセリの手を強く握り締める。
「えっと……」
「まだ決めてないわ」
 口籠もるセリに代わって応えたのは、希莉江である。
「人の多い所がいいと思うの。あたしと同じくらいの年の子がいる場所はある?」
「あるよ。そうだ、あたしんちの周りはどう? 少し歩くけど、宿に近いよ」
「ええ、そこで構わないわ」
 つんと顎を上げて希莉江が頷く。
「じゃあ、行こうか」
 叉雷が云う。セリは不審そうに叉雷を見ている。
「そうだ。行きの道に小人たちの建物があったね」
「そうね」
 正面から風が吹いてきて、希莉江は反射的に目を細めた。
「できれば、あの辺りには行ってほしくないな」
「どうして?」
「危険だから」
 静かな声だった。叉雷は微笑んでいる。
「宿で休んでて良かったのに。疲れてると思って、気を遣ったのよ」
 冗談めかして希莉江が云う。二人の会話を黙って聞いていたセリが、希莉江の手を引いて歩き出す。

「いい天気だ」
 歩きながら、叉雷は茶革の上着に両手を突っ込む。
 貧民窟の空気は嫌いではない。乾いていて、不干渉だ。十代の頃には、学生寮を抜け出して、幾度となく足を運んだ。
 都の中心部に座す彩楼は華やいではいたが、どこか虚しかった。ここには、豪腕に引き絞られる寸前の弓のような緊張感がある。そしてそれは、叉雷にとって馴染み深いものだった。
「サライさんは、年いくつ?」
 セリが希莉江越しに問いかける。
「二十二」
「キリエさんは?」
「キリエ、でいいわ。十六よ」
「えぇっ。あたしより二つも上! 同い年くらいだと思ってたのに」
「背が低いから、そう思うだけよ」
 素っ気なく応える。華奢な体つきの希莉江に比べ、セリの体格はがっちりとしている。
「弟がいるって云ってたわね。弟はいくつなの?」
「弟は十才。本当の弟じゃないけど、あたしにとっては弟なんだ」
「本当の弟じゃない?」
 希莉江が訊き返す。
「この国の隣に、南稜っていう国があるだろ? あたしたちは、そこから逃げてきた。逃げる途中で、あたしと同じように逃げようとしてる子たちと会ったんだ。そのうちの一人が、あたしの弟だよ」
「逃げる? 何があったの?」
 道端に落ちていた紙切れが風に舞い上がる。
「五年前、南稜は彩泰と戦争をしてた。こわかったよ。夜になると、目に見えないモノが飛んできて、人がバタバタ死んでった。血も流れてないのに、朝には冷たくなって死んでるんだ」
「目に見えないもの?」
「あたしたちは人魂って呼んでた。人も獣も、たくさん死んだよ。銃で撃たれた訳でもないのに」
 激するでもなく、事実だけを語ってゆく。
 ――五年前の夏。目に見えぬ戦火から逃れるため、セリは一人で街を出た。彼女の家族や親戚は既に死に絶えていた。南稜の真北に位置する彩泰へ行くか、北東の東稜へ行くか、国境に辿り着くまで迷っていたという。
「ずいぶん昔は、彩泰と宗香は西稜っていう一つの国だっただろ? 北稜と東稜と南稜に囲まれてても、どの国にも従わない強い国だって聞いてた。だから、あたしは彩泰を選んだんだよ。東稜に逃げても、また戦争があったら彩泰に負けるだろうからさ。戦争が終わったら南稜に帰ろうと思ってたけど、帰っても家族は誰もいないから、あたしたちはここで暮らそうと思ったんだ」
「そうだったの……」
 希莉江は心持ち目を伏せて応える。
「ごめんね。暗い話して。こんな話、嫌だった?」
「ううん。全然」
「セリは強いのね。あたしと違って」
 叉雷は何も云わず、二人の後ろを歩いている。
「あんたも強いだろ。こんなとこ、観光に来る人なんかそうそういないよ」
 セリは屈託のない笑顔を見せた。こんな時、希莉江はどうしたら良いのか分からなくなる。セリは希莉江を恐れない。疎まない。それがくすぐったくて、同時に怖くもある。
「ここに来る途中で、裕福そうな人たちを見かけたわ」
「都には無いものがあるから。見せ物小屋とかって分かる?」
「……?」
「じゃあ、いいや。とにかく、珍しいものがあるってこと」
 セリの笑みが苦笑に変わる。希莉江はきょとんとした顔をしている。

「ここから、一本向こうの道が宿のある通りだよ。何か足りない物があったら、ここで探すといい。だいたい何でも揃ってるから」
 三人が歩く道は、いつの間にか舗装されたものへと変わっていた。
「あなたもここで買い物をするの?」
「もちろん。外じゃ、買い物なんかできないよ」
 屋根つきの通りには、雑然と店が並んでいた。多少建物の外観が荒れていることを覗けば、アーケードとしか形容しようがない。
 セリの手が希莉江から離れる。セリは両手を駆使して、街のあちらこちらを指差してゆく。
「あそこの道から少し行くと骨董屋。その隣に眼鏡屋があって、そこの二階に小物屋があるよ。向こうの通りには本屋もある。まあ、ほとんど古本だけどね。宿の裏手に郵便局があって、ちゃんと手紙が出せるんだよ」
 希莉江は驚いた表情でセリを見ている。セリの声音には、この街に対する愛情がこもっていた。
「立派な街ね。あたし何だか、訳が分からなくなってきた」
「何が?」
「全然貧しく見えないわ。それとも、ここが中心に近いから?」
「ああ。外れの方じゃ、餓えて死ぬ人は多いよ」
「そう……」
「かわいそうだけど、どうしようもないんだ。あたしは、いつかお金を貯めて、弟と二人でここを出るつもり。今は、人のことなんか心配してる余裕はないよ」
 セリの瞳は遙か遠くを見ている。それを見て、希莉江は両手の拳を握り締める。
「キリエ?」
 叉雷の声が遠くに聞こえる。希莉江は何も云わずに立ち尽くしている。
 ここにも、あたしの居場所は無い。誰でも夢を見る。目標を持つ。貧民窟の住人でさえ。――じゃあ、それが無いあたしは、生きてるとも云えないのかしら?
「行こう。宿の通りに、屋台が沢山あるよ」
 明るい声で促し、セリは希莉江の先に立って歩き出した。

「ここが宿のあるとこ。あたしたちは中通りって呼んでる」
 狭い道を塞ぐように、いくつもの屋台が商いをしている。汁物や乾物、果物や野菜が突き出した板の上に並んでいた。
「ここのお汁粉がうまいんだ」
 セリは無邪気に云う。希莉江は、甘い香りのする煙を手で払った。
「宿はどこにあるの?」
 希莉江が問いかける。
「あそこだよ」
 セリの手が赤い丸屋根の建物を示した。遠目からでも、かなりの高さであることが見て取れる。
「セリの家は?」
「宿の斜向かい。すぐ近くだよ」
 少し離れた場所に、数人の女たちの姿が見えた。若い者も年老いた者もいる。女たちは買い物袋を手に抱えたり、読み止しの雑誌を小脇に抱えたりと、思い思いの格好で話し込んでいる。
「宗香はどうなったんだろうかね?」
 一人の女が口にする。それを受けて、三十代半ば頃の女が、傍らに背を丸めて佇む老女へと目を向ける。
「あんたの子は、孫と一緒に宗香におったでしょう。何か知ってるかい」
「分からないねえ。あたしの子は、何も云ってこないねえ」
「惨いことだねえ。せっかく、ここから抜け出られたのに……」
 希莉江たちが近づくと、女たちは見慣れぬ顔の青年と少女に不思議そうな目を向ける。だが、それも一瞬のことでしかない。希莉江たちを先導するように歩くセリの姿を認めた女たちは、自然な仕草で希莉江たちから目を逸らす。希莉江の視線の先で、女たちはそれぞれの日常へと戻ってゆく。
「枢府は何を考えているのやら。そろそろ戦に飽いてもいい頃だろうに」
「南稜が落ちていたら、北稜と東稜も落ちていたかも知れない。いっそ稜国全てを統一してほしいもんさね。こんなに隣国の民を殺した国は、今まで無かったのじゃないか」
「宗香は、彩泰に取り込まれるのかね?」
「そうなるだろうねえ。かわいそうに」
 希莉江は、女たちの言葉を聞きながら通り過ぎる。為政者を罵る女たちがいるということに、彼女は心底驚いていた。都にいた間には、決して聞かなかった類の言葉を聞いた気がする……。
 枢府とは、貴族のみで構成された顧問官たちが集う枢密院の略称だ。帝にのみ従う顧問官たちは、帝位継承者の選定に関して大きな影響力を持っている。中でも枢密院議長は、摂政の不在時に摂政を代行して国政に当たる権限を有している。三百人の議員を擁する帝国議会でさえ、枢密院の傘下にあるのだ。都で枢府に対する悪罵を口にすることは、自らに極刑を望むことと等しい。
 希莉江の主は帝の信奉者だった。頼みもしないのに、彩泰の歴史や歴代の帝について熱っぽく語るのである。授業というよりも演説に思える主の話を、希莉江は幾度となく聞かされてきた。だから、彩泰のことは一通り分かっている。
 枢密院の顧問官が二十一名であること。彩流神宮では祭主が神官を束ねていること。降魔寮には降魔主が一人。七人の降魔博士が、それぞれ七人の降魔師を監督していること。帝国軍は陸軍と海軍とに別れていること。――当然のことながら、これらの知識は希莉江にとって生きる糧にはならなかった。

「あいつ、またやってる」
 俯きがちに歩いていた希莉江が、セリの言葉に顔を上げる。
 「かし」と書かれた看板を提げた屋台の前で、まだ幼い少年が高い声を張り上げている。
「ねーねー、いいでしょ?」
「お前なあ。いい加減にしろ」
「そんなこといわないでさあ。おっちゃん。これ、まけてよ」
 甘えた声で値切りを試みる。少年が両手で抱えているのは、捺夏が好みそうな駄菓子の袋詰めだ。
「だめだ、だめだ」
 少年の相手をしていた中年の男は、話しにならないと云いたげな顔で断る。少年はしぶしぶ金を払い、ふと振り返ってセリに気づいた。
「ねえちゃん」
「こらっ。そんなものばっかり買っちゃだめだろ」
「そうだ。セリの云う通りだぞ、カイト」
 男が大きく肯く。カイトと呼ばれた少年は、不満げに頬を膨らませた。
「違うよ。ねえちゃんだって喰うよ、これ」
 短く刈った髪と大きな瞳は、色素の薄い茶色だ。黒髪と黒い瞳のセリとは、明らかに異なる容姿をしている。
「そりゃあ、半分は喰うよ。あんた、もう買っちゃったじゃないか」
「ほらー!」
 得意気な顔で男とセリを見比べる。希莉江は我知らず微笑んでいた。
「ほらじゃない。あたしは仕事があるから、早く家に帰りなさい」
 セリの手がカイトの頭を軽く叩く。ぱしんと音が鳴った。
「誰? その人たち」
 好奇心の強そうな、大きく瞠いた目が希莉江と叉雷を見上げている。
「お客さんだよ。宿まで案内するんだ」
「おれもついてっていい?」
「だめ。あんたは家で待ってて」
「けちー」
「いいから、早く行きな」
 セリが促すが、カイトは足を止めたまま動こうとしない。
「一人で出歩いたら危ないって、何度も云ってるだろ」
「だって、ねえちゃんいないんだもん。おれ、つまんない」
 菓子袋に口元を埋めたカイトが愚痴る。
「だったら、外でフラフラしないで、友達の家に行きな」
 言葉こそ荒っぽいものの、セリの表情は柔らかい。
「ジンみたいに、誰かにさらわれてもいいの?」
「……やだ」
「セリ」
 希莉江が呼びかける。
「あっ、ごめん。あんたと同じ年頃の子と話したいんだよね。あたしの友達呼ぼうか? キリエよりは年下になっちゃうけど」
「ううん。今日はもういいわ。明日も案内してもらえる?」
「いいよ。もちろん」
 懐中から財布を取り出し、五枚の札をセリへ手渡す。その金額に、セリははっとしたようだった。
「こんなにもらえないよ」
「そう?」
「これで充分」
 二枚を希莉江に返して残りを受け取ると、セリは身を屈めて弟の手を取った。
「じゃあ、明日十時に。宿の前で待ってるわ」
「分かった」
「……じゃあね」
 希莉江が手を振ると、セリは弟の手を握りながら会釈をした。

 宿の一階で記帳を済ませて二階へ上がる。
「疲れた?」
 板敷きの廊下で叉雷が問う。希莉江は無言で首を振った。
「君の部屋はこっちだ」
 云いながら、希莉江の部屋の扉を開ける。
「一人で使っていいの?」
「もちろん」
 希莉江は首を伸ばして部屋の中を見る。据え置きのベッドとクローゼットが目に入った。出窓には薄い桃色のカーテンが掛かっている。
「……普通ね」
 拍子抜けした顔で叉雷を見上げる。
「もっと荒れてると思った?」
「うん。この街、意外と住みやすいかも知れないわ」
「そう?」
「ねえ、捺夏は?」
「少し出かけると云っていた。おれは隣の部屋にいるよ」
「絽々と一緒に行ったの?」
「ああ」
「じゃあ、あたし少し休むわ」
「ごゆっくり」


 窓の外は暗い。陽は既に落ちていた。
 叉雷は一人机に向かっていた。手元には白い便箋が置かれているが、まだ何も書かれてはいない。黒い万年筆を右手でくるりくるりと回すのは、幼い頃からの叉雷の癖である。
 ふと、視線を上げて扉の方向を見る。
「ただいまあ」
 バーンと勢い良く扉を開け放して、捺夏が一人で入ってくる。
「お帰り」
 叉雷は座ったまま椅子の向きを変えた。
「んもー、外真っ暗だよ。途中で絽々が寄り道したがってさー」
 担いでいた荷物を灰色の絨毯に落とす。捺夏は、靴も脱がずにベッドへと体を投げ出した。
「疲れたー」
「ご苦労さん。絽々は?」
「外飛びたいって云うから、飛ばせてる。ここの宿は厩舎があっていいね。絽々のご飯も用意してきたよ」
「たくさん歩かせたから、絽々も疲れたんだろ」
「そうなんだよねー。飛ぶより歩く方が疲れるんだよ。ストレス溜まるみたい」
 ふぁーと欠伸を洩らした後で、ゆっくりと体を起こす。
「なんだか眠いよ」
「交換票は取れたか」
「……有ったよ。ほらっ」
 桃色の紙を投げて寄こす。叉雷の指が空中を漂う交換票を捕まえる。
「有り難う」
「ねーねー、質問していい?」
「何を?」
「交換票。なんで、おれに取りに行かせたの?」
「選択肢は多い方がいい。取って来てくれて感謝してるよ」
「……むぅ」
 捺夏が唇を尖らせる。交換票の「依頼内容」の欄には、こう書かれていた。

   娘を捜しています。
   本名慈恵希莉江。黒髪に紫の瞳。年は十四。
   謝礼は金一封。情報は連絡先まで。

「髪は色を抜いていたんだなあ」
 叉雷は関心した様子である。
「年もサバ読んでたねー」
 捺夏は、ふにゃんとした表情で笑っている。
「さすがに十六じゃないとは思ってたよ」
「で、いつ渡すの? それ」
 再び寝転がった捺夏が問う。
「相応しい時に」
 叉雷は交換票を折り畳み、机の引き出しに入れた。
「叉雷、都の近くまで来るのは半年ぶり?」
 問いかける捺夏は、自分の腕に片頬を埋めている。睡魔と戦っているのかも知れない。
「ちょっと待て」
 叉雷は、机上の手帳を取り上げて頁を捲った。
「――これか。五ヶ月前に師匠に会って以来だな」
 日付を確認して捺夏に応える。
「アンディは元気にしてるかな?」
 彼らの師匠は、アンダルシアという名を持つ異国人である。天然の赤い巻き毛が印象的な拳闘の達人だ。弟子たちからは、親しみと尊敬を込めて「アンディ先生」と呼ばれている。
「どうかな。シェールも出て行ったし、一人で寂しがってるかも知れない」
 叉雷は手帳を置いて頬杖をつく。
「あの子も独立したの? 知らなかったなあ」
「手紙が来たよ。今は辺境の地で働いてる」
「えぇー、どこ?」
「アンガルスの西の方。政務官の護衛だってさ」
「何でおれにはくれないんだろ」
 捺夏は憤慨して云う。
「返事を出さなきゃ、返事の返事は来ないぜ」
 応える叉雷は唇の端で笑っている。
「なーる」
 ぽんと手を打つ。
「それじゃ、アンディは寂しいだろうなあ。あの子最後の一人だったのに」
「また増えるだろ」
「どうかねー。あの師匠、全然宣伝する気がないんだから」
「いいんだよ。あの家は、やむにやまれぬ事情を抱えた子供が行くべき場所なんだから。まともな神経の持ち主は、あそこじゃ暮らせないさ」
「じゃあ、あそこに入り浸ってたおれ達ってどうなの。人として」
「おれ達は、あそこでようやく人になった。そうじゃなかったか?」
 片眉を上げて応える。
「……まぁ、そうだったね」
 不承不承ながら、荒んだ少年時代を過ごしたことを認める捺夏であった。
「おれも相当捻くれてたけど、お前はもっと酷かったよ」
「叉雷は拳闘、おれは飛竜の育て方。アンディは性格歪んでるけど、人にものを教えるのは上手かったね」
「それだけじゃない。あの人はおれにとって高凱以上に頼れる相談相手だったよ」
「だよねえ。アンディは人の心の扉を鍵無しでガラッと開けて、洗いざらい人に喋らせておいて、用が済んだらひっそり出てゆく達人だった」
「去り際が見事だったな。まるで、何一つ聞かなかったような顔で出てゆく」
「おかげで気は楽だったよ。おれ、アンディと知り合うまで、自分の生き甲斐が金儲けだなんて気づかなかったもの」
「お前は稼ぎ過ぎだよ」
「ぐふー」
 目を細め、捺夏は満足そうに笑う。
「お前を見てると、いつも、おれがしてきたことが本当に正しかったのかどうか不安になるよ」
「何で?」
「学生の頃は、何度もここに来た。豊かなのは都だけで、辺境の村では大勢の人が貧窮してることも知っていた」
「……まあね」
「おれが勝った試合に全てを賭けている人たちがいることも知っていた。それでもおれは、お前のために勝ち続けてしまった。おれはいつでも、目の前の一人を助けるために、多くの人を不幸にしてきたよ。お前だけじゃない。マリさんたちのことにしてもそうだ」
「他の村に逃がしてやったこと?」
「そうだ。それも、あの二人だけを。全員を逃がすだけの力が、おれには無かった」
「時間もね」
 叉雷を慰めるように口を挟む。
「おれはマリさんもエンも逃がした。だけど、それだけだ。宗香では多くの人が亡くなった。おれは自分が関われた人だけを助けたんだ」
「しょうがないよ……」
「おれがしたことを偽善という人もいるだろう。それでもおれは、ただ助けたかったんだ」
 椅子から立ち上がり、空いているベッドへ腰を下ろす。
「全ての人を救うことは出来ない。そんなことは分かり切ってることだ。頭では分かっていても、やり切れない気持ちは、ずっとおれの中に残ってるよ」
「叉雷」
「もっと何かできたんじゃないか。別の方法があったんじゃないかってね。まあ、こんなことを考えること自体、おれの行いが自己満足だった証拠だな」
「別に、叉雷が何を考えてたって、関係ないよ」
「そうかな」
「そうさ。おれは叉雷に助けられたもの。それを叉雷が偽善だと思っているとしても、おれには全然関係ない。『おれは叉雷に助けられたんだ』って、おれ自身が思ってるって事実の方が、おれにはずっと重いよ」
「……」
 こんな時、叉雷は捺夏が捺夏であって心底良かったと感じるのだ。素直で単純なようでいて、独自の価値観だけは誰にも譲らない。その意味では、捺夏は至極明快だ。迷いもせず、躊躇いもせず、捺夏の視点から全ての物事を切り分けてゆく。許せること、許せないこと。好きなもの、嫌いなもの。曖昧にぼかすことはしない。捺夏は、自己と他者の間に明確に線を引く。一見あやふやに見えても、いざという時には決して揺らがない。
 その上で、捺夏は恥をかくことを厭わない。大切に思うものを守るためならば、平気で嘘八百を並べ立てる。必要とあらば、いくらでも頭を下げて臆病者を演じることが出来る。淵沼の村で叉雷以外のほぼ全員を欺いても、捺夏の良心は痛まない。「生きるために手段を選ばない」と語る捺夏の本音は潔い。
「お前を助けることで、おれ自身の存在価値をどうにかこうにか手に入れようとしていたとしても?」
「関係ないね。第一、偽善や同情だけで、あんな風に自分を犠牲にできるもんか。おれはさ、叉雷のことを誇りに思ってるよ。だけど、叉雷が本当は何を考えてそうしてくれてたのかなんて、ぶっちゃけどうだっていいんだ。おれにとっては、他でもない叉雷がそうしてくれてたことが、自分が生きててもいいんだって思える一番の理由だったんだから」
 いくつもの試合をくぐり抜けて、叉雷がどれだけ傷つこうとも、捺夏は決して泣かなかった。泣く代わりに捺夏は笑った。百戦錬磨の賭博師たちを逆に手玉に取って、叉雷が勝つ度に捺夏は手持ちの金を増やしてゆく。叉雷が闘技場で戦っている間、捺夏は観客席で戦っていた。叉雷にとっては、捺夏の方がどれだけ誇らしかったか分からない。一戦一戦が生きるための戦いだった。骨が折れても、血が流れても、全身の筋肉が軋んでも、叉雷は恐れなかった。大丈夫だ。何ともない。――どうせ、すぐに直る。
 それより、負けることの方が余程怖ろしかった。抵抗できなくなることは、当時の叉雷にとって死を意味していた。幼いこと。村の誰とも血の繋がりが無いこと。奪われたものを取り戻せるだけの力が自分に無いこと。抗え。戦え。さもなくば、待つのは緩やかな死だけだ。死んだら二度と探せなくなる。そんな結末だけは認めたくない……。
 捺夏を生かすことで、叉雷はようやく生きていられた。誰にも語れない秘密を抱えながら、何とか正気を保っていられたのは、守るべき者が捺夏だったからだ。捺夏が成人するまで二人で何とか生き延びようという願いが叶い、この年まで友人であり続けられた。今更ながらに奇跡のようだと叉雷は思う。
「どしたの?」
「いや。師匠の説教が、いかに的を射てたかを思い知って、ちょっと呆然としてるだけ。『お互いに寄っかかって生きる癖はさっさと捨てろ』と何度云われたことか」
 叉雷の言葉は溜め息混じりだ。
「そうだねー」
 対する捺夏は声を上げて笑う。叉雷は、それを聞きながら立ち上がった。
「ちょっと出てくる」
「どこ行くの?」
「野暮用だよ。朝までには戻る」
 クローゼットから上着を取り出して肩に羽織る。
「絽々を呼ぶ?」
「いや。歩いて行くよ」
 叉雷は軽く首を振った。
「いってらっしゃーい」
 寝そべったまま、ひらひらと手を振る。
「捺夏。一つ頼みがある」
「なに?」
「キリエに、ここのルールをよく教えておいてくれ」
「もう話したじゃんか」
「お前が話したのは、上っ面だけだ。お前がここの中でもマシな道ばかり選んだおかげで、彼女はここが本当はどんな場所か知らないままだぞ」
「……はーい」
「彼女は右隣の部屋にいる」
 叉雷は財布だけを持って扉へと向かう。
「頼んだぞ。小人の群れには近づかせないでくれ。観光が目的なら、カジノで充分だ」
 振り返って念を押す。
「過保護」
 ぼそっと捺夏が云う。
「雇い主の無事を願うのは当然のことだろう。――キリエは、自分が何を欲しがってるのか、それすら分からなくなってる」
 捺夏は、顔だけを持ち上げて叉雷を見ている。
「キリエは、彼女なりのやり方で人を助けようとしている。相手が本当に『人』なら素晴らしいことだけど、ここにいるのは人だけとは限らない。危なっかしくてしょうがない」
「分かったよ。話しておく」

*     *     *

 翌朝――。
 希莉江は断続的な電子音で目を覚ました。枕の下から四角い目覚まし時計を抜き取る。ボタンを押して音を止めた。
 両手をシーツに突っ張り、のろのろと体を起こす。まだ薄暗い空を窓越しに見やって、ほっとした顔をする。
「やっぱり。昨日仕込んでおいて良かったわ」
 五月とはいえ、明け方は流石に冷える。両肩をさすりながらベッドを降りた。
 クローゼットから昨日と同じ服を選んで身につける。小振りな黒の鞄の紐を左肩から斜めに掛ける。鞄には財布だけが入っている。
「さっ、行かなくちゃ」
 自分に向かって一声かける。小さな足に靴を履いて、ようやく準備が整った。

「サライ、起きてる?」
 廊下から扉越しに声をかける。中からは「ふにゃー」としか形容できない返事が返ってきた。明らかに寝ぼけている。
「ダッカ? ダッカよね」
「おれだー、よー」
「サライは?」
「いなーいー。朝までに、帰るって、ゆってたけどー」
「あたし、先に出るから」
 捺夏はしばらく無言だったが、急に大きく「だめー」と叫んだ。
「今日は一人でいいわ」
「……だめー。ついてく、から」
「あたしがいいって云ってるのよ。セリが案内してくれるから、大丈夫よ」
「んもー……」
「いいから、ダッカは寝てて。まだ朝の六時よ」
「むにゃ」
「……」
 黄色で塗られた扉に耳を当てて、捺夏の寝息が聞こえるまで待つ。数分が経つと、捺夏は一言も洩らさなくなっていた。
「これでいいわ」
 音を立てぬように階段を駆け下りる。希莉江はとても嬉しそうに見えた。

 宿から出て、斜向かいの家へと向かう。希莉江は走っていた。
 青い屋根の家の前で、セリが腰を屈めているのが見える。セリは薄緑色の丈の長い寝間着を着ていた。裾の広がった形のせいか、昨日よりもずっと愛らしく見える。両手に持った黒のゴミ袋から推測すると、どうやら今日はゴミの回収日らしい。ゴミ袋を置いて、玄関へと戻る途中で首を伸ばして欠伸をする。そんなセリの姿が微笑ましくて、希莉江は思わず笑ってしまう。
「おはようっ」
 猫が獲物に飛びかかる瞬間のように、セリの隣へ素早く辿り着く。
「キリエ。どうしたの?」
 ぱっちりと開いた目が希莉江を捉える。
「早起きだね」
「セリも、ね。ねえ、あたし今すぐ見たいものがあるの」
「なに?」
「セリ、あたしを小人たちがいる場所へ連れて行って」
「えっ」
 セリは尻込みした様子で希莉江を見る。
「昨日はサライがいたから行けなかった。あの人、あたしに小人を見せたくないみたいなの。でも、あなたがいれば平気でしょう?」
「そ、そりゃあ、見せてあげられるのは確かだけど。サライさんが怒らない?」
「彼はあたしが雇った護衛よ。あなたが怒られることはないわ」
「……ちょっとだけだよ。遠くから見るだけにして」
「ありがとう。すぐに行ける?」
「うん。鍵を取ってくるから、ちょっと待ってて」

 再び現れたセリは、濃紺の上着を片腕に抱えていた。その手には鍵束が握られている。
「じゃあ、行こうか」
「行きましょ」
 嬉しそうに希莉江が肯く。
「ねえ。キリエは、どうして小人なんかが見たいの?」
「あたし、幻獣とか怪物とか、そういうものに惹かれてるの。なぜかは、自分でもよく分からないんだけど」
「へえー」
「キメラとか、キマイラとか呼ばれているもの……。いくつもの動物が組み合わさった獣のことよ。小さい頃に絵本や童話で見て、不思議な生き物だなって思った。いつか、ああいうものを見てみたいって、ずっと思ってたの」
「あたしは、昨日の夜見たけどな。小人よりも不思議な生き物」
「何?」
「飛竜! あんたの連れのお客さんのだよね。厩舎に入ってくのを見たよ。空から、スイーッと。かわいかった。カイトも見てて、すごい興奮してたよ」
「あたしが好きなのは、ああいう、可愛い感じの生き物じゃない。もっと……そう、どこか怖いような生き物なの」
 夢見るような顔つきで語る。セリは、危ういものでも見るように希莉江の横顔を窺っている。
「遠くから、だよ。ほんとは見せたくないんだ」
 溜め息混じりにこぼす。

「朝の、こういうしんとした空気。あたし好きよ」
 希莉江の頬が上気している。上着を両肩に羽織ったセリは、手にした鍵束を落ち着かなそうに弄っている。
「どうかした?」
「別に」
 セリの応えは短い。希莉江は数秒の間、セリの横顔を見つめていた。少し強張った頬のラインが大人びて見える。視線に気づいたのか、黒い瞳が希莉江を見た。見て、困ったように笑う。
「今日も畑に行くの?」
「ううん。頼まれた日だけ」
 セリが首を振ると、それに合わせて黒髪が揺れる。
「小人の世話も、本当は決まった日にだけするんだ。勝手に入ったと親方に知られたら、ちょっと面倒なことになるから」
「親方?」
「ボスのこと。うちのギルドのね。あたしはギルドに入ってるんだ。仕事は親方がくれる」
「でも、あたしはあなたの親方なんて知らないわ」
「あんたは直接仕事をくれたから」
 セリは喉の奥で笑ったようだった。
「上納金は報酬の半額だ。あんたに会えて、あたしはラッキーだった」
「あたしが……もし、あたしと取引したことがギルドに知られたら、セリはどうなるの?」
「まあ、間違いなく追放されるかな。場合によっては――」
 命を取られる。ごく小さな声でセリは続けた。希莉江は愕然とする。
「嘘でしょう? こんな、つまらないことで」
「ギルドの掟は厳しいよ。だけど、最低限の生活の保障はしてくれる」
「……親方って、きっと贅沢な暮らしをしてるのね」
「まあね。都の偉い人にも顔が利くらしいよ。都で悪いことをして捕まって、看守に金を積んで脱獄したって云ってた。どんなに金があっても、ここから出られないんだってさ。あたしに家を貸してくれてるのも、同じギルドの人なんだ」
「……」
 希莉江は言葉を失っている。セリもまた、かつての自分と同じ境遇にあるのだ。ただ一つだけ、希莉江とセリには決定的な違いがある。確かに自由は無かった。憎悪に満ちた言葉や、歪んだ愛情を孕んだ視線に苛まされながら生きてきた。だが、命を奪われると感じたことはなかった。

「ねえ。サライさんて、格好いい人だよね」
「えっ、そう?」
 思いも寄らぬセリの言葉に、希莉江は何もない場所で躓きそうになる。
 既に街を抜け、二人は剥き出しの土の上を歩いていた。
「だって、すごく綺麗だし、物静かだから」
「嘘。サライは結構口数多いのよ。昨日は……たまたま、大人しかっただけよ」
「そうなんだ」
「……そうよ」
 希莉江の声には覇気がない。希莉江は叉雷を量り切れていなかった。叉雷と知り合ってから、まだ数日しか経っていない。優しい人だと思う時もあれば、酷く酷薄に思えた時もあった。どちらが本当の叉雷なのか、希莉江には分からない。
「……」
 少女たちは無言のまま歩み続ける。

「池があるわ」
 細い橋のかかる水辺を見て声を上げる。ほどなくして、池の向こうに咲き誇る花が目に入った。希莉江は顔を輝かせて駆け出す。ゆるい半円を描く木の橋を渡って足を止めれば、花の甘い匂いに全身が浸されてゆく。
 五月の花々は、春のそれよりも力強く希莉江の目に飛び込んでくる。
 赤の薔薇、薄紅のライラック、白と黄の牡丹。藤棚から垂れ下がる、紫の藤の花。白と桃色の可憐なカルミア。濃い紫の文目。色とりどりの花が鮮やかに見える理由は、地を覆う緑の色が濃いからかも知れない。薄緑ではない。原色の緑だ。
 誰かが手をかけて育てているのだろう。本来ならば、そこかしこにある筈の雑草が全く見当たらない。大地は青々とした緑に覆われている。樹木にも剪定の跡がある。無駄な枝は落とされ、花の美しさを引き立てている。
「素敵!」
 行く当てのない旅は、希莉江の心に安らぎを与えるようなものではなかった。景色を楽しむ余裕も無く、逃れるためだけに放浪した。二年は長かった。希莉江の巡礼は決して遊興ではなかった。
 だから今、こんな風に高揚している自分が他人のようにも思える。浮わついている。地に足が着いていない自覚はあった。
「きれいだよね」
 ゆっくりと歩を進めて追いついたセリが、希莉江の後ろから声をかける。
「誰が世話しているの?」
「知らない。でも、この季節はいつも咲いてるよ。冬は枯れ枝に積もる雪がきれいだ」
 ややあって、セリが踵を返す。
「行こう」
 希莉江は立ち去りがたい様子だったが、何かを振り切るように二、三度首を振ると、セリの後を追って歩き出した。

「ここだよ」
 鉄の囲いの前で立ち止まる。屋根は無かった。山羊の鳴き声が耳を掠める。ギギギ、と金属を擦り合わせるような音が聞こえている。これが小人の声だろうか?
「じゃあ、開けるよ」
 顔だけを希莉江に向けて告げる。セリは真剣な眼をしている。
「いい?」
 希莉江に異論のあろう筈もない。無言で肯く。握り込んだ両手の拳の内側が熱い。セリの手が鍵を開ける。鉄の扉は内側に向かって開かれた。ギーギーという声が一際高まる。怪しげな気配にぞくりとする。不穏だ。とても。
 恐れとも喜びともつかない感情が希莉江を突き動かす。セリに続いて、飛び込むように中へと入った。

 小人がいる。五人だ。
 大人の胴体に子供の手足をつけられたような、アンバランスな体をしている。だらりと垂れた両腕を前後に動かしながら、緩慢な足取りで歩き回っている。
 髪の色は全員が白い。整えられもせず、肩の辺りまで適当に伸びている。肌の色は血色が悪く、青みがかった灰色に近い。瞳の色は良く分からなかった。全員が顔を伏せているからだ。体の重心は、常に前に傾いでいる。のろのろと動き続ける小人の傍らに立つと、自分が酷く巨大になった気がする。尖った耳が頭と一緒に小刻みに震えているのが見えた。
 一人だけ、腰まで髪を垂らした小人がいた。女の小人だろうか?
「おはよう」
 希莉江は努めて優しく声をかけた。女の小人は火に触れたかのように「ギャッ」と叫んで飛び退いた。
「ギ」
「ギィー」
 ばらばらと唸り声が上がる。小人同士で会話をしているのかと考えたが、それぞれが明後日の方向を見ていることから、独り言だと思い直した。
「言葉は全く通じないの?」
 セリに訊ねる。セリは鉄の扉を背にして立ち竦んでいた。いつでも逃げられるように気を張っているのが見て取れる。
「通じる訳がないよ……。そいつらは人間じゃないんだから」
「なぜ、人間じゃないと云えるの?」
 問いかける希莉江は真顔だ。
 あたしは人にはなれない。嬉しそうに希莉江を嘲笑い続けた女たちの顔が、声が、鮮明に脳裏を過ぎった。あいつらと同じものではありたくない。時を置いても決して拭い去れない。闇色の記憶は希莉江を捕らえて離さない。あたしの顔を見て、うっとりとした顔をする、あいつと同じものではありたくない。
 人でいられないなら、あたしは怪物になる。
「キリエ?」
「あたし――。あなたたちに興味があるのよ」
 手を伸ばして一人の小人の肩に触れる。触れられた小人は「ギ、ギ」と鳴き声を上げ、希莉江を恐れるように体を縮めている。
 虚ろな目だ。そう感じた。間近に立つ希莉江を見ようともしない。
「あたしが、あなたたちのために出来ることが何かある?」
「だめ! それ以上近づいたら……キリエッ!」
「大丈夫よ」
 希莉江は振り返りもしない。魅入られたように銀色の瞳を覗き込んでいる。
「キリエ、やめて! 戻ってきて!」
 セリは絶叫した。涙声だった。希莉江はセリを無視した。セリの逡巡は長くは無かった。扉を開け、外へ飛び出してゆく気配がした。間を置いて重たげに扉が閉まる。
 ほっと息をつく。これでいい。
 あたしはもう、嵐が迎えに来るのを待つ気はない。あたしが嵐になる。
「あたしの言葉が分からないの?」
 頼りなげな声で問いかける。
 小人の一人が不機嫌そうに希莉江を見た。きつい眼差しに胸苦しさを覚え、希莉江は何も云えずに立ち尽くした。ここでも、あたしは異邦人だ。どこに行っても同じ。あたしの居場所はどこにもない……。
 あたしは何がしたいのかしら? 夢も希望も無く、日々目減りしてゆく財布の中身を確かめながら、一体何を求めてここまで来たのか。そうだ。あたしは、こんな所まで来てしまった。都から離れたい一心で、あの場所から逃げた筈だったのに。あたしはこの国から出ることすら叶わなかった。
 ここは都に近い。あたしにとっての地獄の街は、ここじゃない。彩楼だ。あの場所のことを考えるだけで吐き気がする。街の端から火をつけて、全て燃やし尽くしてしまいたいとさえ思う。燃えろ。燃えてしまえ。それなのに、あぁ……なぜだろうか。あたしは、もう一度あそこへ戻りたいと思っている。願っている。彩楼。母と過ごした思い出の地――。

 明け方に冬花の暖かさに寄り添って微睡んでいる時、希莉江はわざと寝たふりを続けた。遅れて目覚めた冬花が、甘やかす声で希莉江を起こそうとするのを待っていた。
「こらっ。本当は起きているんでしょう」
 そう云って、希莉江の体をくすぐってくる。堪えきれずに目を開けると、冬花が目を細めて笑う。慈愛に満ちた瞳が希莉江を見ていた。希莉江だけを。冬花の傍らにいるだけで、心臓がきゅっと掴まれるような幸福感に浸っていられた。いつも、どんな時も。
 希莉江の髪を編む手つきが今でも忘れられない。他愛ない喧嘩なら何度もした。仲直りの合図は、困ったような冬花の笑みと決まっていた。夢見がちに見えて、強かな部分もあった。希莉江の母は、希莉江を捨てずに育て上げられるくらいには強かったのだ。
 あたしは確かに愛されていた。だからこそ、母さんが逝ってしまったと気づいた瞬間に自由になれたのだ。あの時のあたしは何も怖くなかった。失うものなど、一つも無いのだと信じられた。なぜなら……。最も大切なものは、既に冷たくなって横たわっていたのだから。亡くしたからこそ理解できた。あたしは失った。だから、もう何も失うものはない。

 不意に、小人たちの土まみれの汚れた体や、光の灯らない虚ろな眼に激しい嫌悪を感じた。それは憎悪と呼んでも良かった。耳障りな声を上げ、蜘蛛の子を散らすように希莉江から逃れてゆく小人たちが憎い。
「あんたたちだったら、あたしを受け入れてくれると思ったのに」
 呪いの言葉を口にする。小人たちは両手で耳を塞いでいる。誰一人として、希莉江と視線を合わせようとはしない。
 希莉江は唇を噛み締めて立ち尽くしている。

*     *     *

 同じ頃、叉雷は希莉江を待っていた。
 部屋に捺夏の姿はない。食堂で朝食を摂っているのである。
 叉雷が宿に戻った時、陽はまだ完全には昇りきっていなかった。隣室の希莉江がいないと気づき、捺夏を叩き起こした。寝ぼけ顔の捺夏から「希莉江はセリと出かけた」と聞かされ、叉雷は殊更驚きもせずに「そうか」と応えた。
 予感はあった。希莉江は小人を見に行ったのだろう。
 希莉江という存在が放つ違和感を、叉雷は初対面の時から感じていた。狂おしいまでに激しい野性的な本能が、小さな体の奥に隠されている。まるで獣のような気性の荒さとは裏腹に、品の高さをも感じさせる。さらに、人を惹きつける不思議な力を持っている。
 希莉江が発する空気は、常人のそれとは全く違う。これまでに出逢った誰とも――ただ一人を除いて――違う。
 希莉江と似ていると叉雷が感じる人物とは、叉雷と捺夏の師であるアンダルシアだ。
 希莉江はまだ己を知ってはいない。だから危うい。小人たちが希莉江を襲うことはないだろう。小人たちが餓えていない限りは。だが、もしも小人たちが餓えていたら。希莉江には、自分自身を守れるだけの力は無い。どれだけ大きな力を持っていたとしても、本人の意志でそれを使いこなせなければ無に等しい。
 叉雷は希莉江を待つことに決めた。気配を捜して走り回っても構わなかったが、叉雷の脳裏に閃いたのは「待て」という彼自身の声だった。じりじりとした焦りを感じなかった訳ではない。それでも叉雷は待つことを選んだ。

 叉雷は立ち上がって窓の外を見る。見た途端に安堵した。「待って良かった」と素直に思う。
 通りを疾走する小さな影は少女の形をしていた。希莉江ではない。セリだ。宿の一階部分へ入ってくる。叉雷は大股で部屋を横切った。

 ややあって、階段を駆け登る足音が扉越しに聞こえてくる。叉雷の手が内側から扉を開く。
「サライさん! 大変っ!」
 叉雷を認め、廊下に足をかけたセリが叫ぶ。よろけながら、叉雷が開いた扉の前へと辿り着いた。
「セリさん。キリエは?」
 問いかける声は穏やかだった。対するセリは、息を乱して喘いでいる。
「あの子、変だよ……」
 苦しげに言葉を吐く。日に焼けた顔が青ざめている。
「どうしたの? キリエは、君に何か酷いことをした?」
「ちがうよ!」
 思わぬ激しさで否定する。漆黒の髪が揺れた。
「そんなんじゃない! 小人だよ。あの子ったら、信じられない。あんな奴らのそばに寄って、話しかけたりして……」
 色を失った唇が切羽詰まった声を吐き出した。
「どうしよう! あんなとこ連れていかなきゃよかった! あの子、何にも知らないんだ!」
 セリは全身を震わせて叫ぶ。
「あたし怖くて、一人で戻ってきたんだ。早くあの子を連れ戻して! お願いだから!」
 叉雷に取り縋って吠える。セリのそれは懇願に近い。
「キリエは、君が『戻れ』と云っても聞かなかったの?」
「全然。訳が分かんないよ。あの子、怖くないの? あたしだったら、あんなことできない。絶対できない……」
「ちょっと待って」
 セリの体から手を離す。叉雷は足早に机の前まで歩くと、屈み込んで引き出しを開けた。中から何かを取り、スラックスの後ろのポケットに滑り込ませる。
「サライさん。早く」
「分かった。彼女の所へ行こう」
 廊下へと足を踏み出した叉雷は、階段をのんびり上がってくる捺夏の姿に顔を顰めた。
「捺夏」
「どしたの?」
 呑気な声で捺夏が問う。食堂で手に入れたのか、片手に湯気を立てる麩菓子を握っている。
「小人たちのことを、どうしてキリエに話しておかなかった」
 珍しく咎める調子で捺夏に問う。
「え? ……あー」
「なるべく近づかせたくなかった。てっきり話してあるものだと思ってたのに」
「悪かったよ。昨日部屋に行ったけど、キリエは寝てて起きなかったんだ」
 ばつが悪そうに肩を竦める。
「そうか……。悪かった。おれが自分で話しておくべきだった」
「案内するから! 早く!」
 ばたばたと走ってゆく。叉雷は捺夏に「ここにいろ」と声をかけると、セリの後を追った。

「本当にここ?」
 鉄の囲いの前で叉雷が問う。鍵束を手に持ったセリが勢い良く振り返った。銅の鍵が擦れ合ってジャリジャリと鳴る。
「あたしを疑ってるの?!」
 今にも泣き出しそうな声音を聞いて、叉雷は慌てて云い直した。
「そうじゃない。彼女の気配が無いから、不思議に思っただけさ」
「うそ! ここだよ。いやだ、あたしってば、鍵もかけずに逃げてきちゃったんだ!」
 云って、鍵束を上着のポケットに突っ込む。セリは叉雷を振り返りながら、恐る恐る扉を開けた。
「……いない!」
 中を見渡して、少女らしい甲高い叫びを上げる。
「小人の数は?」
「一、二、三、四――大丈夫。ちゃんと五匹いる」
「君を捜しに戻ったのかも知れない」
「そうかも! ……あぁ、良かった」
 気が抜けたように息を吐く。セリはバタンと扉を閉め、慌ただしく鍵をかけた。扉が開かないことを何度も確かめてから、ようやく叉雷に向き直る。
「あたし、一旦家に帰る。カイトのご飯を作らなきゃ。キリエを見つけたら、あたしは家にいるって伝えて」
「分かった。手間をかけさせちゃったね。有り難う」
「……」
 セリはぽかんとした顔で叉雷を見上げている。
「そんな言葉、何年ぶりに聞いたかな」
 ぽつりと云う。叉雷が小さな肩をぽんと叩くと、八重歯を覗かせて笑った。
「キリエに伝えといて。もっとマシな所に案内するって」
「分かった」
 叉雷は何気ない仕草で、セリの手に触れる。折り畳んだ札の感触に驚いたのか、セリは一瞬怯えたような顔をする。
「これは、彼女が君に支払う筈だったものだ」
「あ、ありがとう」
 顔を伏せて云う。セリが顔を上げると、叉雷は既に走り出していた。

 宿へと駆け戻った叉雷は、疾風のように階段を駆け上がった。扉を開け、部屋の中へ足を踏み入れる。
「キリエは?」
 捺夏の声が叉雷を迎えた。捺夏は気遣わしげな顔をしている。
「いなかったよ。今から捜しに行く」
「絽々と?」
「いや。もし彼女がここへ戻ってきたら、そのまま引き留めてくれ」
 話しながら、自分の荷物の前に屈み込んだ。中から、ある物を取り出してジャケットの内側に入れる。
「いいよ。分かった」
 肯く捺夏の唇の端には、麩菓子の黒い欠片が残っていた。

 外へ出ると、眩しい光が叉雷を襲った。天を目指して昇る太陽は、この季節に特有の鋭さで人の目を射抜いてくる。
「……あっ」
 不意に声を上げ、両手で自身の目元を覆う。心持ち前屈みになった叉雷は、しばらくその姿勢のままで、何かが彼から過ぎ去るのを静かに待っていた。
「まずいな」
 ごく小さな呟きを洩らした後で、さっと顔を上げて前を見る。
「間隔が短くなってる」
 自らに云い聞かせる声音で云うと、叉雷は風のように駆け出していった。

*     *     *

 ストラッシュは考えていた。
 考えの最中に別のことを考え、その最中にも、さらに別のことを考える。彼には思考がなかった。ただ、細切れの感情だけがあった。

 ストラッシュは考えていた。
 彼の肩や背中に触れて、虫の羽音で彼を困らせたダランガーのことを。中くらいの大きな人は、彼の聞き取れない言葉で、始終ぶつぶつと云っていた。恐怖のあまり、地面に頭を打ち付けているヘレネーが哀れだった。……そう。あの雌のダランガーは、それほどまでに怖ろしかったのだ。彼もまた、あのダランガーを怖れていた。
 彼の母の母から聞いたことがある。ダランガーの中には、古き怪物と契り、異形の子を残したものたちがいる。異形の子の力は凄まじく、ストラッシュたちの母の母の母の母の母たちを幾度となく攻め滅ぼそうとしたという。あのダランガーは、きっと異形の子に違いない。近づかれただけで死を予感した。彼は既に死んでいるにも関わらずだ。紫に光る目が怖ろしくて気が狂いそうだった。

 ストラッシュは考えていた。
 ダランガーとは、彼にとって格好の器である。彼はダランガーであり、同時にダランガーではない。なぜなら彼は生きてはいない。生きているように見えるように器を動かしているだけである。

 ストラッシュは考えていた。
 ごちそうがほしい。ごちそうがほしい。ごちそうがほしい。

 ストラッシュは墓場で生まれた。湿っぽい晩秋の夜だった。大鴉が闇を旋回しながら、けたたましく吼えていた。あれが彼の産声だった。
 正確には生まれたのではない。ストラッシュは今の器を選んで漂着した。そうすることで、ストラッシュは新たな肉体を得たのである。
 器が完全に腐る前に根を下ろす。それと同時に、血液を赤から銀に変える。器は一気に沸騰するほどの高温となり、脳は半分溶けてしまう。肉も溶け出してゆく。溶けないのは骨だけだが、肉の崩れとともに骨の位置は当然変わる。
 そのまま夜明けを待てば、器はストラッシュの新たな体だ。寄生が上手くゆけば、すぐにでも活動を始められる。背丈だけは元の半分以下になってしまうが、それ以外は申し分ない。四つ足で歩く器に寄生したこともあったが、餌を充分に得ることが出来ずに餓えて死んだ。あれ以来、四つ足の器はやめた。

 ストラッシュは考えていた。
 ごちそうがほしい。ごちそうがほしい。ごちそうがほしい。
 干し草はもう、うんざりだった。豆の屑もだ。ダランガーはろくな食事を彼に与えていない。ただ……そう、ほんの時たま、彼が歓喜するような食事を与えてくれる。

 ストラッシュは考えていた。
 これは何度目の器だ?
 一つ、二つ、三つ、……たくさん。

 あー。あー。あー。
 ごちそうがほしい。ごちそうがほしい。ごちそうがほしい。

*     *     *

 昨晩のことである。
 宿を出た叉雷は、友人の家を目指していた。貧民窟の一角に住む友人は、新進気鋭の若き詩人である。屋号は三笠屋。名を冬薙〔とうち〕という。
 冬薙を訪ねた理由は単純だ。気の置けない友人と旧交を温めるためである。
「この世界は何てちぐはぐなんだろう。そう思うことはないか?」
 これは、冬薙の家で叉雷が耳にした言葉である。

 夕闇の中を歩く。耳元から肩口を吹き抜けてゆく風は、やや冷たくて心地よい。
 どぎつい青で塗られた屋根が目に入った。叉雷は迷わず背の低い平屋へと近づいてゆく。
 暗がりでよく見えなかったが、玄関脇の庭には盆栽の鉢が並んでいる。緑の合間には、いくつか花も咲いていた。
 叉雷の手が扉を叩く音は、夕暮れの空に高く響いた。
 叩いた後で、叉雷は待った。冬薙は夜行性である。夜が始まる頃に起き出して、夜明けから昼まで筆を執る。冬薙にとって、今は寝起きの時間だろう。しばらく待つと、家の中から物音が聞こえ始めた。やがて何かを掻き分けるような物音とともに、冬薙の足音が近づいてくる。
 木の扉は、ギィーと軋みながら開いた。
「君か」
 叉雷を認めて、切れ長の瞼が重たげに瞬きをする。短い黒髪は寝癖で四方八方に散らばっていた。銀縁の眼鏡が、細い鼻筋からずり落ちそうになっている。
 叉雷は低く笑い、「お邪魔します」と応えた。
「どうぞ。散らかってるけど」
 埃っぽい部屋の灯りは暗い。朽ちて剥がれた白い壁から、屋根を支える鉄棒が見え隠れしている。
「元気そうだね」
 抑揚の無い声音は相変わらずだった。
「お陰様で。お前がくれた手紙を読んだよ。約束してはいなかったけど、こっちにいるんじゃないかと思って。会えて良かった」
「そうか……。いいタイミングだったよ。明日には都に戻ろうと考えていた」
 冬薙は、都と貧民窟の両方に部屋を借りている。気の向くまま、彩楼と地獄の街とを行き来しているのである。
「君はよく出られたね」
 眼鏡の奥の瞳が穏やかに笑っている。冬薙の学者然とした佇まいを、叉雷は好もしいと思う。独特な感性を持つ友人と交わす会話は、常に叉雷の知的好奇心を刺激する。
「次の長が見つかったからさ。今は捺夏と一緒にいる」
「それはおめでとう」
 生真面目な祝福が可笑しい。だが、冬薙は本心から叉雷を祝っているのだろう。
「君はまだ龍を探しているのか?」
 冬薙が問う。叉雷の答えは云わずもがなである。
「そうか……」
 叉雷は冬薙が手で勧めた椅子に腰を下ろした。肘掛けのついた、重みのある木製の椅子だ。背凭れに彫られた繊細なモザイク模様を見れば、一目で年代物だと分かる。艶々とした黒ニスの手触りも良い。
「良い椅子だね」
 冬薙もまた、叉雷と向かい合う位置に置かれた椅子に座った。
「有り難う。僕は相変わらず古い物に目が無い。それは二百年前の椅子だ。僕のような若造には売りたくないと骨董屋がぼやいていた」
「君らしいな」
 叉雷は声を抑えて笑う。冬薙は、幼い頃から自発的に考古学を学んでいた。
 今から十年前の夏のことだ。冬薙は僅か十才にして一人都に赴き、その頃彩楼で盛んに行われていた霞遺跡の発掘現場で大人に混じって働いた。その年からは、一年の内の数ヶ月を必ず村の外で過ごした。彩楼に限らず、アンガルスや東稜にも足を伸ばし、様々な年代の遺跡を見て回った。村に戻ると、己が不在だった間の埋め合わせをするかのように、誰よりも真剣に畑仕事をした。
 彼は学校には通わなかったが、独学で歴史と考古学を学んだ。詩や文学は学ばなかった。学ぶ必要が無かったのである。彼は我が身を高める為ではなく、生きるために文字を読んだ。読書は彼の生きがいそのものであり、物語は彼の生きる糧であった。聡明な顔つきをした、ややもすると浮世離れして見える彼自身もまた、空想の世界の住人のようであった。
 冬薙は二十歳の誕生日を待たずに村を出た。やがて彼は詩人となり、叉雷の手元には彼の詩を載せた雑誌などがちらほらと届くようになったのである。
「今夜は忙しいかい」
「いや」
「それなら、僕の話を聞いてくれないか」
「喜んで」
 叉雷が肯く。しかし冬薙は、しばらく何の声も発しなかった。
 数分が無為に過ぎた。天を仰いで仰け反った姿勢になり、冬薙は静かに呼吸している。語るべき言葉が落ちてくるのを待っているようにも見える。叉雷は何も云わず、冬薙が言葉を紡ぐのを待っていた。

 やがて冬薙は居住まいを正し、叉雷の顔を正面から見据えた。
「この世界は何てちぐはぐなんだろう。そう思うことはないか?」
 その声は自問の響きを含んでいた。
「ある。だけど、具体的に何がおかしいとは云えないな」
「僕もそうだった。これまでは……。君、アンガルスの荒野遺跡を見たことがあるかい」
「いや」
「行ってみるといい。あの地に遺されたものを見て、僕は自分の予感を確信に変えた」
 冬薙の表情は常になく厳しい。半ば睨むような目で叉雷を見ている。
「君は何を見たんだ?」
 叉雷が問いかける。
「僕は――」
 冬薙は語った。およそ千年を経たのではないかと思われる程に古びた、それでもなお原型を保ったままの金属片のこと。それは銀とも金とも違う不思議な光沢を持ち、立方体の断面はアンガルス人が畏れるダダ神の裁きの光で断ち切られたかのごとく、この世に有り得べからぬ滑らかさであったこと。継ぎ目の全くない、何か大きな機械の部品と思われる白銀の球体。一文字ずつアンガルス文字が書かれた、小さく軽いブロック。真横から見ると台形に近い立体である。出っ張った部品の裏側は空洞になっている。表面はつやつやとしていて、色は灰から黒まで様々だった。冬薙は、そのブロックを見つける度に逃さず拾い集め、ついにそれがアンガルス語で使われる全ての音を網羅していることを知った。また、ブロックの一部は、同じ材質の長方形のボードに嵌め込まれたままで発見された。
「今のタイプキーよりももっと上質なものが、今から遙か昔に存在していたんだ。僕はそれらを見た。この目で見たんだ。今は銀行の金庫に置いてあるが、君が望むなら取り出して来ても構わない」
「それは是非見てみたいな」
 叉雷の声は熱を帯びている。碧の瞳には紛れもない興奮の色があった。
「笑わないで聞いてほしい。捺夏ならともかく、君に笑われたりしたら、三日は立ち直れないだろうから」
「笑わないよ」
「この星は一度死んでいる」
 ひそめた声で告げる。
「そうとしか思えないんだ。いつのことか、ありとあらゆる栄光を享受した人々があり、この地上に非常に高度な文明を築き上げた。だが、それは滅んだ。その文明がどれだけ栄えていたのか、そして、それだけの文明がなぜ滅びてしまえたのか、僕には知りようがない」
 堰を切ったように言葉が溢れ出す。叉雷は瞬きもせずに冬薙を見ている。
「僕は……僕は、これらのことを知らずにいた方が幸せだったのではないかと感じている」
「なぜ?」
「僕らは、全てが終わった後に生まれたんだ。新世代の人類といってもいい。しかも僕は、具体的に何が起こったのか予想すらできないんだ――。なぜ? どうして使い方も分からないような道具の破片が、あちらこちらで見つかるんだ? せめて、発掘された書物を自由に読むことができたら……」
 言葉尻を濁し、冬薙は肩を落とした。叉雷は冬薙に対して、おざなりな慰めの言葉をかけたりはしなかった。失われた物を思って嘆く冬薙の思いは、冬薙だけのものであり、冬薙の生きる力の源でもあることを知っていたからだ。
「君は、いつか全てを知りたいと思う?」
 叉雷の問いに、冬薙は首を振った。そうして、こう云ったのだ。
「知り尽くしてしまったら、僕は生きることをやめるだろうね。きっと」
 未知の存在があるということが、冬薙にとっての糧であるなら、自分にとってのそれは何だろうか。
 冬薙と別れ、来た道を帰る叉雷の心には、これまで幾度となく自問してきた問いが、はっきりと浮かび上がっていた。


 石畳の上を駆けてゆく。奇妙な懐かしさを覚えて、叉雷は苦く笑う。あの夏の日も、こんな風に人を捜していた。
 七才の叉雷がどれほど彷徨っても、捜し人は見つからなかった。代わりに見つけたのは、大空を泳ぐ巨大な龍の姿だった。じわりと胸に込み上げてきたものは、純粋な懐かしさと、紛れもない哀しみだった。
 もしも、あの夏に戻ることが出来るなら。先回りして、失う前に助けることが出来ていたら。きっと、こんな風に生きてはいなかった。もっと穏やかな道を選べたような気がする。
 だからこそ、叉雷は今も考え続けている。かつて犯した無知という罪と、それを償う方法について思いを巡らせている。碧の目で希莉江の姿を捜し、希莉江の気配を全身で探りながら。

*     *     *

 希莉江は歩いていた。
 セリが走り去ってから間もなく、希莉江も小人たちの檻を離れた。あのまま小人たちに囲まれていたら、自分が何をするか分からなかったからである。生まれて初めて、人に向かって手を上げてしまうのではないか。そう思ったら、怖くてたまらなくなった。
 見なければ良かった。希莉江は後悔している。好奇心に任せて浮かれていた自分を馬鹿だと思う。今も気分が悪い。胸がむかついている。あれほど激しい憎悪を感じるとは、思ってもみなかった。
 眩しい日射しの下を、希莉江は止まらずに歩き続ける。

 ここはどこだろうか。セリに連れられて歩いた道ではない。分かるのはそれだけだ。
 陽はさらに高さを増している。先程まで髪を揺らしていた風は止まり、じりじりと背中が焼ける。つらい。足首と脛が、ずきずきと痛んでいる。けれど、帰りたいとは思わなかった。宿には、まだ戻りたくない。セリはきっと叉雷を探すだろう。叉雷は出かけているらしいから、セリの話を聞くのは捺夏かも知れない。
 のろのろと動く希莉江と同じく、のろのろと動く人影と擦れ違う。痩せた男だった。年頃は分からない。顔を見る気力もない。相手にとってもそれは同じようで、通りすがりに男の無精髭だけが目の端を掠める。
 曲がり角で足を止めた。見えない向こう側から、話し声が聞こえてくる。二人、いや三人か。
「どうするの?」
 間延びした声に続いて、不機嫌そうな溜め息が聞こえた。
「わたしに訊かれてもね。どうもこうも」
「まったく。あんなものを連れてきたおかげで、余計な仕事が増えたじゃないか」
「でも、高く売れるみたいよ」
 最初の問いと同じ声が云う。
「育てるのも一苦労だけどねえ」
 育てる? 一体何を。希莉江はふらりと角を曲がった。
 三人ではなかった。四人だ。壁に凭れて煙草を吹かす女、片手に鍋を抱えた女、欠伸を噛み殺そうとしている女。三人の女は、中年をとうに過ぎているらしく、目元や口元に、くっきりとした皺が見て取れた。そして、背を丸めた白髪の女たちの中で、一人背筋を伸ばして立っている黒髪の女。娘というには年を取りすぎているが、まだ若い。二十代の半ばだろうか。
 希莉江は立ち止まらなかった。女たちの様子を窺いながら通り過ぎる。
「じゃあ、また」
 黒髪の女は、仲間の女たちに軽く会釈をした。
「また明日」
 壁に凭れたままの女が鷹揚に応える。

 希莉江の後ろから黒髪の女が歩いてくる。女の足は速く、希莉江はすぐに追いつかれてしまった。暑さでぐったりしてさえいなければ、希莉江の足は、そう遅くはない筈なのだが。
「あんた、どこの子?」
 希莉江を一瞥した後で、訝しげに声をかけてくる。そのまま女が足を止めたせいで、つられて足を止めてしまう。
「……」
 希莉江は応えない。
「外から来たんでしょう。暗くなる前に帰りなさい」
 諭す口調で云うと、希莉江の返事を待たずに歩み去ろうとする。
「待って下さい」
 希莉江は思わず女の後を追った。
「今、何の相談をしていたんですか?」
「私たちが何をしていようと、外の人には関係ないでしょう」
 素っ気ない声が帰ってくる。女は前を向いたままだ。
「人を売っているんですか」
 女が体ごと希莉江を振り返る。右肩に寄せていたまとめ髪が跳ね上がった。
「私も親に売られた。だからこんな所で生きている。売られた私が、人を売って何が悪いの?」
 挑むような眼をして云う。女はとりたてて悪びれる様子もない。希莉江は唖然とする。
 何かを云いかけて、しかし希莉江は口を噤んだ。あたしも人に買われていたと、そう云うのは簡単だった。だが、他人を売買する行為を受け入れることは、今の希莉江には到底不可能なことと思われた。
 己を追い越した女を逆に追い越して、希莉江は先へと進む。
「やめなさい。その道の先には何も無い」
「無くても、いいんです」
 あたしには、もう何も残っていないのだから。希莉江は自嘲の顔で笑ってみせる。女は声を上げて笑った。
「こんな生意気な迷子は、久し振りに見たわ。あんたで二人目」
「……?」
「一人目は、もういない。ここで殺されたから」
 女の声は苦い。
「どうして?」
 希莉江は戸惑いながら女を見つめる。女は、もう笑ってはいなかった。
「この街では、生死に理由はないの。弱い者は追われて狩られる。売られて買われる。それだけのこと。忠告はしたわ。後は好きにしなさい」
 突き放す声は冷たく、女の言葉が事実であると言外に告げていた。


 ひたすらに歩き続けて、ついに希莉江は腰を下ろした。
 小高い丘からは、曲がりくねった道の先が見通せる。荒れた土の上に、無造作に置かれた鉄の板を椅子代わりにした。膝を抱えて座り込む。
「疲れた……」
 広い道に人通りは無い。希莉江の斜め後ろには樫の大木があった。太い幹が落とす影に包まれて、上がり過ぎた体温が下がってゆくのが分かる。首筋の汗を片手で拭った。
「どこなの、ここは」
 応える者がいないと分かっていて、あえて口に出してしまう。二年に渡る一人旅は、確実に希莉江の独り言を増やしていた。
 案外、宿の近くへと戻って来ているのかも知れない。土地勘の無い希莉江は、行き止まりにぶつかる度に右へ曲がり続けていたので。
 早起きをしたせいか、瞼が重い。体が欲するままに目を閉じた。
 このまま、煙のように消えてしまうのもいい。そんなことを思う。主の目に留まらぬように、いつも目立たぬようにと心がけていた。気配を殺し、息を潜めて。その必要が無くなった今でも、様々な場面で同じことを繰り返している。一度身についた習慣を忘れることは難しい。
 すうすうと呼吸を繰り返すうちに、すぐに意識が無くなった。

 再び目を開けると、影の位置が変わっていた。随分長く眠っていたようだ。
 額に貼りついた前髪を両手で後ろへ流す。
「おねえちゃん。なにしてるの?」
 突然、頭上から声が落ちてきた。
「えっ!」
 驚きのあまり、座り込んだ格好のまま体を浮かせる。慌てて上を見上げた。
 樫の枝の上には、あどけない顔の少年がいた。あれはセリの弟だ。
「あなた……。セリの」
「カイトだよ」
 にっと笑う。白い歯が零れた。長い枝に両足をかけて座り、背中を丸めて身を乗り出している。
「大丈夫。少し、ぼうっとしていたかっただけ」
「だめだ。ここ、あぶないよ」
 笑みを消し、真剣な顔つきで云う。
「だったら、あなたも家に帰った方が……」
「おれは平気だよ。親方が助けてくれるもん。でも、おねえちゃんはあぶないよ」
 希莉江は不思議そうにカイトを見上げる。カイトの顔は硬く強張っていた。
「ジンもギルドに入っていればよかったのに」
 声には諦めが混じっていた。既に結末を知る、哀しい話を語るかのように。
「あなた、知ってるのね。ここからいなくなった子が、どうなったのか」
 カイトは複雑な表情で希莉江を見つめる。泣き出したいようにも、怒りを堪えているようにも見えた。ややあって、掠れ声で言葉を返す。
「知ってる。怪物に殺されたんだ」
「怪物?」
「みにくくて、いやしいやつらだよ」
「あなたは、それを見たの……?」
「見てない。でも、わかるんだ。ジンは殺された」
 ざっと音を立てて風が押し寄せてくる。緩く束ねた希莉江の髪が舞い上がり、ばたばたと肩に落ちて跳ねた。耳元で、鳥が飛び立つ時のような音が鳴る。
「おれも、夏からギルドで働くんだ。でも、ほんとはいやだ。ねえちゃんといっしょに、早くここから出たい」
「セリも同じことを云っていたわ」
「そっか」
 希莉江から視線を外して応える。
「おねえちゃん、どこから来たの?」
「あたし? あたしは……」
 答えに迷う。
「都から」
「うん。そうじゃないかと思ってたんだ」
 希莉江は足に力を入れて立ち上がる。よろけそうになるのを何とか立て直した。
「ねえ、降魔師って知ってる?」
「えっ?」
 降魔師。その名は、都に住む者なら誰でも知っている。
 風と語り、火を生み出し、水を分け与え、土に種を運び、金銀を練り上げる者。魔を降ろし、天空の星を詠む者。白い塔に閉じこめられた、無罪の囚人たち。
「……金銀を練り上げ、魔を降ろし、星を詠む者」
 記憶の中から言葉を引きずり出して口にする。カイトはぽかんとした顔で希莉江を見ている。
「すごいや。なんで知ってるの?」
「本で読んだのよ」
 主の書斎では、無数の本が壁一面を埋め尽くしていた。主が働いている間を狙って、掃除のために書斎の鍵を開ける。鍵は希莉江が持っていたため、希莉江はいつでも書斎を開けることが出来たのだ。掃除が終わると、希莉江は必ず本を読むようにしていた。
「おれの父さんは、降魔師だったんだ」
「そう……。お父さんは優しかった?」
 希莉江は父を知らない。名も、顔も。母は父の名を希莉江に教えてはくれなかった。
「うん。とっても。でも、戦争で死んじゃった」
 カイトは、「よっ」と声を上げて枝から飛び降りた。
「あたしも、母を亡くしたの」
「戦争で?」
「いいえ。病で」
 甦る光景に息が止まる。白い顔。白い手。長い睫毛の下に見つけた、紛れもない涙の跡。
「おねえちゃん?」
「大丈夫」
 卑怯者。囁く声は、自身の胸の内から聞こえる。
 母を捨てて逃げ出した日から、希莉江は自らを信じ切れなくなってしまった。
 たとえ、どれほど辛い境遇にあろうとも、母の亡骸を手厚く葬る義務があったのではないか? 全てを失ったからといって、当てもなく逃げるだけの理由が、果たして自分にはあっただろうか。もしあったとして、その理由は正しいといえるだろうか? 他ならぬ、希莉江自身にとって。

 物思いに耽る間に、陽は陰り始めていた。カイトは、そわそわと肩を揺らしている。
「おねえちゃん。おれ、もう帰るよ。いっしょに行こう」
「あなたは先に行って。……もう少しだけ、ここにいるわ」
「そう? 早く戻った方がいいよ」
 肯きながら、希莉江は笑ってみせる。カイトは安心したようだった。
「じゃあねー」
 手を振って歩いてゆく。カイトには帰る場所があるのだ。
 上り坂の向こうへと消える後ろ姿を見守ってから、希莉江は再び腰を下ろした。

 希莉江は本が好きだった。彼女が自由に選んで楽しめるものは、それしかなかった。年を重ねるごとに、主の許し無しには敷地の外へ足を踏み出すことさえ出来なくなった。学校に行くことすら叶わなくなった時、希莉江はようやく己が生まれ落ちた瞬間から檻に囚われていたことを知ったのだ。知ってからは、ますます本の世界へとのめり込んでいった。
 妖獣の姿を集めた図版を希莉江は好んで手に取り、飽きるまでいつまでも眺めた。どれも心躍るものばかりだった。ただ一つを除いて。
 それは美しい姿の男女の挿画だった。初めて目にした時には、あまりの美しさに目を奪われた。見開きの頁の左右にそれぞれ描かれた人物たちは、互いに向かい合って立っている。だが、添えられた解説を読んだ後では、激しい嫌悪だけが幼い胸に残った。
 サキュハースとインキュハス。彼女と彼は魔人である。人の心を操り、夜ごと誘惑の口づけで人を惑わす。この上ない悦びを与え、代償として命を奪う。一対の姿を囲むように、右左に刷られた文字の字体まで思い出せる。右には「愛によって生き、全てを奪うが、何ひとつ与えることはない」と書かれ、左には「快楽の化身である」と書かれていた。
 魔人たちは、まるで希莉江そのものだ。希莉江が育つ分だけ、冬花は痩せた。病床に就いてなお、笑みを絶やさない母が痛ましかった。
 希莉江は、我知らず母の命を吸い上げて生きてきたのだ。そのことに思い至った時には、既に母はこの世の者ではなかった。今でも、母の手の感触を感じて真夜中に飛び起きることがある。つい先週のことだ。
 希莉江と名を呼ばれた。冬花は笑っていた。早く起きなさい。揺り動かされる肩が震えているのは、希莉江が笑っているからだ。母さん、と呼び返す自分の声で目が覚めた。
 夢だった。母の声があまりに優しく、甘過ぎて、それが夢だとは思いたくなかった。窓越しの街灯にぼんやりと光る部屋で、息を殺して咽び泣いた。
 あの孤独を語るに相応しい言葉を、希莉江はまだ知らない。

*     *     *

 その場を動かなかったのは、どうしてだろうか。
 理由に心当たりが無い訳ではなかった。坂道を降りてくる人影を見た時には、思わず自分自身を恥じたほどだ。

「探したよ」
 そう、探されているであろうことを知っていた。希莉江の護衛であれば、当然のことだ。だからこそ、希莉江はここから動かなかった。何のことはない。自らも人に買われた身分でありながら、希莉江は叉雷と捺夏を買っていたのだ。
 今に至る経緯は知らないが、叉雷は希莉江を探し当てた。セリの元へと戻ったカイトが、セリに希莉江の居場所を語ったのだろう。あるいは、直接叉雷と会って、彼に語ったのだろうか。
「サライ」
 呼ぶ声を、何て甘えた調子だろうかと思う。
「……」
 希莉江は静かに顔を伏せた。叉雷の顔を見たくはなかった。
 叉雷が近づいてくる。座ったままの希莉江に何かを感じたのか、叉雷が隣に腰を下ろす。
「カイトに会ったよ」
「そう」
 無機質な声で応える。希莉江は努めて無感情を装おうとしていた。
「なぜ、ここに来ようと思ったの?」
 希莉江は何も答えなかった。
「あの小人たちには、これ以上近づかないでほしい」
「なぜ?」
 弾かれたように顔を上げる。
「あいつらは君に危害を加えるかも知れない」
「仮定の話でしょ。それは」
「君は優しい。たとえ姿形が違っていても、話せば分かり合えると思っている。でも、そんなもんじゃない」
 希莉江は叉雷の言葉に顔を顰める。
「言葉が通じない。風習が違う。おれ達にとって当然のことは、あいつらにとっては天地がひっくり返ったってあり得ないことかも知れないんだ」
「……あたしは、あの人たちの助けになりたいと思っただけなのに」
「そりゃあいいことさ。その気持ちはとても尊いと思うよ」
「だったら――」
「だけど、気持ちだけじゃあ相手の腹は膨れないんだ。あいつらを助けてやりたいと思うなら、もっと他の物を用意するべきじゃないかな」
「何を用意しろって云うの?」
「金だ」
「お金なんて!」
 希莉江は吐き捨てるように叫んだ。
「馬鹿云っちゃいけない。金があれば何だって出来る。この塀の中から脱け出すことさえも」
 叉雷がジャケットの内側に右手を入れる。中から、歪な形の林檎を一つ取り出した。大きめの林檎は赤く熟れている。
「君は生きるために食事をする。夜には安全な家の中で眠る。もし病気になったら、医者を呼んで薬をもらうだろう?」
 林檎を高く放り上げる。宙に浮いた林檎は、希莉江が瞬きをする間に落下してゆく。叉雷の手が林檎を受け止める。乾いた音が鳴った。
「そうね。だから?」
「食事を作るための食材は、どうやって手に入れる? 家は? 薬は? どれもこれも、金を払って手に入れたものだとは思わないか?」
「……」
 そんなことは知っている。無言で語る希莉江の顔つきは、可憐でありながら凶暴だ。
「金がなければ物を配ってもいい。だけどそれも、君自身が『人にやるのは惜しい』と思うようなものでなければ意味がない」
「どうして?」
「こんな例えはどうかな。君は貧しくて、頼る者も住む家も無い。いつも寝床を捜しながら彷徨っている。今夜も、やっと眠れそうな場所を見つけて横になった。君は凍えていて、今にも死にそうだ。そこに見知らぬ人が近づいて来て、『もう捨てる物だから、あんたにあげる』と云いながら、擦り切れたボロ布を投げつけてきたら、君はどんな気分になる? 本当の助けというものは、自分が眠る筈の、ふかふかの寝床に相手を寝かせてやることだ。その夜、自分は固い床の上に寝てもいいという気持ちが無いなら、人を助けるなんてことはやめておいた方がいい」
 右手の林檎をジャケットの内側に戻す途中で、叉雷が突然動きを止める。ややあって、希莉江に林檎を差し出す。
「なに?」
「後で食べようと思っていたんだけど、気が変わった。君にあげるよ」
「あ、……ありがとう」
 受け取った林檎を鞄の中へ落とし、すぐに顔を上げる。話を逸らさないで。希莉江の目がそう語っている。叉雷は、ふうと息を吐いてから言葉を続けた。
「土台、人が人を救うなんていう傲慢なことは許されちゃいない。おれはそう思うよ」
「じゃあ、何が出来るの?」
 険しい表情で問いかける。
「助け合うことさ」
「はぁ?」
「大事なことだよ。相手を助けている時には、自分も相手に助けられてるんだ」
「わけ分かんない。何云ってんの?」
「いつか分かるよ」
 静かな声だった。あまりに静か過ぎて、声を荒げている自分が滑稽なくらいだった。希莉江は紛れもない怒りとともに思う。叉雷の柔らかな物腰を突き崩してやりたい。落ち着き払った瞳を嵐の海のように波立たせてやりたい。希莉江の舌は、無意識のうちに上唇を軽く舐めていた。
「ねぇ」
 がらりと声の調子が変わる。余裕ぶった微笑みが、希莉江の整った顔立ちを飾っている。
「うん?」
「どうして、いつも包帯してるの?」
「これか。これは――おれのお呪いさ」
「両腕に傷でもあるの? それとも彫りものとか」
「まあ、それに近いかな」
 叉雷は屈託なく笑う。希莉江は不満そうに叉雷を見ている。この程度の揺さぶりでは、叉雷は崩れない。
「安っぽい親切は、かえってあいつらを困らせるだけだよ」
「あたしは安っぽくなんかないッ!」
 希莉江は最早、怒りを隠そうともせずに叉雷を睨みつけている。
 最初からおかしいと思っていたのだ。親切すぎたし、優しすぎた。思いやりなんかじゃない。あたしには分かる。人を傷つけることで自分が傷つくのが嫌だから、人に優しくしてるだけだって。あたしよりもずっと弱いくせに、強い。弱い分だけ強い。だから敵わない。
「まあ、結果は君の行動次第だろうな。気が済むまでやってみたら?」
 ごく軽く叉雷は云った。
「……急に話が変わったじゃない」
「ひょっとしたら上手く行くかも知れないしね。そうなったら、君の苦労や義侠心も多少は報われるだろう」
「馬鹿にしないでッ!」
 希莉江の叫びは悲鳴そのものだ。
「もうやめて。一度も負けたことがないサライに、あたしのみじめな思いなんて、分かる訳ないわ」
「君は誤解している。おれが勝ち続けたのは、自分自身の為じゃない」
 叉雷は吐き捨てるように云った。
「じゃあ、一体何のために?」
「捺夏の為だ。だからこそ、たった一度でも負ける訳にはいかなかった」
「それはただ、サライが強かったからよッ! 負ける訳にはいかないって……。そんな風に願ってるだけで、実際にそれを叶えられる人がどれだけいると思うの? 片方が勝てば、もう片方は絶対に負けるのよ!」
「違う。おれは勝てる試合だけを選んだ」
「どういう……意味」
「云っても、君は信じられないだろう」
「云いなさいよ。卑怯だわ。そんな云い方」
「おれには自分の未来が視える」
「――はっ?」
「負けると感じた試合には出なかった。その代わり、相手がどれほど強そうに思えても、勝てると感じた時には命賭けで戦った」
 碧の瞳が内側から燃えている。何という瞳。まるで碧の嵐だ。荒れ狂う海原を連想させる。
 希莉江は、ある一つの想い――それは発作的に彼女を撃ち抜いた、強烈な感情だった――を必死で押し隠しながら、叉雷の眼差しを受け止めている。
「君に分かるだろうか。どんな決断も無意味にする直感が、おれの全てを支配している」
 声だけが静かだ。猫のように細められた瞳、その眼差しの鋭さ。目の前に、白々と光る刃を突きつけられているかのようだ。
「だけど、おれが感じるのは漠然とした予感だけだ。視え方も凄くぼんやりしてる。だから、気のせいだと自分を誤魔化し続けて生きてきた」
「あたしのことも視えるの?」
 震える声が問う。
「ああ。他人のことは、自分よりもよく視えるよ」
 叉雷はこともなげに応えた。
「あたしの過去も?」
「いや。視ようとして視えるものじゃない」
「あら、そうなの! それはよかったわ!」
 いやだ。嫌だ嫌だ嫌だ。希莉江は弾かれたように立ち上がる。一刻も早く、この場から離れなければ。
 叉雷も立つ。無駄のない所作を美しいと思う。
「サライ」
 何という瞳で人を見るのだろう。怒りでも悲しみでもない、ただ見ているだけの眼差し。この視線を自分は知っている。そう、あたしも時々こんな眼をしている……。夜更けに覗き込む鏡の中から、感情を喪った眼球がひたと自分を見返していた。何度も、何度も。
 そのことに思い至った瞬間、希莉江は目を見瞠きながら後退った。
 違う。あたしは人の未来なんか読まない。人の心を読んだりしない。叉雷とは違う。知らない。何も知らなかった。許して、お母さん。
 本当は母さんが逃げたがっていたことも。
 あたしがいるから逃げられなかったことも。
 知らない――。
 希莉江。あなたを愛しているわ。聞き飽きるほど聞いた言葉。母さん。だけど、そう云う度に、あなたはこう思っていたじゃない。「この子を置いて逃げる訳には行かないわ」って。あたしは知っていた。あたしは知っていた!
 知りながら、何もしようとはしなかった。
「キリエ?」
 鋭い語調で名を呼ばれる。次いで、叉雷の手が細い肩に添えられた。
「は、放して」
「気分が悪いの?」
「違うわ」
 その時、空から羽ばたきの音がしなければ、希莉江は子供のように泣き出していたかも知れない。飛竜が地に降りる前に、主たる捺夏は絽々から滑り降りていた。そのまま歩み寄ってくる。
「どしたの?」
 二人を見比べて問いかける。
「喧嘩?」
「そんなんじゃないよ」
 ふっと微笑んで見せる。叉雷の横顔を見上げた希莉江は、形容しがたい感情を持て余していた。幼い怒りと純粋な憧れが胸に渦巻いて、息も出来ない。彼女がどれだけ彷徨っても得られなかったものを、叉雷は自然体で体現していた。信念を以て生きること。誠実であること。誰だって彼には心を開くだろう。猜疑心の固まりだった希莉江ですら、叉雷には自然と心を開いていた。叉雷と接することで、麻痺していた心を何度も揺り動かされた。だからこそ、希莉江は叉雷に嫉妬せずにはいられない。
 ぐっと瞳に力を入れて叉雷を見つめる。
「もういいわ。サライ。ダッカ。二人ともどこかへ行って」
 ……何よ、大人ぶっちゃって。本当は、あんただってあたしと同じ根無し草のくせに。あたしには、そんな顔はできない。自分自身のことさえ許せないのに、他人なんか許せるわけない。だから確かに、サライの云う通り、あたしには何もできないのかも知れない。だけど――。
「サライ。あたしは諦めないから」
 行動する前から諦めるのは嫌。絶対に。
「分かった。別れる前に、君に渡さなければならない物がある」
「ちょっと。何のことを云ってるの?」
 暗い予感が胸を貫いた。叉雷の手が、スラックスの後ろのポケットから何かを取り出す。その間も、叉雷は希莉江から視線を逸らさない。
「君には帰る場所がある。この票は君が持つべきだ」
「貸してッ!」
 希莉江の手が桃色の紙片を奪い取った。
 一瞥した希莉江の表情が凍る。乱暴な手つきで交換票を破った。破っただけでは足りないとでも思ったのか、紙片の残骸を地面に向かって投げ捨てる。細切れの交換票は、風に飛ばされて花びらのように散ってゆく。
「今さら……」
 希莉江は笑おうとして失敗した。
 追われている。胸騒ぎを通り越した焦燥感に全身が灼かれる。あの男は、希莉江をまだ諦めてはいないのだ。
「さっさと行きなさいよ! あんたたちの仕事は終わったわ」
 云い放った。心細さを感じないと云えば嘘になる。それでも、今は誰の顔も見たくはなかった。足元がぐらついて、立つことも覚束ない。
「まだ終わってないよ」
 穏やかな声は捺夏のものだ。差し延べられた手が希莉江の肩に触れる。
「あんたの荷物を持ってきてない。宿に戻ろう。乗って」
 抵抗する間もなかった。思いがけない力で抱え上げられる。ひょいと乗せられた飛竜の背は丸く、暖かい。
「叉雷も」
「ああ」
 叉雷が希莉江の後ろに乗り込む気配がする。希莉江は歪んだ顔を両手で覆った。
「ごめん。おれが余計なこと云ったせいだね。小人には近づいちゃ駄目だよ」
 やめて。声もなく呟く。あたしは、あなたたちの優しさに見合うような人間じゃないの。
 たった一人の母親を見殺しにして、葬りもせずに逃げてきた。
 一人で旅をするうちに、希莉江は気づいたのだ。あたしはいくらでも強くあれた。なのに、どうして何もせずにのうのうと暮らしていたのだろう。
 強い意志と柔軟な知恵があれば、警邏隊に捕らわれることもなく逃げられるのだ。希莉江がそうしたように。冬花が生きている間に、そのことを知っていたならば。決して、冬花を冷たい床の上などで死なせはしなかったのに。――せめて命があるうちに、冬花を連れて逃げれば良かった。
 冬花が死ななければ、逃げることなど考えもしなかったことは分かっている。だが、失われた命は、何に換えても取り戻すことは出来ないのだ。
「キリエは何も悪くない。行きたい所があるなら、どこへでも送ってあげるよ」
 捺夏の声が、絽々の生み出す風に飛ばされる。その背にしがみつくような格好で、希莉江は一人惨めな思いを味わっていた。

*     *     *

 宿に戻った希莉江は、ベッドの上から天上を見上げている。
 捺夏は「気が変わったら云って。おれたち、あんたがここを出るまでついてゆくから」と云ったが、希莉江は黙したまま首を振った。
 報酬は既に渡してある。彼らは自由だ。希莉江が持て余す自由も、彼らなら上手に乗りこなすだろう。捺夏の白い飛竜のように、大らかに飛んでゆくことだろう。晴れた空を、どこまでも。
「会わなきゃ良かった」
 食い縛った唇の間から呻く。雪で飾られた山の裾野から、一人で歩く道もあった。国境を越えるどころか、都の傍近くまで戻ってきてしまった。冬花の遺体を見つけた日から、一歩も進んでいない気がする……。

 朝と同じ荷物を手にして宿から出た。
 意地なのか、それとも信念なのか。自分にも分からない。真っ直ぐにぶつけられた叉雷の言葉が、いくつも浮かんでは消えてゆく。
 闇色の空が遠い。冷えた夜の空気が、希莉江の心を一層寒々しくさせる。
 鍵がなければ登ればいい。そう思っていたから、鉄の塀をよじ登ることに躊躇は無かった。登りきった塀の頂から、思い切って地面へ飛び降りる。つんのめりながら、小人たちの寝床へと降り立った。
 その場で立ち止まる。塀の外よりも、さらに暗い闇に目が慣れてくるのを待つ。

 異変に気づくまでに、長い時は必要なかった。
 何かがおかしい。ギギ、ギギと鳴いていた声が全く聞こえない。時折、水を啜るような音が聞こえる。バキッという、堅い物を無理矢理挽き割るような音も。
 五人だった小人が一人だけになっている。希莉江に背を向けて、取り憑かれたように同じ動きを繰り返している。
「そこにいるんでしょ? あたしよ……」
 歩み寄りかけた希莉江は、はっと息を呑んだ。――あれは何だ?
 小人の足下には黒い糸状のものが散らばっている。力無く投げ出された子供のものらしい腕には、肘から上が無かった。そして、履き潰された靴の中身は……無い。
 どこへ? 本来そこにあるべき足は――。
 数秒後。その答えを、希莉江は我が目に映すこととなる。

「いやああああぁ――ッ!」

 のろのろと振り返った小人の汚らしい唇からは、哀れな犠牲者の小さな親指が覗いていた。全身から力が一気に抜けて、希莉江は腰から地面へと転げ落ちる。

「ひ、人を」

 叉雷。あたしはやっぱり間違っていたのかしら。堅い床の上に寝る覚悟が無ければ、人助けなどできないのだと語っていた。そう、文字通り、希莉江の母親のように、堅い床の上に横たわるだけの覚悟が無ければ……。たった一人、誰にも看取られずに息絶えていた母。肌は色を無くし、瞳は既に濁っていたにも関わらず、彼女の死に顔は嘘のように美しかった。

「ぁ、ッ……あぁ」

 小人に貪られている体は誰のものなのか。希莉江は考えることを拒否した。嫌だ、嫌だ、嫌だ。嫌――もしも、あれがセリだったら。カイトだったら。いいえ、そうでなくとも、あたしには、小人を許すだけの優しさなんて無い。絶対無い。だって、こんなにも憎い。あたしに降魔師のような力があったら、今この瞬間に殺してやりたいとさえ思っているのに。あぁ、願うだけで人を殺せるなら。あたしは、これまでに何人も殺している。きっと。

「……人殺し!」

 あの子の代わりに喰われるだけの覚悟が、あたしにはあるかしら? あったかしら?
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